オリオンレイン【第33回】

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前回のあらすじ
零から八重山に近い雑木林に「騎士の間」へ繋がるゲートが存在していたことについて説明を求められた良太は、雑木林での薔薇狩りに腑に落ちないものを感じ、雪也とふたり現地に赴いて偶然それを見つけたことを報告する。その話の中で、彼らは莉央に対して小さな疑惑を抱いた。一方、部室で作業をしていた由美香の元に、ひとりの少年が現れて――

第17話「君の名前、君の未来」前編

 廊下には西日が差し込んでいる。
 窓ガラスを抜けて床に映る光が面白いのか、少年は弾むような足取りで光を踏んで歩いた。
 時折、教室の中をのぞいては、光の道に戻る。
 外まで連れて行って欲しいと言いながら、気ままに歩き回るその様子は、誰かを探しているように見えなくもなかった。

(こういう場所に来るのが初めてって言っていたけど、高等部に兄弟がいるのかしら)

 校舎など、わざわざ迷い込むような場所でもない。
 闇雲に教室を覗くくらいなら、兄弟の学年か名前を聞いて教員室か学務窓口に任せる方が良いかもしれない――

「面白いね」

 由美香の思考を中断させるように、少年の声が響いた。

「え、何が?」

 気づけば彼は渡り廊下の端に立ち、階下で門に向かう人の流れを見ている。

「みんな同じ服を着てる」
「それは、制服だし」

 帰国子女だろうか――海外で療養をしていたとか。
 それならなんとなく、突飛な発言にも頷ける気がした。

「あれも?」

 少年は自分と同じくらいの年頃の子を示す。

「あれは初等部の制服。君がこの学校に編入するなら、最初に着る制服になるわよ」
「そうなの? 僕、いくつくらいに見える?」
「――え……」

 由美香はしまったと思う。外見や行動から初等部と推測したが、もしかすると世慣れしていないだけで、年齢はもう少し上なのかもしれない。

(病気とかで学校に通っていなかったとしたら、あり得ることだわ)

 反射的に答えに迷う由美香の耳に、笑い声が響いた。

「そんな、深刻にならないでよ。見た通りの年齢でいいんだよ。優しいね、お姉さん」

 少年は楽しそうに言うと、渡り廊下を先に進んだ。

「ちょ、ちょっと待って、君……ええと」

 呼び止めようとして、由美香は彼の名前を知らないことに気づく。

「ねえ、名前」

 ステップを踏むように歩いていた少年の足が止まった。
 きょとんとした顔で由美香を振り返る。

「名前、なんていうの?」

 問いかけに、少年は初めて困ったような顔をした。

 

 良太は零の呟きにどう答えるべきかを迷っていた。

(なんて言った? あの時、三条さん)

 良太が遠矢と雑木林で壇に会い、そこにあった薔薇を狩ったという報告をしたときに。
 ――そこまで育ちながら、この部屋のシステムでその薔薇を見つけることが出来ていなかったことに疑問を感じます。
 さらりと、当たり前のようにそう意見していた。
 でも確かに、あの発言は「雑木林の話題」から「システムへの疑惑」に話の流れを変えたのだ。

「や、でも……」

 莉央に限って、と思う。けれど零が呟く前に、良太の頭にも莉央が思い浮かんだ。
 彼の腕なら、遠矢が投擲とうてきする槍の先にダーツや弓をぶつけることは不可能じゃない。
 あの時、薔薇の周辺は闇に覆われていて投擲のコースは予測可能なものだった。何より、良太はあの銀の輝きが広がる直前に、普段とは違う微かに硬質な音を聞いている。
 いつもの薔薇を狩った時に光のように流れ込んでくる声も何もなかった。
 てっきり薔薇をかばうように広がっていた闇のせいだと思っていたが、そもそも薔薇が狩られていなかったなら、聞こえなくても不思議はない……

「けど三条さんは、伝統を守るって」
「莉央の伝統は3席のものだろう。1席が何かを言えば従うさ。特に3席の家は壇に借りがあることだしね」

 零が苦々しく言い捨てるのに、良太が首を傾げる。

「……借り?」
「君は知らないんだったね。3席というのは、もともと花守の家系なんだよ」
「花守? 三条さんが?」
「僕らがこの星に来るより前の、昔のことだけどね」

 

