オリオンレイン【第27回】
前回のあらすじ
新聞部の部長・秋島由美香は、予定している部誌の特集『銀の薔薇と薔薇刈人』が決め手に欠けることに悩んでいた。薔薇を刈るオリオンについて、どれだけ調べても手掛かりがないからだ。良太は他の騎士たちに、由美香がオリオンへの直接取材を視野に入れたことを伝える。由美香なら薔薇に願ってでも実現する可能性があると判断した騎士たちは、一計を案じるが――
第14話「北天の邂逅」前編
八重山百花園は、もとは武家屋敷に設えられた庭園だという。
やや小高い土地を利用し、当時の先進技術を用いて造園された……らしい。
武家の繁栄を軽々と連想させる四季折々の花に彩られた広大な作りにも関わらず、肝心の屋敷らしきものは残っておらず、いまひとつ由来のはっきりしない場所である。
その入り口に近い大きな桜の木の隣に立って、良太は案内板と目の前の景色とを照らし合わせていた。
(茶室、茶室……)
園内にはいくつかのお休み処とされる庵が散見している。
目指す『八景庵』はなかなか見当たらなかった。代わりにもう一つの探し物を見つける。
(『北天ノ林』……ここに銀の薔薇の蕾があるのか)
園の北側に書かれた名前に、新聞部員として、オリオンの騎士として気を引き締めた。そしてふと、園内図の左下に添えられている周辺地図に目を走らせる。
(……北天ノ林から一直線に南下すると、あの雑木林だ……)
どうということのない地図ではあるけど。
「あの林は騎士の間に繋がってるんだから、ここの薔薇が蔓を広げたらまずいんじゃないか?」
「林が何に繋がってるですって?」
「うわっ!」
ぼそりと呟いた言葉を隣に来た人影に拾われて、良太は思わず飛び退いた。
「あ、秋島先輩? なんでここに?」
「なんでって……銀の薔薇の観測カメラを設置しに来たんだけど」
「それでその荷物ですか。そういうのって、申請とか必要なんじゃ……」
良太は由美香の傍らに鎮座するカートに視線を向ける。
「学園にも、こちらの園を管理してる事務所にも申請済みに決まってるでしょ。大江は何? 薔薇の確認? ここ、担当するって言ってくれてたわよね」
「一応、場所とか蕾の状態とか見ておこうかと」
茶室に莉央が来ているなら、同行を頼もうと思っていたのだが、そこは伏せた。
「なるほどね。感心感心。助かったわー、ここ結構広いから」
由美香は笑顔で言うと、良太の肩に手をかける。
「荷物運ぶの、手伝ってくれる?」
質問の形を取っていたが、良太は由美香の背後に『部長命令』の4文字を見た気がした。
『八景庵』の名が示す通り、その庵は八角堂の形になっている。
建物の中央に八つの和室に出入りできる水屋を設えた、一風変わった建物だ。
その一室、枯山水の庭に面した部屋で、出された茶を飲み終えた莉央が、茶碗に視線を落としたまま口を開いた。
「……茶の味が硬すぎると指摘をされました」
「どんな道も若いうちは硬いものだね。その先にあるものを模索するのも若者の務めだからね」
亭主を務めていた年輩の男性が、庭に目を向けながら言う。
「それに、若いうちから古木のような深みを持たれた日には、年寄りの立つ瀬がないね」
「……」
莉央と、零や壇は気が遠くなるほど歳が離れている。
歳の差だけで考えるなら、壇が好むような茶を点てられる日は永遠に来ない気がした。
「茶の湯は正直なものだよ。克己心が強ければ硬い味がする。反骨心が強くなれば、渋くなる。迷いがあれば薄い味気ないものができる。私なぞ緊張しすぎて茶碗の底に抹茶玉を作ったこともあるね」
(……抹茶玉?)
