オリオンレイン【第25回】
前回のあらすじ
星の子どもに関する記憶はコインと引き換えだと教えられた良太。ベアトが銀の薔薇を説得するか、あるいはベアトたちの星が薔薇の補助なしで終焉を迎えるまで地球を守れば、騎士の役目は終わるという。良太は地球を守りきった上でコインを返却し、その時に「星の子ども」という友人の記憶を取り戻してみせると宣言。新たなコインを手に騎士の間に戻るのだった。
第13話「オリオンを探せ」前編
「うーん……」
タブレットに表示した銀の薔薇の記録図を眺めて、秋島由美香は眉を寄せた。
撮り貯めた写真を整理していた村井が一瞬動きを止め、ひと呼吸おいてから、何事もなかったように作業を再開する。それはどこか、自分が作業に集中していることを主張しているようにも見えた。
「秋島先輩? どうかしたんですか? 何か気になることとか」
珍しい状況に、由美香と同じように記録図を見ていた良太が話を振る。
「何もないわよ。ていうか、何もなさすぎて決め手に欠けるのよね」
由美香は画面を見たまま、思案顔で呟いた。
「園芸部が薔薇の蕾を見つけてから、それが開花するまでの期間は他の特集も入っていたし、『今日の薔薇』コーナーで観察記録をつけて凌いだけど、同じことをやってもつまらないじゃない? 大体、こんな数の薔薇の成長記録を入れたら、園芸部の日誌みたいになっちゃうし」
良太は部誌のバックナンバーをチェックする。園芸部の使う温室で銀の薔薇らしきものが発見されてから開花するまで、確かに小さなコーナーが作られていた。
本当なら、薔薇の開花に合わせてオリオンの特集が入るはずだった。肝心の映像が記録できなかったことからその予定は崩れ、改めてオリオンを特集すると誓った由美香が、目覚ましい勢いでオリオンの騎士と薔薇に関する記録を集めだしたわけだが。
「前回は薔薇に比重が寄っちゃったから、今回はオリオンに寄せるんだけど、彼ら、どれだけ調べても掠りもしないのよね。都市伝説になるくらいだから、何か原形があると思うんだけど、薔薇の記録の前後を調べても、それらしい人物の記録は見つからないし」
「はあ」
良太は生返事を落とした。現役のオリオンの騎士としては答えに困る話題である。
「これはもう、直接取材しかないかも」
何かとんでもない話が出てきたので、良太は眉を跳ね上げた。
「ち、直接取材って、オリオンにですか?」
「オリオンの記事を書くのに、オリオン以外の誰に取材するのよ」
「え、その……オリオンに会った人とか」
誤魔化すように言ってみると、由美香がため息をついた。
「直接会ったって人が居ればの話よね。友達の知り合いが聞いたとか、また聞き系の話じゃ信憑性が無いでしょ。――あ」
すらすらと話していた由美香が、何かに気づいたように言葉を止める。タブレットに向けられていた視線が、良太に向いた。
「そういえば……大江は会っているのよね」
良太は無言でぎくしゃくと首を傾げる。多分いま、話の流れがとんでもないことになろうとしている。
「銀のコインをくれた人。オリオンなんでしょう?」
「いやいやいやいや、そうかもしれないっていうだけで、ホントのところは俺にだってわからないですよ? だからオリオンのことを調べたいって言っていたわけで……」
今はわかっている。彼も自分もオリオンだ。
けれどそれを言うわけにはいかない。騎士の正体を知った人間は銀の像になってしまうのだ。
良太は話の矛先を逸らそうと色々言葉を並べていくが、由美香は聞いていない。
「コインといえば、同じものを三条さんも持っているのよね。三条さんって古い家柄だし、昔から家に伝わっているコインだって言うなら、オリオンに近い……例えば、ご先祖の誰かがオリオンだったとか、あるかもしれない。ああ、この前の取材のときに聞いてみるんだった!」
「や、だからコインがオリオンと関係あるかどうか、微妙ですって」
頭を抱える由美香を見ながら、良太は必至に思考を巡らせる。
(やばいだろこれ。秋島先輩、本気で莉央さんに聞きに行きかねないし)
ちらりと村井に視線を向けると、気づいた相手が、もう自分の手に負えないと言わんばかり、軽く肩を竦めて見せた。
(諦めずに何か言って下さい村井先輩! 人手が足りないとか人が足りないとかっ)
情報提供のみを役割とした兼部が多いので、外の人間にはあまり気づかれないが、乃木の新聞部の実態は少数精鋭だ。
入部した当時、良太は部室に集まる人数の少なさに驚いた覚えがある。
各所から銀の薔薇の情報が入っているため、今は普段は他の部を優先している部員にも声をかけているが、これ以上の人手を動かすのは難しいはず、だった。
「そうね。薔薇の情報は結構入ってきたし、オリオンについて調べる頃合いかもしれないわ。どうして薔薇を刈るのか聞ければベストだけど、写真だけでも、実在する都市伝説としての掴みは十分だもの」
由美香の意気込みを聞いて冷や冷やしていた良太は、はたと気づく。
(そうだよ。銀の薔薇の周りってなんか特殊な空間になるじゃん。温室のときだって、カメラは何も録画出来ていなかったし、意外と心配ないんじゃないか……?)
