オリオンレイン【第14回】

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前回のあらすじ
良太たちは『恋が叶う鏡の国』として人気上昇中のミラーハウスを調べるため、フェアリーランドに来ていた。待ち時間を利用してテーマパークを満喫する雪也に付き合うふたり。そこに、大学生風の女性が声をかけて来た。中学の時に雪也のクラスメイトだったと言う彼女に、「似てると言われる従兄弟なら居る」と答えた雪也は――?

第7話「ナイト・マジカルナイト」後編

「……んで?」

 雪也に声をかけて来た女子大生が人波の向こうに消えたのを確認して、遠矢が説明を求めた。

「ふたつ前に通った中学のクラスメイトだよ。お菓子作るの上手でねー。バレンタインのチョコケーキが美味しかったな♪」
「ふーん?」

 意味深な相槌を入れられて、雪也が遠矢を軽く睨む。

「……悪い」

 遠矢は手を挙げて、あっさり非を認めた。

「あのさ、ふたつ前の中学って……」

 話の核がわからない良太が、遠慮がちに口を挟む。

「あ、良太にはまだちゃんと話したこと無かったよね。えーと、ボクの時間もちょっとゆっくりなんだよ。零ほどじゃ無いけど」

 いつもと同じ口調で、雪也がさらりと言った。

「ほどじゃ無いっていうと……」

 デリケートな部分に踏み込んだ気がして、良太は続ける言葉に迷う。
 以前、良太は雪也に、彼の齢を誤解していると指摘されたことがある。だから雪也が見た目通りの年齢では無いだろうことは、なんとなく予想していた。
 それに、double-upをした時の、良太と同じくらいの身長に変身した雪也の姿。
 あの姿から考えるなら、良太より少し上――遠矢と同じくらいか、あるいは。

(まさかとは思うけど。でも零さんや源さんが千年越えなんだから……)

 良太は恐る恐る口を開く。

「ご、500歳くらい……?」

 雪也の目が丸くなる。遠矢が小さく吹き出した。

「なんでそこで笑うの?」
「お前の行動のどこを見て、500超えの人間と思ったのかって」
「もー、遠矢はちょっと黙ってて!」

 雪也は手に持ったままだったキャンディーを遠矢の口に突っ込むと、良太に向き直る。

「ボク20代なの。一応」
「え、そんな若……いや、遠矢より年上?」

 予想より若いようで、想像よりは上という微妙な年齢に、良太は反応に迷った。

「別にあの星の遺伝子を継いでいる人が、全員こうなるわけじゃないんだよ。5席のコインの問題。ボクの持ってるコイン、穴が開けられてるでしょ?」

 良太は以前見せてもらった雪也のコインを思い出す。首元から引っ張り出されたそれは、確かに鎖が通されていた。

「多分ね、あれが良くなかったんだろうって聞かされたよ。ご先祖様的には、大事なものだからなくさないようにって善意だったんだろうけど、穴が開いた分、褒賞の力が欠けちゃったみたいなんだ」

 だから皆高の家には、時々時間の流れの遅い人間が生まれる。
 それは欠けたコインの影響を受ける、コインに縁深い者。つまり、騎士を引き継ぐ者の目印でもあった。

「8年くらい前だったかなあ……なんか大叔父っていう人がボクのこと引き取りに来たの。『時間の流れが遅いのは皆高の当主の証である』とか言って。時代錯誤だよねー。でも、その頃にはもう、ボクの家族はボクの成長に疑問を持ってて、家の雰囲気も微妙だったから、割とあっさり養子になっちゃった」

 大叔父は実際には大大大叔父くらいにあたる人で、彼が先代の5席だった。
 それからは、外見に合わせてちょこちょこ中学の転校を繰り返した。乃木の中等部にも、夜学にも紛れ込んだことがある。

「その辺りはホント、零のおかげだね。スクールでスキップした帰国子女とか書類を作って、大学の聴講生とかもやらせてもらったよ。知ってる子に会ったらどうしようって思ったけど、意外と気付かれないんだよねー。だから……うん。最近ちょっと、油断してたかな」

 雪也はペロリと舌を出す。冗談めかして言うそれは、さっきの女子大生のことだろう。
 良太がそう思った時。パークの一角でどよめきが走った。

 

「なんら?」

 キャンディーをくわえたまま、遠矢が視線を走らせる。
 きらきらとした銀の霧が、決壊したようにパークを飲み込んで広がっていた。

「あれって、ひょっとして薔薇の……」

 驚く良太の隣で、遠矢がキャンディーをかみ砕く。

「人が多すぎるな。あの霧が広がるのを待ってたら、目撃者が増える一方だぞ」
「けどなんで……、人は無意識に銀の薔薇から隠れるんじゃないのか?」
「わからねえけど、鏡の国とかいうアトラクションが薔薇を使ってたなら、人は薔薇に願うために集まってたことになるだろ」
「じゃあこれ、ミラーハウスから広がってるのか!」

