オリオンレイン【第29回】

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前回のあらすじ
八重山百花園を訪れた良太は、偶然、百花園の銀の薔薇を観測する準備に来た新聞部の部長・秋島由美香と合流する。手伝いを頼まれて荷物を運ぶ良太に、園内の茶室に来ていた莉央と、由美香の観測申請に許可を出した学園理事(零)が加わり、銀の薔薇がある園内北の「北天ノ林」に集う。その時、園内の照明が一斉に消え、上空にオリオンの騎士が現れた。

第15話「花守の刻印」前編

 それは不思議な風景だった。
 暮れ時、竹林の上で、菫青きんせいに染まる空を背に黒衣の紳士が立っている。
 その足下には黒く蟠る影が橋のように延びていて、彼はまるでその橋の上を歩いてきたように見えた。
 ざわりと動く影の橋は、よく見れば無数に集まる黒い鳥だ。天の川にかかるかささぎの橋はあんな感じかもしれないとぼんやり眺めて、由美香は自分のするべきことを思い出した。

(そうだ。カメラ……)

 彼女はどこかぎくしゃくとした動きで、荷物を振り返る。竹林の中はすっかり暗くなっている。

「……大江、ライト、使える奴がないか確認して。私はカメラ使うから」
「え? わ、わかりました」

 小声で話を振られた良太は、荷物に向かう由美香の背と、視界の端の銀の薔薇の蕾とを見比べた。

(秋島先輩が普通に動けるってことは、まだ咲かないのか? いや……)

 薔薇に気を取られてうっかりしていたが、莉央も零も、良太さえ、壇の――『オリオン』の出現に驚くなどの反応をしていない。いつもの由美香なら、その致命的に不自然な状況に気づかないはずがなかった。
 ――人は無意識に薔薇から隠れようとする。
 以前、雪也が言っていた言葉だ。
 その言から考えれば、由美香はオリオンに全意識を向けることで、銀の薔薇の影響をある程度回避しているのかもしれない。

(照明も消えてるし、園内に居る他の人影も急に見えなくなったし、これは……)

 やはり薔薇が、密やかに、蜘蛛の糸のような細い銀の根を広げているのではないだろうか。

(騎士になれば、どの程度薔薇の影響が出ているか見ることができるのに)

 良太は使えるライトを探すふりをしながら、ポケットの中のコインに触れる。由美香の前で騎士になることはできない。
 零も莉央も、さりげなく薔薇に意識を向けているが、騎士として由美香の前に立つことを避けた以上、心境は同じだろう。

 

 周囲の空気を知ってか知らずか、由美香は荷物の中から使い捨てカメラを取り出した。
 デジタルカメラまで手を伸ばす余裕はなかった。
 何かに――本能に――ここに居てはいけないと警告されているようで、ずっと肌がざわついている。
 得体のしれないその感覚に、写真を撮るまではと踏みとどまる由美香の中で疑問がわいた。
 紳士然と虚空に立つあの人は――オリオンは、そんなに危険な存在なのだろうか。

(確かに都市伝説って怖いものが多いけど)

 そうだ、今すぐ家に帰って都市伝説の分類をして……

(って違うっ! 今はオリオンの写真を撮るのよ。なんでこんな注意力散漫になってるの、私)

 軽く頭を振って、由美香はカメラに意識を集中させる。その集中を邪魔するように、彼女の目の前を一羽の黒い鳥が横切った。
 思わず鳥の行方を追う由美香の耳に、低い声が届く。

「心意気は素晴らしいが、あまり無理をすると、薔薇に惑わされてしまうよ、お嬢さん?」

 それがオリオンの言葉だと気づくのに考える時間は不要だった。

「惑わされる……銀の薔薇は人を惑わすものなの? だから、あなたは薔薇を刈るの?」
「……ほう」

 彼は感心したように由美香を見下ろした。
 目元がマスクに覆われているので、表情はわからないが、ただ直感的に、彼が自分を見ていると確信した。
 だから、真っ直ぐに見上げる。

