オリオンレイン【第18回】

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前回のあらすじ
オリオンの仲間たちに生じている微妙な空気を感じ取った遠矢は、自分の足元を見直すために先代6席である兄が眠る施設を訪れる。その帰り、バスの中で偶然良太と会った彼は、良太が子どもの頃にコインを受け取った場所がこの近くだと聞いて、行ってみようと提案。戸惑う良太を連れてバスを下りた。

第9話「銀の重責」後編

 近くまで来てみると、雑木林は意外と大きく鬱蒼としていた。
 記憶には無い、申し訳程度に設置された立ち入り禁止の看板が、日に焼けた色を晒している。

「凄えな」

 遠矢の呟きを聞きながら、良太は呆然と木々を見上げた。
 確かに、ここは記憶の中でも鬱蒼とした印象だった。けれどもう少し親しみやすい場所だったような……?

(木が成長したせいかな?)

 まるで人が踏み入るのを拒むように、枝と蔓と草が混ざり合っている。

「お前、よく夜にこんなトコ通ろうって思ったな」
「昔はもうちょっと、すかすかしてたんだ。昼間とか、探検するのに丁度いい感じで」
「探検ねえ……」

 そういえば、と良太はふと不思議に思う。
 ここは祖母の家で、近くに齢の近い親戚がいるわけではない。自分が遊んだのは誰だっただろう?
 かつての遊び相手の顔を思い出そうとする良太の耳に、がさがさと乱暴な音が響く。
 見れば遠矢が、蔓と草を払って林の中に身を乗り出していた。

「と、遠矢、何やってんだよ」
「んー? コイン落ちてねーかなって」
「ここで拾ったんじゃなくて、この奥でもらったんだよ。なんか立ち入り禁止の看板も立ってるし、まずいって」

 慌てて止めようとする良太を無視して、遠矢は右に左に茂みを動かす。
 林の中は既に薄暗く、獣道さえ見当たらない。とはいえ、山の入り口というものではなく、この区画だけのことだ。

「ここ抜けるとどこに出るんだ?」

 遠矢は背後でおろおろしている良太に尋ねる。

「え、だから、向こうの坂を上った先にある丘」
「よし、行ってみるか」
「えええ? いやでもバスの時間とか……」

 腰が引ける良太を置いて、遠矢が一歩、茂みに足を踏み込んだ。
 侵入者を告げるように、林のどこかで鳥が鳴く。
 鳥――それは、1席の騎士の周りに居るもの。
 遠矢はまだ林に入るのを躊躇う良太に向かって呟いた。

「俺、さっきあいつに会った」
「あいつ?」
「源とかいう1席」

 そわそわしかった良太の視線が、遠矢に固定される。

「源さんに? どこで!?」
「バスん中。あいつが降りたらお前が乗って来た」
「それって」

 良太が乗ったバス停は、ふたつの路線が交差する場所だ。
 車庫を経由して良太の祖母の家の方を回る環状運転のバスと、中央を通りぬけて駅に向かう直線運転のバスが通っている。
 壇はそのバス停から何処に向かったのか。

(や、でもあの人かなり神出鬼没っていうか、バスに乗ってる方が変な感じもするし)

 バスを降りてから他のバスに乗ったとも思えない。

(でもこの辺りで何やってたんだって考えると……)
「……からさ。ここに来たのかもしれないだろ」

 遠矢の意見は良太の推測に一致した。
 良太は空を見上げる。星が出るにはまだ少し早い。
 まして、この鬱蒼と茂る雑木林の中から星が見えるとは……

(あの場所からなら見えるのか?)

