オリオンレイン【第16回】

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前回のあらすじ
莉央への取材内容を詰める新聞部のミーティングに参加しながら、銀の薔薇を狩らずに済む方法を模索していた良太は、騎士になってから知った情報に不自然な部分があると感じ始めた。一方、取材を受けるために休日登校をする莉央は車の中で壇に遭遇する。壇は莉央に3席という立場への理解を示した上で、意味ありげな問いを投げた。騎士の伝統とは何か、と。

第8話「銀の伝統」後編

 星は思考し、あらゆるものはその影響を受けて進化、あるいは退化を繰り返す。変化を拒絶するものは、水底の石のように時間に呑まれて沈み、ゆっくりと削られて、やがて形を失っていく。
 変革か、消失か。

「……彼はどうするかな?」

 感情より形を優先した、常に正しくあろうとする優等生を思い出しながら、壇は車を駅に近いネットカフェの前に横付けする。
 そわそわと車が戻るのを待っていた男性に鍵を返すと、彼はそのまま、人波の影に紛れて消えた。

 

「おい、こぼしてる」

 遠矢に指摘されて、雪也はテーブルに視線を落とした。ふたつほど、小さなカステラの欠片が落ちている。

「なんか考え事か?」
「んー……」

 雪也は生返事をしながら、カステラの欠片をひとつひとつ、皿の隅に置く。
 その、会話を先延ばしにするようなのんびりした行動に、遠矢が眉を曇らせた。

子どもガキじゃあるまいし、気になることがあるなら言えよ」
「うーん」

 雪也の反応は惑うように鈍い。遠矢はスポーツドリンクを飲みながら時間を潰す。
 ややあって。

「……とけるって」

 テーブルに顎を乗せた雪也が、カシスソーダの入ったグラスを見ながらぽつりと呟いた。

「は?」

 遠矢の方は脈絡なく落ちてきた言葉に首を傾げる。
 雪也の目の前で、グラスの中の氷が微かな音を立てた。

「魔法も、呪いもね。いつかは解けるものなんだって」

 グラスの中で、上へ上へと移動する小さな気泡を眺めながら、雪也が言葉を重ねて。

「言われてみればその通りなんだよねえ」

 考えたこともなかったとばかり、しみじみと呟いた。
 実際、背が伸びないと気づいてから、当たり前のように騎士を継いだから、考えたこともなかった。……考えないようにしていたのかもしれない。
 魔法が解ければ、永遠の少年は消えて、時間に置き去りにされた子どもが残るだけだから。

「馬鹿馬鹿しい」

 ぼんやりとした雪也の思考の中に、遠矢の声が飛び込んでくる。

「いつか、なんて気の長い話に付き合っていられるか。解けるもんならとっとと解く」
「そっか。遠矢はそうだよねえ」

 怠そうに相槌を入れた雪也は、でもその気の長いことにお姫様は希望をかけたんだよ――という言葉を、胸の内に仕舞い込む。
 星を守るために、銀の薔薇を狩る。それはこの星に来たときから決められた続く騎士の役目だ。
 雪也は薔薇が咲こうとする限り終わらないこの役目も、呪いのようだと思う。
 壇の話を信じるなら、呪いはいつか解ける。
 では、いつか、咲こうとしなくなるのだろうか。銀色の、あの綺麗な花も。
 雪也は夜空に広がる銀の蔓を思い出すように瞼を閉じた。
 その追想に、ガラスの鈴の響きが重なる。
 瞼の向こうが夕暮れの茜に染まった。

「ネカフェの裏あたりだな。工事中のビルか」

 ビリヤード台に表示された地図を見ながら遠矢が呟く。

 ――第3席、コインを確認しました。

 鈴のような声が響いて、莉央が室内に現れた。

「あれ? 良太は? 一緒じゃないの?」

 新聞部の取材で登校していたはずの莉央がひとりで来たことに、雪也が首を傾げる。

「同時に出てきたら不自然だろう?」

 当たり前のように言う莉央に、遠矢が眉を上げた。

「何イラついてんだ、お前」
「別に何も」

 遠矢の指摘をさらりと流して、莉央は前面のスクリーンに視線を向ける。
 映し出された画面の中で、夜空に星が増えるように、骨組みだけの建物にきらきらと銀の煌めきが広がっていた。

