オリオンレイン【第15回】

← 前作品ページ次 →


前回のあらすじ
1席の登場は、言い伝えを信じて薔薇を狩って来た少年たちに少なからぬ波紋を広げて行く。そんな中、ひっそりと花開こうとする銀の薔薇を間近で見た良太は、その繊細さにふと疑問を抱いた。薔薇は絶対に狩らなければならないものなのだろうか。「この星には、花守が居ないから」。聞かされた答えに、良太の胸に飛来するものは――

第8話「銀の伝統」前編

 ――薔薇って、絶対狩らなきゃ駄目なのかな
 ――ご先祖様の星には花守のお姫様が居たけど、この星には居ないんだ。だから、ボクたちには狩る以外の方法は無いんだよ。

 

(花守、花守か……)

 それは、花園で銀の薔薇を育てながら、国の豊穣や繁栄を祈る存在だと言う。

(逆に考えるなら、花守が居れば『狩る』以外の方法も出て来るってことなのかな)

 確かに、良太がコインを使うときに瞬間だけ垣間見える景色の中では、銀の薔薇は花開き、柔らかく輝いている。
 この星《地球》で、あの光に溢れた風景を見ることは出来ないのだろうか。
 零の話によれば、銀の薔薇は高エネルギー物質だという。騎士のコインも薔薇の産物だ。
 地球が抱える多くの環境問題も、花守さえいれば銀の薔薇が解決する――ような気がした。

(でも、花守が居ても薔薇は暴走して、星が滅んだんだよな)

 その理由を、誰も知らない。調べる猶予もない速さで、星は薔薇に侵食されたから。

(もっとたくさん騎士が居たらなんとかなった……てものでもない、のかな?)

 騎士のコインは薔薇で出来ているという。数に限りがあるようなものだったのかどうかはわからない。
 良太が知らないだけで、本当はもっとたくさん騎士が居たのかもしれない。
 ただ零たちだけが、花守ベアトリーゼの繋いだ扉を超えて地球に逃れたというだけで。
 そこで良太はおや? と首を捻った。

(……なんで騎士だけ逃がして、ベアトリーゼは残ったんだ?)

 結果、花守が居ないから、騎士は地球で延々と薔薇を狩り続けることになったわけで。

(扉の向こうの星に、花守が居ないって知らなかったとか?)

 聞いた限り、かなり緊迫した状況だったようだから、そんなこともありえたかもしれない。しれない、けど。
 ――薔薇という解明できない高エネルギーを手に入れてしまっただけの平凡な星だよ。
 零の話を思い出す。

(なんだろう。何か……)

 何かが引っかかった。
 昔の話だから、不明なことが多いのはわかる。零にしても、地球基準で考えれば凄く長生きなわけで、それは記憶が曖昧な部分も出てくるだろう。

(……んん?)

 視界の隅を淡い輝きが通り過ぎた気がして、良太は思わず瞬きをする。
 目の前で由美香がプリントを差し出していた。

「あ、すみません」

 部活のミーティング中だったことを思い出し、良太はプリントに手を伸ばす。

「考え事?」
「はい、ちょっとぼんやり。すみません」
「まあ、正直なのはいいけどね」

 苦い顔をしながら、由美香が席に戻る。

「それ。今日の三条さんの取材で使う質問の内容だから、一応目を通しておいて」

 言われて、プリントをざっと眺めた良太は、ぎょっとして顔を上げた。

「この後にオリオンの特集も予定してるから、引っ掛けてみたの。なかなか面白いでしょ?」

 由美香はやる気に溢れている。

「いい質問が思いついたら、どんどん提案してね」

 良太はプリントに集中する振りをして生返事を返した。手元のそれには『特集/乃木学園の騎士・三条莉央』と見出しがついている。
 その見出しだけで、取材を受ける莉央が、時折ちらりと呆れた視線を寄越すだろう様子が想像できた。

 

