【第6回】さよならピーターパン

さよならピーターパン

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前回までのあらすじ
機械の腕を残した襲撃者に翻弄されるシティ・ガード。クルミは欠勤したリョウガを訪ねるが居場所が掴めない。そんなクルミのもとにリョウガを拉致したという人物から連絡が入る。

第6話『魔女の棲み処<後編>』

《まあそういうわけで、お近づきになりたかったのと、この場所を紹介したかっただけだから。今日は楽しんでいってよ》

 アインさんがモニターの中で笑う。
 わたしは口をへの字にしてにらむ。

《嘘をついたのは謝るよ。でも緊張感があっておもしろかっただろ?》
「ぜんