オリオンレイン【第39回】
前回のあらすじ
5席だけが使っていたという空間に招かれた良太と遠矢。雪也はふたりに部屋の成り立ちを話し、そして良太へのコインの継承を提案する。彼は魔法を解く決断をしたのだ。躊躇う良太の前で、雪也はコインに継承の指令を出し、世界が銀に弾けた。
第20話「ほんとうのこと」前編
それは輝く暴力だった。
うねるように、跳ねるように、あるいは弾けるように。
あらゆるものを巻き込んで、縦横無尽に広がる銀の輝き。
銀色の、嵐。
そこここから潮騒のように聞こえる人の声。悲鳴と、嘆きと。
もう無理だ、と誰かの呟きが落ちる。
あの輝きは、星を滅ぼす――
喘ぐように紡がれた声を聞きながら、良太は周囲で起きる出来事を茫然と見ていた。
立ち尽くす彼を、銀の蔓が、逃げる人々が、すり抜けていく。
おかげで彼は、目の前の景色が再現ビデオのようなものだと理解した。
視界の端で、銀色の蔓が霧散する。
弓に矢を番えた金の髪の騎士が、蔓の勢いを抑えようと奮闘している。
少し左に離れた場所では、塔に向かう蔓に槍を構える騎士と剣を構える騎士が対峙していた。
だが、善戦虚しく、蔓は塔を凪ぎ、橋を砕く。
どよめきがあがり、避難する方角を見失った人々が右に左に入り乱れた。
その混迷した流れを分断するように、銀の蔓が延びてくる。
驚いた人たちの悲鳴があがると同時に、地面の下から蔓が飛び出して来た。
(――?)
良太は違和感を覚えて、改めて周囲を見る。
確かに薔薇は暴走をしている。押し寄せる銀の波は、その威力を知るものには戦慄を感じて余りある光景だ。
だけど。
(人にはぶつかってない……?)
不思議と、銀の蔓に弾き飛ばされるような人間は居ないように見えた。
人間の方が迷走しているので、足元に伸びた輝きを避け切れず転倒することはあったが。
銀の荊に激突されて砕けた建物の破片を、他の蔓が弾いて人間の上に落下するのを防ぐ瞬間も見えた。
けれど人々は、押し寄せる銀の輝きに混乱を深めている。
(どういうことなんだ?)
もう一度確かめようと前に踏み出た良太の視界が、強制的に別な場所へと切り替わった。
今度は良太にも見覚えのある景色だった。
何度もコインの光の中で見た場所。緑あふれ、銀の輝きの零れる庭園。
遠く、何かが崩壊する音が聞こえる。
そのたび不規則な振動に包まれる園内で、良太たちに背を向けて跪く背中が見えた。
地面に円を描いて広がる、清楚な意匠の白いドレスと、華奢な肩から滑り地面に触れる、ゆるく波打つ淡い銀の髪。
「――もう、それしかないのですね……」
小さな声には、決然とした覚悟が宿っていた。
彼女は立ち上がり、庭園の奥にある扉に向かう。
その手を、淡い騎士の手が掴んだ。淡い藤色のマントが翻り、振り向く彼女の顔を隠す。
「駄目だ。だってそれは……」
これは良太にも聞きなれた声。
花守の手を掴んだのは零だった。
彼女は――ベアトリーゼは困ったような顔をして零を見上げる。
「世界は戻れない場所まで進んでしまったわ。幸せな時間だけ頂いて、結末を周りに任せるのは許されないことよ」
「でも……」
さらに言い募ろうとする零を空いている方の手で押しとどめ、ベアトリーゼは微笑む。
「あなたはあの扉の向こうで、違う未来を掴みなさい」
「姉さんが居ない未来なんて」
「花守よ」
「僕にとっては姉さんだ!」
零の激情に呼応するように、ひと際大きな振動が響いた。
ベアトは不安げに天井を見上げる。
どこから飛んで来たのか、鳥が広い天井を旋回して、黒い騎士の手に降りた。
(――源……さん……?)
