オリオンレイン【第37回】

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前回のあらすじ
銀の薔薇との交戦中、その蔓に破壊された建物を見た良太は、自分の中に「薔薇による破壊」という実感がなかったことに気づく。薔薇と対峙し続けていく先にあるだろう未来の断片を見た彼は、「呪いを解く」という結論に至る。そんな良太の手の中で、彼のコインは更に変化を起こした。その変化が示す意味を、良太はまだ知らなかった――

第19話「夢見るコインの夢の終わり」前編

 リン、と。
 微かな音が響くと、ひと呼吸おいて、とぽん、と小さな水音が続いた。
 するとまた、リン、と鈴をかするような音がする。
 ソラは地面に寝そべって、手近な銀色の粒を指で弾いては、それが水に落ちるまでを見送っていた。
 水の中に落ちた銀珠が、溶けるのか、流れていくのか、水底に留まるのかはわからない。
 彼の手の届く範囲から銀の粒が無くなるころ、背後にある大きな蕾から、サラサラと音をたてて新しい銀珠が地面に転がった。
 この銀の輝きをコインという形に凝縮させた星があるという。

「間違いだよ、それは」

 ソラは誰にともなく呟いた。
 銀の輝きはソラの本体――星の中を、姿を変えて巡り続けるもの。不用意に留めれば、歪みが出るのは当然なのだ。その星は、それに気づかなかったのだろうか。
 ……そんな筈はない。結果はわからないとしても、いつかそうなることはわかっていたはずだ。それでも、一度繋いでしまった手は放し難かった――そういうことなのだろう。
 ソラは辺りを見る。壇は居ない。
 彼にとって、この状況こそ正しい形の筈なのに、世界がひどくうつろに感じた。
 わかっている。誰も彼も。

「――目覚めなければ良かったんだ」

 夢を見続けることこそ、生来の役割なのだから……

 

 いつもと同じように起きて、いつもと同じように学校へと向かう朝。
 良太は封鎖された遊歩道の前で足を止めた。
 通りを塞ぐロープに仰々ぎょうぎょうしく下げられた「立ち入り禁止」の札。
 この道の先に、昨日の薔薇の爪痕がある。
 えぐられたように破壊された噴水から溢れた水が、辺りに散乱したレンガの破片を濡らす風景が、まだはっきりと記憶に焼き付いている。
 今まで一度としてそんなことはなかった。
 だから、「星を破壊する」と聞かされて、わかった感じになっていただけの自分を思い知る。
 本当のところは、どんなことが起きるのか想像できていなかっただけだ。
 銀の薔薇は蔓を伸ばして陣を作ろうとするだけで、人を傷つけたり、何かを破壊するようなことはなかったから――

(よく考えたらわかったはずなんだ……)

 人や文明に影響を与えないのなら、別の星にあるという銀の薔薇の本体が地球に呼ばれたくらいで、星が滅ぶと伝えられるはずが無いのだ。
 薔薇が蔓を伸ばすとき、人を遠ざけようとするから、いつもその形を記録に残さないから、災厄と言われても実際どんなことが起きるのかわからなかった――考えなかっただけで。

(踏めたし、斬れたし、ぶつかったりしたんだから)

 銀の薔薇は幻影ではなく、質量と鋭利な棘を持った物質なのだから……

「よお。朝っぱらから暗ぇじゃん」

 鷹揚おうように声をかけられて、良太は自戒の思考を中断する。
 いつの間にか、背後に自転車を押した遠矢が立っていた。
 隣には雪也が並んでいる。

「……おはよ」
「良太、昨日のヒーローなのに元気なくない?」

 短い反応をすると、雪也が不思議そうに首を傾げた。

「いや……ビルとか噴水とか、壊れたし」

 良太は視線を地面に流し、ぼそぼそと呟く。

「……俺、薔薇があんな風にものを壊すとこ、初めて見たから……」

 朝には不釣り合いな沈黙が落ちた。

「あー……まあ、俺も自分の目で見たことは無いな」
「そうだね。ボクもまだ直接は無いや」

 返って来た言葉に、良太はきょとんとふたりを見る。

「ボクたちは、コインを継承するとその瞬間を見るんだよ」
「見るっつーか……疑似体験?」
「当時の騎士が見た視点になるから、視点は少しずつ違うらしいけど、大体印象は同じだよね。輝ける災い。建物を破壊し大地を埋めて広がる棘の波」
「超進化した立体映像みたいな感じだよ。音も風も振動もついてる。あれを見て薔薇を止めろって言われたら、大抵の奴は放置する気になれねえだろうなって感じ」

