オリオンレイン【第19回】

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前回のあらすじ
良太と遠矢は、子どもの頃に良太がコインを受け取った雑木林で銀の薔薇に遭遇する。ふたりは雑木林の奥にある薔薇の蕾を狩るために騎士に姿を変えた。けれど、そんなふたりの前に姿を現した黒衣の騎士・壇が、今は薔薇を狩るなと告げる。薔薇の咲く可能性を見過ごせないと抗議する良太たちに、力づくでも退かせるという壇の言葉が落とされた。

第10話「黒と銀の狭間」前編

 黒い鳥が、銀の蔓を守るように木々に降りる。それは少しずつ数を増やし、緑と銀で構成された幻想的な空間を闇の中へと封じていく。
 翼の隙間から瞬く銀の蔓は、どこか夜空の星のようで。

「鳥ごと散らせってことかよっ」

 遠矢が苛々とした悪態をつくが、その槍の軌跡は内心の戸惑いを乗せたように精彩を欠いている。
 惑いを見抜くように黒い鳥が羽ばたき、銀の蔓を揺らしては、遠矢の槍の穂先からそれを逃がした。
 鳥と木々と蔓の向こうに立つ壇を見ながら、良太は頭の中で同じ言葉を繰り返す。
 こんなのは嘘だ、と。
 目の前で、良太に星を守るためのコインをくれた人物が、星を滅ぼす薔薇を守っている。
 ――嘘だ。
 かつてある星を守る騎士の第一席だったという人物が、故郷の星を滅ぼしたという薔薇を守っている。
 ――嘘だ。
 災厄の薔薇を狩り、星を守って来たと伝わる騎士が、薔薇を狩るなと……

(嘘だ嘘だ嘘だ!)

 星を守れとコインをくれた紳士。その奇妙な出会いは、子どもの頃の良太にとって大切な思い出だった。
 それなのに。

「なんでだよ!」

 口調も荒く良太が叫ぶ。

「星を守るためにコインをくれたあんたが、どうして薔薇を狩る邪魔をするんだ!」

 雑木林の中を滑空する無数の黒い鳥。それは遠矢の槍先をかわし、時折、報告するように壇の手や肩に止まる。
 良太は二刀を振るえない。それをすると、壇との亀裂が修復不可能になりそうで――こんな、謎ばかりの状況でそれを選ぶのは、何か取り返しのつかないことを見落としそうで。

(そうだ、さっきの声も)

 ――僕はあの子がいい。
 コインの光の中で響いた声。どこで聞いたのか思い出せないけれど、良太はその声の主を確かに知っている。
 そして銀の光の中で垣間見た景色によれば、声が語りかけていた相手は壇だ。

「良太、ぼさっとすんな!」

 遠矢に喝を入れられて、良太は目の前の薔薇と鳥に意識を向ける。けれど。銀の蔓は遠矢だけを狙っていた。
 黒い鳥に至っては、蔓を守るために飛んでいるだけで、良太は完全に蚊帳の外だ。

(俺が攻撃しないから?)

 前にもこんなことがあった。あれはフェアリーランドでひっそりと静かに育っていた銀の蕾。
 狩られることを知っていたように、ただ散って行った銀の輝き。
 あの時、自分はどうして薔薇を狩るのかという疑問を持ったのではなかったか。

「良太!」

 遠矢に怒鳴られ、良太は気後れしながらも刀を構える。

「薔薇を狩ることが星を守ることだと、誰が決めたのかな?」
(……え?)

 壇の言葉が、良太の動きを止めた。
 遠矢の舌打ちが響く。

「なんなんだよ、アンタ。首席だか1席だか知らねえけど、ずっとほったらかしてたんだろ? 今頃出て来て訳知り顔で引っ掻き回して、何がしたいんだっ」

 きつい口調に驚いたように、数羽の鳥が蔓から飛び上がる。
 その黒い流れの向こうに、密やかな銀の瞬き。

「そこかっ」

 遠矢が槍を投擲しようと構えるのを見て、思わず良太が声をあげた。

「待って遠矢っ」
「なんだよ」
「あの、理由くらい……」

 壇は、今は狩るなと言った。そうだ、もしかしたら、まだ咲かないのかもしれない。
 その時が来たら、壇が自分で狩るのかもしれない。
 あれこれ考えてみるが、どれも説得力に欠ける気がする。きっと、自分が納得出来ていないからだろう。
 良太は混乱し、続ける言葉をなくした。

「どんな理由だろうと、ここの薔薇は狩る。人食い薔薇にならない保証は無えからな」
「え? 人食い?」

 物騒な単語を聞いて、あれこれ理由を考えていた良太の思考が止まる。
 かわりに、壇が呟いた。

「なるほど」

 黒い林の中で手袋をした白いが伸ばされ、ひと際大きな鳥がそこに降りる。

「それが理由なら、手遊びで退いてもらえないのも当然か」

 ざわりと、空気が波打った。
 遠矢の足が僅かに下がる。良太は壇の手元から目が離せない。正確には、そこから走る、黒い影から。
 それは林と銀の蔓と黒い鳥を巧みに回避し、遠矢の足元に伸びると黒い棘を生んだ。

「……危ねっ」

 ざわざわと空気が揺れる。木の影なのか、鳥なのか、それとも別のものなのかわからない黒い闇が、良太たちを囲むように広がっていく。

「反則だろ、おい」

 良太は遠矢の言葉の意味を理解する。本来、花守の騎士の武器は、人を傷つけることは出来ない。
 だから、おそらくこれは足止めの筈なわけで。
 遠矢の判断は一瞬だった。
 闇の向こうに姿を消そうとした銀の瞬に向かって、槍を投げたのだ。
 微かに硬質な鈴に似た音がして、そこから溢れた銀の光に、辺りに満ちていた影が剥がれるように空気に溶ける。
 その、光と闇が入り混じる景色の中で、良太は壇の口元が微かな笑みを刻んだような気がした。

(笑った?)

「……聞いてみると良い。花守の騎士とは、何のための騎士か」

 低い声は影の欠片に反響し、光の向こうに消えていく。
 気づけばそこは、薄暗い小さな雑木林で、良太は遠矢とふたり、その半端な林の中に立っていた。

「狩れたのか?」

 遠矢の呟きに、良太は周囲に視線を配る。木々に絡むようにして伸びていた銀の蔓はどこにもない。
 けれど。
 いつも銀の薔薇を狩ると流れてくる声のようなものも。

(何も聞こえなかったー―)

 

「それで?」

 騎士の間のテーブルで扇を弄びながら、零が話の先を促す。
 興味のなさそうな態度だが、よく見ると眉間に微かな皺が刻まれているのがわかった。
 いつもは好きに飛ばしているらしい銀の蝶も、今は部屋の隅に遊ぶ一匹だけだ。その蝶も、何を感じてか零の傍には飛んでこない。

「いえ、あの、それだけです」

 良太が呟くと、零は大仰にため息を落とした。

「君たちはこの街の外で銀の薔薇を見つけた。そこに源が居て、狩るなと言ったが狩って来た――ということでいいのかな?」
「街の外に薔薇が出たの、久々だよねー」

 空気を読むつもりがないらしい雪也が、いつもの調子で口を挟む。莉央は無言で紅茶を飲んでいる。

「まあ、そうだな。1席の言葉がどうの言ってたけど」
「気にしなくていい。職務放棄は向こうが先だ」

 淡々とした物言いはどこか冷やりとしたものを感じさせて、良太も遠矢も押し黙った。

「問題は」

 零が弄んでいた扇を音高く閉じる。

「そんな薔薇のある場所に、君たちが都合よく行き会ったことにある」
「は? なんでだよ。俺があの辺りに行く理由なんて、アンタよく知ってるだろ」

 意味が分からないと言った様子で遠矢が答えた。

「俺もあの辺、ばーちゃん家があるんで、時々様子見に行くんですけど」

 遠矢の言葉に重ねるように、良太も説明する。

「ふーん……?」

 零がつまらなそうに相槌を返した。

「何にしても、なんかその薔薇、随分育っていたみたいだし、狩れて良かったね」

 雪也がロールケーキを食べながら言うと、持っていたカップをソーサーに戻した莉央が零に視線を向けた。

「僕は、そこまで育ちながら、この部屋のシステムでその薔薇を見つけることが出来ていなかったことに疑問を感じます」
「そうだね。あるいは誰かがシステムに仕掛けをしたか……」
「そんなこと出来るんですか?」

 良太が目をみはる。
 こんな謎だらけの部屋に手を加える方法なんて予想もつかない。

「まあ、お前の頭じゃ無理だろ。つうか、俺も無理だけど」

 遠矢が言って、ハンバーガーに齧りついた。

「そうとも限らない。君が食べているそれだって、もともとこのシステムには記録の無かったものだ」
「じじい、何が言いたいんだよ」
「最近、あまり蝶が話をしてくれなくてね」

 棘のある言葉を向けた遠矢は、明後日の返答に眉を開く。

「零の機嫌が悪いからでしょ」
「そうかな? 僕はいつも通りだと思うけど」

 当たり前のように会話を繋ぐ雪也を密かに尊敬しつつ、良太が疑問を口にした。

「蝶が話をしないって、それなんかまずいんですか?」
「良くは無いよ。この子たちは星の欠片だからね」

 零の答えは良太の疑問を深めるばかりで解決に繋がらない。
 同じように意味ありげな会話でも、まだ壇の方が話が通じるような気がしてくる。
 そういえば。

「あの。花守の騎士って、何のための騎士なんですか?」
「何のため、というのは?」

 零に問い返されて、良太は少し慌てる。

「あの、聞いてみるといいって、源さんが……」

 良太は言いながら、誰に聞けとは言われなかったことに気づき、雪也あたりにこっそり聞けば、心穏やかに答えを得られたかもしれないと考えた。けれど。

「そんなこと言ってたか? 俺は聞いてないけど」

 思いがけない遠矢の言葉が、良太を更に慌てさせた。

「え? ほら、遠矢が薔薇を狩ったときに」

 遠矢は首を傾げたままだ。良太は愕然と記憶を辿る。
 もしかしてあれは、銀の薔薇の残した言葉だったのだろうか。

(それにしちゃ、はっきりしてたんだよな。なんかこう、直線的な……)

 必死に状況を説明する良太を、零の色の薄い瞳が見つめていた


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回10月20日(金)更新予定


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