 彼は雑木林の左右を見て、記憶の中のそれと重ねると、あの場所への行き方を思い出す。

「うお、なんかでかい虫がっ」

 無造作に藪を払っていた遠矢が驚いた声をあげた。

「コガネムシじゃないかな。中に入ったらもっと色々居ると思うよ」

 良太はなんでもないことのように言って、辺りに人が居ないことを確認してから、林の中に踏み込んだ。

「……マジ?」

 入口に残される形になった遠矢が、いくらか慎重な手つきで草を避けながら後に続いた。

 

 ガサガサと、茂みをかき分けて道なき道を進む。
 その探検は、意外なほど呆気なく終わった。

「あれ?」

 何度目か腕を動かしたとき、雑木林は唐突になくなったのである。

「なんだ、結構狭いんだな。家一軒分てとこか」
「そんなはずは……」

 良太は呆然と木々を振り仰ぐ。
 林はもっと深かった筈だ。壇と出会った場所はこの辺りになる筈だった。

(記憶違い? それともデカくなったから歩幅が変わった?)
「誰か土地買い取って伐採したのかね」

 遠矢が気の抜けた声で言う。良太は同意せず、出て来た場所を確かめた。
 相変わらず、誰も通らなかったように生い茂る緑。向こう側に続くものは、光ひとつも見えない。

(あんなにあっさり抜けたのに?)

 それに。
 雑木林の中より明るいから一瞬わからなかったが、辺りはかなり薄暗くなっている。
 そう、まるで30分くらい林の中で過ごしたように。

「遠矢。この雑木林、なんかおかしくないか?」
「まあ、藪ん中突っ切っただけにしちゃ、時間食いすぎてるよな」

 遠矢も気づいたらしい。
 ふたりは視線を交わして頷き合うと、もう一度目の前の雑木林に踏み込んだ。

 

 距離にして10メートルもないとしても、藪をかき分けて進むのは意外と体力を使う。

「どうなってんだよ、一体」

 何度目かの通り抜けを終えて、遠矢がため息交じりに呟いた。
 良太はじっと茂みを見つめる。
 人が何度も入ったにもかかわらず、よく伸びた緑はまったく歪んでいなかった。
 ここと同じように歪むことを知らない緑を、最近どこかで見た気がした。

(そうだ。あの騎士の間のある洋館……)

 知らず、彼はポケットを探る。指先がコインに触れた。
 その瞬間、雑木林の奥から銀の輝きが走った。

「良太っ!」

 気づいた遠矢の声を聞きながら、立ち入り禁止の看板を弾き飛ばして伸びて来た銀の蔓を寸前で避けて、良太が横に転がる。
 続けざまに伸びて来た蔓が後を追った。それは良太を狙うというより……

(コインを狙ってる?)

 良太は銀の蔓をかわしながら、ポケットのコインを握り込んだ。

「遠矢っ 変身!」

 蚊帳の外のように林の奥から湧き出す銀の蔓を唖然と見ていた遠矢が、我に返ってポケットに手を入れる。
 気づいた銀の蔓が、遠矢に向かって伸びた。

「うわっ」

 咄嗟に飛び退く遠矢を見て、良太が補足を入れる。

「あ、この薔薇、コインを狙ってるみたいだから」
「遅えよっ!」

 襲ってくる蔓をかわしながら遠矢が苦言を叫ぶ。
 互いにステップを踏むように移動するうちに、ふたりは隣り合わせに並んだ。

「くそ、大して成長もしてないのに、後から後から……。コインを狙ってるなら、弾くわけにもいかねえし。どうする?」
「雪也みたいなのは……」
「却下」

 良太の提案は遠矢に切り捨てられた。

「……弾かなきゃ使えないってわけじゃねえだろ」
「でも、莉央さんも遠矢も弾いて」
「俺のは莉央の真似なんだよ。しょうがねえだろ、あいつが一番の手本だったんだっ」

 渋々といった様子で言うと、遠矢は指に挟んでコインを取り出した。
 一拍遅れて、良太がポケットのコインを取り出す。
 それを確認して、遠矢は挟んだコインを翳した。
 とっくに気づいていた。手本があろうがなかろうが、この重さは変わらない。
 この重さは、半端な者には渡せない。
 先代は、遠矢がいるから継承したのではなく、遠矢がいたから継承できたのだ。

「「――Bet!」」

 ふたつの声が重なる。
 待ちかねたとばかり数が増えた銀の蔓の前で、銀の光が溢れ、蔓の波を押し返した。

 

