オリオンレイン【第21回】

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前回のあらすじ
花守りは花の番人。オリオンは花盗人。由美香の何気ない発言は、良太にオリオンへの違和感を感じさせた。例の雑木林に近い八重山百花園に銀の薔薇の噂があると聞いて、壇との接触を願いその薔薇の監視を希望する。由美香の承諾を得ると、良太は部活を早退して騎士の間に向かった。由美香の作った銀の薔薇を記録した地図を、騎士の間の機能を使って補強したかった。

第11話「彼の星、君の星」前編

「なんっか、イメージしたのと違うんだよなあ」

 光量を落とした部屋の中で、壁一面のスクリーンに投影された映像を見ながら、良太は首を捻る。
 ここのシステムは、銀のコインを通じて騎士の思考に反応すると教えられた。だから彼は、今までオリオンの騎士が銀の薔薇を狩った記録が見たい、と願ったのだが。
 最初に表示されたのは、良太が騎士になってから狩った薔薇の数だった。

「そうじゃなくて、全体の……」

 変えた質問に応じて出てきたのは、良太が騎士になってからそれぞれが狩った薔薇の数を基に作られたグラフだ。

「成績表かよ!」

 思わず叫んで、彼は思考を整理しようと深呼吸した。

(俺が騎士になる前の記録って見れないのかな)

 ぼんやりそんなことを思ったが、スクリーンに反応は無い。

(せめてコインを受け取ってからこっち、とか)

 やはり反応は無かった。
 これでは由美香の作っていた地図の方がわかりやすいと考えたとき、スクリーンの中央に新しいウィンドウが開いて、グラフで示されている薔薇の数が光点で記入された乃木市の地図が表示される。
 それはつい先ほど、部室で見たものとほぼ同じだ。

(秋島先輩の……地図の印象がはっきりしていたせいか?)

 良太はその地図を改めて確認する。
 そうしながら、由美香には申し訳ないがこれを使わせてもらおう、と判断した。
 システムを使いこなせていない状況では、欲しい形を引き出すのに時間がかかりすぎる。
 途中で誰かが来て、昨日のように気まずくなるのも避けたかった。
 地図上の光点の位置を確認していくと、フェアリーランドにはそれがないと気づく。
 由美香の地図は、記録や文献から銀の薔薇があったと思われる場所に印をつけたものだ。
 見やすいが、オリオンの噂にならなかった薔薇や、ニュースやネットのフォーラムに出なかった薔薇は記録されていない。
 だから良太は、この地図を完成型で見たい、と思ったのだ。そうすれば何かが分かりそうな気がしたから。

「……フェアリーランドで狩った薔薇の記録を追加」

 呟くと、ポーンと音叉を鳴らすような音がして、その位置に銀の光がつく。

「乃木中央病院外来棟」

 やはり音がして、銀の光がついた。

「雑木林の薔薇を追加」

 この言葉には、続けて3回ほど音が鳴る。地図の中に3か所、小さな銀の光がついた。
 それらはすべて、先日良太と遠矢が壇に遭遇したのとは違う場所だ。

(あれ? ……あそこ、雑木林だと引っかからないのか。まさか番地とかで言わないと通じないとか……)

 良太にとってはあくまでも「近所の雑木林」だったので、番地を確かめようと携帯端末に手を伸ばす。その視界に、ひらひらと淡く光る蝶が飛んでいて、良太はぎくりと身を凍らせた。
 反射的に室内を見回すが、零の姿は無い。

(でも確かあの人って、蝶の報告で情報を把握しているとかなんとか……)

 別に悪いことをしているわけではない。ただ、過去のオリオンの記録を地図に投影しているだけだ。
 薔薇の活動場所に何か理由があるんじゃないかとか、そんな――オリオンの活動にも使えそうな――資料を作っているだけで。
 完成したものを持ち出して、由美香に見せようとか思っているわけでもない。
 良太は携帯端末で呼び出した地図に集中しようとするが、時折画面の端に仄淡い銀の光が映り、どうにも見張られている気がして落ち着けない。
 だからと言って、まさかこの蝶を散らすわけにもいかなかった。それでは昨日の微妙な空気が決定的なものになってしまう。
 確かに良太は、壇と話をしてみたいとは思っている。
 それは内通とかそういうことではなく、良太はただ、自分の知りたいことを知りたいだけだ。
 当たり前のように騎士を務める仲間たちのように、騎士や薔薇、花守の知識を深めて、根を、あるいは自分で考えた芯を持ちたかった。

