オリオンレイン【第35回】

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前回のあらすじ
良太は零とともに学園に戻り、壇と、星の子どもに遭遇する。どこかで見たようなその子どもを、零は確かに「薔薇」と呼んだ。だが、そこに現れた莉央が、壇とその子どもは自分の客人だと主張する。良太の周りで様々な思惑が動く中、星の子どもは由美香に名前をねだり、「ソラ」と呼ばれた。

第18話「亀裂と目覚めと」前編

 銀の粒の反射で光に溢れる洞内に、思い出したように鈴のような音が響く。
 音の出所はソラだ。
 床に転がる銀珠ぎんたまを気まぐれにはじいては、その行方を眺めている。
 足元に流れて来た銀の粒を手袋をつけた手で拾うと、壇は小さくため息を落とした。

「これは手遊びの道具だったかな? 貴重なものだと認識していたのだが」
「……ひとつあげればよかった」

 ソラがこぼした言葉は壇の会話と噛み合わない。他者の声に反応して落としただけの、半端な独り言のようだった。

「名前、もらっちゃったし」
「まさか君が名を求めるとは思わなかった。どういう心境の変化を?」
「そんな大層なものじゃないよ。ただ――呼ばれてみたいと思ったんだ」

 手近な銀珠を指で弾いて、ソラが呟く。銀の輝きは澄んだ音をたてて滑り、いくつかの光を弾いて不規則な音楽を奏でた。

「だから、僕らが花守を求める理由はなんとなくわかった。でも、よくないことかもしれないとも思ったかな」
「よくない? 何故?」
「僕は星の核だから、外で起きていることに干渉するべきじゃないだろ」

 誰かを知れば、その相手に好感を持てば、守りたいと願ってしまう。
 それはきっと、自然のありようを崩しかねない危ういものだ。

「構わないと思うが」

 壇の言葉に、ソラが初めて視線をあげた。

「存在が目覚めた時、思考や感情を持つのは自然の流れだろう? 抑える方がよほど歪んでいるさ」
「寿命も時間の感覚も、誰とも歩みを揃えられないのに? それでも関わって行けると?」
「それを私に問うのかな?」

 ソラは黙り込む。
 壇の中を流れる時間は、この星のどれにも当てはまらない。一番近いとすれば――ソラだ。

「でも君は一人で」
「ずっと一人で過ごしていたわけではない。様々な時代、様々な土地で繋がりを作ったものだ」

 きっかけが『銀の薔薇を狩る』という目的だったとしても、それなりに交流をした相手は居た。不定期的な再会を繰り返し、今でも気まぐれに花を添えに行く。

「君と僕は違うよ。君は一応、人の領域に席を置いているわけだし」

 それでも言うソラに、壇は薄く笑いを刻んだ。

「では何故、君たちは大地に花を咲かせる?」

 四大元素は星の領分だが、結果そこで進化する生き物は星が誕生させているわけではない。
 だが、地に強く根付く花だけは、星の影響を受けていた。

「関わりたいという願いが地上に零れるからではないのかな?」

 壇は手のひらに転がしていた銀珠を地面に戻すと、そこからは見えるはずもない空を透かし見るように視線を上に向けた。

の星は資源に乏しく、生き物たちは文明を築く力を得られなかった。だから薔薇は自らをエネルギー体として伝え広め……そこに正しい関係を築けなかったのは、それらが咲くことを当たり前と疑わなくなった人間の方に原因がある」

 あらゆるものは、そこにあることが当たり前のように見えるだけで、「有る」ということはそもそも得難いことなのだ。

懸念けねんがあるとすれば、君が名前を持ったことでコインに起きる変化かな。花守の居ない状態でもし8席の記憶が戻れば、彼のコインは――」
「わかってる……」

 ソラは呟き、ひと際強く銀の粒を弾いた。
 それは周囲の銀珠を弾きながら直進し、小さな音をたてて澄んだ水の中に姿を消した。

 

「とりあえず、言い訳を聞いてみようかな」

 薄闇に包まれた理事長室で、零が莉央に声をかける。

「何についてのお話ですか?」

 対する莉央はいつも通りの静かな佇まいで、見ている良太の方がハラハラする。

「まず、6席と8席の雑木林の薔薇狩りに干渉していた件」

 莉央は少し考える素振りを見せてから、ああ、といった風に眉を上げた。

「6席の能力が上がった時のことですね。あの林には騎士の間への古い入口があったので、あの場で薔薇を狩ってもしも薔薇に気づかれた場合のリスクを考えて、根が逃げる隙を作りました」

 すらすらとそんなことを言う。
 ひらり、と零の脇に薄い色の蝶が舞った。

「報告をしなかった理由は?」
「長く使われていないゲートのようだったので、少し調べてからと思ったのですが……同じ頃から三条の茶会に1席が参加されるようになったので」

 意外な事実が語られて、良太は思わす瞬きをする。
 ――茶会?

「どうして壇がお前の家の茶会に行くんだ」

 零も同じように疑問を抱いたらしく、納得いかない様子で問いを投げた。
 問われた莉央は、首を傾げてみせる。

「……門下生のことまでは把握して居ないので、詳しくは……。目的がわからないので、様子を見てはいましたが」
「それで?」
「乃木の学園を見学させたい人物がいると言われたので、茶道部の部室ならとお話を受けました」

 一応、筋は通っている。

「それで、この学園に薔薇を招いたのか」
「貴方は何故、あの子どもを薔薇だと?」
「わかるんだ。昔から。……君たちは違うのか?」

 莉央は良太を見る。良太は首を傾げる。
 由美香が連れていた子どもは、少し浮世離れした風ではあったが普通の子どもに見えた。
 良太は自分が薔薇と対峙した数が少ないからわからないのかと思ったが、莉央にもわからないとなると――

(いや、でも莉央さんの話、どこまで本当なのかな)

 ふとそんな疑問が浮かび、良太は会話に口を挟むことを抑える。
 零は何を考えているのか、思案顔だ。

「代替わりをして勘が遠く……いや、そういえば前にも……」

 ぼそぼそと呟く零の周りに、蝶が増えていく。

「お話がそこまででしたら、退室しても構わないでしょうか? 部室の施錠を確認に行かないとならないので……」

 莉央が退室を申し出た時、唐突に鈴の音が響いて、蝶が舞った。
 零が扇の先で机を叩くと、空間に騎士の間が投影される。
 画面の中に映るスクリーンには乃木大橋。そこに銀の輝きが絡みついている。

「乃木大橋に薔薇のようだね」

 零の言葉に良太と莉央が反応し、コインをかざした。

「「――Bet!」」

 溢れる二条の光が、室内を舞う蝶を飲み込むように広がる。
 零が扇で印を描いて、理事長室の書棚に空間を開いた。

「僕は少し調べたいことがある。先に行ってくれ」

 莉央が書棚に開かれた扉を抜ける。
 良太は一瞬遅れた。

「大江?」

 零のいぶかしむ声に姿勢を正す。

「いえ……行きます」

 良太は莉央を追うように走り出す。
 手の中にある刀に違和感はない。だから多分気のせいだ。
 でも確かに、彼はコインを翳したとき、薔薇の意匠に亀裂を見たような気がした――。

(続く)


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回7月27日更新予定


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