 花守を抱く国々で飾られたその星の中でも、彼らの国はひと際繁栄を極めていた。
 その理由は、花守の家系を制限し、その能力が薄くならないように管理されていたからに他ならない。
 3席の家には代々銀の薔薇と話せる者が生まれ、中でもその能力の強い娘が花守に選ばれていた。
 花守の家として、3席は国王に次ぐ権威と信望を向けられていた。その能力が保証されていた間は。
 ある時期から、薔薇の声を聞く子どもが生まれなくなる。
 ないことでは無かったし、花守を務める娘も健在だったので、誰もが悠長に構えていた。
 5年。10年。
 人々は少しずつざわめき始める。
 花守の力は依然健在だったが、花守候補の長い不在が、人の心に不安を落とした。
 不安は不安を呼び、人の心に疑心と迷いが生まれる。
 不作が続くのは花守の力が弱くなったせいではないのか。
 次の花守が現れないのは、この国に悪いことが起きる前兆ではないのか。
 少しずつ人の心が荒れ始めた当時、零はベアトリーゼとふたり、当時の4席の屋敷で暮らしていた。零に騎士の資質有りと見た4席が、国境近くに子どもだけで暮らしていた姉弟を引き取ったのである。
 この頃、国の未来に対する不安に耐えられなくなった者が国外に出て行くことは珍しくなかったが、零の親が彼らを置いて行ったのか、後から迎えに来るつもりだったのかは結局最後までわからなかった。
 騎士の資質を買われて後継ぎとして引き取られた零と違い、ついでで保護された形になったベアトリーゼはいつもどこか心もとない様子だった。零は姉が安心して居場所を見つけられるよう、1日も早く騎士になろうとした。
 けれど。

「4席の後継として認められた席でね」

 零は今でもあの時のことを覚えている。
 彼が4席の後継者として認められた日。1席だという青年が客席を示して言ったのだ。
 『花守が居ます』と。

 

「え、と、それは」
「勿論、ベアトのことだよ」

 その言葉だけは誇らしく、零が肯定した。

「大騒ぎになった。当然だろう? 花守の家と言われた3席の親族じゃない、まして4席の本当の親族でもないんだ。しかも長く後継者が現れなかった当代の花守は、退任なんて考えてもいなかった」

 長く花守を務めていた先代は困惑し、常に花守を担っていた3席の家は、4席の家の養女ベアトリーゼが花守になることを反対した。
 けれど薔薇が、ベアトを選んだ。
 先代花守は銀の薔薇と話をすることができなくなったという。彼女はそれでも親族以外にその役目を引き継ぐことを拒否していたが、当時の3席は花守の役割の重さを選んだ。
 1席の進言に納得し、ベアトリーゼを3席の養女にしたのである。

「それで3席の家は一応、花守の家としての体面を保てたわけだ。先代の4席を説得したのも壇だ。当時の3席にしたら、壇様様だろう」

 ――3席がベアトを養女にした頃には、一連の騒動はあらゆる人の知るところとなっていて、ベアトは陰で正統ではない花守と囁かれた。それでも彼女は花守になった。
 花守と直接会えるのは、国王と花守の騎士だけ。
 零は一日も早く4席を継いで彼女のそばに行こうとはげんだ。
 だが、彼が晴れて4席の騎士になったとき、ベアトの横には首座の騎士が――壇が控えていたのだ。
 久々に再会した姉は弟の4席着任を喜び、零と離れてからの日々、1席がどれだけ支えとなってくれたかを控えめに語った。
 そこに、少し不安そうにたたずんでいた姉の影はなかった。
 銀の薔薇の花園に行くたび、ベアトは零に壇の話をする。
 だから零は園から足が遠のいた。
 たまに報告のために花園に踏み入っても、昔、どんな風に姉と会話をしていたかなんて、いつの間にか忘れてしまった。
 いらいらして。
 ただいらいらしている間に、彼女の姿は扉の向こうに消えた。

 

「源さんはどうしてベアトリーゼさんが花守だとわかったんですか?」

 良太の声が、零の時間を現在に戻す。

「……知らないな」

 記憶の海から浮上した零が、突き放すように答えた。

「コインが何かを教えるとか……」
「コインが花守を示すなら、他の騎士にもわかるだろう?」
「じゃあ、髪の色とか……」

 ぼそりと呟いた良太を零がにらむ。

「僕の星では珍しい色でもない。そんな半端なことで花守だと言ったなら僕はあいつを許さない」

 最初から許しているようには見えないと思ったが、良太はそれを声にしなかった。

「どちらにしろ、壇が姉さんを花守だと言わなければ、僕たちはずっと一緒に居られたんだ。3席の家だって、当時の花守は健在だったんだから、もしかしたらそのうち後継者が出来たかもしれない」

 零はそういうと、気を取り直すように立ち上がる。

「莉央に確認する必要がある。ひとまず学園に戻ろうか」
「え? 三条さん、まだ学校にいるんですか?」

 意外な気がして、良太が首を傾げる。莉央はあまり放課後に残っている印象がない。

「珍しいとは思うよ。でも、確認はできた」

 不穏につぶやく零のかたわらを、ひらりと、仄かな色彩の蝶が飛んだ。

(続く)


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回6月22日更新予定


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