オリオンレイン【第40回】
前回のあらすじ
良太は5席のコインの継承に立ち合い、コインの記憶の中で薔薇の暴走を見る。その災厄の記憶に少しの疑問を抱いた時、世界は暗闇に落ちた。そこに現れた人影は、星と薔薇の過ちについて話をしたいと言う。良太が返事をする前に、闇の中に青い薔薇が咲いた。
第20話「ほんとうのこと」後編
何も見えなかった闇の中に、懐に真珠を抱いたような淡い輝きを宿す青い薔薇が咲いていく。
そのぼんやりとした光を眺めていると、闇の中から声が響いた。
「あなたもご存じのように、すべて星には核があり、その核こそ銀の花です」
そんな話は知らないと言いかけて、良太は黙る。
本当に「知らない」だろうか。……確か、どこかで、似たような話を。
「けれど、花が目覚めるとは限らない。目覚めたからといって、必ず『そこ』から出てくるとも限らない。それはいくつもの星の始めから終わりまでを観測して、初めてわかること」
その通りかもしれない。でも、それは実行するには酷く難しい話だ。
人間の寿命より星の寿命の方が遥かに長い。
それに星の寿命が尽きれば、その星に住む生命も殆滅んでしまう。地球ではまだ大勢が宇宙で暮らせる設備は整っていない。
零や壇も、自分たちの星が惑星外での暮らしを可能にしたという話はしていなかった。そもそも、星の外でも暮らせていたなら、こちらの星には来なかっただろう。
「最初は他愛無い噂話だった。願い事を叶えてくれる花があると。噂を聞いて人が集まり、様々な願いをかけていくうちに、どうして花にそんな力があるのかと疑問を抱く人が現れた」
どこにでもありそうな話だ、と良太は思う。この相手は何を言いたくて、こんな空間を作ったのだろうか。
「彼らは薔薇を調べて、それがエネルギーの塊であることを知った。願いを叶える花は、文明の要になり、重用されて急激に数を増やされる。豊かになった世界では人口は増加の一途を辿る。でも、そのすべての根源になったのは、薔薇。薔薇は、星」
束の間、沈黙が落ちる。そして。
「……星の命を吸い尽くした文明なんて、滅びればよかったんだ」
呟きに、良太は空気が冷えるのを感じた。
穏やかで寂し気だった影の声が、凍てついた響きを解き放つ。
「薔薇は枯れる寸前だった。だから次の花守を選ばなかった。花守はひたすらに薔薇の再生を願い、薔薇が咲くなら星を捧げるとまで唱えた」
「星を……って、だって、薔薇は星ってさっきから」
「そうですよ。だから薔薇は、降り来る薔薇に星を捧げるという方法で願いを叶えたんです。なんて愚かなこと! 愚かな花守! 馬鹿な薔薇!」
積年の思いを吐き出すように言い捨て、影はなお言葉を続けた。
「三席の家に花守が生まれない? 当然じゃないか。三席の薔薇は枯れてしまったんだから。なのに新しい薔薇が咲いたからと人は喜ぶんだ。また願いを叶えてもらえると。まだ安泰だと。どうして? 一度深淵を見ておいて、どうしてそれでも薔薇に頼ろうとするのさ!」
良太は相手の激情に言葉もない。
「もともと僕らはそこで暮らしていたんだから、薔薇を頼らなければ良いだけの事だったんだ。けれど僕らは薔薇という恩恵を知り、薔薇は『触れ合うこと』を覚えた。人も薔薇も、互いを知らない頃には戻れなかった」
良太の反応がなくて場を保てなくなったのか、相手の激情が引いて行く。
淡々とした声が続ける話には、気になる言葉が含まれていた。
(薔薇も、人を知らない頃には戻れない……?)
問いを挟むタイミングを探す間にも、影の話は続く。
「新しい薔薇は自分で花守を選んだ。でも前の薔薇の形が色濃く残りすぎていて――当然ですよね。そこは彼の星じゃないんだから――そこでその薔薇はやり直そうと考えたわけです」
「やり直す?」
「生き物が居て、薔薇が居れば、あとはひとつめの願いから叶えて、適切な距離で世界を組み直せばいいと。その結果があの結末ですよ」
ああ、だから。
良太は目の前で再現された銀の暴走を思い出す。
あの時、薔薇は、人を傷つけようとはしていなかった。人を守りながら、ひたすらにその世界だけを破壊して。
「でも、じゃあどうして花守は騎士を避難させたんだ」
「そもそもそこが間違いなんです。騎士は避難をしたわけじゃない。薔薇がやり直しを選んだように、騎士もやり直すために来たのですから」
バサバサと、風を切る音に、壇が手を伸ばす。
飛来した黒い鳥が止まり、ひと仕事終えたように羽繕いを始めた。
「入れなかったか。5席の作るフィールドの堅牢さは健在だな」
彼はさして困った様子もなく、軽く肩を竦める。
「気にする必要はないよ。君が入れないのなら、蝶にも無理だろう」
ひらりと、仄かな輝きが彼方を飛ぶのが見えたような気がして、壇は乃木学園の校舎を見やり、そして八重山に視線を向けた。
「5席がどこまで気づいていたかは気になるが……騎士の中で一番気苦労が多い席だ。星守りの務めを破るようなことはしないさ」
「やり直すって……この星で?」
思いがけない話に、良太が呟いた。
もしやそれは、宇宙からの侵略という奴ではないだろうか。
「何か物騒なことを連想した顔をしていますよ?」
「いや、その」
「ああ、説明が悪かったのですね。正確には、薔薇との関係を正常に戻す方法を探しに……いや、それも少し違う……?」
影は言葉を探すようにぶつぶつと呟いて、唐突に話を再開した。
「つまり僕たちはこの星で、世界が薔薇に頼らないように奔走したのです。初めのうちは、そこに糸口があると信じて疑わなかった。それが不自然なことなんじゃないかという疑問が生まれ、それが大きくなるにつれて、安定を失った2席と7席がコインにその力を還した」
「騎士の部屋を作るのにコインを使って、この星の人間と同じ寿命になったって……」
「そしたら、3席や6席のように代替わりすると思いませんか?」
そう言われればそうだ。
するりと納得をした良太の胸に、嫌な警鐘が鳴る。
「星の騎士には、星のコインの守護が宿るんですよ」
「じゃあ、5席は? その星にまったく無関係な俺にコインを継承すると決めた雪也は、あいつの中にあったコインの守護っていうのは……」
「だからね」
影がゆらいだ。
「あなたに力を借りて、あなたの願いを頂きたいと」
声が遠ざかる。
「余談が過ぎたかもしれません。時間が……この星は時間の流れが違うから……それでも……」
きらり、と小さな輝きが見えて、良太は慌てて手を伸ばし。
「あなたに」
微かな声に応えるように、彼はその光を掴んだ。
手の中に握り込んだ光は冷たくて、まるで氷が溶けるように小さくなっていく。
その感触に、心が焦る。
(力と、願い。力はよくわからないけど)
願いはわかる。もう知っている。良太は呪いを解くと決めた。
では力は?
(力……力……)
コインで良いのだろうか。
それは本当に良太の力と言えるのだろうか。
迷う彼の手に、誰かの手が触れた。
「僕は、若さと無謀は違うものだと思うけどね」
つい最近に聞き覚えのある声。良太より背の低い、瞳だけが大人びたような子ども。
「ソラ……?」
足元に青の薔薇を咲かせて、そこに見慣れた子どもが立っていた。
(続く)
著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ
次回12月28日更新予定
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