「1席が……そうか。生きておられたか」

 障子の向こうから聞こえてくる声に、莉央が僅かに眉を上げる。

「ご面識が?」
「あるわけがなかろう。儂が騎士になったときには、とうに伝説となっておった。――で?」

 声なき声が、莉央に続きを促す。

「4席に、1席を捕らえるよう指示を頂いたのですが、動けませんでした」
「4席にも困ったもの。彼の星では首座の騎士に弓引こうと考える者など居なかったというに……ましてや3席にそれを言うとは、少し皆で甘やかしすぎたかの」

 答えようがないので、莉央は沈黙する。先代が3席になったのは莉央より若い頃だという。
 零の容姿は今と殆ど変わらなかった筈だから、後年はともかくとして、当初は外見的にも零の方が年長に見えたはずだ。それを甘やかす……軽い冗談だったのかもしれない。

「継承するごとに、騎士の力は弱くなる。これは星が遠くなるからだと言われておる。継承を重ねた他の騎士にとって、席次はただの呼称だが、1度も継承をしておらぬ4席は――おそらく1席も――席次は絶対。そして、星の伝統を引き継ぐ役割にある3席も、立場としては席次を守る側じゃ。お前の選択は間違えてはおらぬよ」
「そうなのでしょうか」

 零はその『絶対の席次』を気にしていないように見えた。
 莉央が飲み込んだ言葉を察したのか、障子の向こうの空気が呆れたものになる。

「4席は彼の星では最年少で騎士となったそうじゃからの。まして稀代の花守の弟。少しくらい奔放だったとて、叱る者も居らぬわな」

 莉央は零の行動を『少し』として良いものかと眉を寄せる。

「彼らの星の基準で考えるならばと、条件はつくがの」

 それはおそらく、時間の重さが違うということ。
 今の騎士の事態を一番自然に受け入れているのが雪也なのも、その辺りに理由があるのかもしれない。

「何にせよ、当代の3席はお前じゃ。8席などという記録にない騎士まで現れた以上、役割も伝統も、お前の考えるようにすると良い。選択は間違えてはおらぬが、正しいかどうかは儂にはもうわからぬよ」
「……はい」

 先代にしては意外な言葉に、莉央は僅かな戸惑いを見せる。莉央の祖父――先代3席は、伝統を重んじる規律に厳しい騎士だった。

「あなたは……そこに居られるのは、確かに先代なのですか?」
「そうであり、そうでないとも言える。この離れは伝統の記録を残すためのもの。儂は既に記録の一部に過ぎぬからの」
「……失礼を」

 一拍おいて、莉央は小さく礼を取る。空白は、虚しさだったかもしれない。

「なんの。固すぎる孫には良い傾向じゃ」

 障子の向こうの返答は、どこか愉しげだった。

 

 離れから庭を回り、門を越えようとしたところで、莉央は門前の車から降りる人物に気づいて道を開けた。
 花を抱えた和装の婦人は、母屋で華道教室を営む伯母だ。
 切り花の様子を気にしていた彼女は、莉央に気づいて足を止めた。

「またお爺様の離れに居たのですか」
「学ぶことが多い身ですので」

 そつのない答えに、ため息が被った。

「確かに離れは当主のためのもの。あなたのものです。ですが、お爺様の決められたこととはいえ、莉央さんは外孫、しかも末子なのですから、今少し遠慮をなさるべきでしょう?」

 どういう気まぐれであなたを当主とお決めになられたのか、と続く小言は、待機する車の軽いクラクションで中断された。

「お出かけになるのですか」
「新聞部から取材の申し込みを頂いています」
「たまには教室にもお姿をお見せなさい。お爺様は月に1度はご挨拶に見えられたものですよ」

 末子なのに当主と定められたのだから親族に気を使えと言い、教室に通う外部には当主として振る舞えと言う。

「気を付けます」

 莉央は短く答えると一礼して、そのまま門前に止まる車に向かった。
 開けられた扉から後部座席に乗り込めば、おそらく伯母が落としたのだろう花が一輪残されている。
 眉を寄せて手に取ると、運転席から「こちらへ」と白い手が伸ばされた。
 運転手は花をダッシュボードに入れて車を前に出す。
 そして。

