オリオンレイン【第9回】

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前回のあらすじ
コインの重さを知った良太は、騎士であることに怯む。そんな時、園芸部の温室で銀の薔薇が急激に成長した。学園を食らい尽くす勢いで伸びる薔薇の蔓を前に、オリオンの騎士として進むことを選ぶ良太。その決意を歓迎するように、彼の前に5人目の騎士が現れた。最古参だという騎士は不思議の蝶使いにして、乃木学園の総理事長・平塚零だった。

第5話「ベアトリーゼ」前編

「良太、行けっ」

 敵対者を排除するために伸ばされた鋭利な棘を槍で払いながら、遠矢が叫ぶ。
 良太は声に応じるように前に出て、棘を落とされた銀の蔓を足場に、薔薇の蕾を目指して跳んだ。

「我らに星の導きを!」

 十字に交わる赤と銀の光が、複雑に絡んだ銀の蔓の向こう、囁くように瞬く薔薇の蕾へと吸い込まれる。次の瞬間、ひと際強い輝きが広がり、すべての銀色を覆って夜の闇に霧散した。

 

 ――第6席、第8席、コインを確認しました。
 鈴のような声に迎えられて部屋の中に入れば、騎士の装いが粒子のように空気に溶ける。
 それはどこか、銀の薔薇が消滅する瞬間を連想させた。

(確か、あの薔薇が残すエネルギーを使ってるんだよな。……だからなのか?)

 良太は手のひらに戻ったコインにぼんやりとした視線を向ける。
 そこに雪也が軽い足取りで寄って来て、良太の思考を中断した。

「ふたりともお疲れ様ー」
「おう」

 先に短く答えた遠矢が、肩をほぐしながらソファに向かった。数分前に見た精悍な青銀の騎士の面影はどこにもない。

「どしたの、良太?」
「いや、遠矢って切り替えがはっきりしてるなと思って」
「ん? 俺?」

 自分の名前を耳にした遠矢が、淹れたてのコーヒーを手に振り返る。

「あー、俺は騎士のときは兄貴の真似してるからな」

 衝撃の事実が出てきて、良太の目が丸くなった。

「と、遠矢って、兄弟が居るのか! ……ってことは、まさか、兄弟で騎士?」
「いや、俺が継いだ。まさか兄貴が都市伝説そのものだったとは驚いたけど」

 遠矢の言葉とこれまでの知識を重ねた良太の思考が、ひとつの結論にたどり着く。

「遠矢が継いだ……じゃ、お兄さんは銀の像……?」
「は?」

 遠矢の眉が妙な形に寄る。話の飛躍についていけないといった顔だ。
 良太は少し言いにくそうに口を開いた。

「し、正体バレたら、銀の像になるんだろ?」
「……そういや、そんな話もしたっけな」

 気まずそうな呟きに、今度は良太の眉が複雑な形になる。
 そんなふたりの間に、雪也がにゅっと割って入った。 

「あのね、正確には、正体がバレたら、それを知った相手が銀の像になるんだよ」

 良太は首を傾げて考える。つまり。

「兄貴が騎士だと知った遠矢が、銀の像になるはずだったってことか?」
「そうそう。それでね、銀の像にさせないためっていうのもあって、彼は遠矢にコインを継承したんだ」

 良太は胸をなで下ろす。
 自分のうっかりで誰かが銀の像になるというのは、ぞっとする話だ。でも、コインを継承するという抜け道があるなら――

「でも、資格のない人がコインに触れても騎士にはなれないからね。コインが認めたから遠矢は騎士なんだよ」

 うききー!――良太は頭の中で小猿が跳ねているような気分になった。二転三転する情報に、脳内メモリは飽和寸前だ。

「つまり……えーと? それって、コインを渡した相手に資格が無かったときはどうなるんだ?」

 ひとつずつ疑問を解消しようと踏み込んだ良太の言葉に、雪也が記憶を辿るように視線を宙に向ける。

「そういえば、聞いたことないね」

 ややあって返ってきたのは、良太の決意を砂に還すような残念な答えだ。

(大丈夫だ。わからないことが多いって、最初から言われてた)

 この部屋に初めて入ったときから、そういう話だったことを、良太はちゃんと覚えている。

「ま、試す奴も居ねえだろ」

 新米の若干の凹み具合を見抜いたのか、遠矢がさりげなくフォローを入れてきた。

「居ないかな?」
「軽い気持ちでやってみて、目の前で銀の像に変わられたらどうすんだよ」

 それもそうだ、と良太は納得する。そしてふと、疑問を抱いた。

「遠矢の兄貴って、今なにやってるんだ?」

 騎士をしていたなら、何も知らないということはあり得ない。遠矢を見る限り、弟に騎士を引き継いで、その後のことを放置するような兄弟が居るようにも見えなかった。

「あー……」

 遠矢は言葉を探すようにうなじに手を当てる。

「なんだ、つまり、薔薇にも叶えられる願いとそうじゃないもんがあって……だから俺は呪いだっつーんだけど」

 彼にしては歯切れの悪い物言いに、聞いてはいけないことだったかと良太が戸惑う。
 その時、それまで沈黙していた莉央が、固い音を立ててカップをテーブルの上のソーサーに戻した。

