【第3回】さよならピーターパン

さよならピーターパン

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前回までのあらすじ
犯罪など起こらないドーム都市スペリオルで盗まれた帽子の行方を追っていたシティ・ガードのクルミとリョウガ。捜査の末に辿り着いた北野コウという容疑者は何者かによって殺されていた。しかし、クルミは「死」の概念が理解できずにいた。

第3話『シタイとは「シンダカラダ」と書く<前編>』

「ボスか?」

 リョウガさんが携帯端末でボスに電話している。

「ありったけの捜査官をよこしてくれ。サツジン事件が発生した。は? サツジン事件って何かって? くそっ。わかった。いろいろ説明することがあるから、北野コウの自宅まで来てくれ。捜査官の派遣はそのあとだ。ああそれから、ついでにサアラも連れきてくれると助かる。あいつにやってほしいことがあるんだ」

 リョウガさんは電話を切ると、

「あー」

 と言いながら天井を仰ぎ見た。何だか疲れているように見えた。

「クルミ、ボスたちが来るまでの間に、現場写真だけでも撮っておこう」

 リョウガさんはそう言って携帯端末を取り出し、コウさんの写真を撮影した。そして、コウさんのそばにかがんで、手をコウさんの目元に伸ばす。
 手がどけられると、まぶたが降りていた。目を閉じてあげたみたいだった。
 30分くらいして、ボスとサアラ先輩がやってきた。
 二人は、コウさんを見るなり呻き声をあげた。いまのコウさんは匂いが酷いし、見ているだけで気分が悪くなる。

「わざわざ来てもらってすまない。現場の検証が終わるまではシタイを動かしたくなかったんだ」

 わたしたち四人は、コウさんの前に並んで立った。

「この中で、シタイという言葉を知っているやつは?」

 リョウガさんが訊く。
 わたしもサアラ先輩もボスも、一斉に首を横に振った。

「わかった。全部説明する。これを見てくれ」

 リョウガさんは携帯端末を取り出した。タッチペンを使って、タッチパネル上に漢字を一字書く。
 死――。
 見たことのない字だった。サアラ先輩とボスの表情を見るに、二人もこの漢字を知らないようだ。

「これは『シ』と読む。生物が生命活動を停止することを指す。もっとかみ砕いて言えば、動かなくなるということだ」

 リョウガさんの声は、いつもと違って落ち着いていた。低く穏やかな声で、ゆっくり、丁寧に説明してくれる。

「『死』は名詞形だ。これを動詞形にすると『シヌ』になる」

 リョウガさんは「死」の下に「ぬ」を付け加えた。
 死ぬ――。

「で、シタイっていうのは、『シンダカラダ』と書く。こうだ」

 死体――。
 死んだ、体。

「さらに、生物を死に至らしめることを『コロス』と言う。こう書く」

 殺す――。

「人を殺すことを『サツジン』と言う」

 殺人――。

「つまり今回の事件は殺人事件だ。最も重い犯罪の一つになる。なぜなら、他人の生命活動を停止させることだからだ。わかったか?」
「わかりました。要するにコウさんは気絶してるってことですね。麻痺銃【スタンガン】でやられたときみたいに意識を失っている、と」

 わたしが言うと、リョウガさんは頭痛を我慢するみたいに頭を押さえた。
 どうやら違うらしい。

「意識がないって意味では、まあ似てるんだが……あー、どう説明したらいいんだ」

 ガリガリと、リョウガさんは頭をかく。

「わかったわ」

 と、サアラ先輩が声を上げた。

「つまり、壊れた車ね」
「車? コウさんは人間ですよ?」

 わたしは首をかしげる。

「たとえよ、たとえ。ほら見て。北野コウは心臓をグサッとやられてる。それで血液循環が止まり、壊れて動かなくなった。車がエンジンを壊されると動かなくなるのと同じよ」
「なるほど、それならわかります」
「微妙に違うんだが……まあとりあえずそれで話を進めよう」