「うわ、なんだこれ」

 黒い礼装を着たふたりは、雑木林の異相に仮面の下で目を瞠る。
 そこには、木と、蔓と、茂みと一緒に幾重にも絡んだ銀の蔓が顕現していた。

「そりゃ、この状態ならいくらでも飛んでくるよな」

 伸びて来た蔓をキューで弾いて、遠矢が距離を取る。
 良太が何本かの蔓を切り落とし、後ろに退いた。

「薔薇の蔓だけなら狩れるけど、草木が邪魔してうまくいかない……」
「そんで蕾は林の中ってわけか。昨日今日の成長じゃねえな」

 銀の薔薇だけなら急速に成長するのもわかる。けれど銀色の蔓は、この林の木々と根元から絡み合って緑と銀の世界を作っていた。
 そして、良太と遠矢に向かって蔓を伸ばしては来るものの、何故かそれ以上広がろうとはしない。

「とりあえず、林の中に入らねえとな」
「じゃ、とにかく蔓を狩って……」

 剣を構える良太の隣で、遠矢は周囲に散らばる銀の輝きを確認した。
 星のような銀の球は、6席が引き継いできた重責の欠片。すべての瞬きは、もとはひとつのもの。

「ちょっとどいてろ」

 彼は良太をどかすと、キューの先に意識を集中して、それを横に振るった。
 銀の球が、流れる星のようにその先に繋がる。星の、鞭のように。

「オラ!」

 気合と共に雑木林に飛び込んだしなる輝きが、巻き込んだ銀の蔓をまとめて破砕した。

「すげえ……え、武器って変化するのか?」
「お前の武器だって成長しただろ」
「そうか。俺の武器が成長した時は、ええと……」

 良太は二刀の刀身が伸びたときのことを思い出す。確かあれは、騎士を続けると決めたとき。

「……てことは、遠矢もなんか覚悟したのか?」

 思ったままを口にすると、キューの柄でどつかれた。

「俺のはただの心境変化」

 誰も彼も、1席の言葉で変化していく。それが少し癪ではあるが。

「まずはこの薔薇、狩らねえとな」

 遠矢はもう一度、星の鞭を振るう。
 彼らを目指していた銀の蔓が、雑木林の奥に退いた。

「「double-up!」」

 赤と青と銀。3色の輝きが視界に広がる。
 ――お前にも騎士の素質がありそうだな。
 ――大丈夫。あいつならきっとこの意味に気づく。
 ――雑木林を抜けるんだよ。
 ――僕はあの子がいい。あの子なら。

 

(今の声。どこかで……?)

 その手に二刀が顕現するのを感じながら、良太は急いで記憶を辿る。とても大切なことを思い出しそうな気がした。
 けれど答えにたどり着く前に、遠矢の緊張が伝わって来る。
 目を開けると、砕かれた銀の蔓の向こう、雑木林の中に、黒衣の紳士が立っていた。

「源さん……?」

 壇は無言で前に出る。足元に残る銀の蔓が、するすると藪を押し分けた。

「この薔薇を狩るのは、やめてもらおうか」
「理由は?」

 遠矢の問いに、壇は少し考えて言い直した。

「……言い方を変えよう。今は狩らないでもらおうか」
「そういう訳にいかねえだろ」
「まだ咲かないってことですか?」

 遠矢のきつい口調を押さえるように、良太が口を挟む。

「そうとも言えるし、違うとも言える。もともと、花は咲きたい時に咲くものだ」
「なら、その薔薇を狩るのが騎士の務めだ」
「遠矢っ」

 この衝突を回避したい良太は、遠矢の肩に手を伸ばす。

「お前は薔薇が咲いてもいいのか?」

 言われて、良太の手が止まった。
 遠矢は薔薇を咲かせるわけにはいかない。ましてこの場所――あの白い療養施設に近い、こんな場所で。

「1席の言葉をきかない騎士か。仕方がないな」

 まったく仕方なさそうではない、むしろ当然と言いたげな声で、壇が呟いた。

「では、力づくで退いてもらう」

 まるで合図のように、鳥が鳴いた


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回10月6日(金)更新予定


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