謎の単語に反応を迷っている莉央を見て、相手は笑う。
「それそれ。その毎度自分の感情に考えを挟もうとするところが硬いと言われる所以だね。少しはお前さんの祖父を見習うがいいさ」
「祖父はそんなに自由でしたか」
「自由というほど自由に過ごせる家柄でも時代でもなかったがね。まあ、気持ちに素直な奴だったよ。その癖、茶はいつも渋味が強かったから、あれはあれなりに苦労があったんだと思うがね」
祖父は渋くて、自分は硬いのか……と、莉央は胸の内で苦笑した。
「深みは足りなくても、せめて偏りのない味にしたいものです」
「あるがままに点てることだね。茶を点てる椀など世界から見たら小さいものだよ。だからそれに向かう瞬間くらい、世界に溶け込んでみるといいさ」
わかるような、わからないような。
(世界に溶け込む)
莉央はぼんやりと手の上の茶碗を見る。茶碗の外の畳。畳の向こうの庭。
感覚を広げていくと、ふと異質な輝きを感じた。
(今のは……? 八重山にもあると聞いていたが、まさか)
内心の焦燥を抑えて、莉央は茶碗を畳に戻す。
「おや、もういいのかね」
「はい。ありがとうございました」
「いいさ。その代わり、次はお前さんの祖父さまへの愚痴に付き合ってもらうよ」
それは離れの茶室で小言を言われそうだと思いつつ、莉央は正礼を取ると席を立った。
(確か、北天だったな)
八景庵を後に、園の北に足を向ける。
制服の内ポケットに収めた銀のコインに指先を伸ばした。
「先輩、これ結構、いやかなり重いんですけど」
良太はカートを引きながら由美香に訴える。
最初はそれほどでもなかった荷物は、何故か歩くたびに重さを増していた。
「作りが巧妙だからわかりづらいけど、基本的に八重山は北に向かって登り坂だから。だから助かったって言ったでしょ」
なるほど。重くなるわけだ。
おんぶおばけか子泣き爺みたいだと背後の荷物を見下ろして、良太は黙り込む。口を開くと腕力が逃げそうな気がした。
というか、由美香はこれをひとりで運ぶつもりだったのだろうか……
(新聞部って実は体力勝負だよな)
もし今、銀の薔薇が咲いたら、剣を振る力が弱くなっていそうだと思いながら歩いていた良太は、横合いから出てきた人影に気づくのが遅れた。
「すみませんっ」
ぎりぎりで荷物の軌道を逸らした彼の耳に「こちらこそ失礼を」という聞きなれた声が落ちる。
「り……三条先輩!」
「え、三条さん?」
先を歩いていた由美香が足を止めて振り返るのと、莉央の動きが止まるのは同時。
その視線が良太に無言で問いを投げる。
(俺も偶然です、偶然っ)
必死に目で訴えるが、通じたかどうか。
「すごい荷物だね。ひょっとして、銀の薔薇の観測?」
「はい。八重山はすぐに駆け付けるには距離があるので、管理事務所に申請しました」
莉央の問いに由美香が答える。
「学校の植物園では失敗しちゃったので、システムを組み直したら凄い荷物になっちゃって。偶然大江君に会えて助かりました」
無言の訴えが由美香によって明らかにされたので、良太はほっと胸を撫でおろした――が。
「今回は少し撮影範囲を広げていて、薔薇を刈りに来るというオリオンの映像も録れるように工夫しています」
続く言葉に、ピシリと凍り付く。カートの荷物が一気に重くなった気がして、思わず振り向いた。見ようによっては、視線を逸らしたようにも見える。
「オリオンを?」
莉央の声音は変わらない。それが怖い。
寧ろ由美香に姿を見せることを了承したという壇に今すぐ登場して欲しい。登壇希望。
「部誌で銀の薔薇を扱うのは二度目なので、少し踏み込みたいんです」
俺は逃げ出したいです、という気持ちを表すように、良太がカートの向きを調整する振りを装って、ふたりから一歩距離を開けた。
「都市伝説の実態を記録出来たら、また秋島さんの伝説が増えるね」
「伝説を作りたいわけじゃないんですけど……あの、三条さんはどうして八重山に?」
莉央の言葉に、由美香が困ったような顔をして、話を逸らす。
「八景庵に、僕の茶道の師が居るんだ。もう用事は済んだし、手伝おうか」
「と、とんでもない事です! 三条さんに荷物を持たせたなんてバレたら、うちの学年の女子に取材し難くなりますっ」
由美香の慌てぶりになんとなく格差を感じる良太。
(俺だって、運動部の連中からは今も結構声をかけられるんだけど)
微妙に拗ねていると、一瞬、莉央の視線を感じた。
「残念だな。どんな風に観測システムを作るのか興味があったんだけど」
言外にカメラの配置を確認したいという意味を読んだ良太は、慌てて口を開く。
「あ、ええと、片手で引くには重いなって感じてたんで、手を貸してもらえたら助かります」
「そんなに重いなら私が運ぶわよ。三条さんは部員じゃないんだから」
由美香は良太の提案を却下すると、カートの柄に手を伸ばした。
「俺で重く感じるんてすよ? 先輩には無理ですって」
「それ、私が八重山まで運んで来たんだけど?」
「運んで来たって、基本ここに来るのはバス移動でしょ?」
思いがけず言い合いになる。
蚊帳の外の莉央が確認するように空を見た。
日は西に傾いて久しい。人の気配も減っている。
そして――花弁のようにひらりと、蝶。
「じゃあこうしよう。僕は北天ノ林まで園を散策する。それで、たまたま秋島さんたちを見かけて、その作業を観察する。どうかな?」
一瞬、由美香が妙な顔をした。
「あの、私たちも北天ノ林を目指しているんですけど……そういえば、三条さんはどうしてここに銀の薔薇の蕾があるって知っていたんですか?」
冷やりと。良太がそれまでとは別の意味で緊張する。
莉央はおや、と首を傾げて、当然のように答えた。
「八景庵で、茶道の師に教えて頂いてね」
さらりと言う莉央に、良太は騎士としての経験の差を見た気がした。
(続く)
著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ
次回2月23日更新予定
SS企画「薔薇の小部屋」
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