オリオンレイン【第30回】

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前回のあらすじ
秋島由美香は黒衣の紳士・オリオン(壇)と対峙した。壇は由美香を見て、零が彼女にこだわる理由に気づくが、ほぼ同時に八重山の銀の薔薇が開花期に入った。由美香を保護した壇と莉央が戦列を離れ、良太・雪也・零の3人が薔薇と対峙した。しかし薔薇の力は強く、騎士の間のシステムにノイズが入る。更には薔薇の狙いが騎士の間に繋がる雑木林だと判明して――?

第15話「花守の刻印」後編

 トランプカードの兵たちが、細い茨を霧散させている。
 時折、横薙に伸びてきた茨に弾かれて、離れた場所まで飛ばされるが、カードは起き上がると手近な茨の蔓に向かっていった。

「遠矢、聞こえるか遠矢、薔薇の蔓の状態が知りたいんだ、情報を――」

 良太は百花園の外に向かって走りながら二刀を振るう。合間に、騎士の間に居るはずの遠矢に呼びかけた。
 返ってくるのはノイズばかりだが、時折視界に乱れが出るあたり、遠矢も何か試みてはいるのだろう。
 システムのバックアップが無くても、せめてもうひとりいれば。
 薔薇の本体にふたり、雑木林にふたり。それなら打てる手が増える。
 けれど現実には、雪也がカード兵たちを使って援護をする中、良太が雑木林の防御に向かい、零が本体の力を狩ることに専念していた。
 薔薇の蔓を狩りながら園内を走る良太は、掌に冷たい汗を感じる。
 この薔薇を、雑木林に到達させるわけにはいかない。それはこの星の終わりを意味するのだから。

(――終わり?)

 刃先に触れて塵と化していく銀の輝きを見ながら、良太はふと疑問を抱き――

(騎士の間は基地だ。基地を取られたら終わるかもしれないけど……落ち着け。焦るな)

 ひとつ深く呼吸をすると、園の外に向かって伸びる銀の輝きに並走した。

 

『八景庵』の一室で、莉央がふと肩を揺らした。

「気になるかな?」
「貴方は気にならないのですか。あそこには――」
「迂闊に声に乗せるのはやめておきたまえ。壁に耳ありと言うよ?」

 壇に諭されて、莉央が黙る。
 隣の茶室では由美香が寝ている。
 園内で起きている騒ぎが嘘のように、静かな場所だった。

「それ以外は、君の好きなように」

 言外に、戦線に参加することも構わないと勧めてくる壇に、莉央が暫時ざんじ沈黙する。

「……では、この場で。秋島さんに付き添うことが、零からの指示なので」
「別に彼女に不埒なことをするつもりはないよ?」

 生真面目な答えを茶化すように、壇が軽口を言う。
 莉央は内心でため息を零した。

「貴方の問題ではなく、零の問題です。貴方が関わると、零の判断は感情に偏る。後日を考えれば、これが最善です。それに」
「それに?」
「騎士の間には、6席が――遠矢が居るはずなので」

 壇の雰囲気が動いた。

「その確信はどこから?」
「彼は6席を継承してから、殆どの時間をあの場所で過ごしています」
「6席は騎士の間を使いこなせると?」

 壇は記憶の中の、かつての6席を考える。コインの継承は大体、似たタイプが選ばれる。
 6席はあまり援護に回るタイプではない。

「わかりません。ただ、アクシデントで騎士を継承しながら支障を出さない勘の良さは信頼できます。彼ならおそらく、邪魔が入らなければ、『間』とのコミュニケーションを成立できる。そして邪魔は――薔薇の侵入は、彼らが食い止める」

 莉央は茶室の庭の向こうを見据える。
 庭木の枝から、暗くなった空に鳥が飛んだ。

 

