オリオンレイン【第20回】

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前回のあらすじ
雑木林で壇と銀の薔薇に対峙した良太と遠矢は、辛くも彼らを退ける。一連の出来事を他の騎士たちに報告したところ、零は騎士の間のシステムでさえ気づけなかった薔薇と壇の居る場所に、騎士二人が偶然遭遇するのは都合が良すぎると、含んだ物言いをした。雪也が話を治めようとするが、微妙になった空気は解消されなくて……

第10話「黒と銀の狭間」後編

「なーんだかなー」

 良太は机に突っ伏したまま、やる気なく呟いた。
 新聞部の部室である。部長の由美香はまだ来ていない。
 ごそごそとポケットからコインを出して、横倒しになった視界の中でぼんやり眺める。

「他の星から来た人って感覚違うのかなあ……まあ、宇宙人てことだしな」

 蝶を出したり鳥を出したり、コインの力を借りている(多分)とはいえ、手品師も真っ青のあんな芸当は良太にはできない。
 先祖が違う星の人間だという莉央たちにしても、どうにも馴染みにくい気がする。

(まあその辺は、俺がぽっと出の騎士だからかもしれないけど)

 良太だって、星を守るためのコインを持つ人間が他にも居るなんて思ってもみなかった。
 あの館に踏み込んだ時から、自分のペースを見失っている気がする。

「源さんの言葉の意味も、結局わからないままかー」

 花守の騎士が何のための騎士なのか。
 騎士のコインは、銀の薔薇の暴走を止めるための力を願った花守に、薔薇が授けたもの――のはずだ。
 だからオリオンの騎士は薔薇を狩る。けれど、あの雑木林で、壇は薔薇を狩るなと言った。
 あれはどういうことだったのだろう。彼は何をしているのか。

「うーん」
「何よ、またうだうだ考えてるの?」

 眉間に皺を寄せて考えていると、声が降って来た。
 視線を上げれば、いつの間に来たのか、机の前に由美香が立っている。

「いやあ……」

 良太は曖昧な返事を入れながら、コインを手の中に握り込むと上体を起こした。
 由美香は適当な椅子を引っ張って、良太の向かいに腰を下ろす。

「部室に足が向くようになった分、進歩したのかしらね」
「そうなのかな。なんか想像してたのと違って、うまく噛み合わないから、気分を変えたくなっただけなんですけど」
「投げ出したり動けなくなるより余程いいわよ」

 タブレットの画面で指先を滑らせながら答えていた由美香は、ふとその指を止めた。

「聞いていい?」
「なんすか?」
「想像していたのと違うって、コインのこと?」

 珍しく低い由美香の声に軽く答えた良太は、当たらずとも遠からずの指摘にぎょっとする。

「なんでコイン……」
「大江が悩みだしたのって、三条さんが同じコインを持ってるって知った頃からじゃない? 星を守れって渡されたコインなんでしょ、それ。同じものを他の人も持っていたから、色々考えるようになったのかと思ったんだけど……」

 憶測を並べていく由美香に口を挟むタイミングを探していた良太は、途中から沈黙した。

「何にしろ、他人が同じものを持っていたからって、相手の枠に自分を納めようとする必要はないでしょ。大江は三条さんじゃないし、大江のコインは三条さんの家にあったわけじゃないんだから」

 由美香の言う通りだ。
 あの日、騎士の間に入らなければ、良太は多分、銀の薔薇を『狩る』という考えにはならなかった。『狩る』という考えを知らずに雑木林で壇に再会していたら、あの衝突は起きなかった。

(俺、ひょっとして、騎士になってから流されてるんじゃないか?)

 コインの力に圧倒され、騎士という役割に魅了されて、目が眩んだ状態で言われるままに薔薇を狩っている。
 それが星を守る方法だと聞いてしまったから。

「大江は大江の考えるヒーローになればいいじゃない」
「え?」
「星を守るヒーローになるのが夢なんでしょ? 運動部の子が言ってたわよ?」

 確かに、運動部の勧誘を断る時にそんな話をしたことがある気がした。
 それは具体的にどんなヒーロー像だっただろう?
 道場に通ったのは、とりあえず自分の身を守るくらいはできないと、周りを守ることも出来ないと思ったからで……

「大江?」
「俺の考えていたヒーロー……?」

 思い出そうとすると、その形は銀の輝きの向こうに溶けてしまう。
 ポケットの中のコインが熱を帯びた気がした。

「ちょっと、顔色悪いけど、大丈夫?」

 光の向こうまで記憶を追いかけようとした良太を、由美香の声が引き戻す。
 状況を誤魔化そうとした良太は、咄嗟に思いつく言葉を口にした。

「……先輩、花守りってなんだと思います?」

 声にしてから、良太は自分の失言に気づく。それは騎士の誰かに聞こうと思っていたことだ。
 由美香はやや怪訝そうな顔をしたが、良太の焦りには気づかず、さらりと答えた。

