オリオンレイン【第32回】

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前回のあらすじ
由美香の八重山百華園での記憶には、雪也が修正を入れたという。良太はその偽の記憶にうまく対応できるか不安だったが、由美香は偶然撮れていた1枚の写真に夢中だった。そこにはオリオンの姿が写っていたのである。一方、壇は地球の核である薔薇の少年に、花守候補と会うことを提案する。同じころ、良太は零に理事長室への呼び出しを受けた。

第16話「疑惑」後編

 部室から理事長室までの道々、良太はクラスメイトや運動部の知り合いの好奇の視線にさらされ続けた。
 考えてみれば、零は理事長で、良太はただの一般生徒なのだから、目立つのは当然なのだ。

(三条さん、よく零さんと一緒に校内を歩けるな……)

 良太はこういう注目のされ方は苦手だ。
 今日は良太にとって、「今後、零とふたりで校内を歩くことはやめよう」と硬く心に誓う日になった。

「どうぞ?」

 周りの視線を気にしないように黙々と歩いていた良太は、声をかけられて顔をあげる。
 見れば零が、校内の教室の扉より一段色の濃いドアを開いて立っていた。

「失礼します」
「うん」

 良太がまるで書斎にも似た室内に足を進める。
 初めて入る部屋にきょろきょろと辺りを見回していると、後ろで扉の閉まる音がして、それから典雅てんがな足取りで零が彼を追い抜き、理事長の机の脇に立った。

「悪いね。この部屋はそれしか椅子が無いんだ」

 彼は大きな皮張りの理事長用の椅子を視線で示す。

「俺に確認したいことっていうのは……」
「後でちゃんと説明する、と言っていただろう?」

 良太は言われて思い出す。
 八重山にほど近い、あの雑木林の件だ。

「君はどうして、あそこに騎士の間に繋がるゲートがあると知っていたのかな?」
「前に、あの場所で遠矢と薔薇を……」

 会話をさえぎるように、扉をノックする音が響いた。
 零は良太に、書棚の前に移動するよう視線を向ける。
 良太が移動するのを待たず、零はノックの返事を入れた。

「どうぞ」
「失礼します。理事長、職員会議で回す資料をご確認頂きたいのですが」

 良太の学年で、学年主任を務める教員がファイルを手に入ってくる。
 零は机の脇に立ったままそれを受け取ると、中を改めた。

「ああ、もう学園祭の話が出る時期でしたか。確かに、業者の手配が必要ですね。わかりました。確認しておきます」
「お願いします。……って、大江?」

 声をかけられて、良太は軽く頭を下げる。

「お前、ここで何やってるんだ?」
「新聞部で使う資料を探しているそうですよ。熱心なのは良い事ですね」

 良太が何かを言うより早く、零が補足を入れた。

「あまり長居して理事長に迷惑をかけるんじゃないぞ。では、失礼します」

 教員は一礼して部屋を出ていく。
 それを見送って、零は肩をほぐした。

「零さんて、よくそんな口からするする適当な理由が出てきますね」
「年の功だよ。歴史を潜り抜けて来たんだ。狸にもなるさ。公家だの武家だの貴族だの、言葉の裏まで作らないと面倒な場合もあったからね」

 さらりと答えて、彼はどこからともなくいつもの扇子を取り出した。

「この部屋だとまた来客がありそうだ。場所を変えよう」

 どこへ? と確認する間もなく、零が扇子を鳴らす。
 瞬間、辺りに銀の光が溢れた。

 

 ――第4席、第8席、コインを確認しました。
 もう聞きなれた、鈴を転がすような機械音声。
 目が慣れてみれば、そこは騎士の間だった。

「……ひらけごまじゃなくても開くんだ」
「それはあの雑木林のことかな?」

 零はさっさとソファに座り、良太に説明を求める。

「そうです。秋島先輩が銀の薔薇が狩られた場所を書き込んだ地図を作ったことがあって、俺もやってみたくなってここに来たんです」

 良太の話に応じるように、零の扇子から1頭の蝶が舞い出た。

「5席と作っていた地図か」
「そうです。でも、雑木林の薔薇だけ記録が無くて」
「……記録が無い?」

 問い返されて、良太は説明に困る。

「もしかしたら説明の仕方、間違えてるかもしれませんけど。なんていうか、8席の狩った薔薇、とか地図上に表示してもらう形で進めていって、どうやっても雑木林に薔薇があった記録が出てこなくて」
「そういえば、あそこの薔薇は最初からここのシステムに引っかからなかったね。僕は君が壇と何か仕掛けたのかと思っていたけど」
「は?」

