オリオンレイン【第22回】

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前回のあらすじ
由美香の作った地図を参考に、雪也とふたり、騎士の間のシステムを使ってこれまでに狩られた銀の薔薇の記録図を作っていた良太は、壇と遭遇した雑木林に薔薇の記録がつかないことに疑問を抱く。狩られた薔薇の記録に存在しないということは、あの薔薇は「狩れなかった」のではないか――不審に思った良太は雪也と共にもう一度、雑木林を訪れる。

第11話「彼の星、君の星」後編

「犯人は現場に戻る!」

 日に焼けた色をさらす『立ち入り禁止』の看板の前で、雪也が妙なポーズをつける。

「何やってんだよ。こっち」

 良太は鬱蒼とした外観の一角、かろうじて蔓と下生えが分かれた獣道のような場所を示した。

「ここから中、入ったんだよ」

 雪也は示された場所から林の中を覗き込む。

「凄いや。こんな緑が伸び放題の場所、よく入る気になったね」
「や、まあ……子どもの頃はよく遊んだし」

 良太の言葉に、藪の中を覗いていた雪也が意外そうに振り向いた。

「遊んだって、ここで?」
「む、昔はもっと広かったんだよ」
「でもここ、誰かの私有地じゃないの?」
「あんな看板も出てなかったんだって」

 雪也はもう一度、看板の前に行く。
 錆の滲むにじむ年代物のそれをじっと見つめてから、改めて林の奥を覗いた。

「看板一枚で他人の足を完全に止められる時代じゃないよねー。普通は鉄柵とか、網とか、せめてロープくらい使うよね」
「まあ、田舎だし。こんな薮じゃ、盗まれるようなものもないんじゃないか?」
「田舎って言っても、乃木の隣町でしょ。管理してる人も居ない状態で、ゴミひとつ投げ込まれてないって、なんか不自然だよ」

 言われて、良太は改めて雑木林の中を覗く。確かに、ゴミひとつ落ちていない。
 良太はふと、先日この場所に来たときに思ったことを口にする。

「この雑木林ってさ、館の庭に似てるよな」
「騎士の間に? んー……」

 雪也が黙ってしまったので、良太は慌てて言葉を足した。

「や、あっちの方がもっと整然としてるけど! なんていうか、定期的に人が来ているとしか思えないくらい綺麗なのに、人の入った跡がない辺りとか」
「ねえ良太」
「お、おう」

 会話の途中で名前を呼ばれた良太が、構えた返事をする。
 雪也は気にした様子もなく、にこにこと薮の中を指差した。

「とりあえず入ってみよ? ヤマモモとかあったらいいなー」
「ヤマモモ?」

 この前来たときには蔦と蔓と笹竹が殆どだったような……と考える間に、雪也が背中を押す。

「お宝探検隊、出発~」

 促されるまま、良太は再び薮の中に踏み込んだ。

 

 外の気配が遠くなる。
 代わりに耳に届くのは、さわさわとした葉擦れの音。
 枝葉に空を遮られた林の中は相変わらず薄暗く、そして。

「わーい、ヤマモモ、ヤマモモ♪」

 ところどころに、柔らかそうな赤い実をつけた木が自生していた。

「この前はこんな木なかったぞ……」

 ほんの数日で、こんな熟した実がなるものだろうか。
 良太の疑問を余所に、雪也は満足そうに実を口にする。

「種が大きいのが難点だよね~」
「雪也。なんか変だよ、その実。大丈夫なのか?」
「美味しいよ? 良太も食べてみなよ」

 赤い実を差し出されて、良太は首を振る。

「この前はこんなのなかったんだって」
「薔薇に隠れてたんじゃない?」
「そうだ、銀の薔薇」

 良太は当初の目的を思い出し、ポケットのコインに手を伸ばす。
 それを、雪也の手が止めた。

「報告だと、コインに触れたら蔓が襲ってきたんでしょ?」
「けどコインを使わないと、花をつける前の薔薇の正しい姿は見えないんだろ? もしそのヤマモモがなんか変なものだったら……」