 リョウガさんは何だか不満げだった。

「だとしたら重罪だな」

 ボスが言った。

「極めて悪質な事件だ。三人とも、ここを任せてもいいか? 私はオフィスにいったん戻る。キリヤさんに頼んで特別捜査本部を設置しなければならない。現場検証、関係者の事情聴取、周辺住民に対する調査……人手がいくらあっても足りないからな」
「了解です、ボス」

 わたしたちがうなずくと、ボスはマンションを出ていった。

「さて、サアラ」

 リョウガさんはボスを見送ると、サアラ先輩に視線を移した。

「おまえにも仕事だ。死体を調べてくれ」
「え、何で?」
「こいつが死んだ原因――シインが知りたいんだ」

 リョウガさんはタブレット端末に「死因」という漢字を書きながら言った。

「そんなの見ればわかるでしょ。心臓を何かで刺されてぶっ壊れたに決まってるじゃない。あんた、人間の体の構造、知らないの? 理科の授業で習わなかった?」
「そういう意味じゃねえよ。死体を調べて、犯行に使われたもの――キョウキの特定をしてほしいんだ。キョウキがわかれば、犯人の特定に役立つ。可能なら、推定される死んだ時間――シボウ推定時刻も考えておいてほしい。犯行時刻を特定するためだ」

 凶器、死亡、とリョウガさんは書く。

「えー、あたしにできるかしら?」
「これは勘だが、鑑識のデータベースに深く潜れば、死体を調べるときのマニュアルが残ってるんじゃないか? たしかにいまは殺人事件なんてほぼ起きないだろうが、スペリオルができた当初は起こっていた可能性もある。何せ昔は、世界のどこかで毎日人が殺されてたって話だからな」

 昔は治安が悪かったんだなあ、とわたしはぼんやりと思う。

「わかったわ。やってみる」
「もし難しかったら俺も手伝うから、言ってくれ」
「オーケイ」

 サアラ先輩もマンションを出ていく。
 それと前後するようにして、捜査官たちがぞろぞろとマンションに入ってきた。ボスの指示でやってきたのだろう。
 リョウガさんが、現場検証の仕方について、いろいろ指示をし始める。
 それをぼんやり見ていると、リョウガさんと目が合った。

「わたしは何をすればいいですか?」
「じゃあ一緒に来い。北野コウの知り合いに片っ端から事情聴取する」
「了解です!」

 

 まずは、ショッピングモールに舞い戻り、同僚の女性に話を訊いた。

「コウくんがどんな人か? 明るくて誰とでも仲良くなれるタイプかな? 仕事も真面目にやってたし、私はけっこう好きだったよ。無断欠勤なんてするタイプには見えなかったわ。ちょっと幻滅」

 先ほど無断欠勤に腹を立てていた女性はそう言った。

「誰か、彼を恨んで……いや、嫌っていた人はいなかったか?」

 リョウガさんが訊くと女性はすぐにかぶりを振った。

「彼が死んで――いなくなって得をするような人に心当たりは?」
「いなくなって得するって何?」
「あー、たとえば、彼がいなければ昇進できるやつがいるとか」
「彼がいなくなっても、能力がなければ昇進なんてできないわよ」
「――ありがとう」

 リョウガさんは頭を下げる。
 わたしは二人の会話内容を携帯端末のメモアプリに書き込む。
 その後、数人の同僚に同じ質問をしたが、彼女と同じような答えが返ってきただけだった。

「誰からも好かれていた好青年ってところか。エンコンの線はなさそうだな」

 リョウガさんは携帯端末に「怨恨」という字を表示させ、言った。なんともまがまがしい字だな、とわたしは思う。

「よし、堺リリコにも話を訊いておこう」
「でも同じ答えが来るんじゃないですか?」
「いや。夜中の呼び出しに応じるほど親しい間柄だ。同僚よりもいろいろなことを知っている可能性が高い」
「なるほど」

