オリオンレイン【第31回】

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前回のあらすじ
八重山百花園で銀の薔薇の開花に遭遇した良太たち。薔薇は騎士の間に繋がる雑木林を狙い、その蔓を伸ばした。騎士の間に居た遠矢は異変に気付き、銀の薔薇によるシステムへの浸食を食い止める。良太たちも無事、薔薇を狩ることに成功した。そして彼らは、秋島由美香が花守の少女・ベアトと同じ虹彩を持つことを零から教えられたのだった。

第16話「疑惑」前編

 良太は困惑していた。
 雪也の話によると、由美香には彼のコインの能力で「百華園内の電源が落ちたのを不審に思って一番近い売店に向かったが、そのまま係員に誘導されて明かりのある場所まで避難することになった」という記憶を渡してあるらしい。
 そして、避難途中に荷物を置いたままであることを気にして北に視線を向けた彼女は、竹林に向かう黒い影――オリオン――を見かけた、ということになっている。
 竹林に残っていた良太は、莉央とふたりで由美香の荷物を八景庵の茶室に移動させたということになったらしく、夜に由美香から感謝を伝えるメールがあった。
 ……零は八重山には来ていないことになったらしい。
 隠し事は出来ても、嘘は苦手だ。
 良太は、由美香の中に作られた記憶に、きちんと対応できるか不安だった。

(俺も八重山に居なかったことにしてくれれば良かったのに)

 雪也がステッキで組んだのが、『北天ノ林』に到着した後の記憶だったため、百華園の入口から由美香と一緒にいた良太は、登場人物として織り込まれてしまった。

(大丈夫かなあ)

 部室の前まで来て、扉を開けることを躊躇ためらう。
 そんな彼の目の前で、扉が勢いよく開いた。

「大江!?」
「秋島先輩?」

 興奮気味の由美香に詰め寄られ、良太は思わず一歩下がる。構わず前に踏み出した彼女が声高に話を切り出した。

「なんで昨日言わなかったの? 大手柄じゃない!」
「え? え?」

 話が見えない良太が返答に困る。
 昨日の手柄と言えば、思い当たるのは薔薇を狩ったことくらいだが――

(まさか、俺が騎士だってバレた? 雪也の暗示が聞いてないのか?)

 考えてもみなかった。でも、考えておくべきだったのかもしれない。
 騎士の正体を知った相手は銀の像に――銀の像に……
 良太は目の前できらきらしている由美香を真顔で見てしまう。

「何よその顔。あ、もしかして気づいてなかった? ほら、入って入って」

 由美香は良太の腕を掴むと部室の中に引きずり込んだ。
 最前列の机の上に、大きく引き伸ばされた写真が置かれている。全体的に暗闇を映したらしいそれは、左斜めの角度で竹林らしき濃い影が映り、右上の方はわずかに色が薄い。
 竹林の上空に人影らしきものがあった。
 由美香がうきうきと写真を示す。

「これ、オリオンよね。撮影したの、大江でしょ?」
「いや、違いますけど」
「そうなの?」

 不思議そうな顔をする由美香を見て、良太は失敗したことに気づいた。

(先輩は荷物を置いたまま避難したことになっているんだから、これを撮影した奴がいないと駄目なんだ……)

 おそらく竹林の上に壇が現れた時、由美香が咄嗟とっさに手にした使い捨てカメラによるものだと思うが、フラッシュの光は届かなかったのか、影ばかりの1枚。
 銀の薔薇は開花するとき、世界のあらゆるものを吸収する独自の結界のようなものを作る。
 だから、本来はほとんど記録には残らないのだが。

(そういや、園芸部の温室の時も、先輩は結構ぎりぎりまで記録を録れたんだよな)

 あの時は、由美香が組んだシステムが頑丈だったからだと思っていたが。

(やっぱりベアトリーゼって花守と似ているっていうことが関係してるのかな)

 淡い色彩の妖精のような少女と由美香のどこが似ているのか、良太にはまったくわからなかったが。

(虹彩って言われてもなあ)