「あれは事故だ」
「事故?」

 良太が莉央に気を取られている隙に、遠矢がいつもの調子を取り戻す。

「そうだな。事故ってのが一番らしいか。そんで、兄貴が騎士を続けられなくなって、俺に鉢が回って来たと」
「遠矢が居なかったら、6席が空席になるトコだったんだよね」

 釈然としない顔をする良太の頭を、遠矢が軽く叩いた。

「兄貴の彼女が薔薇に食われたんだ」

 まるで天気の話をするように軽く言われて、良太が言葉に詰まる。

「そうだね。良太も随分騎士っぽくなったし、そろそろ魔法の話をしようか」

 雪也がいつも通りの無邪気さで言うと、その声に応じるように応接セットが現れた。

「少し長くなるからね。座った方がいいよ」

 勧められるまま、良太は椅子に座った。

 

 整えられた純和風の庭を、ひらひらと淡い輝きが過ぎる。そのひらめきは縁側から障子に近づいて、そうして明かりを落とすように、ふと消えた。
 同時に、明かりのない茶室の中から声が響く。

「ようやく来たか。薄情者が」

 まるで蝶と入れ替わったように、良く手入れされた畳を踏んだ零は、仄淡い色の髪を揺らして、呆れの混じる声に曖昧な笑いを刻んだ。

「8席に会ったよ」
「聞いておる。それで、彼はお前の待っていた騎士だったかな?」
「さあ……まだ何とも」

 答えながら、零は当然のように上座に座る。傍らに置かれた扇から、ひらり、と仄かな輝きが抜け出した。

「お前の願いを叶える者か?」
「そもそも、8席という席次さえ初めて聞いたので、どうとも」

 用意された茶碗を手に、零は淡々と答える。

「相変わらず臆病なままだの、坊」
「その『坊』ってやめてくれないかな。僕は君より随分と年上なんだけど」
「今も昔も、若作りの小僧じゃろう? 外見だけなら孫と大して変わらん癖に」

 零は憮然と黙り込んだ。

「莉央はきちんとお役目を務めているかの?」
「それは君が一番良くわかっているんじゃないかな。だからコインを継承したんだろう?」
「まあ、そうじゃが……アレは気を抜くということを知らんからな。役目大事でそのうち胃に穴を開けそうな気もするわ。もう少し遊びを教えておくべきだったかもしれん」

 莉央が聞いたらどんな顔をするだろうかと思いつつ、零は沈黙を保つ。代わりに、ひらりひらりと蝶が舞った。

「まあ、後輩を育てる難しさについては同意するよ。僕は最年少だったから、昔は考えもしなかったけれど――今は最古参だ。7人居た騎士も4人に減った。いや、4人も残った、というのが正しいのかな。何しろ2000年だ」

 故郷の星を離れて、この星で過ごすうちに、いつの間にかコインの継承を辞めた者たち。それは末裔に重責を負わせることへの躊躇いだったのか、星を守ることへの諦めだったのか。

「僕は君が莉央に継承するとは思わなかった。君はいつも、薔薇を狩ることに疑問を持っていただろう? どうして」
「花守の姫を見たからだ」

 茶室の中を泳ぐように戯れていた蝶が、動きを止める。

「いつ、どうして……」
「儂が先代の3席からコインを継承したときに、コインの記憶の中に居られたよ」
「僕は聞いてない」
「継承式など受け継ぐときと受け渡すときの2度しか無いもの。そんな瞬間の出来事に確信などあるわけがなかろう」

 確かにそうだ。しかも彼らは彼女と面識がない。零は継承の経験がないため、そんなところに手掛かりがあるなど気づきもしなかった。

「どうして今になって確信を?」
「席を退く騎士の願いを聞きに来るのは花守の姫だと言ったのは坊だろうに。儂は莉央を通じて何度もお主を呼んだぞ。結果は知っての通りじゃが……」

 凍りついたように動きを止めていた蝶たちが、ゆっくりと羽を動かす。

「席を辞した者が薔薇に関わることは禁じられていると知っている君が、どうして何度も呼び出しを掛けて来たのか、ようやくわかった」
「だから、坊は臆病だと言う」

 茶室に愉しげな笑いが響く。その空気が不意に乱れた。部屋を漂う蝶が、慌ただしく近づいてくるふたつの足音に気づいたのだ。
 ほどなく、使用人らしきふたりの話し声も聞こえてきた。

「茶室から話し声が?」
「はい。莉央さまもお帰りになっておられませんし、どなたもお通ししていない筈なのですが」

 零は無言で茶器を戻す。

「やれ忙しない。時代かの」
「今夜はここまでのようだね」

 ふたつの人影が障子に映るのと、零が立ち上がるのはほぼ同時。

「失礼いたします」

 やや緊張した声がかけられ、障子が開かれる。
 茶室を覗き込んだふたりの使用人の間を、淡く輝く蝶がひらりと抜けて、幻のように庭で舞った。
 部屋の中には誰も居ない。ただ床の間に、薔薇と茶器がひっそりと飾られていた。


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回5月26日(金)更新予定


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