「くっそ、なんだってんだよ」

 騒がしく明滅するモニターの前で、遠矢は悪態をついた。
 いつものように騎士の間に来て、ソファで雑誌を読んでいたら、急に照明が落ちて、それからずっとこの状態だ。
 ノイズに乱される画面の上を、見たことのない文字が凄い速さで流れていく。
 部屋の中にいつもの透き通る鈴のような音は無く、耳障りな低い金属音が続いていた。

『――や、……――……、……・……・・――、――』

 ノイズの向こうから何か聞こえるが、聞き取ることはできない。
 ビリヤード台の上に投影された扉には×印がついていた。

「こういうのはじじいか雪也の担当だろ。なんで誰も来ないんだ?」

 無人の部屋の中では答える声もない。
 ただシステムが異常を訴えるだけだ。

「良太も莉央も居ねえし……」

 ぼやいて、彼はふと気づく。

(ひょっとして、全員一緒か? なら、誰かが外からここにアクセスを入れて……?)

 そういえば、時折酷くなるノイズに合わせて、スクリーンの端に似たような文字が表示されている。

(もともと宇宙人の作ったもんなんだから、見たことのない文字が出てもおかしくはねえか)

 問題は、この状態になったその原因。
 そもそも、この部屋にスクリーンや扉が現れるのは、銀の薔薇の開花を予測したときだ。

(薔薇に気づいて起動したとして、移動用の扉が使えないってことは、俺は場所もわからねえし、移動もできない。画面がこの状態だから場所がわからないのはともかく……)

 遠矢はちらりとビリヤード台を見る。
 そこだけ、とにかくわかりやすく、「×NO」が出ている扉。

(部屋的に、俺が出ていくのは嫌。……ってことは、部屋に騎士が必要な状態か、あるいは部屋が一番安全なのか……いや、安全ならこんなにうるさくねえな)

 面食らっていた脳が急速に活動を始める。
 わからないのは文字だけだ。他の状況は、異常を伝える方法としては正しい。
 文字も文脈も仕組みもわからないが――

「現代っ子を舐めんなよ?」

 遠矢はスクリーンに向き直ると、虚空に向かって手を出した。

「――俺が使える形の、ここの端末。あと煩え。スクリーンが直るまでは出ていかねえから、音量落とせ」

 一瞬後。
 騒々しく鳴り響いていた金属音はその音量を下げ、遠矢の前には様々な形の端末が並んだのだった。

 

『良太―? 聞こえるー?』
「雪也?」

 仮面の端から響いた音声に、良太は茨を霧散させながら返事を入れた。

『騎士同士は通信ができるようになったね。反応しないのはシステムかー』
『システムが反応を返さないということは、騎士の間が閉じているということだね』

 いくらかのノイズを交えながら、零の声が割り込む。

「閉じてる? えーと、自閉みたいな?」
『緊急と言ってくれないか。問題は、誰があの部屋をその状況にしたかなのだけれど』
『遠矢じゃないの?』

 そうだ。さっき、ノイズの向こうで一瞬聞こえたのは遠矢の声だった。

『おそらく違う。その場合、彼の希望と部屋の同意が必要になる。さっきまで通信が出来ず、今、騎士の間だけでも繋がるようになったということは、6席がシステムの一部を元に戻したと考える方が正しいね』

(遠矢、なんか凄えな)

 手元に意識を向けている良太の耳には、零の話は右から左に流れていくだけだ。
 遠矢が何かをやったから、通信が可能になった、ということだけ把握した。
 会話に集中できていないことが伝わったのか、零の口調が妙に穏やかになる。

『まずはこの面倒な薔薇を狩ってしまわないといけないね。7席、手間をとらせてすまないが、こちらに戻ってもらえるかな』
「え、でも蔓が」
「園外に向かう蔓は5席に対応してもらう。僕らの間では通信が可能になったんだ。十分可能だよ」