壇は暫く鳥と視線を合わせ、ベアトを見る。
「北の門が破壊されたそうです」
「…………そうですか」
ベアトは零の手を優しく外すと、改めて扉に向かった。
白い大きな扉がゆっくりと開いて行く。
「あまり猶予は有りません。……行ってください。花は私が抑えます」
騎士の間に重い沈黙が落ちた。
「……お願い。私の覚悟が揺らがないうちに」
細い声に背を押されて、騎士たちが扉に向かう。
良太の視界も、その動きに合わせて移動した。
扉の前で、彼の視界は背後を振り返る。
まだ立ち尽くしている零の腕を、金の髪の騎士が引いて、こちらに向かってきた。
その向こう、最後に残った壇がベアトの前に屈んで、仮面を外す。
「……必ず戻ります。私たちは、星の騎士ですから。だから貴女も」
「やり遂げます。私は……花守だもの」
壇がベアトの背に手を伸ばす。良太の視界は気を利かせるように前を向いた。
扉の向こうは光に溢れている。良太はそのまま光の中に進んで――
まるで映像が途切れるように、不意に世界が暗転した。
「ん?」
良太は突然の景色の変化に首を傾げる。
「雪也? 遠矢?」
呼んでみるが返事はない。
雪也はコインを継承すると、その場にはベアトが現れると言っていた。
それが確かなら、真っ暗になったこの状態は……
「失敗したとか?」
やっぱりこの計画は無謀だったのかもしれない。実行する前に壇に相談してみるべきだったのかも。
けれど、今更考えてもどうにもならない。
とにかくこの暗闇をどうにかしなければ。
良太は現状を考える。
コインは銀の薔薇で作られていて、そのコインの継承の途中でこの状態になった。ということは、ここは薔薇の力に関係した空間なのだろうか。
「それなら、騎士の刀で斬れるか……?」
思いつくのはそれくらいだ。
あとは実行しかないと、自分のコインに触れた時。
「落ち着いて下さい、若い人」
柔らかい声が響いた。
「誰だ?」
「今は答えられません。でもこの状態を作ったのは僕です」
「……作った? 俺はコインの継承を受けてる途中だったんだけど」
「知っています。若さって凄いですね」
からかうように言われて、良太が苛立つ。
「僕らだったら怖くてこんな選択は出来ません。そういう意味で非常に素晴らしく、そしてあらゆる意味で無謀な選択でした」
「……褒めてんのか、けなしてんのか?」
「褒めていますよ。だから力を貸そうと介入したんじゃありませんか」
あくまでも軽い物言いに、良太の瞳に険が宿った。
「怖い顔をしないで下さい? わざわざ5席の部屋まで来たあたり、あなた方は他の騎士に悟られずに継承をしたいのでしょう?」
良太がきょとんとした顔になる。
「そうなのか……? いや、そうかも?」
雪也は零に知られたら邪魔をされるかもしれないと言っていた。良太もそんな気がしなくもない。
微妙な沈黙が落ちた。
「この星の人類はサルから進化したと記憶していますが……8席って先祖帰りなんですか?」
「遠回しに馬鹿って言ってるか?」
「ああ、このくらいはわかるんですね」
良太は苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
「暗がりで顔も見せずに喋るのは卑怯だろ。夜行性の動物が先祖なのか?」
「いえ。力が足りないだけです」
精一杯の言い返しに、さらりと答えられて、彼は反論をやめた。
なんとなく、その言葉に寂寥を感じたからだ。
「僕たちのコインは互いの変化を感知しますから、どんなに注意を払っても継承を完全に秘匿することは難しい。ですが、今回の方法は、継承される側も一応コインを持っていることから、ある程度まではエネルギーの移動を抑えることができます」
「抑えるとどうなる? 雪也に影響はないのか?」
良太は一番気になっていることを口にする。
「いつかこんな日が来ると思っていました」
相手の反応は答えになっていない。
「暗闇で申し訳ないのですが、少し話をしても構いませんか? そうですね、主に薔薇と……あの星の過ちについてなど」
そんなことを悠長に話している場合だろうか。
焦れる良太の足元に、青い輝きを抱いた薔薇が咲いた。
「ああ……やはりいらっしゃいましたね。では少し、お話をさせて頂きますね」
懐かしさと悲しみと喜びの混ざった声で、見知らぬ誰かがそう言った。
(続く)
著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ
次回12月14日更新予定
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