オリオンレイン【第23回】

← 前作品ページ | 次 →


前回のあらすじ
再び雑木林を訪れた良太と雪也。前に来たときと同じ場所とは思えない、木の実が豊かに実る林の中で、雪也に言われるままコインを翳した良太は洞窟のような場所にひとりで転移した。
どこかもわからない、けれど見覚えのある場所で、微かな音を頼りに足を進めた彼は、巨大な銀の薔薇の蕾を見つける。その蕾からは、星の欠片のように銀の輝きが零れていて――

第12話「薔薇との時間」前編

 ――星を。
 星を見に行こう、と声をかけてきた子どもがいた。
 子どもと言っても、当時は自分も子どもだったから、実際には同い年くらい。
 どこの誰かは知らない。田舎に友達なんていなかったし、同じくらいの齢の親戚がいるなんて聞いたこともなかった。
 景色に馴染んでいたからこの辺りに住んでるんだろう。昼間から星を見るなんて変な奴だと思った。
 けれど、すぐ近くに秘密の場所があると言う。
 良太はすぐに閃いた。4つ先のバス停の近くで、何かの施設を作っているのだ。
 建設現場で遊ぶのは禁止されてると教えたら、もっと近くだと言われた。
 そんなに近いならついて行くのも良いかな、と思った。
 ゲームにも飽きていたし、何より秘密の場所というのが気になった。
 雑木林に入ると言われたときはびっくりしたけれど、ここを抜けるのが近道だと言われて。
 そして。

 

「そうだよ。なんで忘れてたんだ。俺はここに来てる。ここに、星を見に来た……」

 大きな輝きを中央に据え、そこから波紋のように広がっていく銀の煌めき。
 それは子ども心にも圧倒的な景観だった。
 それこそ、もう一度見たいと夜中にこっそり家を抜け出すほど。

「凄くて。圧倒されて。この花が咲いたら、もっと星が増えるんじゃないかって。けど花は咲かないって」

 

 なんで?

「なんで咲かないんだ?」
「そういう花なんだ」

 良太をここに連れてきた相手は、少し困ったようにそう言った。

「咲かない花なんて無いだろ。栄養が足りないんじゃないか? ばーちゃん家に良い肥料があるから、もらってきてやろうか?」

 良太の提案に、相手は首を振る。

「駄目だよ。花は咲いたら、散ってしまう。この花が散るときは――」

 

 記憶はそこで途切れた。

「……なんだっけ?」

 良太は首を傾げ、あの頃より成長している銀の蕾を見上げる。
 子どもの頃の出来事だ。
 まして今の今まで、この場所のことさえ忘れていたのに、細かな会話をすぐに思い出せないのは当たり前かもしれない。
 それが、ただの日常の1日だったなら。

(俺はあの夜、この上の雑木林で源さんからコインを貰ったんだ。だからあの日のことは何度も思い返してる。なのに、あいつとの出会いやこの場所のことは一度も思い出さなかった。……なんでだ?)

 

 記憶を追うことに集中していた良太は、視線の先で沈黙している黒衣の紳士に意識を向ける。

「そうだ。源さんはここがどういう場所なのか知ってるんじゃないですか?」
「どういう、とは?」
「え? ……ええと」

 問いに問いで返されて、瞬間、良太は口ごもった。
 覚えている限りの記憶を必死に繋いで話を続ける。

「あの夜、源さんは星を見に来たって言ってましたよね。確かによく星の見える夜でしたけど、源さんの言ってた星っていうのは、もしかしてこの場所のことなんじゃないかなって……」

 言葉と記憶を繋ぎながら、良太はひとつの可能性を予感する。
 まるでその予感を後押しするように、壇が低く呟いた。

「この場所がなんなのか、わかって言っているのかな?」
「ここは……」

 この場所は。

「……星?」

 疑問形で呟くと、壇が小さな吐息を落とした。

「仕方がないか。君は来てしまったのだから」

 壇は上体を折り、手袋をはめた手で近い場所に転がる銀の粒を取ると、良太に向かって投げる。

「うわっ」

 良太は反射的に手のひらをかざし、銀の粒を受け止めた。

『どうぞ、お受け取りください』

 鈴のような機械の声が、同じ言葉を繰り返す。
 握り込んだ手を開いた良太が複雑な顔をする。そこには何も無かった。

『あなたの手に触れたものは、あなたの願いです』
「願いったって、何も……え、これ俺に願いが無いとかそういうことか? そんな筈は」
「すべて、星の核には花がある」

 良太の困惑を無視して、壇は詩をそらんじるように話し出す。

「その花は星の願いを聞き、星の命を循環させるもの。だが何故そこに存在するのかは、彼ら自身も知らない。人が、最初から持っている自分の命の核が、何故そこにあるのかを知らないように」