 リリコさんがカフェで働いているところを、わたしたちは捕まえた。

「コウくんは、おもしろい人でした。変な作り話をしてくれたり」
「変な作り話?」
「シャーロック・ホームズっていう人が、妙な事件を解決する話とか」

 誰だろうその人。作り話なんだから、知らなくて当然か。

「コウさんのことを嫌っていた人なんかはいますか?」

 わたしが訊くと、

「コウくんは誰からも好かれるタイプで、嫌われてるなんてことはないと思います。話してると楽しいし」

 リリコさんはこう答えた。

「ありがとうございました」「ありがとう」

 わたしとリョウガさんはお礼を言って、その場を後にする。

「リリコさんからも特に情報は得られませんでしたね」

 同僚の人たちからもらった情報とリリコさんが言っていたことは、あまり違わないように思えた。

「いや、リリコは怪しい」

 けれどリョウガさんはそんなことを言う。

「怪しいって、リリコさんが犯人ってことですか?」
「ああ。チジョウのもつれってやつだな」

 痴情――と、携帯端末にリョウガさんは表示させた。

「リリコ犯人説の典型的なシナリオはこうだ。リリコには交際している男性がいた。しかし、コウと軽い気持ちで浮気してしまった。コウは一回寝ただけなのに彼氏面。しかしリリコとしては本命の男と別れる気はない。そこでコウに『もう会わないから』と絶縁状を突きつけようとする。けれどコウは拒否。口論となり、リリコはカッとなってコウを殺してしまう」
「? どうしてそんなことする必要があったんです?」
「コウが邪魔だからだ。交際している男性に、自分との関係をバラすとコウが言ったのかもしれない」
「それ何か困るんですか?」
「そりゃ困るだろ。交際は一人としかできない、普通は」

 どうしてそんな当たり前のことに気づかないんだ、とリョウガさんは言いたげだが、わたしはリョウガさんの言っていることがまるで理解できない。

「できますよ。わたしはリョウガさんと交際してますし、別の人とも交際してます。この間、カフェで会計課の犬井さんとコーヒーを飲みました」
「その犬井とやらのことは知らんが、俺とおまえは交際してないだろ」
「え!? わたしたち、お友達じゃないんですか!?」

 あまりの衝撃に心臓がぎゅっと縮まった。

「あ? 交際ってそういう意味なのか。だったらまあ、そうだな、俺たちは交際してなくもないか……っておい、何も泣くことないだろ」
「だって、だって……」

 わたしは両手で目をこすった。
 ショックだったのだ。一緒に働き始めて結構経っているし、よくチームも組むから、同僚であると同時に友人でもあると思っていたから。

「わたしたち、お友達ですよね?」

 わたしは上目遣いで尋ねる。

「ああ、友達だよ」

 リョウガさんは頭をかいた。

「ほんとに?」
「本当だって。ったく、やりにくくて仕方ねえな。――しかし、そうか、だとしたら痴情のもつれなんてありえないってことか。この都市の住人は恋愛なんてしないんだから。それに、カッとなって殺したにしてはずいぶん死体の状況は悪かった」

 何やらリョウガさんは一人で納得しているが、わたしは一抹の不安を覚えたままだった。

「とするとやはり怨恨か? わからねえな――と、悪い、電話だ」

 リョウガさんはわたしから少々離れ、携帯端末を耳に当てた。

「アインか? いま仕事中だ。あとでかけ直す」

 部屋を出ながらリョウガさんはしゃべりだす。

「……ああ、やはり殺されたのは{彼だ}」

 リョウガさんはそんな風に言ったように聞こえたけど、どういうことだろう。

 メディアは殺人事件について軽く報道しただけだった。
 翌朝シティ・ガード本部に来てみても、入り口に報道陣が詰めかけているなんてこともなかったし、記者会見も開かれなかった。
 テレビのニュースではこんな感じだった。

「昨日朝、ショップ店員の北野コウさんが殺されているのを、シティ・ガードの捜査官が見つけました。シティ・ガードは特別捜査本部を設置し、全力を上げて捜査に臨むということです」

 メディアも、殺人が凶悪な犯罪であるという認識はあるようだが、持て余しているような感じでもあった。窃盗事件のように事の重大性がわかりやすい犯罪であれば大々的に報道するのだろうが、殺人なんて言葉、今回初めて聞いた人も多いはずだ。視聴率を取れそうにない。
 捜査一課のオフィスに入ると、サアラ先輩がいた。

