オリオンレイン【第13回】
前回のあらすじ
銀の薔薇の蕾から霞のように花守の姫の姿が現れ、零が静かな怒りを見せる中、「彼」が現れた。行方が分からなくなっていたという第1席――良太にコインを渡した、あの青年が。今更何をしに来たと問う零に、第1席・源壇は当然のように答えた。良太の記憶と寸分違わない声で、「星を見に」と。
第7話「ナイト・マジカルナイト」前編
賑やかな喧騒に、明るい音楽が重なる。
様々な音が不思議とひとつに調和する場所で、良太はバルーンを配る羽の生えたピエロをぼんやり眺めていた。
ここはフェアリーランド。妖精たちが案内を務めるおとぎの国――という設定のテーマパークだ。
良太の隣では、遠矢が黙々とポップコーンを食べている。
風車を手に人の波を縫うように走り抜ける子どもを視線で追えば、金の三つ編みを揺らしながら走って来る雪也と目が合った。
手には七色に着色された星形の棒つきキャンディーを持っている。
「見て見て! この飴凄く綺麗だよ!」
「お、おう……派手な星だな」
良太が率直な感想を言うと、ポップコーンを食べ終えた遠矢が不満げにぼやいた。
「飴? もうちょっと腹の足しになるもん見つけて来いよ」
「甘いものは心の足しになるからいいの!」
「知ってっか? 腹が減ると心も飢えるんだぜ」
遠矢は握り潰した紙パッケージを、道路脇の屑かごに向かって投げる。綺麗な放物線を描いたそれは、屑かごの中に落ちて軽い音を立てた。
「ホットドッグとか売ってねーの?」
「そういうのはフードコーナーじゃないかな」
遠矢と雪也の会話を聞いている良太の心は複雑だ。
(俺たち、こんなことしてていいのかな……)
考えていると、二対の視線が良太に向けられた。
「良太。これは調査だよ?」
雪也に言われて、良太は考えたことを声に出していただろうかと、遠矢の反応を伺う。
「顔でわかるんだよ、お前」
「顔……」
良太は露店で売られている妖精のお面に目を向けた。すかさず雪也が反応する。
「お面買っちゃう? そうだよね、肝心の『鏡の国』は90分待ちなんだもん。時間まで楽しまなきゃ損だよ」
雪也の言う『鏡の国』は、先月リニューアルされてから大人気のミラーハウスだ。
人気の理由は『恋が叶う鏡の国』というキャッチフレーズ。関係者はその根拠を妖精の秘密だからと言っている。
鏡の国の感想を探しても、「とても綺麗な場所だった」「きらきらしていた」といった曖昧なものしか見つからず、そうかと思えば「ミラーハウスなんてどれも似たようなもの」という意見にぶつかり、具体的にどういうアトラクションなのか、まったくわからなかった。
新聞部部長の由美香は、歩いているうちに終わってしまう印象しかないミラーハウスにそれだけの集客力があるのは不自然だと言う。
莉央や零も似たような見解だったらしく、キャッチフレーズへの不満が無いことと併せて、アトラクションの中に銀の薔薇が隠されている可能性を考えていた。
先日の件が無ければ――銀の薔薇がひとりの少女の姿を映したあの夜、行方不明になっていた第1席騎士・源壇が現れなければ、調査に来るのは零と莉央の予定だった。
(それはそれで、凄い構図だよな)
零はともかく、莉央がどんな顔でこういう場所に来るのかは好奇心をそそられる。
けれどそれより、あの夜の出来事が気になった。
「本当に、この星は時間が過ぎるのが早い」
星を見に来たと言う黒衣の青年――第1席・源壇は、良太を見てそう言った。
その目元は、濃い色の仮面に覆われて表情を隠している。
だから顔の記憶が曖昧だったのかと、良太が妙な納得をしたとき。
「説明してもらおうか。騎士の1席であるはずの貴様が、任を放棄して何をしていた?」
普段の穏やかな物腰からは想像もつかないきつい口調で、零が問いを放った。
「騎士の任を放棄した覚えは無いな。今も昔も、私は花守のためにある」
「千年近く姿を消しておいて、抜け抜けと……っ!」
どこまでも飄々とした相手に、零が苛立ちを滲ませる。
「そもそも、騎士の役割とは何だ?」
「花守を惑わせた貴様が騎士の役割を語るかっ!」
「語るさ。君がその役目を放棄しているのだから」
夜の空に、仄光る銀の蝶が浮かんだ。
「僕が、騎士の役目を放棄しているだと……っ」
ひらひらと蝶が増える。
気にする様子もなく、壇は莉央に視線を向けた。
「君も。そして君たちも。過ぎる時の中で足掻いた同胞を否定する必要は無い。だが、今は君たちこそが星の騎士。その在り方を問うことを忘れてはならない」
(――在り方を問う?)