「君の言いようだと、私はまるで善人のようだね」
「善悪じゃなく、どうして薔薇を刈るのかです」
「災厄にしないためさ」

 由美香が考えるように黙り込む。

「……あんなに綺麗なものが災いになるの? 花は咲きたがっているだけでしょう?」

 今度は壇が黙り込んだ。
 ややあって。

「なるほど。彼が気にするはずだ。君のその瞳には銀の……」

 瞬間、壇の言葉を封じるように、銀の光が彼の足元に連なる鳥を乱した。

「な、何?」

 驚いた由美香が、列を乱した鳥に気づかわしげな視線を向ける。
 刹那の銀の輝きが、零の「蝶」だと気づいた良太が、視界の中、彼の様子を探る。
 壇が軽く肩を竦めたように見えた。

「余計なことは言わなくていい」

 低い声に、由美香は瞬間きょとんとした顔をして、零と、黒衣の紳士を見比べる。
 零は何事もなかったように地面を見ている。宵闇の中、そこだけ星が落ちたように光る、今にも花開きそうな銀の薔薇の蕾を。
 けれど黒衣の紳士に向けた声は、確かに彼のものだった。

「理事、長……? オリオンと……」

 ……知り合い?
 彼は銀の薔薇の研究者だと言っていた。銀の薔薇にはオリオンが付いて回る。だからそれは有り得ることで、でもそれならどうして……

「Sleep Sheep Sleeping Sheep!」

 遠くで誰かの声がした。
 由美香の意識はそこで途切れた。

 

 間一髪で金色のスティックを振った騎士――雪也は、由美香を支えたまま非難するように零を見る。

「気を付けてよね。せっかく1席が協力してくれたのに、台無しにしちゃうとこだったよ?」
「あいつが余計なことまで言おうとするからだ」
「話が見えないんですけど、余計なことって」

 良太は不満げに言う零に尋ねようとしたが、睨まれて言葉を飲んだ。
 いつのまに降りたのか、壇が雪也の隣に居る。

「5席。彼女は私が安全な場所まで運ぼう。君は君たちの役割を」
「お前なんかに任せられるかっ」

 了解したように由美香を預けようとする雪也を、零の声が止める。

「ではどうする? わかっているだろう。薔薇が動くぞ」

 そうだ。
 壇の指摘に、良太はポケットからコインを出す。
 薔薇の根元から走る、亀裂のような銀の色。
 いつも見る、陣を描こうとする銀の蔓とは違う。目的を持って地に深く根を伸ばすような。

(…………)

 良太は何か大事なことを失念している感覚に捕らわれる。
 地面の下。薔薇が蔓を伸ばす方向。なぜそれが気になるのか。

「莉央。秋島さんの護衛を」
「しかし、ここの薔薇は」
「僕らが狩る」

 短く答えて、零は扇を振った。
 花吹雪のように蝶が舞い、淡い藤色のマントをなびかせ、藤色を帯びた銀の大鎌を構える騎士が現れる。
 由美香を抱えた壇が竹林の向こうに消え、莉央が後に続いた。
 良太は慌ててコインを弾く。

「――Bet!」

 視界に溢れる銀の輝きに、最前に見た零の藤色が流れ込む。
 光の中、誰かが、淡く長い髪を揺らす少女の背に向けて手を伸ばす。
 ――……えさんっ! 姉さんっ!
 追いかける声に、少女に付き添うように歩いていた紳士が足を止め、彼女に何か呟いた。
 頷いた少女はゆっくりとこちらを振り返り――

「良太、ぼーっとしないっ!」

 雪也の声に、良太の意識が現実いまに戻る。
 目の前に広がるのは、何かを探すように地面に広がる銀の蔓。
 それは四方に延び八方に広がり、丁度、由美香の立っていたあたりで、そこだけ切り祓われたように半円に空いていた。
 その状況に、良太の背筋を冷たいものが走る。
 薔薇が由美香を囲もうとしたのでなければ、そんな風には狩られない。
 不思議なことに、銀の蔓は祓われた跡のあるその場所を避けながら伸びているようだった。

「秋島先輩たちは……」
「1席と莉央が連れて行ったでしょ」

 変身時に流れ込んで来たイメージが強すぎて、現実との境界線を見失いかけた良太に、金のスティックを忙しく閃かせながら雪也が答えた。

「……そうだよな」

 良太はどこかほっとしながら、その銀の蔓が避けるようになった一角を見る。

(誰の武器の跡だろう。三条さんは騎士になっていなかった。零は先輩の近くには行かなかったし……雪也のスティックであんな風になるか? 大体、なんで薔薇はあそこだけ避けるようになったんだ?)