 良太は周囲を見回すが、出口に押し寄せる人が多すぎて、鏡に国の方向もよくわからない。

「良太、遠矢、キャニオンコースターだよ!」

 雪也が、流れてくる人波の向こう、待ち時間ゼロと表示されている一番近い建物を指差した。

「んなもん乗ってる場合じゃ……」
「あのコースターはこのパークを山脈に見立てて一周するの。霧の深い場所に行けばコインも使えるでしょ」
「なるほどっ」

 雪也の先導で、三人は人波をかき分けてアトラクションに向かう。
 ゲートは開いていた。多分、客を避難させるために開放したのだろう。

「あの、お客さま!」

 係員の呼び止める声に、「大事なものを忘れたんですっ」と言い返し、建物の中に駆け込む。
 銀の霧が薄く流れてくる中、コースターはまだ動いていた。

「カメラ、映ってっかな」
「温室の時は、薔薇が活動を始めたころから映像が荒くなってたけど」
「でかした新聞部! その情報信じるぜ」

 良太と遠矢がコースターの最前席に飛び乗り、雪也がコースターの先頭に乗る。

「え、ちょ……」
「こういう時にも対応できる仕様にしてあるんだから、活用しないとダメでしょ?」

 雪也は驚く良太に悪戯っぽく言うと、首元から鎖の通ったコインを引き出した。片手をコースターの縁にかけたまま、もう一方の手で仄かに赤く明滅するコインを口元に寄せる。

「Bet」

 囁くように告げると、コインから赤い明滅が消え、代わりに銀の花が広がる。雪也の姿が輝きの中に溶け込むように消えて、次の瞬間、黒いスーツに銀の仮面をつけた少年が立っていた。
 バランスを取るようにコースターの縁にかけられていた手は、もう解放されている。
 彼は高度を上げていくコースターの先頭から、テーマパーク全体を見回した。

「見えるか?」
「えーと……あそこの高低差を付けた鋭角なコーナーの向こうくらい。鏡の花みたいになってるんだね。中心に噴水みたいなのがあって、そこから霧が出てるけど……」

 遠矢の問いに答えてから、雪也は背後を振り向いた。

「二人とも、安全バーを下ろすか、Betした方がいいんじゃない?」

 良太と遠矢が顔を見合わせる。
 そうだ、ゆるゆると上っているから失念していたけれど、これはコースターで、この状況で停止していないということは、上り切った後には――

(いやいや、この角度でもしコイン落としたらどーすんだよ)

 騎士になっているならともかく、素のままで気軽に拾いに戻れる高さではない。

「コール! lotusleaf!」

 不意に声が響いて、コースターのレールの周囲に金の軌跡が走り、空に浮かぶ金色の葉を実体化させた。

「足場サービス?」
「最初からやれよ」

 金のステッキを手にした雪也の言葉に、遠矢がぼやく。彼はそのまま、コースターの座席を蹴って金色の葉に飛び移った。

「良太!」
「うえ? ちょ、……あ。」

 慌てて後を追った良太の手から、直前まで握り込んでいたコインが浮く。

(待っ――)

 慌てて伸ばした手の向こうで、落下を始めたコインが黒い影に弾かれた。

(今の……?)

 良太は重力に逆らって手の中に戻ったコインを握り、金色の葉の上から周囲を見回すが、地上は銀の霧が濃くなっていて良く見えない。

「先に行くよ~」

 コースターが走り抜ける轟音に混ざって、雪也の声が遠ざかった。
 急加速して銀の霧の中に飛び込んだコースターが、鋭角なコーナーの向こうにもう一度その姿を見せたとき、黒いスーツ姿の少年はその先頭から姿を消していた。

「「Bet!」」

 金色の葉の上で、ふたつの声が重なり、銀の光を迸らせた。

 

 上から見たときは花のように見えたそのアトラクションは、迷路のように鏡とクリスタルパネルを配置した建物だった。

「ふーん。鏡の国かあ」

 雪也は感心したように呟く。
 一見、普通のミラーハウスと変わらないように見える――天井が鏡とクリスタルガラスで組み合わせた巨大な薔薇の意匠であることを除けば。
 誰がデザインしたものか、それは遠近を利用した絶妙な採光配置だった。
 時折ライトのように差し込んでくる光の関係で、目の前にあるのが鏡なのかクリスタルパネルなのか、判別が難しい。

