オリオンレイン【第12回】

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前回のあらすじ
コインをくれた源壇をはじめ、騎士たちの大まかな過去を聞いた良太。細かな部分の疑問は残るが、それは個々の心に踏み込むことになりそうで、いまいち話を切り出す決意がつかなかった。そんな良太の頭に、新聞部部長・秋島由美香が浮かぶ。彼女なら、漠然とした情報からでもヒントをくれるかもしれない。そう考えた良太の足は、新聞部の部室へと向かった。

第6話「蝶と鳥と」後編

(いや、待てよ)

 廊下を進んでいた良太の足が、ぴたりと止まる。どこまでを話して、どこをぼかすか計画を立てなくては。
 理事長が宇宙人かもしれない、などという疑問を抱かれたら、そのまま記事にされかねない。
 理事長がオリオンかもしれないと疑われるのもまずい。

(ええと……まずサボり気味なのを謝って、特集を組む計画がどのくらい進んでいるのかを聞いて、実はオリオンみたいな存在が結構昔から居るらしいって流れで……そうすると薔薇も昔からあったんじゃないかって話になるから)

「大江?」
「うわあっ」

 背後から声をかけられて、良太は思わず脇に飛び退いた。

「何よ。その態度」

 噂をすれば影というか、噂もしていないのに由美香である。

「すみません、ちょっと考え事してて」
「どうせ、最近サボってたから叱られるかも~とか、その辺でしょ」
「う……」

 半分正解なのだが、反応に迷う。
 当惑していると、由美香が良太の前に出て歩き出す。

「秋島先輩、そのっ」
「何よ。行くんでしょ? 部室。まだ気が乗らない?」
「や、その……行きます」

 謝るタイミングを逃したまま、良太は由美香の後ろに続いた。

 

「野生の生き物って、弱ってるところとか見せたがらないじゃない?」

 部室に入るなり、由美香がぼやいた。

「えーと」
「なんか小難しいこと考えてるみたいだったから、適当に発破かけちゃったけど、あれからサボりが増えたでしょ? 言われたくないことだったかなって、気になってたのよね」
「いや、そんなことは。変なこと言われた訳じゃないし。ただ、部活まで気が回らないっていうか、そうこうしているうちに顔を出しにくくなったっていうか」

 歯切れ悪く説明していると、由美香が腕を組んで息を落とした。

「用があれば呼び出すわよ。部員なんだし」
「あ、そういうものなんですか」

 すっぱり言い切られて、良太は拍子抜けしてしまう。

「他の部は知らないけど。でも、うちは部誌の締め切り以外は放任だからね。記事を書く人間に余裕がなくなって、面白いものを見落とす方が問題だもの」
「なるほど」

 ここ暫く、飽和する情報と思考の整理に追われていた良太は、その考えが容易に納得できた。

「大体、次の特集はオリオンなんだから、大江は貴重な情報源でしょ」
「え?」

 情報源と言われて、良太の心臓が跳ねる。

(もしかして、先輩、何か気が付いて……?)

 そんな良太に、由美香が怪訝な顔を向けた。

「ずーっと調べていたんでしょ。オリオン」
「あ、そうです。ハイ、調べてました」
「私も特集を組むからにはって調べてみたけど……面白いのよ」

 由美香は鞄からタブレットを取り出すと、画面に指先を滑らせる。
 何かまとめたデータを開いたのかもしれない。

「面白い? ですか?」
「うん、オリオンていうより、銀色の薔薇なんだけど。どうも昔から時々、それらしい記録があるのよ。銀とか、灰とか」

 昔とはどのくらい昔だろうか。良太は由美香の情報探査能力の高さに驚きながら、その手元の画面を覗き込む。びっしりと並んだテキストは、どこから見れば良いのか見当もつかない。

「でも、それはどういうわけか蕾の話だけで、それが咲いたという記録はひとつも無いの。古いものになると、薔薇とも書かれてないから、『薔薇』という名前がつく前のことなのかも」

 良太はオリオンの都市伝説にばかり注意を向けていたので、薔薇の記録を熱心に調べることはしなかった。おそらくネットで話している連中も同じだ。まして、何をどう調べれば、薔薇とさえ書かれていない記録にたどり着けるのか。

「更に興味深いのが、記録の分布なのよね。まだ調べてる途中だけど、昔は大陸でも見つかっていたみたいなのに、いつの間にか日本だけになっていて、最近はこの街ばかり。ビルだらけの都心よりましでも、ここだって一応開発地区だし、そんなに植物に良い環境とは思えないのに、どうしてここで咲こうとするのかしら」

 由美香の話を聞きながら、良太はそれと良く似た話を思い出す。
 地球という星の上を自由に移動していたけれど、力が弱くなったためにひとつの場所に集まるようにした騎士の話を。
 ――もしかして、銀の薔薇は騎士を追ってる?