 仮面越しではない声に、良太が薔薇から視線を上げると、そこに零が立っていた。

「うわ、え、え? いつの間に?」
「触れなければ、散らされることもないからね。見て伝えるくらいなら、僕の蝶でも十分だ」

 仮面越しでもわかる艶麗な微笑み。それが、夜目にも淡く光る無数の蝶に変わっていく。

『5席。カードの兵士の配置は任せたよ』

 零の声は再び通信越しのものになる。
 本人はどこに居るのだろうかと、良太は無意識に周囲を見回した。
 その良太を促すように、囁くような声が響く。

『頼んだよ7席。今日の薔薇には、君の武器が一番、相性が良い』
『良太。ボクの兵だと茨はともかく、蔓が来たらあまりもたないかも』

 ふたりの声を聴いて、良太は目の前まで伸びてきていた銀色の蔓を斬り下ろすと、地面を蹴った。
 殆ど正門に近い場所に居たので、北天の竹林までは意外と距離がある。

(足場があれば直線距離で飛ぶんだけど……そうだ、茶室)

 竹林までの途中には茶室・八景庵がある。その屋根から飛べば、薔薇も見えるはずだ。
 彼は昼間眺めていた園内地図を思い出すと、右に曲がり、石造りの端の欄干に足をかけた。
 そこから、八角の建物を目指して飛ぶ。
 良太の意図を察したように伸びてくる銀色の蔓を、これ幸いと足蹴にして、とんぼを切る要領でついでに切り捨てる。
 視界の隅に、鳥の姿があった。

(源さんの鳥? なんで?)

 疑問が形になる前に、体が重力に引かれる。バランスをとって八景庵の屋根を目指し、もう一度飛んだ。
 空から、北の地に輝く異質な銀の籠が見える。

(狩れるかな)

 一瞬、迷わせるほどの頑健さ。けれどそこから銀の蔓が走るのを良太は見た。

(カードの兵士じゃ払われる。迷ってる場合じゃないっ)

 良太は二刀を握り直した。

「我らの……我らの星に導きをっ」

 夜を割いてほとばしる、赤と銀の光。
 それは北の竹林の中、棺のような籠に向かって走り、そうして。
 北天に銀の砂を降らせた。

 

「そんな状況だったのかよ」

 騎士の間で遠矢が感心したように呟く。
 部屋の中はいつもの落ち着きを取り戻し、心なしか遠矢の好みに合わせた雑誌が増えている。
 右から左に雑誌の選別をしていた遠矢がふと零を見た。

「そういえば、じじいはなんで秋島が気になるんだ?」

 その質問が遠矢から振られるとは思っていなかったらしい零は意外そうな顔をして、それから目の前に降ってわいたティーカップを受け取る。
 部屋は遠矢の味方らしい。
 零はひと口紅茶を飲むと、静かに呟いた。

「……何故って……だって彼女は姉さんに似ているだろう?」

 束の間、沈黙が落ちる。
 ぱさり、と雑誌の落ちる音がした。

「……は?」
「え?」

 遠矢と雪也が同時に不思議そうな声をあげ、莉央が沈黙を守る。

「ベアトって、あの花守の、ふわふわした控えめっぽい女の人ですよね。ど、どの辺が秋島先輩に……」
「じじい。そろそろ老眼じゃねえの?」

 戸惑う良太と呆れる遠矢を見ながら、零は少し楽しそうに話を続ける。

「刻印がね。ああ、この星だと虹彩こうさいと言うのかな」
「虹彩?」

 良太はとっさに意味が分からない。

「虹彩が、同じなんだ」

 遠矢と雪也の目が点になった。
 あの瞳にはかつて姉の瞳に見たものと同じ光がある。
 それは呪い。そして祝福。
 人として孤立させ、種として繁栄を約するもの。

「……珍しいよね」
「凄ぇマニアックな理由……」

 遠矢が天を仰いだ。
 その様子に、零が笑みを深くするのを、莉央が見つめている。

(花守と、同じ瞳……?)

 良太の心に、それはどんな意味があるのだろうかと、小さな疑問が落ちた。

(続く)


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回5月4日更新予定


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