オリオンレイン【第10回】

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前回のあらすじ
騎士として進むことを決めた良太に、周りに目を向ける余裕が出てきた。そんな良太の様子に気づいた雪也が、魔法の話をしようと切り出す。一方、先代3席騎士を務めた莉央の祖父からの呼び出しに応じた零は、騎士がコインを継承するとき、コインの記憶を見ることが可能だと知らされる。銀の薔薇に隠された謎が、蕾が開くようにゆるやかに解かれ始めていた。

第5話「ベアトリーゼ」後編

 ――行ってください。花は私が抑えます。
 遠い日、銀の花園で言い切った彼女の瞳の強さを、昨日のことのように覚えている。
 事実、故郷の星を破壊した銀の災厄がこの星に来るまで、長い空白があった。
 彼女はどうやって花を抑えたのだろう?

「誰かにコインを継承すればわかるのか……?」

 可能性はある。コインの記憶は、花守の記憶だ。それを見ることが出来れば、あの瞬間に彼女が――ベアトリーゼが考えていたことがわかるかもしれない。
 決然とした瞳の奥にあった、花を抑えるための何かが。
 けれど。

(騎士の座を降りたら、僕は故郷に戻れない)

 あの日、閉じた扉は、騎士だけに開かれる。
 彼女にもう一度会うためには、騎士でいる必要があった。
 零は空を見る。この季節、この時間では、故郷の方角を教える星も見えない。
 諦めて視線を移すと、覚えのある影が目に入った。

(あれは……)

 

 良太は乃木高等部の校舎の展望台の上に寝ころんでいた。
 この時間なら、高等部には生徒は居ない。用もないのに展望台の上まで登るような教師も居ないだろう。
 彼は目を閉じて、少し前に聞いた話を思い出す。

 

「騎士の褒賞……?」

 それは、星を守るという務めを果たした騎士に対する返礼として、コインを次の騎士に継承するときにだけ発動するのだという。

「ボクも先代から聞いた話だから、どこまで正しいかわからないんだけど。昔ね、宇宙のどこかに、銀の薔薇のエネルギーを使って繁栄した星があったんだ」
「それが、コインが作られた星なのか?」

 宇宙のどこかと言われて、良太はすんなりと納得が出来た。地球の科学でこんなコインが作られていたら、話題にならない筈がない。

「そう。でもね、良太ももう知ってるでしょ。薔薇は願いの差別をしない。だからその星では、無差別に願いが届くことが無いように、薔薇は決められた花守の人が花園で育てて、その人が星のために祈ったんだって」

 知らない星の、知らない花園。良太はその景色を知っている――と思った。

「それでも時々、誰かの強い願いに反応して薔薇が暴走することがあった。それを止めるための力を花守が薔薇に願い、薔薇が応えて、騎士の力を秘めたコインが誕生した」

 雪也の話を、莉央が引き継ぐ。

「やっぱり、薔薇とコインは、元は同じものなのか」

 それは薄々感じていたことなので、良太に大きな驚きは無かった。

「うん。だから、コインには願いを叶える魔法の力があるんだよ。その力は褒賞って形で、騎士になった人が、星を守るって役割から引退するときに、お疲れ様って意味で発動するんだ」
「それが、褒賞……」

 騎士になることに、そんな見返りがあるとは思っていなかった良太の夢見がちな呟きに、低い声が水を差す。

「強制的に起きるからな。魔法ってより、呪いだよ」
「そこが問題だよね。いらないって言ったら自分が消えちゃったって話もあるし」

 雪也は軽い口調で言ったが、その内容はかなりホラーだ。

「消えたりするのか……人間が?」
「正しく言わないととんでもないことになるってのは確かだな」
「薔薇にしろコインにしろ、こちらとは価値観に違いがあるみたいでね。時折誤解が生まれる」