 ――第8席、コインを確認しました。

 続けざまにコールが響いて、良太が駆けこんでくる。

「すみません、遅くなりましたっ」
「なに気負ってんだよ。まだ誰も薔薇狩りに出てねーよ」
「あ、そ、そう……」

 遠矢のツッコミに間の抜けた声を落として、良太は瞬間、ちらりと莉央を盗み見た。
 気づいた遠矢が画面を見る振りをして良太の隣に移動する。

「あいつ、なんで不機嫌なんだ?」
「や、俺もよくわからなくて。取材のせいかなって思ったんだけど、でも今日は学校来たときからあんな感じだった気も……」

 じろりと睨まれて、良太は口を噤んだ。
 遠矢が面倒臭そうに頭を掻く。

「なんか知らねえけど、誰も彼もらしくねえのな。いいや、今日は俺が行くわ」

 莉央の眉が跳ねるのを尻目に、遠矢はコインを弾いた。

「Bet」

 声を合図に、銀の光が溢れ出る。瞬きの間にそれは収束して、黒いスーツに銀の仮面をつけた青年の姿になった。

「ナビよろしく。仲良くやれよ」

 軽い口調で言い置いて、遠矢はビリヤード台の上の扉を抜ける。

「遠矢、ちょっと待っ……」

 慌てて後を追おうとした良太の手が、光る扉をすり抜けて空を掴んだ。

「え、あれ……?」
「コイン使わないと、通れないよ」

 実体のない扉をすかすかと触る良太に、雪也が声をかける。

「来てたのか雪也。おとなしいから気づかなかった」

 テーブルに一体化したように、突っ伏したままこちらを見ている相手に、良太は違和感を覚え、すぐにその理由に気が付いた。

「今日は菓子とか食べてないんだ」
「別に、いつもお菓子食べてるわけじゃないからね!」
「まあいつもあの勢いで菓子食べてたら、今頃もっとぷくぷくだよな」
「ぷくぷくって……」

 あまりの言い様に、雪也が上体を起こす。
 その脇を黒衣の紳士が通り過ぎた。
 いつコインを使ったのか、莉央が扉を浮かべるビリヤード台に近付く。
 無言の行動に咎められた気がして、良太は慌ててコインを取り出した。

「俺、俺も行きます! Bet!」

 溢れだす銀の光の中、莉央の姿が扉の向こうに消えるのが見えた。

 

 建設中の建物の骨組みに沿って、銀の蔓が成長する。
 隣接するビルの避雷針の上に立って、遠矢はその様子を睥睨へいげいした。
 先日のフェアリーランドの薔薇といい、派手な陣を描くのをやめた理由はなんなのか。

(進化……とか?)

 思いついた考えを、縁起でもないと追い払う。
 密やかに延ばした蔓が陣を完成させてしまっては、薔薇の思うつぼだ。

(実のところ、今までだってコインが反応したから間に合ってたようなもんだしな)

 いつも。いつだって、追い立てられるように薔薇を狩る。
 もともと騎士が居たという星のように、薔薇が暴走するかどうかもわからないまま。
 狩り尽くさなければ騎士の務めは終わらない。終わらなければ――あるいはコインが次の6席を選ばなければ、遠矢の兄を起こす方法は無い。
 脳裏を、黒い鳥を従える騎士がぎった。
 良太にあるはずのないコインを渡したというあの騎士が現れてから、何かが変化している。

(あんまり引っ掻き回してくれんなよ?)

