オリオンレイン【第38回】

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前回のあらすじ
「薔薇による破壊」を実感として捉えた良太は、未曽有みぞうの事態を予感しながらドライな騎士たちの関係性に疑問を抱く。雪也や遠矢の話によれば、彼らは既にそういう感情を「通り過ぎた」と言う。雪也に提案されて、かつての5席が住んでいたという家を訪れることにした。

第19話「夢見るコインの夢の終わり」後編

 ――じゃあ、今日は学校に行くの諦めてね。
 雪也の「おじいちゃん」の家に行くことを選んだ良太と遠矢は、にこやかにそう言われて顔を見合わせたのだが、今、その意味を実感している。

八重山やえやまってこんなに深かったんだ……)

 良太はやや呆然と辺りを見回した。
 途中で登山コースをれたことは気付いていた。
 雪也が気にした様子もなく細い道を進むので、近道なのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
 遠矢は何か思うところがあるらしく、移動の途中から無言になっている。
 沈黙に耐えかねて、良太は口を開いた。

「あのさ、さっき凄ぇボロ小屋があったけど……」
「ああ、スミヤキ小屋のこと? 作ってみたけどあんまり使わなかったって言ってたよ。人の作ったものなんて、放置したらあっという間に自然に呑まれるよね」

 人の手の入らないような場所のさらに奥に向かいながら、けろりと雪也が言う。

「まだ奥に行くのか?」

 不意に遠矢が呟いた。

「もーちょっとだよ、もーちょっと」

 雪也が茶化すように言う。その視線の先に、白いものが躍った。

「who?」

 繁みの中から、鳴き声とも言葉ともとれるような声がする。

「name is Yukinari」

 雪也が白い影に嬉しそうに答えた。

「Yukinari Fifth Minadaka!」

 白いまりが、繁みから雪也の腕の中に飛んだ。

(ウサギ?)

 良太が毬の正体を確認したとき、足元の繁みを風が走る。

「voice ok」

 ウサギから小さな声がすると、雪也が地面にしゃがみこんだ。

「よい、しょ……」

 傍らに白いウサギを待たせて、彼は大きな木の下の地面から草を引く。
 引かれた草は銀色に変化して、そこを起点に、地面に四角い引き戸が現れた。
 ガラガラと開けられた扉の向こうは、底の見えない穴だ。

「さ、ふたりともどうぞ」

 雪也はにこやかに言うが、説明もないのに、わかりましたと飛び込めるものでもない。
 躊躇ためらっていると、背後にドンと衝撃が来て、良太はそのまま転ぶように扉の向こうに落ちた。

「わ、わ……」

 叫ぼうとして、けれど良太は目に見えた景色に反射的に口を塞ぐ。
 暗闇の中に、間接照明のように点在する光ひとつひとつに、切り取られた写真のように薄い銀の髪の彼女が――見覚えのある景色が、騎士が、都市が、空が飾られていた。
 そして暫く夜空ばかりの写真が続き、その後は良太が写真や教科書でも見たことのあるもの――ピラミッドや、城や、一面の桜などに変化した。
 いつの頃からか写真の中に『彼女』の姿は無い。

(どの時期で……)

 良太は探るように見上げたが、上方の明かりは星のように点々として、その写真を見ることはできなかった。

(これ、帰るときはどうやって登るんだ?)

 そんなことを考えていると、唐突に辺りが明るくなる。
 地面の下の筈なのに、どこかで見たような一面の草原。そこを動き回るトランプの兵士たち。
 それから、雪也に抱かれた白いウサギ。

「秘密の森にようこそ」

 にこにこと雪也が言うと、動き回っていたトランプの兵士は一斉にウサギになった。
 ウサギだらけである。

「なんなんだよ、ここ」
「5席だった人たちがこっそり作った内緒の保養地だよ」

 ウサギに囲まれた雪也が言った。

「騎士の人たちがこの星に来て、真っ先に戸惑ったのは時間の流れ方が違うことだったんだ。友好を深めた相手にどんどん置いて行かれることに疲れて、2席と7席が後進のためという理由をつけてコインを放棄した。その頃にはもうみんな単独行動が基本になっていて、1席は消息が分からない時間か増えていてさ」

 それはいつかも聞いた話。

「4席(零)はベアト優先。6席はこの星で守りたいものが出来て、3席は騎士が役割を忘れないように伝統を繋ぐことを責務とした。5席は――5席はただ、色々なことが変わっていくのが怖かった」

 雪也が膝の上に乗ったウサギを撫でていると、自分も自分もとウサギたちが雪也の膝を奪い合う。それはなんとなく、主が留守にしていた時間の長さを表しているようにも見えた。

「みんな単純にね、戻れるって思っていたんだ。1席が花守に約束をしたから。でもこの星に来てから一度もそんな話は出なくて。ここの生き物は時間の流れが速くて、僕らだけどんどん置いて行かれる。そのうち6席の眷属けんぞくが姿を消して、3席の眷属もいつの間にか居なくなった」

 雪也は一羽のウサギを抱き上げると、自分に寄り付かず思い思いの場所で撫でられるのを待っているウサギたちの方へと足を向けた。彼を囲んでいたウサギたちが後に続く。
 良太はふと自分の足元に来たウサギに気づいて、なんとなく撫でた。

「5席の人はこの星の変化の速さに疲れちゃったんだと思う。だからコインを継承するとき、眷属のために褒賞ほうしょうの力を使ってこの場所を作った。ぼんやりしたいとき、考えをまとめたいとき、消えない絆が欲しいとき、ここを使えるように」