「おはようクルミ」
「おはようございます――って、先輩、大丈夫ですか?」

 わたしはサアラ先輩の顔を見てびっくりする。目の下に大きなクマができていた。具合悪そうに椅子にもたれかかり、わたしのほうを見て、力なく笑う。

「寝不足なだけよ。死体を調べるためのスキャナを見つけたんだけど、使い方がなかなかわからなくてねー。徹夜しちゃった。けど、だいたいのことは調べられたわ」

 サアラ先輩は卓上端末を指さす。
 端末のディスプレイには資料が表示されている。サアラ先輩がまとめたんだろう。

「北野コウの活動が停止した直接的な原因は、昨日も言ったけど、鋭利なもので心臓を刺されたことね。心臓が壊れた結果、血液循環が止まり、全身の器官が活動を維持できなくなったってわけ。犯人は、胸を一突きしたあと、胸部から腹部にかけて切り開き、体の中身を引きずり出してる。その際、体外に出た血液が水たまりを作った。このロープみたいなのは内臓よ」

 サアラ先輩はディスプレイ上に表示された死体の写真を示しながら説明する。

「んで北野コウを解体した道具だけど、かなり鋭利な刃物みたい。胸骨の断面が信じられないくらい滑らかだって、スキャナがわめいてたわ。データベースと照合してみたけど、そんな切れ味がすごい刃物はスペリオルには出回ってないみたいよ」

 それほど鋭利なものだとしたら、きっと眉毛をカットするのに使うハサミとか、産毛を剃るのに使うカミソリなんかとは比べものにならないほど鋭いものなんだろう。
 だとすると……

「犯人は都市の外から来たってことですか?」
「さあて、どうかしらね。そう考えるしかないかもだけど、それはそれで現実感がないわよね」

 たしかに、外から人が来るというのはあまり考えられない。

「それから死亡推定時刻は、4月29日――昨日の午前7時。あんたらが踏み込む3時間前ってところね。犯人は、北野コウが朝起きたところを刺して、活動を停止させたみたい」
「じゃあその時間帯にマンションに出入りした人を調べればいいわけですね」
「実はちょっと問題があって」

 サアラ先輩は唇を尖らせる。

「犯行の前後の時間帯、あのマンション、防犯カメラが作動してなかったのよ」
「え、どうしてです?」
「電源が切れてたみたい。原因は不明。で、管理人に電話で問い合わせてみたんだけど、その時間帯はまだ出勤してなかったから、誰が出入りしたかわからないって」
「まあ常時詰めてるわけじゃないですもんね。ロックの解除の履歴とかはどうなってるんですか?」
「それもよくわからなくてさー。どうも犯人は、北野コウ名義のカードキーを使って中に入ったみたいなのよ」
「ええ?」
「少なくとも、データはそう言ってる」
「コウさんからカードキーを借りていたってことですか?」
「それしか可能性はないけど、だとしたら犯人は北野コウと相当親しかったことになる。そういう人間、いた?」
「いまのところは堺リリコさんくらいしか……彼女、夜中にコウさんに呼ばれて丘の上公園に行くような人ですから」
「そうなるか。けど、親しい人にあんなことする? あれ、結構痛そうよね?」
「うーん」

 わたしは唸ることしかできなかった。

「あたしからはこのくらいかな。あ、そいや、リョウガから伝言。第二会議室で押収品を調べてるから手が空いたら来てくれって」

「え、リョウガさんもう来てるんですか?」
「何か今日はすごく早く来たわよ、あいつ」

 先輩も不思議に思ってるようだった。

「リョウガにも資料渡していまの説明はしてあるから。じゃ、あたしはこれで。今日は家帰って寝るわ」

 大口を開けてあくびをしながら、サアラ先輩はオフィスを出ていった。

 

