【第5回】さよならピーターパン

さよならピーターパン

← 前作品ページ次 →


前回までのあらすじ
完全管理されたドーム都市で起こるはずのない連続殺人事件を追うクルミは、捜査を進める内に正体不明の人物の襲撃に遭う。駆けつけたリョウガにより事なきを得るが、襲撃者は切り落とされた「機械の腕」を残して逃走した。

第5話『魔女の棲み処<前編>』

 犯人の腕と刃物の鑑識結果が出たのは、翌日の昼過ぎだった。
 わたしが一人、捜査一課のオフィスで書類仕事をしていると、サアラ先輩がタブレット端末に資料のデータを入れて持ってきてくれた。

「遅くなってゴメンね。まず刃物についてだけど、いままでの殺人の道具はあれで間違いない。死体の断面と刃を照合して、わかったわ。あれだけ滑らかな断面を作れるのはあの刃物くらいしかないから」
「それで、あの腕は何だったんですか?」
「人型の機械の一部、としか言えないわね」

 サアラ先輩は肩をすくめた。

「スペリオルのデータベースを漁っても正確な情報は得られなかった。技術水準が高すぎるのよ。いったい誰が作ったんだか」
「本当に人型の機械があんな風に動き回っていたのだとしたら、すごい技術ですよね」
「そういうこと。刃物の技術力も相当なもんだし、犯人は天才科学者か何かなのかしら」
「防犯カメラの映像とカードキーについてはどうですか?」
「あれも、北野コウと中島ヤスシの件と同じ。防犯カメラは作動してなかったし、ロックはクルミのカードキーで解除されたことになってる」
「でもカードはわたしのポケットに入ってました」
「高度なハッキング技術を持ってるのかもね。っつーか、あんな機械とか刃物を作れるやつが相手じゃ、何でもアリって感じよ、ホント」

 わたしたちは揃ってため息をついた。
 犯人のほうが一枚も二枚も上手で、わたしたちの手に負えていないように思える。

「クルミ、サアラ」

 わたしたちが落ち込んでいると、ボスがオフィスに入ってきた。いつも通り背筋を伸ばし、堂々とした足取りだったが、表情は厳しい。
 これは悪い知らせだな、と思う。

「キリヤさんを通して、もう一度全市民のライフログを申請し、分析した。北野コウが襲われた時刻、中島ヤスシが襲われた時刻、それから昨日クルミが襲われた時刻についてだ。結論を言うと、{居場所を特定できない人物は存在しない}ことがわかった。どの市民も、犯行現場にはいなかった」

 つまり、スペリオルのデータベースが全市民のアリバイの証人というわけだ。犯行可能な市民は、少なくともデータ上では一人もいない。

「あー、これで頼みの綱がなくなった」

 サアラ先輩が大げさに天井を仰ぐ。

「まったく、犯人はいったいどうやって殺人を犯したんだ」

 ボスも下唇を噛んだ。

「リョウガだったら何かいい知恵出してくれるかな――ってか、リョウガは?」

 サアラ先輩はリョウガさんがいないことに初めて気づいたらしい。

「それが、今日は欠勤なんです」

 実は朝、リョウガさんからチャットアプリでメッセージが来ていた。
 ――悪いが今日は欠勤する。用事があるんだ。みんなにもそう伝えておいてくれ。
 とのことだった。
 それを伝えると、サアラ先輩とボスは口々にリョウガさんを罵った。

「はあ? このあたしが睡眠不足で仕事してるってのに、あいつは休み!?」
「この忙しいときに自覚が足りないやつだな!」

 けれどわたしは気が気ではない。
 昨日、リョウガさんは犯人ともみ合った。見たところ、目立った怪我をしている様子はなかったが、わたしたちに心配をかけまいとして隠していたのかもしれない。
 もしかしたら用事っていうのは病院に行くことなのではないか。
 そう考えるといても立ってもいられなくなる。
 わたしは勤務時間が終わったら、リョウガさんのマンションに行くことにした。

 