 

 ――第5席、コインを確認しました。
 聞き慣れた硬い鈴のような声が響いて、室内の光度が上がる。
 良太の表情が一瞬固くなった。

「あれー、もう誰かいるのー?」

 入って来たのは雪也だ。
 結んだ明るい色の髪をぴょこぴょこ揺らしながら歩いてくる様子は、普段と変わらない。
 どう話を切り出そうか考えている間に、雪也と目が合った。

「なんだ良太か。変な顔してどうしたの?」
「いや、えと」

 良太は困惑気味に返事をして、ちらりと部屋の隅でひらめく蝶を見る。
 気がついた雪也は、いつものように忽然と部屋の中に提供された菓子籠を受け取り、中から飴を取り出した。

「ほーらほら、来い来―い」

 莉央が好んで使っている白いテーブルの上に半分だけ包装を解いた飴を置いて、蝶に声をかける。
 蝶は右に左にと迷うようにひらひら移動して、それでも結局、飴の傍に止まった。
 同時に、銀のカードが現れて、蝶を囲うように籠の形に組み上がる。
 雪也は一連の出来事を呆気にとられた様子で見ている良太に目を向けると、『みんなに秘密だよ』と呟いた。

「みんな、って……遠矢、も?」
「これは昔の5席がこっそり作った奥の手だから。あまり知られちゃいけないんだ」

 壇が教えたとか、奥の手とか、それを自分が見てしまって良かったのかとか。
 疑問に呑まれる良太を他所に、雪也はやや色味の薄くなったスクリーンを見る。

「面白そうなもの作ってるね。でもなんかビミョー?」
「あ。新聞部で部長が作った奴を見て、ここならもっと詳しいものが作れるんじゃないかって思ったんだけど、うまく意思疎通できなくて……」
「苦心の跡なんだ。でも、余分な画面は閉じた方がいいよ」

 そう言って、中央の地図以外の画面を閉じよう片手を翳す雪也を、良太が慌てて止める。

「いや、まだ余分かどうかもわからないから」
「そーなの? 真ん中の地図だけあれば、後はデータを追加していくだけっぽいけど」

 確かに、雪也が居れば可能だろう。

「俺はまだそこまで使いこなせないから」
「協力してあげるよ。だからいいでしょ?」
「なんで」

 思わず口をついて出た言葉を、良太は慌てて飲み込んだ。

「零はねえ、おねーさん大好きの一念で、最年少で騎士になったんだって。で、これから騎士として頑張るぞって時に、薔薇が暴走してね。この星に来た当時は、薔薇も、騎士も、ベアトを守れなかった全部を嫌って大変だったみたい」

 ひとり言のように呟きながら、雪也はひとつひとつスクリーンの余分な窓を消していく。

「当時は全員似たような心境だったせいってのもあると思うけど、まあ一番年下だし、尊敬する花守ベアトの弟だからっていうのもあって、みんな零の好きにさせちゃった。それが今の騎士かな」

 中央の画面以外のすべてを閉じた雪也は、テーブルの銀の籠の中で飴に止まる蝶を見た。

「5席の悲願は1席の話を聞くことだったんだ。彼は誰にも、何も言わずに姿を消したから。だからその日に備えて、蝶の覗けない空間を作る技を磨いた。ボクは先代みたいに強くないし、あの子たちが飛んでいるのが好きだから、少しの時間、籠に入れるのが精いっぱいだけどね。あの子も、飴を食べ終わったら出てきちゃうよ」

 飴はもう3分の2くらいに減っている。儚い外見なのに、銀の蝶は意外と健啖家けんたんかだった。

「ボクはね、誰が正しいとかそういうことは興味ない。そういうのは、魔法とか呪いとかと同じだと思うから。でも1席が何をやろうとしているのかは知りたいんだ」
「そっか」

 もしもそれがわかったとき、自分が、彼が、他の騎士がどんな行動を取るのか。
 それは何もわからない状況に等しい「今」に考えることではないと結論を出し、良太はスクリーンに映る地図に目を向けた。

