オリオンレイン【第28回】

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前回のあらすじ
八重山百花園にあるという銀の薔薇のつぼみを確認に来た良太は、薔薇用の観測カメラを設置しに来た由美香と鉢合わせる。さらにそこに、園内の茶室を訪れていた莉央が合流した。良太はオリオンの映像も録りたいと意気込む由美香と、さらりとその話を受け流す莉央の様子に冷や冷やしながら、薔薇の蕾があるという「北天ノ林」を目指した。

第14話「北天の邂逅」後編

 銀の粒の輝く洞内を黒い鳥が横切る。
 中央の大きな銀の薔薇の蕾の下にいた壇が腕を伸ばし、その鳥に休む場所を与えた。

「……八重山になったか。どうしたものかな」

 腕の上で翼を整える鳥を見ながら、彼は思案気に呟く。

「あの位置は少し近すぎるね。あそこで咲かれると嫌だな。でも……狙って来たのだとしたら、簡単に狩らせてはくれないだろうね」

 銀の大きな蕾に腰かけて、星の子どもが答えた。

「壇、君が手を貸さないと駄目かもしれないよ?」

 蕾の上から見下ろせば、その下に佇む黒衣の紳士が苦笑する。

「無茶を言う」
「放っておくつもり?」
「今回は別の役目を頼まれているのでね。狩りは若者に譲るよ」

 淡々と答える彼の表情は、仮面に隠されて伺うことができない。

「ふーん。でも、良太も3席もあの女の子と一緒だし、あの状況で騎士になるのは難しいんじゃないかなあ」

 星の子どもは足を揺らしながら、天を見上げた。
 そこは地下ではあったけれど、彼はこの星そのものが人の形をしているだけなので、地上で起きていることを感じるのは容易いことだった。

「手のかかる後輩たちだ」

 呟いた壇は蕾の下を離れ、歩きながら手袋を外す。

「ひとつ貰う」

 何をとは言わず、大地に転がる銀の粒に無造作に手を伸ばした。

「手も貸さないのに?」
「保険というものだ」

 銀の粒は彼の指先で弾けて消える。
 壇はそのまま、薔薇の間の外に姿を消した。

「誰も彼も、素直じゃないね」

 星の子どもの呟きに、大地を覆う銀の粒が鈴のような音を立てた。

 

「ここが北天ノ林……こんなところに銀の薔薇があるのか?」

 天を突くように伸びる無数の竹に、良太は思わず辺りを見回す。
 雑然と生え、整然と天に向かって伸びる緑は圧巻だ。

「大江、こっち」

 由美香は迷いなく、遊歩道を外れて竹林の中に入っていく。

「待って下さい、先輩」

 良太は慌ててカートを抱えた。林の中を引きずるわけにはいかない。
 莉央は蝶がついて来ていることを確認すると、ふたりの後に続いた。
 竹は自由に生えているように見えて、ささやかに人の手が入っている。
 獣道のようなその隙間を進むと、竹から秩序の失われた一角に行き当たった。
 中央には、ひっそりと伸びる銀色の蕾。
 自分たちの林に現れた異質な植物に怯えたのか、周りの竹は薔薇を避けるように傾斜して伸びている。

「蕾だ」

 荷物を降ろしながら良太がつぶやくと、由美香がおや? と眉を上げた。

「大江はもっとリアクションがあるかと思ったけど、意外と普通ね」
「え、いや驚いてますよ。でも植物園の時もモニターで見てたし、それになんか、近くで見たら普通? の花? の蕾っぽくて、第一印象が薄いっていうか……」

 まさか騎士として何度も見たから見慣れたとも言えない。

「ここだけ、こんなに竹がおかしな伸び方をしているのに?」
「あ、あれ?」

 良太は言われて初めて気が付いたと言いたげに、きょろきょろと辺りを見る。
 背後に立っている莉央の視線が痛い。

「この蕾、刈られないようにする方法ってないのかしら」

 注意力散漫な部員を放置して、由美香はてきぱきと荷物を展開する。

「刈られないようにって、例えば、金庫の中に入れるとか?」
「結構いろんなところで、色々工夫されていたみたいなんだけど、駄目だったのよね」

 ケーブルを引っ張りながら、由美香が答えた。

「オリオンが壊したんですか?」
「内側から割れるんだ」

 頓珍漢な受け答えを見かねたのか、莉央が口を挟んだ。

「内側?」

 ピンとこない様子の良太に、由美香が補足を加える。

「銀の薔薇が咲こうとするときに映像なんかの電気系統も異常を起こすでしょ? あくまでも噂ではあるんだけど、薔薇が咲くときにかなり強い何らかのエネルギー波が放出されるんじゃないかって話。だからどんなに強力に保護しても、薔薇自体がそれを壊してしまうんですって」