――事故。

 莉央の補足に、頭の中で遠矢の兄の話と誤解という言葉が繋がった良太は、おそるおそる当事者に視線を向けた。

「まさか、遠矢の兄貴も……」
「ばーか。生きてるよ」

 良太は肩の力が抜けるのを感じる。けれど。

「ま、寝たままだけど」

 付け加えられた言葉に、どんな顔をすればいいのかわからなくなった。

「いいんだよ、俺が騎士を辞める時に叩き起こすから」

 つまらなそうに言って持っていたコーヒーを飲み干す相手を、良太は複雑な顔で見つめた。 

 (騎士を辞める、か)

 騎士として星を守ると決意したばかりの良太には、遠矢の言葉はピンと来ない。
 銀の薔薇が咲く限り、自分はずっと騎士を続けているような気がしていた。

 (でも、三条さんも、遠矢も、多分雪也も、誰かから騎士を引き継いだんだよな)

 いつか良太にも、そんな時が来るのだろうか。その時、銀の薔薇はどうなっているだろう?

「――こんばんは、新人君」

 不意に視界に入って来た仄かに淡い色彩に、良太が飛び起きる。

「平塚さん」
「騎士しか居ないときは零でいいよ。こんなところで何をしてるのかな? 下校時刻はとうに過ぎているはずだけど」

 状況的に、冗談なのか本気なのかわからない指摘に、考えた末、良太は素直に説明した。

「済みません、考え事がしたかったので」
「真面目だね。少し肩の力を抜かないと、騎士でいることに疲れてしまうよ?」

 苦笑気味に言いながら、零は良太の隣に腰を下ろす。

「平……零さんは、最古参なんですよね。騎士って、どのくらい続けられるんですか?」
「君はどう思う?」

 質問に問いかけで返されて、良太は考える。
 騎士は運動能力が要だ。良太の剣術の師匠は剣の道60年を自負しているが、それは子どもの頃から数えた場合で、師範になってからは……

「今の騎士はみんな若いからね。雪也でも6年くらいか。莉央の先代の3席は90年くらい続けていたかな」
「きゅうじゅう……」

 予想外の年数が、良太の思考を停止させた。

「君は生粋の地球の人のようだから、もう少し短いかもしれないね」
「どうせなら、俺の代だけで防ぎたいです。誰かに引き継ぐとか、やりたくない」

 良太は守るために騎士になったのであって、誰かに重荷を渡すためになったわけではないのだ。

「銀の薔薇って、どうすれば咲かなくなるとか、わからないんですか?」
「抑える方法はあるかもしれない」
「それじゃ……」

 零の答えに、良太が身を乗り出す。

「でも、花守の姫は何も言わなかった。だから僕らはそれがどんな方法なのか、わからないままだ」

 ひらひらと話をかわされて、良太は戸惑う。零の言葉はまるで、彼が扱う蝶のようだ。

「きっと、彼女にも確信は無かったんじゃないかな。だから僕らを星の外に送り出した。それとも、僕らに信用が無かったのか……」

 そのまま夜の空に溶けて行きそうな相手を見て、良太は思わず口を挟む。

「それは無いと思います」

 そこだけ妙にはっきりとした言葉に、零が意外そうに彼を見る。
 良太は少し慌てて、けれど腹を括って話し出した。

「俺、コインを使うといつも、光の向こうに一瞬だけ景色が見えるんです。気のせいかなって思ったんですけど、さっき雪也に薔薇の花守の話を聞いて、もしかしたらって考えて。温室みたいに緑が多い場所で、零さんに似た色の髪の人が、誰かに安心したようにコインを渡すんです。これって、その、花守の人なんじゃないですか?」
「何とも言えないな。コインは持ち主以外にはその記憶を伝えないから……それに僕の記憶にある限り、花守の騎士は7席ですべてだった。つまり、君のコインは僕らがこの星に来てから出来たものになる。となると、それ以前の記憶を刻めるはずがない……」

 どこか後ろ向きな零の言葉に、良太はもどかしさを覚える。握り込んだ手のひらが熱い。
 コインが、何かを伝えようとしているみたいに。

(――熱い?)