「どっちかっていうと氷のお城って感じだなあ」

 静かな空間に響く声は天井に吸い込まれる。歩くたびに降り注ぐきらきらした光は、それこそ魔法のようだった。
 静謐な空間には、いつものように縦横無尽に伸びる銀の蔓も無い。ただ時折、鏡の縁の意匠のような振りをしてするする伸びる細い蔓が目に入った。
 こんな風に静かに広がる銀の蔓を、雪也は初めて見た。それはどこか、この光の空間を堪能しているようにも見える。
 それでも、蔓がある以上、どこかに蕾がある筈だ。

「蔓が動いてないと意外とわかりにくいんだね」

 呟きながら、鏡の回廊を歩く。そのたびに、周囲に映る無数の雪也が動く。
 銀の蔓はそれを観察するように動かない。

「よく、合わせ鏡の13番目に真実の姿が映るとか、怪談があるけど」

 真実の姿なら知っている。騎士を継承して初めて鎧を纏ったとき、その時だけ本来の年齢に近付くことを知ったから。
 欠けたコインに力が満ちると、きちんと成長した状態の自分を見るのだ。まるで、未来を引き寄せるように。

「この場合、どれが正しい13番目なんだろう」

 コインが見せる姿と13番目の鏡の自分を比べてみたい気持ちになって、雪也はふと足を止めた。その視界にある鏡の中に、雪也ではない黒い紳士が映り込む。

「あれ?」

 思わず振り返るが、人影は無い。角度としては斜め後ろの鏡――そこに映り込める角度にある鏡。

「あ、もしかして、スタッフの人が使う隠し通路?」

 ……あるだろうか?

「雪也ーっ」

 慎重に鏡に触れていると、呼び声と二人分の足音が近付いて来た。
 時々、道を間違えるのか、ぶつかるような音も響いてくる。

「薔薇の方が静かとか、調子狂うなあ」

 雪也はおかしそうにくすくす笑いながら、仲間の到着を待った。

「追いついた」

 鏡に映る小柄な礼服の少年を見て、良太が足を速める。

「あ、良太、そこは」

 ――クリスタルの壁。
 雪也が言葉を続ける前に、良太が壁にぶつかった。
 その隣を遠矢が進む。

「遠矢はなんで間違えないんだっ」
「影が歪まずに伸びてる方が通路。足元見てりゃわかるだろ」

 さらりと言いながら雪也の前に来た遠矢は、その手が触れる鏡に視線を向けた。

「その中?」
「多分」
「何が?」

 ミラーハウスに惑わされて散々な目にあった良太は、咄嗟に会話がわからない。

「お前、雪也と別の意味でアトラクション堪能してるな……」

 遠矢の呆れた呟きが耳に痛かった。

「あのね、このスタッフ用通路の中に蕾があるんじゃないかなって」

 雪也の説明を聞いて、良太が真顔になる。

「開けるね?」

 ふたりに宣言すると、雪也は慎重な面持ちで鏡の扉を押した。
 薄暗くて狭い通路に、鏡とクリスタルが作る光が差し込む。壁沿いに広がった銀色の蔓が、まるで星空のようにきらきらと光を反射した。
 その輝きを辿っていく。いくつかの角を曲がると、そこだけ明るく天窓の作られた場所に出た。出口に近いその通路の脇、クリスタルの台座の上に、ひっそりと、銀の薔薇の蕾が瞬いていた。
 台座の周りを覆うように、するすると静かに銀の蔓が伸びている。

「何でこんな場所に……」
「噂になると、狩られるからだろ、俺らに」

 遠矢の言葉を聞きながら、良太は銀に瞬くそれを見た。
 こんなにも間近く、ゆっくりと銀の薔薇を見たのは初めてだった。
 光を弾いて佇むそれは、ただ綺麗で。

(なんで狩るんだろう……)

 ふと、そんなことを思った。
 良太は知っている。この薔薇が咲こうとしたとき、増殖する悪夢のような銀の蔓を。
 意志あるもののように伸びて、ときに人を取り込もうとするその銀の色を、知っているはずだった――けれど。

「なあ。薔薇って、絶対狩らなきゃ駄目なのかな……」
「蔓も伸びてるし、もう咲くだろ。狩らないと、ゲートを完成させて、暴走する銀色の化け物をこの星に呼ぶぞ」
「そうかもしれないけど」