「花の世話をしたり、花盗人が出ないように番をする人でしょ」

 そうしてふと、言葉を繋ぐ。

「花盗人と言えば、オリオンよね」
「……え?」

 予想外の話に、良太が目を丸くした。

「だってそうでしょう? 銀の薔薇の蕾をいつも盗んでいるじゃない」
「そう、ですけど……いや、あれ?」

 別に、良太たちは花を盗んでいるわけではない。この星を守るために狩っているだけだ。

(狩れば蕾が消えるんだから、傍から見ると盗んでいることになるのか)

 理解はできたが、納得は出来ない。

「オリオンが、花盗人」

 花守の騎士が花盗人に繋がるというのは、違和感があった。

 

 薄闇の部屋の中を、1頭の蝶がひらひらと舞う。
 視界の端にそれを捉えてから、莉央は窓際の椅子に座る零へと視線を戻した。

「大江を見張れと……蝶では駄目なのですか?」
「言っただろう。蝶の機嫌が悪いんだ」

 確かに、ここ数日はあまりあの仄淡い蝶を見かけない。

「彼のコインは壇が用意したものだからね。今後も彼に接触してくる可能性がある」

 莉央は答えない。ただ室内を渡る蝶を眺める。

「星も花守も守れなかった1席が、今更……」

 零の呟きに、莉央の沈黙が深くなる。
 席次に関係なく、この星に来た騎士は全員同じ穴のむじなだ。
 ただ他の騎士が役割を引き継いで消えて行ったから、当代の騎士には実感が薄いだけで。

「頼めるかな、莉央」
「……承知しました」

 蝶が零の扇の先にたどり着くのを見届けてから、莉央は静かに言葉を落とした。

 

「それでね、八重山の百花園に行った子に聞いたんだけど、そこにもあるらしいの」
「八重山って、市街ですよね」

 由美香の話に、村井が口を挟む。新聞部の部室である。

「この数年はずっと乃木に集中していた銀の薔薇が、乃木の外でも見つかるようになったってことですか?」
「もともとは世界中で見られていたのよ。それがどういうわけか乃木に集中して、また広がり始めているってこと」

 由美香と村井の話を聞きながら、良太は過去と今の違いについて考えた。
 初めて良太が騎士の間を訪れたとき、オリオンのシステムはエネルギーに気を配らなければならない状態だった。
 最近は雪也も簡単に騎士になっている。誰もエネルギーの残量について口にしない。
 それだけ潤沢にエネルギーがあるということだ。そしてそのエネルギーは、薔薇を狩って蓄えられたもの。

(昨日の話だと、あの部屋のシステムって別に乃木だけを監視してるわけじゃないんだよな)

 薔薇が世界各地で咲いていたなら、おそらく、システムももとは世界中を見ていたはずだ。
 いつの間にか銀の薔薇の数が減り、結果、エネルギーの供給が減ったために騎士の行動範囲が縮小され、薔薇はそれに合わせるように開花範囲を狭くした。
 だから良太は、銀の薔薇が騎士を追っているのかと思っていたのだが。

(また広がってるってことは、違うのか? それとも)

 祖母の家に近いあの雑木林には壇が居た。
 八重山百花園は、あの雑木林に向かうバスの終点だ。
 八重山も、そうなのだろうか。

「今、銀の薔薇の噂があるのはこれで3か所目なわけだけど、オリオンを特集するならより確実な出現場所を掴みたいのよね。だから、手分けして薔薇の状況を確認したいんだけど」

 由美香はスクリーンに投影された地図にポインターを当てながら、良太に視線を向ける。

「大江、もう数に入れて大丈夫なの?」
「はい。動きながら考えたいんで、お願いします。あの、出来れば八重山がいいんですけど」

 そうすれば、部の活動だという口実が出来る。
 居るかもしれない。居ないかもしれない。

「なんで八重山?」
「あ、ばあちゃん家が近いんで」

 良太の答えに、由美香が納得する。

「そういうこと。わかった。しっかり見て来てね」
「はい」

 頷いて、もう一度スクリーンを見た良太はおや、と首を傾げる。

「あの……先輩、それって最近の薔薇が出た場所の印ですよね」
「そうだけど」
「こうしてみると、なんか星図みたいですね」

 良太の言葉に、由美香がスクリーンを振り返る。
 余分な光点になるポインターを消して、これまでの薔薇の記録だけに切り替えた。

「星図……」

 良太はその画面を見ながら、騎士の間のシステムを思い出す。
 もしかして、あそこならもっとたくさん銀の薔薇の出現場所を記した地図が出せるのではないだろうか。

「すみません先輩、俺ちょっと用事を思い出したんで、早退します!」

 良太は叫ぶと鞄を掴んで部室を飛び出した。

「大丈夫なのかね、あれ」
「何か思いついたんでしょ。『らしく』なってきたじゃない」

 遠ざかる廊下の足音に苦笑しながら、村井と由美香が呟いた。


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回11月3日(金)更新予定


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