 リョウガさんの自宅はわたしの自宅から近い。二人ともシティ・ガードの本部の近くに住んでいるからだ。
 区画整理された住宅街は、一見するとどこも同じように見えてしまうので、わたしは携帯端末で地図アプリを表示させながら、リョウガさんのマンションを目指す。
 何度か道を間違えたが、問題なくたどり着いた。
 1階ロビーのオートロックの前で、リョウガさんの部屋のインターフォンを押す。
 しかし反応はなかった。
 二、三回試してみたが、ダメだった。もし寝ているんだったら悪いし、出直そうか、と思っていると、

「あ、205号室?」

 管理人室から声をかけられた。

「彼だったら昼頃出ていったきり帰ってきてないよ」

 管理人さんと思しき初老の男性が言う。

「え、ホントですか?」
「ああ。ずっと俺、見てるけど、帰ってきてない」
「どこに行ったんでしょう」

 病院に行ったんだとして、まだ帰ってきてないってことは、入院にでもなったんだろうか? だとしたら仕事を休むことになるから、連絡が来そうなものだけど……。
 わたしは携帯端末のチャットアプリを開く。特にリョウガさんから連絡はない。
 逡巡した末、わたしは電話してみることにした。迷惑かもしれないが、もし入院になったのなら、着替えなどを持っていってあげたほうがいいだろう、と自分の行動を正当化する。
 本当は、ただ心配なだけだった。
 マンションを出て、わたしは携帯端末を耳に押し当てる。
 ――おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、かかりません。
 不安をあおるようなメッセージが、聞こえてくる。
 いまどき病院で携帯端末の電源を切るような人はいない。病院内で医師たちが携帯端末を使って連絡を取り合い、連携するのだ。一般の人だって、いまは普通に端末を使っている。
 それなのにどうして電源が入っていないんだろう?
 あのリョウガさんが端末の充電を忘れるなんてことはないだろうし……。
 そんなことを思いながら携帯端末を握りしめていると、
 ――ピピピッ!
 と電子音とともに、端末が震えた。
 着信だ。知らない番号だった。
 とりあえず、出てみる。

《颯【はやて】クルミちゃんの携帯で間違いないかな?》
「誰です?」
《んー、残念ながら言えない。だから用件だけ。{権丈リョウガの身柄は預かったよ}》
「預かった……?」

 言っていることの意味がわからなかった。リョウガさんは物じゃない。

《ハハッ。この街の人間は相変わらず平和ボケしてるんだね? わかった。もうちょっと説明してあげよう。預かったっていうのは、捕まえたってこと。リョウガはオレがある場所に拘束してるんだ。んで、オレはこいつを3秒で殺すことができる》
「――!?」
《フフッ、やっとわかったみたいだね》

 わたしが息を飲んだのが伝わったらしい。電話の相手は笑い声を漏らす。

「あなた、昨日の犯人ですね!?」
《さて、どうかな?》

 電話相手は喉を鳴らして笑った。

《本題に戻ろうか。オレはいつでもリョウガを殺せる。でも意味のない殺人は好まないんだ。君に電話したのは取引がしたかったから》
「取引ですって?」
《そう。またの名をビジネス》
「何か欲しいものがあるんですか?」
《それはここでは言えないなあ。盗聴されている可能性がある。細かいことは実際に会って話そうよ。座標を携帯端末に送信しておくから、1時間以内に来てほしい》
「そんな急な……」
《大丈夫、タクシーでも拾えばすぐ着く場所だ。もちろん、リョウガが死んでもいいって言うんだったら、来る必要はないけど?》
「――行きます」
《いい子だ。それから、このことをシティ・ガードの連中に話したら、リョウガとは二度と会えないと思ってね?》
「――わかりました」
《じゃ、またあとで》

 通話が切れた。
 わたしは端末を持った手をだらりと垂らし、呆然とする。
 リョウガさんが犯人に捕まった。殺されるかもしれない。
 体が小刻みに震え始めた。

 ――以下の場所に一人で来てね。端末のGPS機能は切っておくこと。まあ切らなくてもいいけど、そのときはリョウガの命はないから。座標に着いたら電話して。
 犯人と思しき人物から来たメールには、そう書いてあった。
 わたしは言われた通り端末のGPS機能を切り、指定された座標までタクシーで向かう。
 着いた先は港湾地区の倉庫街だった。
 港湾地区、と言っても、海に直接面しているわけではない。都市ドームの際の部分が巨大な湖のようになっており、そこに船舶が浮いている。船舶は、この湖を通ってドームの通用門まで移動し、そこから海へと出ていく。そして必要な物資を運んで戻ってくる。
 これら〈外〉との交流は、すべてスペリオル当局が行っているので、わたしのような一般人が都市ドームの外に出ることはない。だからほとんど来たことがなかった。事故があったときに一度現場検証で来たことがあるだけだ。そのときも、結局事件性は認められず、事故で処理された。
 わたしはタクシーを降りるとすぐ電話をかけた。