「これ、部長が今まで薔薇が咲こうとした場所をまとめた地図がもとになっているんだけどさ、なんか星図みたいだなって思って。意味があるような気がしたんだ」
「うーん。星図にしては星の数が……そっか、それであの沢山の画面か。過去の記録の呼び出し方がわからなかったんだ」

 意外と不器用? と茶化す雪也に、良太がむっとした顔をする。

「俺が騎士になってからわかる範囲はちゃんと呼び出せる。そういう決まりがあるわけじゃないのか?」
「コインは薔薇の一部だもん、記録が限定されることは……」

 笑いながら答えていた雪也が、ふと真顔になった。

「限定されていなければ8席の存在だってわかっていた筈なんだよね」
「誰かが制限をつけてるってことか……? それとも、もっと昔から……?」
「ボクたちはもう、コインを継承して薔薇を狩るのが当たり前だったから、こんな風に試したことは無かったんだけど」

 雪也は胸元に下げたコインに触れると、スクリーンに向かって指示を出す。

「5席の狩った薔薇の位置を追加」

 音叉のような音が、空間を満たすように鳴って、地図上の光点が一気に増えた。
 同時に、地図の範囲が乃木市の周辺の町まで広がる。

「こんなに?」

 その光点の数に驚いて、良太が隣に立つ雪也を改めて見おろした。

「あのね、ボク一応、今の面子の中では零や壇の次に長く騎士やってるんだよ?」
「そ、そうか……そうだよな……」

 こんなに頻繁に銀の薔薇が出現していたとは知らなかった。

「ボク今、5席って言ったのに、先代が狩った薔薇の記録は表示されてないね。やっぱりコインには何か仕掛けがあるんだ」
「おまえ、自分が狩った薔薇の場所、全部覚えてるのか?」
「狩るのはボクらの都合だけど、薔薇は多分、狩られたくて咲こうとするわけじゃないでしょ。じゃあ覚えておくくらいしないと申し訳ないじゃない。もともとは、みんなが大切にしていた花なんだから」

 なるほど、とぼんやり納得をして、良太は気づく。あの雑木林の位置に、相変わらず光点がついていないことを。

「なんで、つかないんだろう」
「どうしたの?」
「この前、遠矢と一緒に狩った雑木林の薔薇が記録されてないんだ」

 雪也はスクリーンを見直して、コインに触れる。

「6席の狩った薔薇を追加」

 いくつかの音が響いて、いくつかの光点が追加された。いずれも乃木市内だ。

「同じく8席」

 雪也が注意深く指示を続ける。良太の狩った薔薇は既に地図上に記録されていたので、それらの光点が輝きを増した。雑木林には光がつかない。

「……1席」

 この言葉に答える音は無かった。
 雪也の眉間に皺が寄る。――と、機嫌をとろうとするかのように、机の上に美味しそうなケーキが用意された。

「……違うよ、不機嫌とかじゃないよ」

 呟きに、ケーキが消える。

「ねえ良太。変なこと聞くけど、その薔薇、本当に狩ったの?」

 雪也に念を押すように聞かれて、良太の脳裏に壇の声が再生された。
 ――この薔薇を狩るのは、やめてもらおうか。
 薔薇の輝きが弾けても、聞こえなかった『声』。
 あの時、壇は笑っていたのではなかっただろうか。

「俺、ちょっとあの場所に確認に行って来る」

 踵を返す良太の服を、雪也が掴んだ。

「ボクも行くよ」
「いや、けど」

 その申し出に、良太は躊躇う。
 多分、良太が仲間に入るまでは均衡を保っていただろう騎士のバランスを、これ以上崩したくはない。せめて自分が何かをきちんと掴むまでは。
 良太の躊躇いの理由に気づいたのか、雪也が悪戯な目で口を開く。

「だって良太、零の蝶がついてきたらどうするの?」
「……知らないからな」
「へーきへーき。零の不機嫌には慣れてるからね」

 寧ろ楽しそうに言って、雪也は片手を振るとスクリーンを閉じた。

「行き先は内緒にしないとね」

 それもそうだと諦めたようにため息をつき、良太が頷く。
 ふたりは同時にコインを翳すと、騎士の間を後にした。
 無人になったために光量の落ちた部屋の中で、解かれた籠から舞い出た蝶が、名残惜しげにテーブルの周りを飛んでいた――


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回11月24日(金)更新予定


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