 どちらかというと、あの銀の蔓が壊しているのではないだろうか。
 そんなことを考えながら、良太は黙って由美香の話を聞く。

「でね、そのエネルギー波っていうのが実は生き物に有害で、オリオンはそれを防ぐために、エネルギー波を感知すると薔薇を刈りに来るんじゃないかって説があるのね」
「そうなんですか!?」

 良太はまじまじと薔薇の蕾を見つめた。そんなに危ないものだとは知らなかった。
 騎士になれば影響は無いのかもしれないが、今は由美香が傍にいる。

「もし今、この薔薇が咲いたら」
「仮説よ仮説。薔薇の保管に成功した例は無いんだし、開花前の蕾の状態の薔薇について研究した人も……」

 ふと、由美香が言葉を止めた。

「先輩?」

 どうしたのかと良太が声をかけるが、気づいた様子もなく、由美香はぼそりと独白した。

「そういえば、どうして蕾の状態の薔薇を分析した例が無いのかしら。いくら貴重だと言っても、もう何度もオリオンに刈られているのに、それでも発見されるたびに開花を待つっていうのは……」
「次があるという保証や人工栽培が出来るという確証がないからだよ」

 4人目の声がして、竹林の向こうから色の薄い髪を揺らしながら零が姿を見せる。

「理事長先生」

 由美香が目礼し、良太と莉央もそれに倣う。
 零は微かに会釈を返して、薔薇の蕾に視線を向けた。

「今のところ、どうして銀の薔薇が現れるのか原因がわかっていないからね。真偽のわからない都市伝説を警戒して、万が一自分たちで枯らせてしまったら問題になるだろう? オリオンが狩る分には、誰にも責任はかからない。だから或いは、オリオンというのは、銀の薔薇に手を加えようとして失敗してしまった人が作った都市伝説かもしれないね」
「……なるほど、確かにそういう見方もできますね」

 良太は沈黙を守る。

「理事長は銀の薔薇に詳しいんですね」
「これでもずっと研究しているからね。銀の薔薇の研究者の中では、一応五指に入ると思うよ」

 初耳だ。
 良太はちらりと莉央の様子を伺う。
 無表情だが、明後日の方向を見ているあたりにその心境が伺えた。

「じゃあうちの部誌の記事なんて、つたないばかりで退屈だったんじゃありませんか?」
「生徒が情熱をかけて作るものを退屈だとは思わないよ。寧ろ色々な角度から観察していて興味深かったな」

 由美香は感激している。良太は由美香と目を合わせられない。
 零は理事長として振る舞っているが、騎士だと知っている良太からすれば胡散臭さ全開だ。

(……どうやって話に入ればいいんだ、これ……)

 年季の入ったホラ話への参加方法がわからず困惑していた良太は、鳥の羽ばたきを聞いた気がして空を見上げた。
 辺りの竹が傾斜しているせいか、そこだけ広い空間には、微かに星が輝いている。

(薔薇が咲きそうな時間だな)

 なんとなくそんなことを思って、良太は慌ててその考えを否定する。
 今ここに、3人、騎士になるわけにいかない騎士がいるのだ。

「秋島先輩、作業ってまだ結構あるんですか? 早くしないと暗くなりそうですけど」

 良太が声をかけると、由美香が慌てて辺りを見回した。

「あー……」

 やってしまったとばかり、声を零す。

「手元の明かりが狭くなると手間取るのよね。とはいえ、ここまで広げちゃったし」

 辺りには電源に繋がる配線が敷かれ、カメラも荷解きを終えている。

「大江は? まだ時間大丈夫?」
「俺は構いませんけど」

 ならとりあえず、と由美香は携帯ライトの電源を入れた。
 その光が、不意に消える。

「……充電忘れていたかしら」

 呟く由美香の声は、どこか不安げだ。

「売店に……でもここを放置していくわけには……」

 良太はらしくない戸惑いを見せる彼女から、その背後にある薔薇の蕾に視線を移す。
 零も。莉央も。
 そこに空の星を落としたように瞬く銀の輝きを見た。
 そして。

「星の導きに応じ、銀の薔薇一輪、貰い受ける」

 低く深い声が響き、天を目指す竹の上に、黒衣の紳士が現れる。

「――オリオン!?」

 それまでの戸惑いを忘れ去ったようなはっきりとした由美香の声が、竹林の中を木霊こだました

(続く)


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回4月13日更新予定


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