 妙な話が出て来て、良太が間の抜けた声を出す。

「奴にコインを渡された場所だと言っていたからね。約束でもあったところ、たまたま6席が居たために予定を中断して、薔薇狩りの真似事をしたのかと」

 良太は二の句が継げない。まさか疑われていたとは。

「僕が蝶を使うように、奴は仮想の鳥を使うだろう? 使役は騎士の力の欠片――つまり動力はコインの力だ。コインはもともと銀の薔薇から生まれているのだから、薔薇の振りをさせることは難しくはないよ」

(振り? いや、でも)

 ――この薔薇を狩るのはやめてもらおうか。
 あの時、壇は確かにそう言った。だから。

「薔薇は本物、だったと思います。嘘の薔薇なら、狩るな、と言われた意味がわかりません」
「なら、狩りにミスがあったか。けれど騎士に見つけられた薔薇は根付く場所を変えた。そう、八重山がそれなら、辻褄は合うな」
「俺も、もしかしたら狩れなかったんじゃないかと思って。雪也について来てもらって、もう一度雑木林に入ったんです」

 ひらひらと舞っていた蝶が零の肩に止まる。

「……お前、さぼったね?」

 零が囁くように言うと、蝶はするりと扇子の中に逃げ込んだ。

「……え、と。その蝶って、なんなんですか」

 さぼったという言葉が気になり、良太が質問する。

「気ままに飛んでいるだけの蝶だよ。必要な時には僕の目になってもらうけど」

 なるほど、と良太は納得した。
 つまりあの当時、零は良太に疑いを持っていて、彼の行動をそれとなく見るように蝶に指示を出していたのだ。
 あの時、雪也が蝶の気を逸らしたのは、「犯人は現場に戻る」という彼の言葉の通り、零がそういった勘繰りをするのを避けるためだったのだろう。

「林の中の、薔薇の蕾があったあたりに、丁度遠矢の槍くらいの大きさの、丸く草のない場所があって……そこでコインをかざして呪文を唱えたら、この場所に戻りました」
「呪文?」

 零が不思議そうな顔をする。

「……開けゴマ」
「子どもの遊びのようだね。ふざけた鍵だ。それで騎士の間に入れたのなら、誰かがそう設定したということだろうけど」

 言いながら、零は伏し目がちに思考している。

「6席が防衛を展開したとき、この部屋のシステムに不審な部分がなかったか確認する必要があるな」
「誰かが細工をしていたってことですか?」
「どうだろうね。細工をしたなら、かなり前だろうけど」

 良太が首を傾げる。

「君のコインは最初からここに登録されていただろう? コインが出来れば自動で感知するものだと思っていたけれど、違うのかもしれない」
「零さんにもわからないことがあるんですね」
「……これでも僕は当時、一番最年少だったからね。既にあるものには疑問を持たない世代だった。だから花守が……」

 言いかけて、零は言葉を止める。

「今はその話は関係ないね。薔薇の真偽はどうあれ、6席が雑木林で何かを狩ったことには間違いがない。槍の軌道の下に戻り込み、薔薇を狩ったように見せかけられるもの……」

 良太はそれに思い当たるものがあった。
 零も同じ答えに辿り着いたらしい。

「……まさか」

 良太の躊躇ためらった名を、零が口にした。

「…………莉央?」

 

 部室の扉が開く音に、良太が戻って来たのかと顔を上げた由美香は、場違いな相手に眉を寄せた。

(初等部の生徒かしら。見慣れないけど……転入生とか?)

 少年は不思議そうな顔で辺りを見回している。

「君、どうしたの?」
「僕、こういう場所に来るのが初めてなんだ」
「探検の途中かな? それとも迷った?」

 由美香は席を立つと、入口まで移動する。

「そういうことでいいのかな。外まで連れて行ってくれる? お姉さん」
「この学園、広いからね。私も初等部の頃、よく探検したわ」

 由美香は頷くと、少年に手を差し出す。
 少年は少しの間逡巡しゅんじゅんして、それからその手を握った――

(続く)


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回6月8日更新予定


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