 どれだけ視力があれば、そんな細かいところを判断出来るのか。
 ぼんやりと由美香の瞳を見ていた良太の耳に、紙の擦れる音が響く。
 見れば由美香が首を傾げながら、景観が水平になるように写真を動かしていた。

「確かに、妙なアングルなのよね……」

 その両手が架空のカメラを構える。

「荷物を運び出すときに、偶然撮れたとしても……」 

 高さ。角度。それは少しずつ、あの竹林で彼女がシャッターを押した位置に調整されていく。

「ど、どうなんですかね。俺もかなり手探りで、無理に機材をまとめようとしたし」
「そうなの? 結構綺麗にまとまっていたけど」
「と、途中で三条先輩が整頓してたみたいなんで!!」

 良太は機材を詰め込むような仕草を加えながら、とにかくそれらしいことを説明する。

「先輩が荷物を入れ直すって言った時、俺、手伝おうとして色々まとめて持ちあげたし、その時かも」

 話を聞いていた由美香が、ああ、と思い当たるように頷く。

「そうねえ、そんな角度かな……こう……下にモニタリング用のカメラがあれば……」

 どうにか誤魔化せたらしい、と良太が良心の呵責かしゃくを感じながらも胸を撫でおろしたとき。

「やあ、昨日は大変だったみたいだね、でも、怪我が無くて何よりだ」

 いけしゃあしゃあと言いながら、零が部室に入って来た。

「理事長先生! あの、この度はせっかく機材の持ち込みについて許可を取って頂いたのに、無駄になってしまって」
「うん。でも、薔薇がいつ咲くのかをきちんと予測できる機関は無いからね。仕方がない事だと思うよ。何かあればまた気軽に相談をしてくれればいい。生徒の活動を応援するのも、学校側の務めだからね」

 零はにこにことそんなことを言う。

「ありがとうございます」

 何も知らない由美香は謝辞を述べると、机の上の写真を示した。

「大江君が機材を運ぶときに偶然撮れたんです。ここ、竹林の上に銀の薔薇を刈りに来るオリオンらしき人影が写っています」
「……人影?」

 ややいぶかしそうな呟きを落とした零が、写真を見て沈黙する。

「理事長先生?」
「ああ、ごめん、少し驚いて……」

 その彼の反応で、良太は雪也が由美香のために組んだ記憶に写真のことが入っていなかったことを悟った。
 多分、零は撮影が出来ているとは思っていなかったのだ。
 零でさえそう思うなら、当然、他の面々も同じ考えだっただろう。

「これで、次の部誌でオリオンが実在したことを扱えます。凄い収穫です!」
「都市伝説の実証か……確かに大きな記事だね」

 零はにこやかに感心してみせつつ、写真の上の人影に一瞬冷えた視線を向けた。

「大江君が撮影したの?」
「え、あの、よく覚えてないんですけど、茶室に機材を移動させるときにはずみでシャッターを押したみたいです。使い捨てカメラだったから、他の機材とまとめて持った時じゃないかって話してて」
「大手柄だね」
「…………」

 良太はなんとなく答えに詰まった。

「大江?」

 由美香が不思議そうに声をかける。

「いや、荷物を運んだのって俺だけじゃなかったし、もしかしたら三条先輩が撮った可能性もあるなって」
「それは確かに……そうだ、三条さんにも機材を運んで頂いた御礼を言ってこなきゃっ!」

 由美香はうっかりしていたと言わんばかりの勢いで扉に向かい――ふと振り返った。

「理事長先生、もしかして何かうちの部に御用だったんじゃ……」
「ああ、八重山百華園から停電の時に君たちが園内に居たという報告があったからね。怪我とかはなかったのかと気になっただけだよ」
「お心遣いありがとうございます。慌ただしくて申し訳ありません。私ちょっと、三条さんにご挨拶に行ってきます」

 そう言って、彼女はそのまま部室を出ていった。

「あの、念のために言いますけど、写真撮ったの、秋島先輩なんで」
「壇のミスだろう。1席が聞いて呆れるな」

 予想通りの辛口に、良太は沈黙する。
 零はもう一度写真を眺めてから、所在なく立っている良太に視線を向けた。

「君に確認したいことがあってね。理事長室まで来てもらってもいいかな?」

 
 