良太が壇の言葉を反芻した時、辺りを舞っていた蝶が波のようにうねり、その中央を割るように黒い鳥が飛んだ。
「捉えろ、3席!」
蝶の統制を崩された零が、矢を構えたまま動きを止めている莉央に指示を出す。
「ですが……」
莉央は動けない。
情報通りなら、目の前の紳士は零と同じ――星を無くした彼らにとって最古参の騎士だ。
「君の判断は正しいよ、3席。その聡明さを大切にすることだ」
壇は宇宙色の鳥を腕に留め、口元だけで薄く笑う。それから、彼は良太に視線を向けた。
「久しぶりだ、少年。コインは未だ白紙だね。君の選ぶ未来を楽しみにしているよ」
鳥が羽ばたき、夜空に同化する。
「待て、壇っ」
気づいた零が呼んだが、壇の姿は風に流れるように闇に溶けた。
良太にとって、それは子どもの頃の記憶の再現のようだった。
目を開けたときには、あの紳士は謎の言葉だけを残して、いつも消えているのだ――
零と莉央はあれきり館に来ない。莉央の姿は時々校内で見かけたが、難しい顔をしている気がして近寄れなかった。
「ねえねえ、今ならキャニオンコースターの待ち時間が無いんだって! 乗りに行こうよ!」
1席が現れる前も現れてからも変わらない雪也のマイペースさに、思わず苦笑する。
そうして微妙に緊迫した空気を忘れたとき、ふと残された言葉を思い出した。
「白紙のコイン……」
それはどういう意味なのだろうか。
星を守るというのは、騎士のことではなかったのだろうか。
「まあ、俺たちは騎士の継承が前提だったから、考えること無かったしな」
タイミング良く降って来た言葉に、良太は思わず相手を見る。
「遠矢って読心術とか……」
「無えよ。だから、お前は顔に出てんの」
やっぱりお面を買うべきだったのか。
けれど、ファンシーな表情のそれらは原色系もパステル系もどうにも敷居が高くて、良太には手が出せなかった。
他方、ちょこまかと走り回ってテーマパークを満喫する雪也の後頭部には、季節感を無視したかぼちゃのお面が張りついている。
「ま、わからねえこと考えても仕方無いだろ。そういう時はわからねえとか知らねえとか言っとけよ」
「言うって、誰に……」
「コインに。気まぐれで返事をするかもしれないぜ」
遠矢の言葉にしては少し意外な気がして、良太がきょとんとした顔になる。
「一番手っ取り早いのは、あの1席をとっ掴まえて話を聞くことだけどな」
それはまったくその通りだと思ったので、良太は小さく頷いた。
「また会うかな」
「会うだろ。出来ればじじいの居ないときがいいな」
「そうだねー。零は昔から、あの人にお姉ちゃん取られたって思ってるからね」
いつの間に引き返してきたのか、雪也が話に割り込んだ。
「雪也ってそんな昔から零と知り合いなのか?」
「やだな、そしたらボク、千歳近いことになっちゃうよ。ボクは先代から聞いただけ」
「あのじじいが若作りなんだよ」
零が聞いたら蝶が飛んで来そうだと思いつつ、良太ははたと気づく。
(あれ、でもそうすると、源さんも零と同じくらいの齢って事か。素顔見てないけど、やっぱり若めなのかな)
――それはつまり、彼も若づ……
「皆高くん?」
危険な連想を止めるように、聞き慣れない女性の声がして、良太の思考が止まる。
少しの安堵を覚えながら振り返ると、大学生っぽい女の人が驚いたような顔でこちらを――雪也を見ていた。
肩から掛けた鞄に、鏡の国のチケット特典で有名な、ハート形のチャームがきらめいている。
彼女は良太たちが誰も返事をしないことに気づいて、我に返った。
「あ、ごめんなさい、人違い……かな……。ね、君、ゆきなりって名前のお兄さん居ない?」
「…ゆき兄のことかな? 似てるって、よく言われる従兄弟なら居るよ」
雪也にしては控えめな声が、困惑したように答えを返した。
(従兄弟?)