由美香は銀の薔薇の成長を確認して、次に咲きそうな薔薇の特定を算段している。待ち伏せて、オリオンと取材交渉をするつもりらしい。
(待ち伏せていても眠っちゃうとか、きっとそんな感じだよな)
薔薇が作り出す不思議空間が役に立つこともあるな、と良太が胸をなでおろしたとき、由美香が顔を上げた。
「そうだ。大江、コインとオリオンの関係について何か知らないか、三条さんに聞いてみて。同じコインを持ってるってことで、話題にしやすいでしょ?」
不意打ちの指示に、出来れば話題にしたくないと思いつつ、良太は曖昧に頷いた。
騎士の間には、莉央と遠矢と雪也の3人が来ていた。
良太はこれ幸いと、新聞部での話を持ち出す。
「……というわけなんだ」
「秋島さんが……」
話を聞いた莉央は、ティーカップに指を添えたまま呻くように呟くと、沈黙した。
同時に部屋の空気もどことなく緊張した重いものになり、良太はおや? と首を傾げる。
直接質問が入っている莉央の機嫌が悪くなるのは予想の範囲だが、雪也までが真顔になるのは何故だろう?
「ほら、銀の薔薇が咲くときってなんか変な空間になるじゃん。温室の薔薇のときも学園内に残っていた生徒は全員眠っちゃったし。だから心配ないと思う。コインとオリオンについても、莉央さんさえ良ければ関係ないって説明で……」
話を進めようとした良太は、莉央の射るような視線に気づいて言葉を止めた。
「大江。君は……」
言いかけた莉央は珍しく言い淀む。代わりに遠矢が会話を引き継いだ。
「良太。お前、ひょっとして『秋島伝説』知らねえの?」
「あきしまでんせつ?」
「マジか!? 俺でも知ってるぞ」
遠矢の驚き具合に良太が戸惑う。確かに由美香は乃木高校新聞部の部長として名高いが……
「ボク結構大変だったから、あまり思い出したくないなー。皆高雪也クローン疑惑」
「それは……」
一瞬、ツッコミを入れて良い話なのかどうか、良太が迷う。
「由美香ちゃんが6年生の時だったかなあ。クラスの子がお姉さんの学校の写真を持ってきて、僕に似てる人間がいるって話題にしたんだよね。流石に同一人物だとは思わなかったみたいだけど、暫くあちこちの小学校に通って卒業アルバムとか片っ端からチェックしてたよ」
……由美香の情報検索力は小学生の頃から健在だったらしい。
「零が卒業証書とか色々細工してくれて逃げ切ったけど、皆高家全員同じ顔説は残ったかなー。由美香ちゃん勘がいいから、ばったり会わないように気を付けてるんだよね」
「ミス乃木に選ばれた大学部の女子が、ストーカー化してる連中を一掃したとこの取材を優先的に受けるって言ったら、速攻で問題視した号外を出して、運動部と連携して一掃したんだろ。『困った時は秋島、ただし怖いのも秋島』って言われてんの、聞いたことがあるぜ」
初耳である。
「彼女は昔から、一目置かれる行動力のある人だよ」
他の面々が話している間に紅茶を飲んで落ち着いたらしい莉央が、秋島由美香という人物に対する総評を述べた。
「莉央さんはそういうことも知っていて取材を受けたんですか?」
「約束だったからね。それに、秋島さんの機転は興味深い。有意義な時間だったと思うよ。ただ、彼女らしくないとも感じたな」
莉央の言葉に、良太は取材の日の様子を思い浮かべる。
由美香はあの日、いつもと同じようにてきぱきと会話を回していたはずだが。
「多分、彼女は自分で取材対象を追いかけている方が向いているんだ。ただ、納得するまで退かない自分の癖を知っているから、後方に控える。そんなところだろう」