「ねえ、大江はどう思う?」
「それはオリオンが……」

 言いかけて、良太は慌てて口を噤む。
 考えに沈む由美香は良太の反応には気づかず、その単語だけを拾った。

「オリオンは薔薇を刈るんでしょう? ああでも、卵と鶏の論理になるわね。オリオンの居る場所に咲こうとするのか、咲こうとするからオリオンが来るのか。ねえ、『都市伝説』で最初にオリオンが話題になったのっていつだかわかる?」

 最初の『都市伝説』。確かに、良太も自宅のパソコンにはそれをファイルしている。
 それは、良太が源壇にコインを渡されてこの街に戻ってきた後だ。

(いや、都市伝説って言葉になったのがその時期なだけで、もっと前からあった筈だ。だって三条さんのお祖父さんが騎士だったんだし、零さんだって)

 それはあの館が――『騎士の間』がこの街にあるから。それなら。

(一番最初は? オリオンの騎士が来る前から、地球に銀の薔薇はあったのか?)

 ――騎士が来たから、薔薇が来たという可能性は無いのか。

「大江?」

 由美香の声が、悪い方に傾こうとする良太の思考を止めた。

「すみません。なんか、先輩の情報量に圧倒されちゃって。オリオンの一番古い都市伝説ですよね。家に戻ればわかると思います」
「じゃあお願いするわ。私はもう少し、過去の記録を調べたいから」

 そう言って、由美香はタブレットの画面で指を躍らせる。

「なんだかよくわからないけど、気分が晴れるまで部活は好きなように参加するので構わないから。でも、オリオンのデータだけは先にもらえると助かるわ。昔の記録より、ネットが普及してからの情報の方が雑多なものが多すぎて面倒だから」

 画面の上に視線を走らせながらそんなことを言う由美香に頭を下げると、良太は部室を後にした。

 

 古い記録については、零に聞くのが一番だろう。
 そう考えて、良太は由美香に理事長室の場所を聞けばよかったと気づく。

(理事長に何の用事かって聞かれたら、答えられないし。まあいいか)

 もしかすると、零も館に居るかもしれない。
 良太は校舎の裏門を抜けると、教会裏のオリオンの館へと向かった。

 ――第8席、コインを確認しました。

 聞き慣れた無機質な鈴にも似た声を聞きながら目を開けると、騎士の間には既にスクリーンが展開されていた。

「あ、良太だ」
「早いじゃん」

 地図と景色を映し出す画面を注視していた雪也と遠矢が振り返る。

「また薔薇が?」
「おう。ここんとこ立て続けだよな。ここのエネルギーを心配しなくていいのは助かるけど、微妙だぜ」

 遠矢が苦々しく言うのに、雪也が首を傾げた。

「ボクもこんなに頻繁なのは初めてだよ。しかも最近はこの街だけなんだよね」
「この街だけって……前は違ったのか?」

 良太の問いに、雪也は金色の三つ編みを揺らして頷いた。

「前はね、ボクの住んでいた街でも咲こうとしてたよ」
「雪也の街って……」
「ボク、8年前にこの街に戻って来たけど、前はふたつ向こうの街で暮らしてたからね」

 それは良太の知らない薔薇の話だ。
 雪也が知っているということは、オリオンは――都市伝説は既に存在したのだろうか?
 確認しようと前に出たとき、室内に声が響いた。

 ――第3席、コインを確認しました。

 声と同時に室内に現れた莉央は、スクリーンの前に並ぶ3人に目を走らせ、眉をひそめる。

「誰も出ていないのか」

 その不機嫌な声に、遠矢が肩をすくめた。

「たまたま揃っていただけで、お前より早く動いたわけじゃねえよ」
「莉央が良太より後って珍しいよね」

 火に油を注ぐような雪也の発言に、遠矢が彼の頭を小突いた。

「あの、零さんは……」
「彼は来ない」

 素っ気なく答えて、莉央が懐からコインを取り出す。

「なんかね、零は基本いつも忙しいんだよ。まあ、お仕事もあるからね」

 雪也のフォローで、良太は学校の温室の事件まで、零の姿さえ見たことが無かったと思い出した。

「それで。僕は出るが、他に誰が来る?」
「あ、俺が」

 莉央に促されて、良太は片手を軽く上げるとポケットからコインを取り出した。

 

「――Bet」
「Bet!」

 弾かれたコインの硬質な響きに、静かな声と勢いのある声が重なる。
 同時に、リボンのような銀の光が室内に溢れた。
 幾筋にも重なる銀の波の向こう、良太はいつものように知らない景色を見る。
 白い扉の前に立つ人が、波打つ淡い色の髪を揺らして振り返る。
 それは零にどこか面差しの似た、けれどもう少し柔らかな印象の少女。

(彼女が、ベアトリーゼ……?)