「良太、その蔓を止めてっ」

 雪也の叫びに、良太は反射的に自分の脇を抜けて地面を南に延びる蔓に剣を突き立てた。
 地中を進んでいた銀の蔓が刃先に触れて霧散する。

「貴重な戦力だ。考え事は後にして欲しいね」
「すみません」
「地面の中を進むとか、今日の薔薇は反則だよ!」
「代わりに本体は丸見えだ。少し茨がうるさいけどね」

 零が優雅に大鎌を振った。
 薔薇を囲うように伸びる銀の蔓が霧散して、新しい蔓が新たな茨の壁を作る。
 その壁が完成する前に、零の手から蝶が舞い出るが、薔薇の光に近づいた蝶は輝きに呑まれてしまう。

「鳥向きの花だな。あるいは弓か」

 零は忌々し気に呟いた。
 壇も莉央も今は居ない。
 ――遠矢は?
 槍なら、茨を突き抜けて薔薇を狩れるはずだ。
 騎士の間に残ったのだろうか。それならなぜ、ナビが入らないのか。
 そう思った時、仮面の端からノイズが響いた。

『……い、おい、どうな……っんだよ、これ……』
「遠矢? 何? どうしたの?」

 雪也が返事をするが、音声はノイズにかき消される。
 その時になって、良太は肝心なことを思い出した。
 ここが、あの雑木林に近いことを。
 雑木林にはあれが――騎士の間に繋がる扉が――あることを。

「雪也、零、薔薇の狙いは騎士の間だっ」

 良太の叫びに、雪也がスティックを振った衝撃を利用して、空高く跳ねる。

「乃木市内ならともかく、この場所から狙うのは無謀というものだ。それとも、二兎を追ったつもりかな?」

 冷ややかに言って鎌を振るい、脇を抜けようとした茨を霧散させる零を見て、良太が仮面の下で目をみはる。
 ――零は知らないのか!?
 確かに、雪也とふたりで雑木林の確認に行ったことは報告しなかった。
 もともとあれは、零の蝶にも内緒にした行動だったからだ。
 けれど、零は壇と同じこの星に来た最古の騎士のひとり。そんな彼に、彼らが築いてきたシステムの中で知らないことなんてあり得るだろうか。
 説明に迷う良太の隣に、重力に引かれた雪也が着地する。空で何を見たのか、顔色が青い。

「雪也、茨は……」
「細い蔓はもう園の正門を越えようとしてるよ。本体を囮にしてたんだ」
「なら、茨が乃木に入るまでに本体を狩ればいい。」
「駄目だよ。その前にあの雑木林があるっ」

 雪也が食い下がり、零が訝しげに首を傾げる。

「……園に近い雑木林に、騎士の間に繋がるゲートがあるんだ。前に俺と遠矢が、薔薇と源さんに遭遇した場所。多分、この薔薇は蔓をそこに向けてる。雪也の話が確かなら、あまり時間は無い」

 良太の早口な説明を聞いて、零は背後の薔薇を見た。
 茨の奥へ奥へ。隙あらば自分を守る堅牢な城を作る銀の煌めき。

「……そんな場所に騎士の間に繋がる入口があるとは聞いてないよ?」
「ごめん。なんか、言いだし難かった。後でちゃんと説明する。今は薔薇を」

 狩らないと。
 良太は雪也と視線をかわすと、剣の柄を握る手に力を入れた。

「「double-up!」」

 ふたつの声が重なり、赤と金の輝きが銀の光と螺旋を描く。
 光の中に雑木林が見えた。それと誰かの人影と。
 それは遠い日の記憶。

「俺は確かに、守るって約束したから!」

 ――たとえ、それが誰とは、覚えていなくても

(続く)


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回4月27日更新予定


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