 順当に、狩り尽くすか引き継ぐか出来れば、それでいい。
 できれば自分が最後の6席であればいいと思うが。

「ま、とりあえず目の前の仕事をすっか」

 利き手を閃かせれば、青いキューが現れる。同時に浮かび上がる、薔薇の蔓にも負けない輝きを放つ銀の星々。
 それらはまるで星座を描くように、蔓を繋ぐ形に並ぶ。例えるならば。

「ビル座――建物座ってとこか。楽勝だな」

 なまじ馴染みのある形に広がっているだけに、狙いやすい配置だ。

「――ショット!」

 起点となる輝きを打てば、浮かんだ銀球は軌跡を描いてぶつかりあい、複数の蔓の交点に向かって流れる。
 連続して蔓に当たった銀の輝きが、地上に新しい星座の姿を浮き上がらせた。

「……っと、こっちもかよっ! ふたつあるのか?」

 背後から回り込む光に気づいて、遠矢は足場を蹴る。
 その眼前で、銀の蔓が弾けた。
 白銀の騎士が、ビルの屋上で次ぎ矢を構えて立っている。

「弓は便利でいいよな」
「遊んでいるからだ」

 機嫌を直して出て来たわけではないらしいと判断した遠矢は、莉央の相手をやめてキューを掲げた。

「double-up!」

 掲げたキューが青い光に包まれ、星空のように散っていた銀の球を吸い寄せる。二条の光が渦を巻いて彼のもとに集まり、それが引いた後には青い槍を手にした青い騎士が立っていた。
 槍の刃が閃いて、莉央の周りに伸びていた銀の蔓を切り落とす。

「持ち込むなって言ってんのに」
「問題無い」

 短く言って、莉央は遠矢の背後の蔓を射落とす。
 返礼のように、遠矢が蔓を突いた。

「お前に問題が無くてもな」

 互いに銀の輝きを散らしながら、蕾の場所を探る。ひとつなのか。ふたつなのか。

「こっちは座りが悪いんだよっ」

 遠矢の言葉に、虚を衝かれたように莉央の動きが止まる。
 その後ろ、廃れた屋上遊具の影に、銀の輝きを見出して、彼は槍を投げた。

「我らに星の導きを!」

 青い光が、屋上を満たす。その中を、一条の銀が走る。

「ふたつだ。莉央っ」

 まるでエネルギーを分け合うように、片方が狩られるのと同時に急成長した薔薇に気づいて、遠矢が声をあげた。
 莉央がそちらを振り向く。蕾から銀の光が零れた。
 一瞬、二人の騎士が凍りつく。その間を、赤い光が走り抜けた。

「咲くな――っ」

 願うように叫んで、良太が二刀を振る。
 赤と銀の光が零れる光を押さえるように蕾を追い込み、そして――。

 

「お前、美味しいとこ持ってくのな」

 夜の街を歩きながら、遠矢が良太に声をかける。

「いや、なんか必死で」
「まあちょっと、やばかったよなあ」
「けどやっぱり、咲いたら綺麗なのかもって思った……」

 呟く良太を、遠矢が小突く。

「星が滅ぶぞ」
「わかってるけどっ」

 それでも何か言いたそうな良太を身長差を使って片手で押さえ、遠矢は莉央を振り向いた。

「で、おまえはなんで不機嫌だったんだよ」
「別に不機嫌じゃない。答えを確認していただけだ」

 莉央はいつも通りの口調で返し、誰にともなく言葉を続ける。

「伝統とは重ね引き継いでいく橋のようなもの。僕たちはその役割の枠の中にいる。それは君が言うように、呪いに近いのかもしれないと」

 遠矢が驚いたように口笛を吹いた。

「いつだか知らねえけど、呪いは解けるらしいぜ? 雪也が言ってた」
「解ける?」

 少し意外そうに莉央が言い、反対側で良太が沈黙する。

「……そうか。確かに呪いも魔法もそういうものだな」

 納得したように呟く莉央の声を聞きながら、良太はその手に戻った銀のコインを見つめていた。
 重ねて来たもののない、白紙のコイン。
 重ねてきたものは無く、重ねなくてはならない役割も、また。

(もしかして、白紙の意味って)

 魔法も呪いも、いつかは――


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回9月8日(金)更新予定


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