 温室の銀の薔薇も、瞬を始めてから急激に成長した。これもそうなるなら、ここで狩るしかない。

「良太。ご先祖様の星には花守のお姫様が居たけど、この星には居ないんだ。だから、ボクたちには狩る以外の方法は無いんだよ」

 良太の考えを読んだように、静かに雪也が言った。彼も同じことを思ったのかもしれない。

「せめて夢の国みたいに、綺麗に狩ろうね」

 雪也は手にしていたステッキを上に翳す。

「double-up」

 天窓からの光を弾いた金のステッキが、七条の光で雪也の周りに軌跡を描く。文字のようなそれが金の粒子に変わり、雪也の姿を隠すと、金の鎧の騎士が現れた。
 20代――。言われてみれば、腕も足も良く伸びて、幼さは欠片も残っていない。癖の少なくなった金の髪はマントの上を滑るように背に流れ、遊ぶように揺れている。
 彼は金の飾りのついた黒い杖を掲げると、静かに言葉を紡いだ。

「Accept to Orion.The eternal heart your planet」

 そこだけは僅かに名残りのある、いつもより低い雪也の声だった。
 杖の金の飾りから細い雨のように流れ出る金色の糸が、包み込むように静かに銀に輝く蕾を覆っていく。
 蔓の抵抗は無かった。まるでそれが決められていたことのように、銀は金に覆われて、さらさらと崩れていった。
 それを見ながら、良太はふと思う。
 ――この星には、花守が居ないから。
 もしもこの星に花守が居たら、『狩る』以外の方法が見つかるのだろうか、と……。

 

 スタッフ通路は出口近くの売店に繋がっていた。
 その売店の近くで眠る人々の中に、陽奈子と、その友人ふたりの姿があることに気づいたのは遠矢だ。どうやら彼女たちは特典のチャームのためにチケットを再購入しようとしたらしい。
 薔薇は狩ってあったし、ほどなくフェアリーランドの騒ぎは鎮まるだろう。
 けれど『鏡の国』にこっそり置かれていた銀の薔薇はもう無い。運営側は施設の確認をするために、暫くアトラクションを止めるだろう。チケットは買えなかったに違いない。チャームもまたしかり。
 あの中学で、皆高雪也は『慌ただしく留学した』ことにする予定だったから、最初から一番緊迫する中学3年の2月中旬に無言のまま転校することになっていた。
 だから、直前に渡されたチョコケーキの返事もしなかった。
 そんな薄情なクラスメイトをよく覚えていたものだと、ありがたく思う。同時に、彼女の記憶の中でさえ成長しない自分を、寂しく思った。だから。

 

「こんばんは、お嬢さん?」

 雪也は――金の鎧の騎士は、窓越しに陽奈子に声をかける。
 部屋の中の彼女が緊張するのがわかった。
 当然だ。突然家の窓の外に人影が現れたわけだから。

「誰……?」
「私はオリオン。星の行方を護る者」
「オリオンって、都市伝説の?」

 雪也は心の中で苦笑する。中学の頃も、彼女は不思議なものが好きだった。

「そのままで。――あなたの忘れ物を届けに来ました」
「忘れ物……?」

 小さな銀の光が、流れ星のように部屋の中に飛び込む。
 咄嗟に受け取った陽奈子は、それが鏡の国のチャームであることに気が付いた。

「どうしてこれ……まさか、皆高くん?」

 陽奈子が窓に近づく。
 風が吹いて、幕を引くように彼女の部屋のカーテンを内側に泳がせた。

 

「やあ。お疲れ様」

 建物を二つほど飛び移ったところで、雪也はかけられた声に足を止めた。
 避雷針の上に飄々と、黒い紳士が立っている。
 知っていた。ずっと視線を感じていたから。

「ミラーハウスにも、居たよね? どういうつもり?」
「私は花守の騎士として出来ることをしているだけだよ。今の演出は――サービスだ」

 壇は言って、その手に宇宙の色をした鳥を呼ぶ。

「騎士をするというなら、騎士の間に来るべきじゃないの? あなたは言葉が少なすぎて、何を考えているかわからなかったって、聞いているよ」
「やはり5席はマメだ。コインは席の精神まで引き継ぐらしい」

 どこか愉しげに言って、壇は雪也に向き直る。

「ひとつ教えてあげよう、5席の末裔。君にかけられた魔法は、解くことが出来る」
「何……?」
「魔法も呪いも、いつかは解けるものさ」

 言いたいことだけを言って、壇は闇に溶けた。雪也は追わなかった。
 いつかは解ける。そんなことは知っている。
 先代5席は、雪也を引き取ってから色々なことを教えてくれた。
 薔薇もコインも、昔より輝きが薄い――とか。
 行方の分からなくなった1席が正しかったのかもしれない――とか。

「相談も無しに消えてしまうほど、あなたにとって他の騎士は頼りにならなかったのかって、みんな、気にしていたんだよ」

 もう感じなくなった視線に向けて、雪也はぽつりと呟いた――


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回8月11日(金)更新予定


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