 良太は我に返り、零からポケットに入れた自分の手に視線を移す。
 ひらりと零の懐から蝶が零れ出た。

「話は後回しのようだね」

 零が懐から扇を取り出す。その隙間から溢れる蝶は仄かに淡く、赤く。
 良太がポケットから取り出したコインも、淡い赤色に輝いていた。

 

「――Bet!」

 握り込んだ指の隙間から、銀の光が溢れ出る。
 その眩しさの中で、良太は咄嗟に、零の腕を取る。それは殆ど反射的なものだった。
 押し寄せる光の向こうに、何度も刹那に見た景色が浮かび上がる。
 緑の木々と、白い扉。その手前で振り返る、ゆるく波打つ仄淡い色の髪を揺らす――

『良太、零、聞こえる?』

 仮面の端から入る雪也の声に、良太は現実に引き戻される。

『そこから北東、乃木美術館だよ。莉央が向かってる』
「わかった」

 短く答えた良太は、隣に立つ零に視線を向ける。
 いつコインを使ったのか、黒い礼装に姿を変えた彼は空を見つめたままだ。仮面に隠されて、表情まではわからない。ただ惑うように、淡く輝く蝶が彼の周りを飛んでいる。

「ベアトリーゼ――姉さん。……どうして。星はまだ見えないのに」

 呻くように落とされた言葉は、良太には聞き覚えのあるものだった。

 ――君たちの目には、まだ見えない。

「それ、俺にコインをくれた人も言ってた。確かにオリオン座ってこの時期は見えないけど、あの時は流星群が来ていた時期だから、見えないってことは無いと思うんだよな」
「何を、言って……?」

 立ち尽くしていた零が、ゆっくりと良太に視線を向ける。

「オリオンの騎士って言うくらいだから、星ってオリオン座のことじゃないのか?」
「オリオンを名づけたのは、星の方角を忘れないためだ。僕らの星は地球からは見えない。見えるとしたら、星が消滅するその瞬間だけだ。その時だけ、光の速さを越えて交信ができる。――それを知っているのは、騎士しかあり得ない」
「え……それじゃあ」

 良太は確信する。あの日、コインをくれたのは。

『ふたりとも、お仕事お仕事!』

 急かすような雪也の声に、零が口元を引き締めて北東を向いた。

「こんな時にっ」

 ぼやく良太の視界を、蝶が流れた。

「先に行くよ。私情に気を取られた僕の失態だからね」

 言葉だけを残して、良太の周囲を風が抜けた。次の瞬間には、零の姿も、蝶も、どこにも居なかった。

「今の……」

 良太は瞬間、呆然として、それから気を入れ直すように地面を蹴ると、北東に飛んだ。

「貴方の対応が遅れるというのは珍しいですね」
「長く騎士を続けていれば、そんなこともあるよ」

 館に戻った騎士たちの間を、微妙な空気が漂う。

「すみません三条さん」

 応援が遅れたことは事実だったので、良太は素直に頭を下げた。

「結果的に問題なかったんだからいいじゃない。ボクは莉央に任せたら大丈夫って思ったよ?」

 雪也が取りなすように間に入る。

「なんか込み入った話をしていたみたいだし、そういうこともあるだろ」

 莉央は仕方ないとばかり無言で椅子に座った。
 銀の薔薇が現れた時点で、零と良太が何かを話し込んでいたのは全員が知っている。

「んで? 何かわかったのか?」
「あ、俺にコインをくれた人が、やっぱり騎士みたいだって話」

 良太はぼそぼそと報告をしながら零の様子を伺う。
 彼は小さく息を吐くと、扇に視線を落として呟いた。

「良太君にコインを渡したのは、間違いなく騎士だ。おそらく、ただ一人継承を行わずに消息を絶った第1席」
「1席? でも、俺のコインは……」
「そう、どういうわけか君のコインは8席だ。継承された訳じゃない。けれど2席と7席はコインの消失を確認している。消去法で行けば奴で間違いないんだ」

 どこか棘のある言い様に、遠矢と雪也が顔を見合わせる。莉央の眉間に微かに皺が刻まれた。

「名は源壇みなもとだん。ベアトリーゼの信頼を一身に受けた、主席騎士だよ」

 良太の記憶の中で、『彼』が笑ったような気がした――


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回6月9日(金)更新予定


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