《いやあ、早かったね》
「次はどこに行けばいいんですか?」
《そこで待ってて。いま、迎えを出すから》

 数分後、一人の男がわたしに近づいてきた。
 男の背は高かった。髪を丁寧に撫でつけていて、黒い背広に黒い蝶ネクタイといった服装だ。顔には柔和な笑みを浮かべている。

「お待たせいたしました、{お客様}」

 男は恭しく頭を下げた。

「――お客様?」
「こちらへどうぞ」

 わたしの質問には答えず、男は歩き出す。わたしは黙ってそのあとをついていった。
 連れていかれたのは、倉庫の裏だった。そこに、地下へと続く階段があった。コンクリートむき出しで、とても人が入るようなところには見えなかったが、黒服の男は躊躇せず降りていく。
 わたしもついていくしかない。
 数階分下に降りると、金属製の扉の前に出た。

「ここから先はこれをつけてください」

 男が仮面を取り出した。金色の、大仰な装飾が施されたもので、顔の上半分を完全に覆っているが、口元から顎にかけては露出されている。

「何のために?」
「お客様相互のプライバシーをお守りするためです。ここは会員の皆様がお忍びでいらっしゃる場所ですので」

 胡散臭いものを感じつつ、彼に逆らったらリョウガさんの命が危ないのではないかと不安だったので、しぶしぶ仮面をつけた。
 男はそれを確認し、自分も仮面をつけると、扉の取っ手を掴む。
 リン、とベルのような音がして、扉が開く。
 中はカフェのように見えた。カウンター席が10席ほどで、テーブル席が8セットくらい。賑わっているみたいで、空席は少なかった。
 間接照明を使っているのか店内は薄暗い。陽気なリズムの音楽が小さく流れている。
 客たちは皆、わたしと同じ仮面をしているので、顔はわからない。それでも飲み物を片手に談笑している様子で、みんな楽しそうだった。テーブル席のほうでは、トランプゲームに興じている人たちも多い。

「何にしますか?」

 いつの間にか黒服の男がカウンターの中に入っている。

「何にって……」
「メニューでしたらここに」

 男はカウンターテーブルの上にメニューの書かれた冊子が開かれていた。
 わたしは仕方なく、空いていた椅子に座る。
 こんなところでお茶を飲んでいる場合ではないんだけど、と思いつつ、犯人からの指示がないせいで動けなかった。
 わたしは座ったままじっとメニューを見つめる。けれど頭ではずっとリョウガさんのことを考えていた。

「初めての方にはこちらをお勧めしております」

 わたしが注文に悩んでいると思ったのだろう、男はメニューを指さした。
 実際、そこに書かれている飲み物の名前はどれも初めて見るものばかりで、自力で注文するのは難しそうだった。
 男が示しているところには「ビール」と書かれている。

「よくわかりませんが、じゃあそれでお願いします」
「かしこまりました」

 男はカウンターに設置されていた水道の蛇口みたいなところに細長いグラスを近づける。男がレバーを引くと黄色がかった紅茶のような色をした炭酸飲料がグラスに注がれていった。グラスの口のほうは白い泡で満たされた。

「どうぞ」

 目の前に置かれたグラスをちょっと眺めたあと、わたしは両手でつかんで、口に運んだ。
 一口含んで、顔をしかめる。

「むー、苦い……」
「すぐに慣れますよ」

 仮面の下で男が微笑んだように見えた。
 そのとき、ずっと消えていたモニターに光が灯った。

《やあみんな、楽しんでるかい?》

 モニターから声が聞こえる。そこには豪華なソファーに深く腰を下ろした男の姿が映っていた。
 男は洒落たジャケットとスラックス姿で、細い柄物のネクタイをつけている。髪は、男性にしては長く、軽いウェーブがかかっている。ファッションデザイナーとか、そういう職業の人に見える。
 そしてこの男は、仮面をしていなかった。大きな双眸は二重まぶたで、鼻筋はすっきりと通っている。

《常連の方も、初心者の方も、ここ〈ストレーガの棲み処〉ではみんな等しく平等だ。ゆっくりくつろいでほしい》

 甘い微笑みを浮かべながら、男は言う。
 だがわたしはそんな美貌には騙されなかった。

「あなたは……!」

 モニターから聞こえる声は、電話の声と同じだったのだ。
 この男が、リョウガさんをさらった犯人――!