 良太はふたりの話を聞きながら戸惑う。

「俺、見てない……」

 彼のコインが見せる世界は、切ないほどにただ綺麗だ。

「ああ、うん。8席ってそういうことかもね」

 雪也がこともなげに言った。

「そうなんだよなー。館のシステムの中にも、8席のログって良太が来る前には無かったし」
「そっか。遠矢は薔薇がシステムを狙った時になんかやったんだよね?」

 ……『なんか』。
 遠矢はあの時のことを「ゲームより面白かった」と言って、具体的に何をしたのかは報告をしていない。
 本人は「俺に分かる形にしろって言ったら単純化されて見慣れた画面が出て来たから、1と0の間に入ってくるものをキー叩いて防御しただけ」と言うが、四六時中あの館に来ていた彼があれ以来あまり居ないことを見る限り、逆に何かを調べに出ているように見えた。

「なんかってなんだよ。俺はシステムを守っただけ」
「それならそういうことでもいいけどさ」

 雪也は深く追及しない。

「前から思ってたんだけど、騎士ってみんな割と自由だよな」

 思わず呟いた良太は、自分の声に険が宿っていることに気づいて、言葉を足した。

「その、……力を合わせて! みたいな感じがしないっていうか……」

 遠矢と雪也が顔を見合わせる。

「まあ、そういうトコは通り過ぎたっつーか」

 言葉を探すような遠矢の答えを、雪也が引き受ける。

「きっと、騎士やめちゃった人が出てから、みんな迷ったままなんだよ。迷いながら、迷った気持ちも一緒に引き継ぐから、薔薇が来ない限りは自分を優先するようになったんじゃないかな。いつもね。コインは未来を夢見てる感じがする」

 未来を夢見るコイン――その説明をどう解釈したら良いのか。
 コインは薔薇の一部だ。
 それなら薔薇を狩れば、コインは枯れるのではないだろうか。

(コインて枯れるのか?)

 良太はふとよぎった考えに自分で疑問を挟む。
 コインはどう見ても金属にしか見えない。枯れるというよりは、銀の薔薇と同じように霧散するのかもしれない。
 そうして。霧散して。それから?

「コインが見る未来って、どんな?」

 良太は素朴な疑問をそのまま口にした。

「気になる?」

 悪戯いたずらな顔をした雪也が、そのままひとりうんうんと頷いた。

「そうだね。良太ならわかるかもしれないなあ……」

 話の見えない良太が遠矢に視線を向けるが、彼も怪訝けげんな顔をしている。
 そこに。

「ボクのおじいちゃんの家に行ってみる?」

 雪也の軽い提案が飛んできて、遠矢が眉を跳ね上げた。

「おい、お前のじいちゃんて先代の5席の筈だろ? 生きて……?」

 雪也は自分の口元に人差し指を立てて、反射的に声が鋭くなった遠矢をいさめる。

「Top secret。内緒、内緒」

 囁くように言われて、遠矢は反射的に周囲に目を走らせた。
 蝶の影は無い。

「生きてるっていうのとはちょっと違うかなー。でも少しくらいならお話もしてくれるよ」
「……行く。行くよな、良太?」

 遠矢が有無を言わさぬ勢いで良太に詰め寄る。
 良太は殆ど押し切られる形で頷いた。
 そのふたりの様子を見ながら、雪也は困ったように零した。

「……コインは願ったことしか叶えないんだよ……?」

(続く)


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回11月9日更新予定


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