 壇が良太に向かって一歩踏み出した。背後で彼のマントが揺れ、その陰から、ひとりの子どもが姿を現す。

「僕たちの存在は、本当は秘されるべきことなんだ」

 その子どもに、良太は見覚えがある。

「お前、あの日の……けど、その姿……」

 良太をこの場所に誘った相手は、まったく成長していなかった。

「まさか、騎士なのか?」

 雪也のようにコインの影響で成長が遅いのかと考える。

「違うよ」
「そうだ。知ってる。騎士じゃない」

 良太は海の底から浮かび上がるようにぼんやりと出てきた言葉を口にした。

「確か。星の……」

 ポケットで、硬いものが砕ける音がした。

 

「……え?」

 慌ててポケットに手を入れる。そこにはさらさらした粉があるばかり。
 そのままポケットを裏返すと、銀の砂が地面に流れた。

「え、ちょ……? 嘘だろ、俺のコイン、なんで……」

 砂を受け止めようと空いた手を伸ばすが、それは指の間を絡むこともなくすり抜けて行く。

「おい、どうなってんだよ、これ」

 呆然と視線を上げた先には、「星の子」が立っている。
 目が合った瞬間、良太の脳裏にあの会話が再現された。

 

 ――駄目だよ。花は咲いたら、散ってしまう。
 ――花が散るときは、この星の命が尽きる時だから。

 

「星の命? なんだよそれ。この星が死ぬってこと?」
「うん」

 当たり前のように頷いた相手を、良太はまじまじと見つめた。

「そんな話、学校の授業じゃ言ってなかったぞ」
「だって、これは本当は秘密のことだから」
「じゃ、なんでお前はその秘密を知ってるんだよ」
「僕は、星だから」

 相手は良太の追及にひるむこともなく、さらりとそんなことを言う。

「……星――? おまえが――?」
「そうだよ。」

 ちょっと変な奴なんだろうかと思い、けれど目の前の銀の花からして信じがたいことではあったので、良太はとりあえず話を聞いてみようと思った。

「で? 本当は秘密のはずのことを俺に教えて、星のおまえは何がしたいんだよ」
「信じてくれるの?」
「嘘なのか?」

 相手は横に大きく首を振り、それからため息を落とした。
 星でもため息をつくんだ、と良太は妙なところに注目する。

「僕たちはひとつの星にひとつ、星の誕生と同時に芽生えて、星の終焉に開花する。でも、ひとつの花が、それを嫌がって、この星の中に入ろうとしてるんだ」
 話が壮大過ぎて、良太の理解が少し遅れた。

「えーと、入りたいなら入れてやれば?」
「ひとつの星にふたつの花は入れないんだ。そんなことをしたら、星のエネルギーの消費が増えすぎて、星がふたつに割れてしまう」

 それが本当なら地球が割れるということだ。それは困るな、と良太は思った。

「なんか、防衛する方法とかあるのか?」
「前の星の人たちが頑張ってる。でも、僕の星のことなのに、任せきりでいいのかなって」

 良太は難しい顔をして目の前の銀の花を見る。
 話によればこの花は地球の命で、目の前の子どもは地球だと言う。
 地球が、宇宙のどこかの星の花に狙われていて、その「どこかの星」の人間が地球を守るために戦ってる。
 でも全部任せきりにするのは気が引ける。

「わかった。じゃ、俺が地球代表になってやるよ」
「え?」
「なんかわからないけど、この星を守ってる連中に合流すればいいんだろ? 袖触れ合うも多生の縁って、ばーちゃんが言ってた」

 決まったと胸を張って言う良太の前で、相手はきょとんとした顔をしている。

「いいの?」
「んー。その代わりさ、トモダチになろうぜ。星と友達ってなかなかいないと思うんだ」

 そして良太は、夜に星を守る鍵を受け取りに行く約束をした。
 だから、夜に、家を抜け出したのだ。

 

「8席のコインは、君が僕と過ごした記憶を使って作ったんだ。その時間を思い出せば、コインは消えてしまう。だから、会うつもりは無かったんだけど」
「そういうの最初に言えよ。いや、言われても忘れるから意味がないのか? ていうか、コインが消えたらどうなるんだよ、俺、廃業?」

 一度に色々なことが起きて、良太はどこに焦点を合わせれば良いのかわからず混乱している。

「でも、騎士たちは世代を重ね過ぎて、伝承が遠ざかり、君を何度も惑わせてしまうことになった。もうじき時が満ちる。惑いがあるままだと、きっとあの花を止められない。だから、一度だけ」

 名残惜しげにポケットに残る銀の砂をつついていた良太は、相手の言葉にぴたりと動きを止める。

「時が満ちる? 何か、起きるのか――?」

(続く)


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回12月22日更新予定


← 前作品ページ | 次 →


関連作品

カテゴリ