良太の疑問を遮るように、彼女の顔が晴れる。
「やっぱり! ゆきなりくんの知り合いなんだ!」
「え、いや雪也は……」
言いかける良太を遠矢が小突く。
「凄い。鏡の国の効果って絶大かも!」
彼女はひとりで喜んでいる。雪也は流石に困惑気味の――彼女への対応を見る限り、演技かもしれないが――顔をしていた。
「ご、ごめんね。でも嬉しくて。私、中学の時に君の従兄弟の皆高ゆきなりくんと同じクラスだったの。でも高校受験が終わって登校したら、皆高くんがお家の都合で急に留学しちゃってて、ずっと気になってたんだ。彼、元気? まだフランス?」
「元気だよ。いつもメガネかけて、ムズカシイ本ばっか読んでるよ」
「そうなの? お菓子を持ってる子のところに寄って来るってイメージしかないなあ……」
いや、そのままです……良太は心の中でツッコミを入れる。寧ろ難しい本ばかり読んでいる皆高雪也とは誰のことか。
「帰国の予定とかないのかなあ」
懐かしそうに呟いて、彼女はふと雪也を見た。
「あの、あのね。もし良かったら、なんだけど。私の連絡先を皆高くんに伝えてもらうことって、出来るかな……?」
「連絡が取りたいってこと?」
遠慮がちな相談に直球を返されて、彼女の顔が赤くなった。
「あの、駄目だったら駄目で……だってこんなの、無茶な話だし」
不規則に視線を泳がせる相手の前で、雪也は思案するように子どもっぽく首を傾げた。
「うーん……おねーさんの連絡先を伝えるっていうのは、多分父さんに言えば出来ると思うけど、それでゆき兄が連絡するかどうかまではわからないなあ。夏休みに向こうに行った時も殆ど会えなかったし、なんかいつも研究がーとか論文がーとか言ってる感じ?」
「そ、そうだよね。大体、私のことなんて忘れてるかもしれないしっ、いきなり中学のクラスメイトとか言われても、怪しいだけだよね!」
微妙に噛み合わない会話に、雪也が一瞬、不満そうに頬を膨らませる。
「……ゆき兄、記憶力いいから、忘れてはいないと思うけど。バレンタインにもらったチョコの話とか聞いたことあるよ」
瞬間、彼女の顔が赤いを通り越してトウガラシのような色になった。
「そ、そそそそうなんだ? そうだよね。皆高くん、昔から頭良かったもんね! あの……、じゃあ、預けるだけ預けても?」
「おねーさんがボクを信用してくれるなら?」
「え、だって君、本当に皆高くんの中学の頃まんまなんだもの。きっと鏡の国の魔法のおかげだと思うし」
「魔法……」
良太と遠矢が視線をかわす。彼女は気づかず、鞄の中からファイルとペンを取り出した。
「陽奈ー? 何やってんのー?」
人波の向こうから、やはり大学生風の女子が二人、近づいてくる。
「ごめん、ちょっと知り合いーっ」
彼女は言い返し、慌てた様子でペンを走らせると、ファイルから外した紙を同じ色の封筒に入れた。
それから少し考えて、鞄につけていた鏡の国のチャームを外すと、封筒の中に入れる。
「……今の、鏡の国でもらえるやつだよね。大事なものじゃないの?」
「いいの。皆高くん綺麗なもの好きだったし」
楽しそうに言って、彼女は封筒を雪也に差し出す。
「じゃあこれ、お願いしていいかな。あの、いつでもいいから……皆高くんにも、気が向いたらでいいからって、伝えてもらえたら……あ、その、封筒渡してくれるだけでいいから」
「ちゃんと伝えるよ、陽奈子ちゃん」
呟いて、雪也は封筒を受け取った。
「あれ? なんで名前……あ、そうか。そこに書いてあるもんね。ありがとう。よろしくね」
「陽ー奈ー」
痺れを切らしたような声に、陽奈子が雪也たちに慌ただしく頭を下げる。
「あれ、そういえば、後ろに居るの……」
「従兄弟だよ」
「ああ、そうそう、従兄弟ですっ」
遠矢と良太の答えに、陽奈子が一瞬目を丸くする。
「あの、お時間とってしまって、すみませんでした!」
我に返った彼女は恐縮したようにもう一度頭を下げると、彼女を待つ女の子たちの方に駆けて行くのだった。
著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ
次回7月21日(金)更新予定
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