オリオンレイン【第17回】

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前回のあらすじ
かつて1席を務めた騎士・源壇の意図の読めない行動が、星を守るという目的のもと、危ういバランスを保ちながら力を合わせて来た騎士たちの足を迷わせる。それぞれが騎士の在り方を見直す一方、良太は自分のコインが白紙と言われる理由を、その役割から自由に決められるということではないかと考えて――?

第9話「銀の重責」前編

 そこは静かな、白い部屋だった。
 部屋の中にはベッドがふたつ。パイプ椅子がひとつ。
 パイプ椅子には遠矢がまたがり、背もたれを抱える姿勢で、視界に並んだふたつのベッドにそれぞれ眠る男性と女性を見つめていた。
 1席だという騎士が現れてから、遠矢の周りは微妙な空気を生んでいる。
 騎士の在り方。騎士の伝統。伝統のない白紙のコイン。
 そして――呪いと魔法はいつかは解けるという、予感めいた言葉。
 きっと兄であったなら、いちいち戸惑うこともなく、この状況に対応できただろう。
 先代6席・津々見一矢は、遠矢が思うに、完璧な騎士だった。
 実兄がオリオンの騎士その人だと知らなかった頃、遠矢にとって『オリオン』は憧れの対象だった。
 遠矢は偶然、騎士が銀の薔薇を狩る場に出くわし、すでに都市伝説として謳われていた彼らが、伝説などではないことを知ったのだ。
 翌日から暫く、近所の子どもを巻き込んで、騎士ごっこをした。
 ある日、いつものように遠矢が騎士の真似事をしているところに帰って来た一矢は、その様子を見て「お前にも騎士の素質がありそうだな」と呟いた。
 その時は、まだ一矢が騎士だとは知らず、ただ拙い遊びに好意的な感想を言われただけだと思ったものだが……。

(まさか本当に兄貴が騎士だったなんてな)

 遠矢がそれを知ったのは、数年後。
 一矢の付き合っている女性が、ごっこ遊びをするほどオリオンの都市伝説が好きだったという未来の義弟に、こっそり銀の薔薇を見せてくれた夜だ。
 花が咲いたら一矢に贈るのだと、秘密の企画を遠矢に話している途中で、歩道に乗り上げて来た車から子どもを庇い、彼女は事故に遭った。
 その瞬間に起きたことを、遠矢は昨日のことのように覚えている。
 彼女を庇おうとして間に合わなかった自分の手と、視界に迫る銀の波を。
 その時、彼女は既に銀の薔薇と縁が出来ていた。薔薇はこの星に繋がるための相手を失わないために、急激に成長したのだ。
 そして、銀の薔薇を狩りに来るのは、オリオンの騎士――。

 

 伝承によると、騎士の武装は銀の薔薇に取り込まれて、薔薇に変化した人間を狩ることは出来ないという。
 けれど、銀の薔薇に命を繋ぎ留められた人間が、根源となる薔薇を狩った後も無事かどうかは、誰にも――騎士たちにもわからなかった。
 事故の衝撃で意識の無くなった体が銀の薔薇に取り込まれてしまうのは時間の問題だ。
 だから当時の6席は、遠矢の前に歩み出て、彼のよく知る声で宣言した。

「6席はコインの継承を願う」と。

 彼は騎士の褒賞として彼女の命の保証を願った。
 結果、彼と彼女と、ふたりの人間が眠ったままになってしまったのは、継承を重ねて来たコインの力が弱くなっていたせいなのか、先代6席の任期が褒賞に見合わなかったせいなのか。
 どちらなのかはわからない。確かなことはふたつだけ。
 あの日から、遠矢の兄と、遠矢の未来の義姉となる予定だった女性が眠ったままになったことと――遠矢が、なし崩しにオリオンの6席になったことだけだ。

 