「――この星に花守候補がいる?」

 さらさらと砂を零すような音を立てながら大地に広がる銀の粒を指先で遊びながら、少年の姿をとった地球の薔薇が、壇の言葉を興味なさそうに復唱する。

「ふうん。そう。最初から居たのかな。それとも、最近現れたのかな? 後者だとしたら、君の星と同じ道を歩き始めたってことだよね。なら、僕もいつかは暴走するのかな」

 少年は無感情な様子でそんなことを言う。

「それは別に、定められた結末ではないよ」

 壇が自嘲気味に訂正した。

「この星では、薔薇の力にすべてを任せるような文明も出て来ていない」
「君たちが阻止してくれたからでしょ」

 地球のものであれ、他星から来たものであれ、銀の薔薇という、一見すると無尽蔵のエネルギー物質にも見えるようなものを、人類の手に渡さないために細心の注意を払い続けた。
 それが、この星に来た騎士たちの本来の目的だ。
 銀の薔薇は無尽蔵のエネルギー物質などではない。有限の、星の命そのものだ。
 星には――薔薇には――命があり、心もある。
 あらゆる繁栄を薔薇の力に任せれば、星の寿命は無尽蔵に削られ続け、歩くことをやめた文明は衰退に向かう。

「感謝してるんだよ。自分の寿命が無限に搾取されるという未来は、誰だってあまり嬉しくは無いから」
「同じ過ちを止めることが、我らの花守の願いでしたので」
「生き抜こうとすることを過ちだとは思わないけど。でも、何を糧(かて)に咲いてそんなにエネルギーが高いのか、知ろうとしなかったことは罪かもね」

 壇は沈黙する。
 彼の星では、誰もが勝手に咲き続けると信じて疑わなかった不思議の花。
 ……彼女ベアト以外は。
 少年は退屈そうに銀の粒を混ぜ、そしてふと、手を止めた。

「……そうか。資源の枯渇が近いのかな。それで一直線に星そのものを資源に繋ぐための存在が現れるあたり、今の文明も行き詰ってきたかなあ……」

 誰にともなく落とされた言葉を、壇が拾う。

「手を貸そうとは?」
「別に。滅びるものなら滅ぶだろうし、残るものなら残るんじゃない? 人の上で好き勝手にやっているんだから、それでいいんだと思うよ」

 他人事のように呟く少年に、壇の声が幾分低くなった。

「ではなぜ、君はその姿になったのかな」
「外の星からくる薔薇を止めるために、騎士を選べと言ったのは君だろ? 僕は選んだ。友達とかいうのにもなった。君の星の薔薇の情報を貰う対価としては、十分、要求に答えたと思うけど」

 少年の声も自然、不機嫌になる。

「十分とは言い難いな。少なくとも私の星の薔薇には花守とだけは継続的に交流があった」
「君の話を聞いて、薔薇ボクの存在は知られない方がいいと判断させてもらったんだけど?」
「その姿で出歩く君を、薔薇だと気づけるほど、今の世の感覚は多様ではないよ。鳥や蝶がどう見るかまではわからないが」

 微妙な沈黙が落ちた。
 定期的に零れ落ちる銀の粒の音だけが、洞内に木霊こだまする。
 何度目かの音が響いた時、壇が軽く提案した。

「どうかな。花守候補と会ってみては?」
「随分行動的な意見だね。お姫様を思い出した?」
「知ろうとしないことは罪なのだろう?」

 少年は一瞬、言葉に詰まる。

「……記憶なんて消せば済むことか。そうだね、遊んでみてあげてもいい。でも、僕に花守は不要だよ」

 無感情に言い置いて、少年は姿を消した。
 洞に残った壇は、さらさらとした銀の粒の音を聞きながら、巨大な銀の蕾を見上げる。

「すべてが命あるものだというなら、常に共生のための模索を」

 呟き、苦く笑った。

「今更、私が言える言葉ではないな……」

(続く)


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回5月25日更新予定


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