オリオンレイン【第11回】

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前回のあらすじ
「君にこれをあげよう」――そう言ってコインをくれた相手が、間違いなく騎士のひとりだったことを知る良太。しかし、肝心の相手はコインの継承をせずに消息を絶っているという。零の話は、まるで憧憬を現実に置き換えるように、それまでの疑問を少しずつ崩しながら、新しい課題を積んでいく。変化する感情の中、良太の胸に去来するものは――。

第6話「蝶と鳥と」前編

 良太は星明かりの下に立っていた。周りには無造作に繁る木々。

(ああ、これは)

 あの日から何度も見た夢だ。憧れてやまない人が居た場所だ。
 木立の向こうには、相手の言葉の重さもわからずに、運命のコインに手を伸ばす、子どもの頃の自分がいる。
 次に風が吹けば、彼は消えてしまう。

(待って下さい、教えて欲しいことがあるんです)

 梢のざわめきに遮られ、良太の声は届かない。

(なんで俺だったんですか)

 闇に浮かぶ白い手が、良太の記憶を――あるいは覚悟を――確認するように、コインを示してゆっくりと翻る。まるでコマ送りだ。
 届くはずもないのに、良太は必死に彼を呼ぶ。

(待って)

 

「源さんっ!」

 大きな音が響いて、良太は我に返った。
 声とも言葉ともつかないざわめきの中、自分に向けられる何人かの怪訝そうな視線。
 そして、無意識に立ち上がってしまった自分と正面からぶつかる、一対の物言いたげな瞳。

(あ。やべ)

 授業中だ、と思い出したが時すでに遅く。

「そうか。大江は夢に見るほど源氏が好きか。じゃあちょっと来週までに、保元の乱で源義朝が東三条殿に踏み込んだ経緯とその理由についてレポートにまとめてみろ」
「うえ?」

 レポートと言われて、良太は束の間酢を飲んだような顔になるが。

(あれ? なんか今)

 妙に馴染みのある単語が続いた気がして、そのまま思案に沈んでしまう。

(源て言ったら、源義経とか頼朝とか……零は平塚だけど、平の字はついてるし。関係あるのかな? それなら……)
「おい大江。やる気があるのはわかったから、とりあえず席に座れ。立ったままがいいなら廊下を勧めるぞ」

 教室に笑いが溢れる。良太は考え込んだままだ。
 教師はため息をつくと教壇を離れ、良太の肩をポンと叩いた。

「あれ? 先生、何やってるんですか?」

 流石に反応した良太は、いつの間にか目の前に立っている教師に首を傾げる。
 彼はにこやかに頷くと、廊下を指差した。

「うん、終業まであと10分程度だし、お前ちょっと廊下に行ってなさい」

 良太は軽く頭を下げると教室の外に出る。
 頭の中では、少し前に思いついたことの続きを考えていた。
 もしも、あの人――かつて主席騎士だったという源壇と平塚零が源氏と平氏に関わりがあるのなら、零の反応も納得出来るかもしれないと。

 

 オリオンの第1席である源壇は、花守の姫ベアトリーゼの信頼を一身に受けた騎士だったという。
 そんな仲間のことを、零は『奴』と言った。

「どんな人だったか教えて貰えますか? 俺、子どもの頃に偶然会っただけで、よく知らないんで」
「ということは、君はよく知らない人間に渡されたコインのことを信じて居たのかな?」

 からかうように問われて、良太はあの夜の彼の印象を思い出す。

「悪い人には思えなかったし、なんて言うか、ひとつひとつの動きが印象的で、どんな人なんだろうってずっと思ってたんです」
「印象的か。昔から、誰もが同じことを言っていたよ。カリスマというのかな、あれは」

 零は畳んだままの扇を口元に寄せてため息を落とした。

「そうだね。いい機会だ。少し、昔のことを話そうか。……源は歴代最強と謳われる騎士だった。華麗にして高潔、理知に富み才に溢れ、王の信頼厚く国境を統治した」
「コッキョウ?」

 何かとても予想外の言葉が出てきた気がして、良太が微妙な声をこぼす。

「まさか薔薇だけが星のすべてだと思ったのかな? ひとつの惑星をひとつの国家が治めるなんて、そんな発展した文明に至れる星は伝説の領域だ。僕らの星は、薔薇という解明できない高エネルギーを手に入れてしまっただけの、平凡な星だよ」

 だから滅んだのかもしれないけどねと、零は自嘲気味に呟いた。

「ああ、源の話が途中になったね。彼はそんな風に立派な騎士様だったから、当代の花守ベアトリーゼ――まあ僕の姉だけど――彼女の信頼も得ていた。薔薇が暴走した時も、最後まで星に残ろうとしていたよ」
「……でも、話を聞いていると零さんは源さんのことが嫌いみたいです」

 良太の言葉に、零が冷ややかに笑う。

「彼は花守を惑わせたからね」
「零はシスコンなんだよ~」

 雪也が茶化すように口を挟んだ。それを咎めるように、扇の間から舞い出た蝶がひらりと雪也に向かう。

「薔薇が暴走したとき、花守が繋いだ扉を抜けて、僕らはこの星に来た。けれどここで問題が起きる。この星の人に紛れて過ごそうにも、時間の流れ方が違うんだ。僕らの上に流れる時間の方が、何倍も遅い。それを不老不死と勘違いして狩り出そうとする輩まで出てきて、選択を迫られた。隠れて時を待つか、この星の人間になるか」
「この星の人間にって……そんなこと出来るんですか?」
「簡単だよ。騎士を継承して、褒賞として願えばいい。ただし、騎士を辞めたら、扉を抜けることは出来ない。つまり、二度と故郷の星には帰れない。それに本来、継承には花守の立会いが必要だ。花守抜きで、コインを継承できるかどうかの不安もあった」