 部屋の片隅で、小さな音が落ちる。
 気づけばテーブルに飾られている花が、はらりと花びらを散らせていた。
 遠矢はため息をついて立ち上がり、置き忘れられたような花に近づく。
 殺風景な部屋を気にした施設の誰かが置いたのだろうそれは、一部の花だけが項垂れていた。
 うまく水が吸えないのかもしれない。

(水切りしてないとか……? 莉央なら見分けられるだろうな)

 遠矢が騎士になったとき、莉央は既に3席を務めていた。公私共に文武両道の彼は、一矢と雰囲気に違いこそあれ、同じくらいに完璧な騎士だったので、年下だと知ったときには驚いたものだ。

(たまに忘れちまうけど、年下、なんだよなあ)

 1席が――壇が姿を見せてから、完璧だった莉央の姿勢に綻びが出ているように見えて、遠矢はつい、いらぬ口を挟んでしまう。
 どこかで、莉央にはそのまま完璧であって欲しいと願っているのかもしれない。

(あとのふたりがマイペースすぎるからな)

 最古参だという4席の零は、やる気があるのか無いのか掴み所がなく、そんな態度にもかかわらず騎士としての知識や能力は飛び抜けていた。年齢を聞いたら、滅多に騎士として動かないのもさもありなんという歳だったので、長老みたいなものだと割り切った。
 5席の雪也は、普通に暮らすには結構深刻な問題を抱えている筈なのに、終始無邪気に菓子ばかり食べていて、騎士になった当時は別の生き物にしか見えなかった。それが彼なりの『騎士を続けるための形』なのだと知ってからは、その一貫した姿勢に感心して、今では一番気が置けない仲間になっている。
 その雪也も、最近は様子がおかしい。呪いも魔法もいつかは解けると言い出してからだ。
 時期的に、情報源はあの胡散臭い1席。そしておそらく、その言葉は真実なのだろう。
 継承するたび力が弱くなるコインが、その未来を予感させている。
 でも遠矢は「いつか」などという不確定な時を待つのは御免だった。
 例えばそれが100年後だったとして、兄や義姉にとって、目覚めることが幸せかどうか。
 そして何より、彼と彼女に流れる時間は同じものなのか。
 もし、津々見に流れる先祖の星の遺伝子が少しでも強かったら。騎士に選ばれる者に流れる時間が、そうでない者のそれより遅かったら。
 目が覚めたとき、ひとりだけが歳を取っていたとしたら……

(考えてもしょうがねえな。解けるもんなら、解き方を探すだけだ)

 いざとなれば、騎士の褒賞で叩き起こすか、起こし方を問えばいい。
 遠矢は眠る一矢に視線を向ける。

「ろくな説明もなしにとんでもねえ役目押し付けやがって。起きたら山ほど文句言ってやるから、覚悟しとけよ」

 眠ったままの相手からは、もちろん反応は無い。そんなことは承知の上だ。
 遠矢は眠るふたりに軽く頭を下げると、白い部屋を後にした。

 

 外に出ると、現実の色と音が一気に押し寄せて来る。とは言っても、市街地に比べれば静かなものだが。
 子どもの声。鳥の声。行き交う車の音。横断歩道の信号から流れる音楽。バスの排気音。
 ――バスの排気音?
 嫌な予感がして、遠矢は道の先を見る。
 停車しているバスに、誰かが乗車するのが見えた。

「げっ!」

 遠矢は足を動かす速度を上げる。
 この辺りは夕方から、バスの数が一気に少なくなるのだ。それこそ1時間に3本か、あるいは2本か……
 慌てる彼に気付いたのか、バスは発車するのを留まった。
 胸を撫で下ろし、頭を下げながら乗り込む。先客はひとりだけだった。
 遠矢は適当な席に座ると、窓の外に視線を向ける。流れていく景色を見ながら、何気なくコインの入っているズボンのポケットに手を入れた。

