オリオンレイン【第7回】

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前回のあらすじ
良太は浮かれていた。子どもの頃にもらったコインが、本当に「星を守る力」を持っていると知ったからだ。けれど、仲間の「オリオンの騎士」から与えられる情報が増えるにつれ、彼はこの力が、浮かれているだけでは済まされないものだと気づく。「騎士」とは、「銀の薔薇」とは何なのか。知識を求めた良太の足は、自然と謎の洋館「オリオンの館」に向くのだった。 ⇒ 第6回へ

第4話「胡蝶舞う銀の夢」前編

「大江の奴、今朝もミーティングに来なかったわね」

 壁掛け時計が針を進めるのを眺めながら、秋島由美香はため息混じりに呟いた。
 別に、朝のミーティングは必須参加の活動ではない。ただ、良太は入部以来、先日授業に遅刻した日までは必ずこの時間に顔を出していた。
 それがここに来て連日不参加になっていることに、由美香は疑問を抱く。

(銀の薔薇を気にして温室に通っているというわけでもなさそうだし)

 机の端に置かれたタブレットには、温室のカメラから送られてくる映像が表示されている。園芸部の生徒が行き来する様子は映り込んでいるが、良太らしき姿は無かった。

(考えられる可能性は、『オリオン』……それか、あいつの言っていた『コインの持ち主』に繋がる情報を見つけたか……)

 もしかしたら、同じコインを持っていたという三条莉央から、何かヒントを得ることが出来たのかもしれない。

「いいなあ」

 ぽろりと言葉が落ちた。何が『いい』のかはよくわからない。
 タブレットの画面の中で、一瞬、銀の光が星のように瞬いた。

 

 本とインクと花の香りのする薄闇の中を、仄淡い輝きがひらひらと流れていく。
 それは、ひと際濃い影を作る大きな机の向こう、窓に向けられた、これも大きな椅子の周りを彷徨うと、やがて背もたれの縁に止まった。

「――ご苦労様」

 まるで、ゆっくりと羽を動かす蝶の訴えを聞いたかのように、椅子の向こうから静かな声が落ちる。
 蝶は納得したように背もたれを離れ、ひらりと椅子の向こうに舞い込んだ。淡い光が闇に溶ける。それを合図にしたように、窓を向いたままの椅子がくるりと机に向き直った。

「それじゃ、この星の騎士様の覚悟を見せてもらおうかな」

 椅子に座る影が、蝶の淡い輝きを移したような髪を揺らして呟いた。

 

 良太が部室の扉を開けると、上手の机では珍しく由美香が居眠りをしていた。

(鬼のかく乱?)

 ちょっと失礼なことを考えながら、起こさないように回り込んで、温室を映すタブレットを確認する。銀の薔薇の蕾に変化はない。――否。
 それは以前に見たときより、少し輝きを増したように見えた。確信は無い。

(最近、館に寄ってばかりでこっちが適当になってたから……)

 少しの反省を抱えて、良太はオリオンの館で遠矢から聞いた話を思い出しながら、画面の端々を確認する。
 ――銀の薔薇は蕾の状態だとエネルギーが少ない。その状態で狩っても、蕾に向かっていたエネルギーが別の薔薇に逃げるだけだ。しかもオリオンがこのエネルギーを流用してる以上、逃げられてばかりだとこっちの戦力が下がることになる。だから、蔓を伸ばすようになってから花が咲くまでの間に狩るってわけだ。まあ大体、やばそうなときは鐘が鳴るなりコインが光るなりするらしいから、基本、俺たちの仕事は待機することだな。

(蔓は……伸びてないと思う。この角度だとよく見えないな。これ、画面の切り替えできないのか? それに、録画されてた時間の蕾の確認とか……)

「あれ、大江? いつ来たの?」

 不意に声をかけられて、控えめに画面を触っていた良太の指が滑る。

「ん? 違うか。私が寝てたのか」

 由美香はひとり納得して、両手を頭の上に伸ばした。

「疲れてるんじゃないですか?」
「いい夢だったから起きたくなかっただけ」
「スクープが押し寄せてくるとか?」
「そういうのは現実がいいわ。ところでそれ、何やってるの?」

 由美香が良太の手元に視線を向ける。その指先が示す画面に、削除するかどうかの確認メッセージが出ていた。

「うわ! 違うんです、昨日の録画データがないかと思って……」
「そういうのは全部バックアップして、その端末からは消えるようにしてあるわよ。何があるかわからないから、常時自動でやるように設定したって言ったでしょ」

 確かにそんな話はあったが、予算が足りないという理由から却下されたのではなかっただろうか。

「追加予算、出たんですか?」
「新聞部のサブサーバーの半分を映像データ保存用にして、その端末に届く映像データに紐付けしたの。容量が少ないから36時間を超えると古い方から消えるようにしてるけど。無いよりましななんちゃってシステムね」
「ああ、システム研究部の人に……」

 パソコンからタブレットまで、あらゆる端末とプログラムを追及する精鋭揃いの部を思い浮かべた良太の想像を由美香が打ち消した。

「あそこに頼むとプログラムから設置まで全部有料でしょ。私が組んだの。大雑把なのは大目に見なさいよ」

 良太は思わず由美香を見る。
 今更のように、2年生なのに強豪と言われる乃木の新聞部の部長に指名された理由を垣間見た気がした。

「そういうわけだから、昨日の録画データならこっちの端末で見れるわ。最近あんまり来ないから、薔薇には興味無くなったのかと思ったわよ」

 良太は教えられた端末に移動して、録画データを呼び出すと再生を始める。

「興味が無くなったとかじゃないんですけど……」

 昨日の温室の様子を早送りで眺めながら、彼は思わず気持ちを零した。

「なんか、難しいなって」

 騎士になって、星を守る。その夢が現実になって、コインが本物だとわかって嬉しかった。
 けれど。かつて銀色の薔薇によって消えた星があり、コインはその星を守れなかった騎士が地球に持ち込んだものだと知って、守れなければこの星も消えるということに気がついた。

(はしゃげるもんか、そんなの)

 夢とか憧れとか。全部を押しのけて、目の前に鮮明に現れた現実と責任。
 ――君が騎士に選ばれた理由は気になる。
 莉央の言葉はそのまま良太の疑問だ。どうして自分だったのか
 良太は偶然『彼』と出会っただけだ。そんな通りすがりのただの子どもに、彼はなぜコインを渡したのか。

(――偶然?)

 不意に良太の中で疑問が湧いた。確か、自分があの場所に行ったのは……

「何が難しいんだかよくわからないけど」

 どこか淡々とした声が聞こえて、良太の思考が中断される。いつの間にか由美香が不満そうな顔で良太を見ていた。

「小難しい顔して立ち止まるのは大江の柄じゃないでしょ。私は、君の馬鹿みたいに体当たりしていくところを買って、入部を許可したんだけど」
「……はあ」
「情報って結局、肌に触れるまでは知識でしかないのよ。最近は出涸らしものも多いから、薄味だったり雑味が増えてたりするし。そうするとやっぱり、浅くなったり、肝心の部分がぼやけたりして、人を納得させる力が弱くなるでしょ。だから我が部は、できるだけ部員が個々で体感した一番煎じの記事を求めることをモットーとしているわけ」

 由美香の話は、つい最近まで与えられる情報の奥にあるものに気づけなかった良太には痛いほどわかる。けれど。

「けど、うまくいかないことだってありますよね?」

 そうだ。もしうまくいかなかったらどうするのか。この星を、守れなかったら。
 良太の不安を知ってか知らずか、由美香が呆れたように息を吐いた。

「あのねえ……君、転んでも何かは理解してくるでしょ。そういう生徒じゃなきゃ、うちの部員なんてやってられないわよ。それに引き際に気づくのも早いし……あれはちょっと、野性に近い勘働きよね……感心するわ」

 ひとり言に近い後半の呟きは、内容的にあまり褒められている気がしない。
 けれど良太は由美香の自分への評価から、少しヒントを得られた気がした。

「あーあ……。なんかまだ眠いなあ」

 由美香は話を切り上げるように、口元を覆って欠伸をする。

「今日って、急ぎの記事や取材ってなかったですよね。ここに待機して薔薇見るだけなら、俺がやりますからたまにゆっくりしたらどうですか?」
「そうね、ここんとこサーバーの設定考えて寝不足気味だったし、そうさせてもらうわ」

 良太の提案を受け入れて、由美香が、だるそうに立ち上がった。
 一瞬前までの部長然とした態度は欠片も残っていない。

「今眠ったら、さっきの夢の続きが見られるかなあ」

 ぼんやり聞こえた言葉に、そんなに気にする夢とはどんな内容なのかが気になって、良太が問いかける。

「どんな夢だったんです?」
「……王子様が来る夢」

 それだけ言い残して、由美香の姿は廊下に消えた。

「――は?」

 およそ由美香に似合わない言葉を聞いた気がした良太は、詳しく聞いてみたい衝動に駆られる。視界の端に入れていた再生中の薔薇の映像がその衝動を止めた。

(今、光った?)

 二、三度巻き戻して確認する。一瞬、星のような瞬きが映っている。タイムスタンプは今朝の8時過ぎを示していた。
 良太はコインを取り出し、少し考えてポケットから携帯を取り出す。
 まだコインだけで通信や連絡が出来る自信は無かった。

 

「怠ぃ……」

 遠矢は退屈を紛らわすように、手元のスタイラスペンを指先にくぐらせる。
 そろそろレポートが控えている頃合いだからと、課題の確認のために出席した講座は、運悪く殆どの受講生が欠席していて、抜け出すことができなかった。
 タブレットのノート画面には、講義内容の書き取りよりも落書きの方が多い。

(早く終わんねえかな)

 気まぐれに30分前に終わらせることがあると噂の教授だったが、遠矢はそんな場面に遭遇したことは無かった。もともと、あまり運の良い方ではないのだ。
 ぼんやりそんなことを考えていると、机に置いていた携帯が派手な振動音を響かせた。

「おぅっ!?」

 慌てて携帯を押さえるが、教室内の視線は一斉に自分に向けられた。

「……すみません」

 遠矢は立ち上がって軽く頭を下げると、携帯の振動を手の中に抑え込みながら着信相手を確認した。

(良太……?)

 あいつ、俺が授業中って可能性を考えないのか――などと考えつつ、席を立ったついでとばかり荷物を掴んだ。

「急用っぽいんで、早退しますっ」

 階段教室の後方にある扉に向かって、二段飛びで駆け出す。

「もしもし?」

 教室を出るか出ないかの位置で通話に出ると、電話の向こうから良太の声が響いた。

『あのさ、蕾の銀薔薇って光るのか?』

 背後では何事もなかったように講義が再開している。教授に黙礼をした遠矢は、扉を閉めてから質問に答える。

「あんま、見たことねえけど……。つーか、そういうのは俺より莉央の方が詳しいって」
『わかってるんだけど、なんかこう、三条さんに連絡するのって緊張して』
「慣れろ。そもそもその蕾って高等園芸部のだろ。お前、莉央に報告する約束したんだろうが。連絡入れねえと小言が来るぞ。いや待て……」

 冗談めかして話していた遠矢の目が、窓の外を花びらのように漂うものに気づいて、騎士のそれに変化した。

「莉央に連絡する前に、お前んとこの部室の場所を説明しろ。はあ? 図書棟? また面倒な場所に……いやこっちの話。わかった。雪也にはこっちで連絡しとく」

 言い置いて、遠矢は通話を切った。

 

 薔薇の蕾が光った場所で一時停止した画面と、携帯画面に映る通話終了の文字を見比べていた良太は、電話の向こうで遠矢の態度が急変したことに少しばかり驚いていた。

「ちょっと光っただけで、全然蕾のままなんだけど……」

 そんな説明をする暇もなく、通話は切れてしまった。

(どういうことだろう)

 良太はふとタブレットに映るリアルタイムの銀の薔薇の蕾を見た。

(……まさか、咲く?)

 画面の中で、蕾がまた一瞬、星のように瞬いた


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回4月21日(金)更新予定


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