「窮屈なことだ」

 失笑を交えた聞き覚えのある低い声で呟いた。
 莉央は上げかけた声を押さえて息を呑む。
 咄嗟にミラーを見るが、映っているのは帽子ばかりで、運転手の顔までは見えない。

「何故あなたが……、いつもの運転手は……」
「穏便に交代してもらっただけのことだ。不思議はないだろう?」

 そうだろうか。
 彼が――源壇が運転手の仕事をしているというのは、非常に奇妙な感じがするが。

「先代の3席は随分強引に君を当主としたようだね。あのご婦人が長々と語っていたよ」

 3席の身内にしては口が軽いと壇は可笑しげに言う。

「3席になる者は、役割柄どうしても後継者を必要と考える。そして融通の利かないタイプが多い。3席のコインはそういう人間を好むようだからね」

 莉央は壇の意図を探るように、注意深く辺りに視線を巡らせる。車は普通に学園への道を移動していた。

「そう警戒しなくていい。少し話をしたいと思っただけだ。君は零の言葉に従わなかったからね」
「……1席に弓を引くことは出来ません」
「優等生だ」

 壇に笑われて、莉央はミラーに不愉快な視線を向ける。彼は構わずに話を続けた。

「長く次代が現れず、自分たちには言い伝えにあるほどの時間も与えられてはいない。先代の3席はとても焦っていただろう。だからコインが君を示したとき、その反動が起きた」

 それは莉央自身が良く知っていることだ。
 傍から見れば、休みのたびに当主だけが使う離れに招かれる莉央は、祖父に溺愛されていたように見えただろう。
 実際は全て、騎士としての伝承の教育だったのだけれど。

「必要なものだと聞きました」
「本当にそうかな? では、伝統も、規律も、何も知らなくてもコインを持つ者が居ることを、君はどう考える?」
「コインが選んだなら、そういうこともあるでしょう」

 車内の空気に剣呑なものが混じり始める。

「そのコインが、伝統には記録されていないものだとしても?」
「あなたがっ」

 瞬間荒げた声を、莉央は抑え込む。
 懐には銀のコインがある。コインは伝達をすることが出来る。強い感情はコインを通して零に気づかれる可能性がある。

「そう。私が、彼にコインを渡した」

 静かな声に、莉央が冷静さを取り戻す。

「……何のために?」
「奇跡を見るために」

 およそ彼の行動にはそぐわない答えに、莉央が繋ぐ言葉を見失ったとき、車が止まった。
 いつの間にか、乃木学園の正門に着いていた。
 だが、会話が途中だ。
 どうしたものか逡巡する彼の視界で壇が車を降り、回り込んで後部のドアを開けた。

「着きましたよ?」
「……ありがとうございます」

 憮然とした様子で車から降りる相手に、壇の肩が微かに揺れる。
 目深にかぶった帽子のせいで、表情までは見えないが、おそらく笑っていたのだろう。
 何がそんなにおかしいのか。
 一瞥して校舎に向かう莉央に、背後から真面目な声が投げられた。

「当代の3席にひとつ、問いをかけよう」

 莉央が振り向く。壇は謳うように言葉を繋いだ。

「君の考える騎士の伝統とは、何か」
「伝統とは……」

 莉央が答える前に、壇が一礼する。

「行ってらっしゃいませ、莉央さま」

 生真面目に呟いて、流れるように運転席に戻った彼は、そのまま車を発進させた。
 校舎から良太が駆けてくる。

「三条さん、休日にすみません」 
「……秋島さんとの約束だからね。構わないよ」

 答えながら、もう走り去った車を視界に探す。

「どうかしました?」
「いや。運転手に帰りのことを話すのを忘れたと思って」
「三条さんでもそんなことあるんですね」

 良太の言葉を聞きながら、莉央の頭の中では別の言葉が回っていた。
 ――騎士の伝統とは、何か。


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回8月25日(金)更新予定


← 前作品ページ次 →


関連作品

カテゴリ