 長い時間を隠れて暮らし、迎えられるかどうかわからない故郷と通信できる瞬間を待つか、二度と帰れないことを承知で騎士を辞するか。
 考えた末に、彼らは流れに任せることにした。急いで結論を出さなくても、自分たちには時間は山のようにあるのだ。
 そして、騎士たちは薔薇の災厄に対抗するための根回しを始める。
 当時は遠く離れていても、コインでの連絡が容易だった。だから彼らは地球という星の上を自由に移動し、時々現れる銀の花を咲かせようとする薔薇を狩りながら、薔薇に関する情報を集めることに奔走した。
 けれど、発展した文明の中で暮らした彼らに、当時のこの星は不便が過ぎた。それを憂えた騎士が、この星の人間に癒され、同じ時間を歩きたいと願う。
 ひとりがコインの継承に成功すると、この星に住む人々と交流することへの緊張が減り、状況は変わった。困れば、コインを継承すればいいのだ。
 それはひとつの逃げ――だったのかもしれない。
 やがて彼らは、コインでの連絡に支障が出ていることに気づく。継承するたび、コインの力が弱くなっていた。
 連絡が難しくなるにつれ、ひとつの場所に集まる必要性を感じた彼らは、褒賞を使って場所を設けた。けれど騎士の褒賞を使っても、故郷の「騎士の間」の完全な再現は不可能だった。
 エネルギーが足りないのだ。皮肉なことに、薔薇を狩るためのエネルギーもまた薔薇だった。
 自分たちが矛盾する環の中にあると気づいた頃、1席の行方が分からなくなった。

「それって、いつ頃の話なんです?」
「いつだったかな。合戦場でね、偶然姿を見て……随分久しぶりだったから、誰かにコインを継承するつもりなのかという話になった。花守を惑わせて、自分は騎士を辞めるのかってね。それきりだ。蝶を飛ばしてもコインの反応が掴めなくなったから、薔薇に取り込まれたものと思っていたよ」

 まさか8席なんていうコインを手にして君と出会っていたとはね、と零は話を切り替える。

「この星に、コインを作れる花守は居ない。考えられるのは褒賞だが、この館のシステムは1席の継承も消失も確認していない。それに、さっきも言ったけど、文明的なものの完全な再現は出来ないんだ。だから、8席という新しいコインが誕生した経緯はわからない。ただ、交信もままならない故郷の星からメッセージが届くとも考え難い。君がコインを使う時に見る記憶は、1席のコインから移されたものと考えて間違いないだろう」

 良太は頭の中を整理する。
 当たり前だが、騎士になってから得る情報は、種々雑多なオリオンの都市伝説を集めていた頃のそれとは比較にならないほど多くて、少し飽和気味だった。けれど。

(知らないままで憧れているより、よっぽど良い)

 知らなかったで済ませるには、コインの担う責任は重過ぎる。今の良太はひとつでも多く情報が欲しかった。
 だから本音で言えば、雪也の年齢のことも、遠矢の兄の事故のことも、踏み込んで話を聞きたい。
 でもそれは彼らがあまり触れられたくない部分かもしれない。零が、2席と7席の消失について詳しく触れなかったように。
 仲間と言っても、彼らの騎士以外の時間を殆ど知らないに良太は、今はまだ個人的な部分まで踏み込んで行くことに敷居の高さを感じていた。

(薔薇を狩るより、余程難しいや)

 せめて教えられた情報はどんな小さなことも見落とさないようにしようと、それまで自分が調べたオリオンの情報と、騎士になってからの情報を照会する。
 そうして、気になったことを調べているうちに、すっかり時間を忘れて――

 

(寝不足で居眠りして廊下に立たされるとか、騎士の面目丸つぶれだな)

 廊下の彼方に視線を投げながら、良太はやや凹んだ顔で嘆息する。
 ついでに、なんとなく蝶が飛んでいるのではないかという疑心暗鬼に駆られて、辺りを見回してしまった。

(まあ、そこまで暇じゃないか。理事長だもんな。館にも滅多に来ないみたいだし……)

 それはそれで、用事のある時に捕まえるのが大変そうだと思わないでもないが。

(そういや、理事長室ってどこにあるんだ?)

 そもそも、その部屋は高等校舎の中にあるのだろうか?
 そういうことは由美香が詳しいだろうが……

(最近、ミーティングさぼってるからなあ)

 由美香が零にオリオンの特集を組むと宣言して以来、意見を求められるのが怖くて、部室に近づき難い良太だった。迂闊な発言をすると自分がオリオンのひとりだとバレそうな気がするのだ。翻せば、それだけ由美香の勘と知識が恐ろし……素晴しいということなのだが。

(秋島先輩かぁ)

 二年生にして乃木高新聞部の部長に抜擢された異例の女傑。彼女なら、銀の薔薇や騎士たちが陥っている状況について、どういう見方をするだろう?
 もしも、全部話せたら。

(無理だよなあ)

 ……本当に無理だろうか?
 あるいは由美香なら、漠然とした情報からでも何かを拾い上げるのでは……?
 頭の上で、終業を告げるチャイムが鳴る。それはノイズと校舎間の反響の重なる雑味の多い音だったが、良太の背中を押すには十分なものだった。
 彼はまだ誰も出て来ていない廊下を、一路部室に向かう。背後で教室の扉が開く音がしたが、教師に呼び止められる前に廊下を曲がった。


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回6月23日(金)更新予定


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