『騎士の褒賞で呪いを解くという考えはやめておくことだ』

 突然の声に、遠矢の全身に緊張が走る。
 彼は慎重にバスの中を見回した。
 運転手と、後部座席に座る男性客。どちらも普通に話す声がはっきり届く距離ではない。

『コインの使い方は聞かなかったかな?』
「そんくらい知ってる」
『結構。声は出さなくて構わないよ?』

 遠矢は不満げな顔で車窓の外に視線を向ける。
 運転手と、後ろの客と。どちらが騎士――壇なのか。
 遠矢の様子などお構いなしに、コインを通じた声は話を続けた。

『6席のコインは継承を重ね過ぎた。そこまで強い力を必要とする褒賞は酷だろう』
『騎士の願いにコインの都合は関係ねえだろ』
『だが、コインが次の騎士を認めなければ、継承は発動しない。君がそれを褒賞と考えているうちは、コインは次の6席を示さないかもしれないよ』

 遠矢は苛立ちを押さえるようにコインを握り込んだ。
 壇が現れてから、仲間は多かれ少なかれみんな惑いの中に居る。その言葉に耳を貸すのは危険だと感じた。

『先代6席にとって幸いだったのは――いや、不運と言うべきかな――それは、コインが異例の速さで君という継承者を見つけていたことだ。結果として、彼は安易な道を選んでしまった』
「兄貴が逃げたって言うのかっ!?」

 思わず声を荒げた彼に、運転席と後部座席の人間の視線が向けられる。
 遠矢は気まずげに椅子に沈み込んだ。そこに。

『私は選んだと言った。君が逃げたという表現を使うのは、君こそがそう思っているからではないかな?』

 淡々と言葉を重ねられて、遠矢は前からも後ろからも表情が見えないよう、更に椅子に沈む。

『……嫌な奴だな、あんた』
『嫌われ役を務めるのも、年長者の役割だよ』
『糞じじいが』

 瞬間、遠矢が思ったことはコインを伝って響き、一拍おいて愉しげな忍び笑いが響いてきた。

『じじいか。それはいい。そんな風に齢を重ねてみたかったな』

 茶化すような物言いは、どこか本音のようで、そしてそれは甘いものとかわいいものを好むよく知る騎士に通じる気がして、遠矢の緊張が緩んだ。

『……時々、重い』
『重い?』

 壇の低い声が不思議そうに響く。

『重いだろ。コインも――星も』

 沈黙が落ちた。
 バスが止まったのだと気づいた遠矢が顔を上げる。

「では誇るといい」

 背後から聞こえた声に振り返ると、タラップを降りる黒い影が見えた。

『騎士とは重責を担うもの。その重さは、君がコインに選ばれた証に他ならない』

 慌てて上体を起こした遠矢の視界に、バスのドアの向こうで棚引く黒いマントが映り――景色と共に、左に流れて消えた。

 

「あれ? 遠矢?」

 ぼんやりと後方に視線を向けていた遠矢は、よく知る声に話しかけられて顔を上げる。

「良太? おまえ今……」

 1席を見なかったかと続けようとして、遠矢は首を傾げた。
 ここは学校の近所という場所ではない。

「おまえ何やってんの、こんなとこで」
「何って、ばーちゃん家に届け物だよ。遠矢こそ、なんで?」

 どう答えたものか迷い、遠矢は短く答えた。

「……この先に兄貴の療養施設があるんだよ」
「あ、そうなんだ」

 良太はそれ以上は聞かず、窓の外に視線を向ける。
 遠矢はふと気づいて、話を続けた。

「ばーちゃん家ってことは、おまえが子どもの頃にコインもらったの。この辺りなのか?」
「そうだよ。この辺も結構変わっちゃったけど、あの雑木林はまだ残ってるみたいだ」

 良太が後方に視線を向けるのを見て、遠矢が停車ボタンに指をのばす。

「そこ、案内しろよ」
「駅とは逆方向なんだけど……」
「なんかわかるかもしれねえだろ。次で降りるぞ」
「本気?」

 良太が目を丸くするのを尻目に、遠矢は停車ボタンを押した


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回9月22日(金)更新予定


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