 良太の心配をよそに、雪也はずんずん歩きながら口にしたヤマモモを食べきると、種だけを紙に包む。

「ねえ良太、ヤマモモの花言葉って知ってる?」
「へ? いや、知らない」
「機会があったら調べてみるといいよ」

 話しながらポケットに種をしまうと、雪也は辺りを一瞥してひとり頷いた。

「この前、薔薇の蕾があったのってこの辺?」

 問われて、良太は周囲を確認する。
 あの時は銀の蔓があちこちに絡んでいて、その中心を目指しただけだったので、正確な場所までは覚えていないが。

「多分」

 遠矢の槍は何にも遮られることなく薔薇に届いた。それは槍が直線で抜けられる空間があったということだ。少なくとも槍一本分。
 そして、それは薔薇を貫いて地に突き立ったはず。
 雪也の立つ少し先には、そこだけ穿たれたように草のない場所があった。

「あそこで――咲こうとしていたんだと、思う」

 本当のところ、その言葉には自信が無い。
 もし薔薇が咲くなら、壇は「狩るな」とは言わなかったのではないかと思うからだ。

「でも、騎士の間のシステムには、ここで薔薇が狩られた記録はなかった。じゃあ、実験―!」

 

 良太の懸念を余所に、雪也は無造作に自分の襟元に手を入れると、コインを繋ぐ鎖を引き出した。

「わ、馬鹿っ」

 良太は慌てて身構える。
 ……何も起きなかった。

「蔓が飛んで来ると思った?」
「そりゃ、まあ……」

 もし狩れていないのなら、薔薇は狩りに来た相手を攻撃する――ような気がした。

「ボクは違うことを考えたんだけど、このコインじゃ駄目みたい」
「違うこと?」

 それでも辺りに気を配りながら、良太が適当な相槌を入れる。

「うん。多分それが、1席が姿を消した理由にも繋がると思ったんだけど……そうだ、良太のコインでやってみてよ」
「俺のコインで? 何を?」
「こうやって、コインを翳して」

 良太は雪也の動きを真似て、ポケットから出したコインを、草のない場所を視界から隠すように翳す。

「はい、開け薔薇!」
「ひ、開け薔薇」

 呪文のように唱えて、何をやらせるんだと言おうとした良太の視界に銀の色が溢れた。

 

 景色を白く塗り替えるほどに輝いた銀色が消えると、辺りはまるで洞窟のような景観に変わっていた。
 どこに光源があるのか、ぼんやりと鈍く明るい。

「おい雪也、何が起きたんだ……雪也?」

 良太は確かめるように周囲を見回し、自分が一人になっていることに気づいた。
 同時に。

(なんだ……? こんな、どこかもわからないような場所なのに)

 この場所を知っているような気がした。
 不意に、シャラリと、何かが落ちるような音が聞こえる。
 彼は音に導かれるように、決して広くはない、足場の悪い通路を歩き始めた。
 どこから光を入れているのか、不思議と、暗くなることはない。
 一定の間隔で響くきららかな音を頼りに、足を進めていくと、やがて一本道だと思っていた通路の先に、光の漏れる横穴が現れた。

「出口……?」

 良太はそのまま道なりに進み、横穴を覗く。
 出口と間違うほどに開けていたが、そこは地上ではない、ただの広場だった。
 広場の中央には、大きな銀の薔薇の蕾がある。
 それは内から輝いて、一定の間隔で蕾の先から雫のように光を零し、溢れれた光は、地面を流れる銀の粒に変化した。
 先ほどから響いていたのは、この光が零れる音だ。
 勢い、部屋の外まで転がるかと思われたそれは、直前で浅い堀のように流れる水に落ちると幻のように消えてしまう。

『どうぞ、お受け取りください』

 硬質な鈴に似た声が、誰にともなく語りかけた。

『あなたの手に触れたものは、あなたの願いです』

 良太は声に促され、水際で留まっている銀の粒に手を伸ばす。
 それを邪魔するように黒い鳥が飛んだ。
 入口に、いつの間にか黒い紳士が立っている。

「源さん……? どうしてここに?」
「こちらの台詞だな。8席。何故ここに?」
「……俺は多分、星を見に」

 地面に広がり、流れる、星のような銀の粒。
 良太はこの景色に覚えがあった。

『お受け取りください』

 あの時も、この声が聞こえていた。

 ――あなたの手に触れたものは、あなたの願いです。


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回12月8日(金)更新予定


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