 その足元には豊かに花咲く銀色の――
 まるで電源が落ちるように、景色が消えた。
 代わりに良太の視界に映ったものは、スクリーンの中央に映る銀の薔薇の蕾から、ゆらりと昇る銀の光。
 それは黄昏の空に、薄く、淡く仄光り、霞のように形を作る。

「まさか、あの薔薇、誰かを食ったのか?」

 遠矢の固い声。その手はコインを握っている。

「違う、あれは」

 良太はその霞が作る形を知っていた。たった今、光の奔流の向こうで同じ形を見たばかりだから。

「あれはお姫様だよ、遠矢」

 呆然と、あるいは陶然と画面を見ながら、雪也が呟いた。

「どうして薔薇が、花守の姿を見せるっ」

 莉央の呟きに同意するように、霞のような影に蝶が止まった。
 藤紫の光が、ひらりひらりと瞬く間に影を覆っていく。

『お前たちがその姿を映すのは、許せないよ?』

 昏い声が、スクリーンの向こうから届く。

「零?」

 蝶は仄淡く強く輝きながら、霞のひとかけらも残さないようにその輝きを覆っていく。銀の薔薇はそれを不服とするように、蔓を伸ばす速度を上げる。
 蝶を操る零の姿は映らない。

「おい、まずいぞ」

 遠矢の声に焦燥が滲んだ。

「行く」

 短く答えた莉央がビリヤード台の上に浮かぶ扉の向こうに跳んだ。
 良太が慌てて後を追う。仮面の端から、莉央がdouble-upをかける声が聞こえて、良太は咄嗟にそれに倣った。
 赤と銀。溢れる二条の光の中に、ぼんやりと景色が流れかけ。

『離れてください、零!』

 莉央の怜悧な声が、光ごと景色を砕いた。

 

 それは例えるなら、蝶の塚。
 銀の薔薇の蕾も、その上に霞のように浮かんだ影も、一筋の光も残すまいとするように蝶に覆われている。
 まるで蝶が薔薇を食いつくそうとするかのように。
 そして自分を食らう蝶を払おうと、銀の蔓が伸びる。
 銀の蔓の先に無数の白い矢が落ち、縫い止めるように貫いた。
 良太の視界に入るのは、蝶と銀の蔓ばかりだ。蔓を双剣で斬りながら、零の姿を探す。
 蝶が居ては、蕾を狩ることが出来ない。
 そして蕾がある限り、蔓は伸び続ける。

「きりがないぞ……」
「離れてください、零!」

 莉央の怜悧な声に、良太が既視感を覚えたとき、どこからともなく飛来した黒い鳥が、蝶塚の中心を貫いた。
 塚の形をしていた蝶が衝撃で散らされる。一瞬、銀の蕾までの道筋が出来た。

「――我らに星の導きをっ」

 流星のように輝く白銀の矢が放たれ、蕾に吸い込まれる。
 刹那、薔薇は全ての動きを止めて、次の瞬間に霧散した。

「さっきの鳥は……」

 窮地を救った鳥の行方を探す良太の視界で、散らされた蝶が集まり、改めて人の形を取った。平塚零の姿を。

「随分と荒っぽいことをするものだ……」

 まるで自分が貫かれたように――実際、貫かれたのかもしれないが――胸元を押さえた零が、宙を睨む。莉央が零の視線の先に、牽制するように矢を構えた。
 良太は何が起きたのかわからない。その耳に、聞き覚えのある声が響く。

「花守が関わると前が見えなくなる君には良い薬だろう?」

 淡々とした声は、かつてと変わりなく。

「何百年ぶりかな。今更、何をしに来た」
「無論、星を見に」

 ――星を見に来たんだ。

 良太の記憶にあるものと同じ声、同じ姿で。
 第1席であるはずの黒衣の紳士が呟いた


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回7月7日(金)更新予定


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