「そうだねー。由美香ちゃんなら、薔薇に『オリオンに会いたい』って願いかねないよねー」
莉央がカップとソーサーの不協和音を鳴らし、遠矢が飲みかけていた炭酸に咽せる。
様々な音の混ざる部屋の中に、澄んだ鈴の響きが鳴った。
――第4席、コインを確認しました。
仄かに輝く蝶を遊ばせながら、5人目の人物がその場に現れる。
「楽しそうな話をしているみたいだね」
零は居並ぶ面々を確認してから、莉央の向かいの椅子に座った。
「笑い事ではありません」
「まあ確かに、秋島君ならやりかねないからね」
不機嫌に答える莉央に、やはり愉しそうなままの零が言う。どこからともなく出てきたコーヒーカップを見て、「抹茶がいいな」と呟いた。
「やりかねない、じゃねえだろ。止めないと銀の像が出来る可能性だってあるんだぞ」
「それは困る」
零は言うが、あまり困っているようには見えない。
「誰かが彼女と接触して、取材内容というのを聞いてあげれば良いんじゃないかな? ついでに、彼女の銀の薔薇に対する推論なんかも聞いてみたいし」
その言葉に、雪也がびっくりしたような顔をした。
「零が誰かの意見を聞きたがるなんて珍しいね」
「うん? 僕はいつでも他人の意見に耳を傾けているよ?」
「頑固爺がどの口で言ってるんだ、それ」
遠矢の悪態は聞こえなかったふりをして、零は話を続ける。
「それに、僕は彼女の感性と並行した分析能力を買っているからね。もし騎士以外に薔薇の災厄に気づく人間が現れるとしたら、ああいう人間だろう」
ひらりひらりと、零の機嫌を読んだように蝶が遊ぶ。
「ではご自身で取材を受けてはどうですか?」
静かな言葉に、蝶が一斉に羽を閉じてテーブルの縁に止まった。
「うん?」
「あなたも騎士ですから、彼女の取材対象です。僕らでは、仮面をつけたままでも彼女に気づかれる可能性がある。特に僕と大江は危険です。雪也も過去の件があるので、接触は避けるべきでしょう」
「……遠矢がいるじゃないか」
そろりそろりと、テーブルの縁を移動する蝶たちに扇の先を向けながら、零が反論する。
「言っとくけど、俺そこまで器用じゃないからな。責任は持たねえぞ」
「困ったね」
蝶を回収した扇を手元に寄せて、零がため息をもらした。
「零さんじゃ駄目なんですか? 理事長だし、あまり秋島先輩と接触することもなさそうですけど」
「無い、かな? うーん。無いと言えば無いのか。いや、どうだろう?」
良太の問いにも、零はどこか煮え切らない。
暫くぼそぼそと一人で問答をしていたが、不意に扇で手のひらを打った。
「ああ、ひとり適任がいるじゃないか。幽霊部員みたいな首座が」
「幽霊部員……」
「確かに、ここで1席を見たことは無いよね」
「つーか、健在ってこと自体、最近までわかってなかっただろ」
良太たち3人が顔を見合わせる中、莉央が空のカップの縁を指先で辿りながら呟く。
「1席と取引をするということですか?」
「そうでもしないと、あの男は来ないだろう?」
「連絡は?」
莉央の言葉に、零は扇の親骨の陰から良太に視線を流した。
「彼のコインなら出来そうだけど……」
視線を感じた良太が、ふと零を見る。
彼は何事もなかったように姿勢を正すと「蝶に任せてみるよ」と呟いた。
(続く)
著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ
次回1月26日更新予定
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