 眷属が消えたのは、彼らを維持するための銀のエネルギーが減ったからだ。
 この星の時間の流れに馴染むということは、彼らにとってはエネルギー消費が早くなるということだった。
 コインの力は銀の薔薇からのエネルギーが無ければ使えない。薔薇を狩る機会は限られる。
 畢竟ひっきょう、眷属の具現率は下がり、いつしかその姿を見せなくなっていった。
 花守の元に集っていた絆が崩れていくことに、5席は戸惑う。
 これ以上、この星の時間の中に置き去りにされるのは苦痛だった。
 では後世にコインを継承すれば良いのではないか――それは後世にこの苦痛を渡すだけではないのか。
 せめて後の騎士が、自分の席を継ぐ者が、この星の時の速さに沈まないように。
 そうしてこの場所は作られた。

「でも結局、一時凌ぎだったんだよ。この星の変化の方が早くて」

 雪也は抱いていたウサギを下ろす。

「皆高の家には何代かに一人、時間の流れの違う子どもが生まれる。昔はそれが次の騎士だと歓迎されたけど、だんだん気味悪がられて隠されるようになった。この場所は、保養から隔離に用途を変えたんだ」

 良太と遠矢が黙り込む。

「でもこの子たちが居るし、僕たちは花守からの知らせの来る時を待たないとならなかったし、まあ、魔法が解けるまで楽しんじゃえばいいかなーって、結構割り切ってたんだけどね」

 けれど、数百年ぶりに姿を見せたという1席が、5席の魔法を解くことが出来ると言った。
 自ら解くか、解けるのを待つのか。
 ウサギたちが耳を立てて雪也を見つめる。

「なんかね。魔法の中に置いて行かれるのは嫌かなって」

 このままなら、良太や遠矢に孫が出来ても、雪也は子どものままだろう。

「……そんで、お前のじーさんと話せるってなんなんだよ。まさかウサギがじーさんだとか言うんじゃねえだろうな?」

 くるくる続く話を本題に移すように遠矢が口を挟む。

「まさか。流石にボクにこんなに沢山お爺ちゃん居ないよ。えーとね、ボクのコインを、良太にあげようかなって」
「は?」

 突然の話に、遠矢の眉が上がる。良太もきょとんと雪也を見た。

「え……それ……大丈夫なのか?」
「どうかな。でも、良太にコインを渡したっていう1席はなんとなく騎士のままみたいだし、それに、騎士から騎士にコインを渡した前例は無いよね」
「いや、でもコインを手放したら……」

 良太が不安げに言うと、雪也は不思議そうに首を傾げる。

「手放したら? 騎士じゃなくなったら、仲間じゃなくなる? 遠矢も良太も、ボクとは遊んでくれないの?」
「んなわけねえだろ」
「そんなことない!」

 殆ど同時に叫んだふたりに、雪也は笑った。

「じゃあ、問題ないんじゃない? それに、良太は呪いを解きたいんでしょ?」
「……見てたのか」
「聞こえちゃったの。通信、入ったままだったから」

 良太は自分の迂闊うかつさに気づく。通信に入ったというなら、彼の言葉は全員に聞かれたということだ。

「試せることは試してみようよ。魔法はいつか解ける。呪いもいつかは風化する。その時がいつかわからないものなら仕方ないけど、もし選べるならボクは今がいい」

 雪也がふと、真面目な顔をした。

「ボクは、遠矢や良太と同じ時間を歩きたい」

 良太は雪也の決意に返す言葉を探す。
 何を言えばいいのか。何ひとつ保証は無いのに。誰もどうなるかわからないのに。

「りらっくす、りらっくす~」

 茶化すように言って、雪也が赤い飴を投げた。
 良太と遠矢が反射的に受け取る。

「僕らの持っているあの星のコインは、継承したときにコインに残されている記憶を引き継ぐんだ。だから、あの星で起きたことを、良太は仮想体験できるんだよ」

 言いながら、雪也は自分の口にも飴を放り込む。

「あとね、継承の時、ベアトに会えるから」

 遠矢が眉を寄せた。

「なんで花守が出てくるんだ? あの星の花園に居るんだろ?」
「んー、なんか、コインの中の薔薇は花守の姿を真似て出てくるんだって」

 雪也の補足を聞いても、遠矢は腑に落ちないと言う顔を崩さない。
 何か考え込んでいるようだったので、良太が会話を続けた。

「なんでここでやるんだ?」
「外でやったら、零に見られちゃうかもしれないからね。そしたら、邪魔されるかもしれないでしょ。ここは5席の部屋だから、そういう心配はないし。あと……どうなるかわからないけど、もしこの子たちが消えちゃうなら、挨拶しておきたかったから」

 雪也は手近なウサギを撫でる。

「君たちも、ボクにとっては間違いなく友達だったよ。ずっとこの場所に居てくれてありがとうね」

 そして雪也は良太に向かってキラリとしたものを投げた。
 5席のコインだ。

(どうする?)

 良太は初めて間近に見る自分以外のコインを手に考える。
 雪也の言うように、良太にコインを渡した壇が健在なのだから、確かに大きなリスクは無いのかもしれない。

「ちょっとドキドキするね」

 悪戯っぽく言いながら雪也が良太の前に立つ。

「でも、魔法はいつだってドキドキするし、うまくいくかどうかは気持ちひとつだよ。だから良太も、良いことだけ考えてね」

 そうして雪也は、良太の手の上の5席のコインに自分の手を重ねた。

「succeed to Fifth」

 わらわらと雪也について動いていたウサギたちの動きが止まる。
 草原の色が深くなった気がした。
 風が草の中を走り、重ねられた良太と雪也の手にあたって、銀に弾けた――

(続く)


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回11月23日更新予定


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