「リョウガさんはどこですか!」

 わたしは椅子から飛び降りると、モニターに詰め寄った。

《おや、君は初めての子だね? ようこそ、〈ストレーガの棲み処〉へ》

 カメラでもついているのか、モニターの中の男はわたしに視線を合わせた。

「無駄話をしている暇はありません! リョウガさんを返してください!」
「おい」

 後ろから肩を掴まれた。

「邪魔しないでください」

 わたしはその手を振り払う。
 が、

「どうしておまえがここにいるんだ?」

 声を聞いて、振り返った。
 男の人が立っていた。背が高く細身で、髪の毛は短い。
 仮面をつけていても、シルエットでわかる。
 声だって、いつもの彼だ。

「リョウガさん、リョウガさんですね!」
「バカ、本名をデカい声で叫ぶな」
「無事だったんですね!」

 わたしは思わずリョウガさんに抱きついていた。
 ヒューッと周囲の人々が口笛を吹く。

「いったい何があったんだ」
「この人が、リョウガさんを捕まえたって言ったんです!」

 わたしはリョウガさんから身を離すと、モニターに映っている男を指さした。

「言うことをきかないと、リョウガさんを殺すって!」
「それでここまで来たのか?」
「そうです」
「はあ」

 リョウガさんは自分の頭をくしゃくしゃかき混ぜると、モニターを仰ぎ見た。

「どういうつもりだ、アイン」
《なあに、もう一人くらいシティ・ガードに知り合いがいてもいいと思ってね》

 笑みを浮かべながらモニターの中の男――アインさんは言う。

《リョウガは彼女に{死とは何たるか}を教えたって言ってたじゃないか。そんな彼女なら、オレたちの活動だって理解できるだろう?》
「ちっ、余計なことしやがって」

 アインさんは非常に機嫌がよさそうだったが、リョウガさんの機嫌は最悪だ。

「こいつは一般市民だ。俺たちとは違う」
《巻き込みたくないって?》
「そうだ。現状、{ここに出入りしてたやつらが殺されてるんだ}。こいつをここに来させてどうする。殺してくれって言ってるようなもんだろうが」
《彼女はすでに犯人に狙われてる。別に変わりはしないさ》
「だとしても、わざわざ危険な場所に連れてくることはない」
「あ、あの……」

 喧嘩がヒートアップしてきたみたいだったので、わたしは口を挟む。状況に取り残されていたから、そろそろ説明してほしくもあった。

「結局、どういうことなんですか? リョウガさんは捕まったわけではないんですね?」
《うん。リョウガを捕まえたってのは嘘》
「そんな!」
「俺がこんなチャラ男に捕まるわけねえだろ」

 リョウガさんが心外そうに言う。

「どうしてそんな嘘をついたんですか?」
《君に会いたかったから――じゃ理由にならない?》

 アインさんは片目をつぶって見せた。

「ぜんぜん意味がわかりません」

 だいたい、モニター越しに話してるんだから会ってないじゃないか、と思った。

《うーん、ダメか》

 アインさんはどういうわけか苦笑した。

「優しく笑えばどんな女でも落ちると思ったら大間違いだ」

 リョウガさんがぼそりと言う。

《やけに機嫌が悪いね、リョウガ。もしかして妬いてる? 彼女をオレに取られるんじゃないかって》
「んなわけあるか! それから本名を言うな! 仮面かぶってる意味ねえだろうが!」

 噛みつきそうな勢いでリョウガさんがモニターに言い返す。
 わたしは二人のやり取りを見ていて笑ってしまった。言い争っているのに、何だか仲がよさそうに見えるんだから不思議だ。


著者:高橋びすい
イラスト:黒銀


次回6月13日頃更新予定


← 前作品ページ次 →


関連コンテンツ