オリオンレイン【第24回】

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前回のあらすじ
雑木林の地下にある洞窟で、忘れていた記憶を思い出した良太。けれど、記憶を取り戻すのと引き換えに、彼のコインが砕けてしまった。騎士廃業かと慌てる彼に、星を名乗る子どもが言う。「惑いがあるままだと、あの花を止められない」。大きな危機を感じた良太は、星の子どもの話に耳を傾けて――

第12話「薔薇との時間」後編

 確かに、異変は始まっていた。
 新聞部の部長・秋島由美香は、世界各地で咲いていた銀の薔薇がいつからか乃木に集中するようになり、それが今また発現範囲を広げ始めたと言っていた。
 そして、現在、銀の薔薇の噂は3か所で囁かれているとも。

(数も、範囲も広がってる)

 今は乃木の周辺だけのことだが、これがもっと広がったらどうなるのか。
 数も、例えば一度に7輪咲いたら、その時点で騎士の数を上回る。

「どれほど終焉を拒否しても、星にも寿命はある。本来、薔薇はその時に星の終わりのエネルギーで開花して、終焉に臨む星の願いを叶えるためにあるんだ。そしてエネルギーを使い切った星は静かな終焉を迎える」
「でも、薔薇は咲いたら散る……」
「そう。星の寿命を感じて散華を拒否した薔薇は暴走し、別の星に移ることを計画した。その時、まだ目覚めていなかった薔薇が僕というわけ」

 星の子はおどけたように両掌を空に向けた。

「でも、今は目覚めてるわけだろ」
「薔薇が自力で来ようとしたら、流石に彗星程度の時間はかかるよ。この星に来るための転移の門は花守が閉じたし、彼女はそれからずっと、薔薇に終焉を受け入れるように願い続けてるわけだしね」

 良太は納得する。だから、銀の薔薇の発現数にばらつきが出るのだ。

「たとえばだけど。薔薇が咲かずに終わると星はどうなるんだ?」
「そりゃ、大爆発だよ。エネルギーを逃がす方法が無いからね。どこまで影響するのか、予想もつかない。薔薇にしても、咲くも散るも関係無い。そんなことも忘れてしまっているんだよ、あの薔薇はね」

 星の子が少し悲しそうに言った。

「でもね。そろそろあちらの星の残り時間がないんだ。だから、彼らも焦っている」
「……たとえば、一度にたくさんの薔薇が押し寄せてくる、とか?」
「その通り」

 星の子の呟きを、壇が引き継ぐ。

「あの星の文明の間違いは、薔薇に願いをかけて花の数を増やしたことだ。咲いては散る自分の分身を見て、薔薇は終わりを恐怖した」
「たくさん花があるから、とにかくここを目指してくる。地表で開花されたら、あちらの星のエネルギーを呼びこんでここまで蔓を延ばすのは簡単だ。そして惑星ふたつ分のエネルギーを蓄えたこの星は割れてしまう」
「だから、薔薇を狩るのか」

 この星の薔薇を守るために、他の星から来る薔薇を狩る。
 そこは、納得できたような気がした。

「あ、でも俺のコイン、さっき砕けて……」

 肝心なことを思い出した良太は、情けない顔で裏返したままのポケットを見る。
 その彼に、壇が静かな声をかけた。

「コインなら、君の足元にある」

 良太は慌てて地面を見る。そこに広がる、無数の銀の粒を。

「その銀の輝きを取れば、君はコインを取り戻す。ただ、ここで彼に会ったことは忘れてしまう」
「忘れる?」

 良太は驚いて星の子を見た。彼は困ったような顔をする。

「僕に関する記憶と引き換えなんだ。僕は他の方法を知らないから」
「でも源さんの星では、花守が願ったって」

 壇が僅かに眉を上げた。

「そこは伝わっているのか。そう、最初の花守が薔薇に願った。そして、代わりに自分が薔薇の一部になった」

 絶句する良太に、星の子が「その方法は嫌なんだ」と囁いた。
 良太は星の子を見る。

「……この星で、他の星の銀の薔薇を咲かせられない理由はわかった。けど、こんなこと、いつまで続くんだ?」
「彼らの星の花守が、星の薔薇を説得できるまで。出来ればそうであって欲しい。薔薇が終焉を手伝わない星の終わりは、宇宙の惨劇だから」
「それまで守り切れば、騎士は廃業してもいいんだよな?」

 確認するように言うと、星の子が眉を曇らせた。

「……あの、さ。もし、騎士が嫌になったなら……無理にとは……」
「友達守るのに、嫌とか言う訳ないだろ! 守る相手のことを忘れるってのが納得いかないんだよ」

 星の子はきょとんとした顔をして、それから微笑んだ。
 良太はそのドキリとするほど艶やかな表情を見て、命が薔薇というだけのことはある、と妙な納得をした。

「僕は覚えてるよ。人の友達が居ること」
「お前が覚えてればいいとか、そういう問題じゃ……」

 言い返そうとして、良太はひとつ思いつき、素早く足元の銀の粒を拾った。

「俺だって、全部終わったら騎士辞めてお前のこと思い出してやる。絶対だ!」

 愉しそうに笑う星の子と、興味深そうにこちらを見る壇が銀の光の向こうに溶けて。

 

 ――第5席、第8席、コインを確認しました。

 鈴のような響きに、良太はそこが騎士の間だと気が付いた。

「あれ? 騎士の間に戻っちゃった」

 のほほんとした声に、思わず隣を見れば、ヤマモモを食べる雪也。

「なんだ。ここに繋がるんだ」
「そうだな。なんであんなところから……」

 そうだっただろうか?

(なんだっけ。誰かと話してた気がするんだけど)

 良太は時計を見る。雑木林に入った頃とあまり変わらない。

「でも、ここに繋がる場所に薔薇が咲こうとしたなんて、変な話だね」

 雪也の言葉に、良太は「そうだな」と生返事をする。
 コインが妙に真新しい気がした。

 

「なんか、凄い宣言をされちゃったな。りょーた、やっぱり面白いね」

 銀の粒の上に座り込んで、星の子が感心したように呟く。

「彼は考えるより答えを早く決めるタイプだな」

 壇が苦笑する。これまで迷いながらも星を守る初志貫徹だけは通してきた良太の、その無鉄砲さは好ましい。

「君は見届けるつもりなんだろ、壇?」
「花守の願いのままに」

 終わりの花守と囁かれ、いつも伏し目がちにしていたベアトの、強い瞳を思い出しながら、壇は手袋を外すと、銀の粒をひとつ、拾い上げた。

(続く)


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回2018年1月12日更新予定


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