「サアラから死体のことは聞いたな?」

 第二会議室に着くなり、リョウガさんに尋ねられる。

「はい」
「どう思う?」
「カードキーの件を考えると、堺リリコさんが犯人だと思います。動機はわかりませんが」
「俺もそう思った。それで堺リリコのライフログを調べてみたんだが……彼女、前日の夜からずっと、自宅から一歩も出ていない。家から出たのは、データによると午前9時ごろだ」
「そんな!」
「また、北野コウは前日夜に自分のカードキーを使って家に帰っている。犯人の野郎、いったいどうやったんだろうな」

 リョウガさんはガリガリと歯ぎしりした。
 いよいよわけがわからなくなってきた。

「さて、悪いが手伝ってくれ。押収品を調べる」

 押収品の数は少なかった。携帯端末一台と卓上端末が一台。それから細かな雑貨がいくつか。
 それから、ショッピングモールから盗まれた帽子。
 これでコウさんが窃盗犯だと決定した。

「雑貨についてざっと見たら、おまえは携帯端末の中のデータを洗ってくれ。俺は卓上端末のほうをやってるから」

 リョウガさんに言われ、わたしはうなずいた。
 コウさんの携帯端末をタブレット端末に接続し、情報を吸い出す。特にロックはかかっていないようで、これだったら直接操作しても大丈夫だったかな、とわたしは思う。

「あ」

 例の防犯カメラの映像が見つかった。帽子を盗む場面を撮影したものだ。わたしの考えは正しかったようだ。
 ほかに特筆すべきものは見つからなかった。

「リョウガさん、あんまり大したものは見つかりませんでした」
「チャットアプリの履歴のデータを切り離してサアラに送信しといてくれ。あとで会話内容を分析させよう」
「どうしてそんなことを?」
「誰かとトラブルになっていないか調べるんだ。トラブルは殺人の動機になる」
「了解しました」

 言われた通りの作業を、淡々とこなす。

「クルミ、おもしろいものが見つかったぞ」

 ちょうどデータをサアラ先輩に送信し終えたとき、リョウガさんに肩を叩かれた。

「北野コウの日記だ」
「え。ダメですよ、人の日記を勝手に見ちゃ」
「捜査の一環だ」

 リョウガさんはまったく悪びれない。

「いいからこっちに来て読め」

 わたしはリョウガさんに無理やり卓上端末の前に座らされた。
 仕方なく、画面上の文字に目を通す。

 ――4月15日
 ミステリ読んでたら面白いトリック思いついた。
 やってみたい。
 けど殺人はちょっとなあ。

 

「これ……」

 犯行を予告する内容だった。

「な? おもしろいだろ? まあ犯人としては不用心にもほどがあるが、こんな安全な都市じゃ用意周到な犯人なんて育たねえだろ」

 わたしはリョウガさんの言葉を聞き流しつつ、続きに目を通した。

 

 ――4月16日
 犯行現場を録画すればいいんだ。殺す必要はないな。
 だったら窃盗とかいいんじゃないか?
 でも地味かな……。
 いや、こんなつまんねえ街だったら、窃盗でも大問題だ。
 よし、やろう。
 ――4月24日
 動画録画しゅーりょー。
 あとは加工するだけ。
 うまく行きそうだ。
 ――4月27日
 犯行終了。
 シティ・ガードの連中、ぜんぜん俺のこと疑ってなかった。
 ウケる。
 でも疑ってくれないとアリバイ作った意味がないから、ま、頑張ってほしいかな。
 ――4月28日
 シティ・ガードの連中、俺を疑いだした。
 ライフログ使ったらしい。
 必死すぎじゃね?
 アリバイがあるって言ったときのあいつらの顔、写真撮っとけばよかったぜ。

 

 おとといの日付で日記は終わっていた。

「それで……これはどういうことなんでしょう」

 読んでみたものの、わたしにはリョウガさんがどうしてこれを見せたのかがわからなかった。

「犯行の動機が書いてある。トリックを試してみたくて帽子を盗んだんだ」
「トリックって言うのは……」
「おまえが暴いた防犯カメラの仕掛けのことだ。ああいうのをトリックって言う。今回のはアリバイトリックだな。犯罪が起きた時刻、その現場にはいなかったっていう証明をうまく作り出すペテンだ」
「それをやりたいがために、帽子を盗んだって言うんですか?」
「そうだ」

 まったくわけがわからなかった。

「昔はゲーム感覚で万引きするやつがいたって言っただろ? あれの一種だ」
「それもわたしにはあんまりよくわからないんですけど……」

 わたしがそう言うと、リョウガさんの表情が変化した。
 なんだか悲しそうな顔だった。

「北野コウが窃盗なんてしたのは、こんな都市だからなのかもしれないな。つまんねえ街だよ、ここは。社会の歯車になり切れないやつにとっては」

 遠くを見るようにして、リョウガさんは言う。
 リョウガさんのしゃべった内容がチグハグに思え、わたしはちょっと居心地が悪くなる。

 「社会の歯車」という言葉が、わたしには心地よく響いた。わたしのなりたいものを的確に表している。
 社会【スペリオル】のために動く、一つの歯車――。
 自分の存在意義を精一杯発揮し、都市のために生きることは、わたしにとって理想的な人生だ。
 けれどリョウガさんは、この「社会の歯車」という言葉を否定的につかった。スペリオルのことを「こんな都市」とか「つまんねえ街」と言った。
 リョウガさんの言語センスは、やっぱりよくわからない。

「それから、こんなものも見つかった」

 リョウガさんがマウスを操作し、ファイルを開いた。
 動画のようだ。

「何ですか、これ?」

 わたしは眉を寄せる。
 大きな筒状の物体を抱えた人が数名、広場に立っている。わたしたちが使う捕縛用の麻痺銃【スタンガン】を、巨大にしたような物体だ。彼らは緑色の制服らしきものを着ている。
 その前には、粗末な格好をした人々が一列に並んでいた。彼らは後ろ手に拘束され、目隠しをされている。

「撃てぇ!!」

 号令が聞こえた瞬間、制服姿の一団が筒の先を目隠しされた人たちに向け、引き金を引いた。
 すると、筒の先が{はじけた}。
 直後、「うぎゃ」とか「きゃああああ」と言った悲鳴が、目隠しされた人たちの口から漏れた。彼らは体中から赤いものを飛び散らせながら、その場に次々と倒れていった。

「う……」

 わたしは思わず、画面から目をそむける。けれど、体中を赤黒い穴だらけにして倒れた人たちのイメージが、脳裏にこびりついて離れなかった。

「悪い、ちょっと刺激が強かったか」
「だ、大丈夫です」

 わたしは頭を振り、

「何なんですか、これは」
「戦争映画かな。キカンジュウによるギャクサツのシーンだ」

 リョウガさんがディスプレイの端にテキストエディターを表示させ、漢字を書いてくれた。
 機関銃、虐殺――。
 あの麻痺銃【スタンガン】みたいなものを機関銃と言うらしい。麻痺銃【スタンガン】とは似て非なる恐ろしい武器だ……。

「それからこれは……いや、やめておこう。女に見せるものじゃない」

 リョウガさんは端末を操作して別のファイルを表示させようとしたみたいだが、途中でやめた。
 映像に男女が関係あるんだろうか、とわたしは疑問に思う。

「とにかく、こういうグロテスクな動画やいかがわしい画像が端末から大量に見つかった。スペリオルでは検閲ではじかれるから、表には出てこないものだ。おまえも見たことなかっただろう?」
「リョウガさんは見たことあるんですか?」

 わたしが訊くと、リョウガさんは虚をつかれたような顔をした。

「――少しだけな。以前、捜査の一環で」
「なるほど。それで……これらと、コウさんが殺されたことに、関係はあるんですか?」
「いまのところ不明だ」

 リョウガさんは肩をすくめた。
 そのとき――
 バッターン! と派手な音がして、会議室の扉が開いた。
 ぎょっとして、わたしは入り口を振り返る。
 ボスが立っていた。

「二人とも、ここにいたか」

 ボスは早歩きで会議室に入ってきた。息がちょっと上がっている。

「また起きた。二体目が見つかったらしい。大至急現場に行ってくれ」


著者:高橋びすい
イラスト:黒銀


次回5月20日(土)更新予定


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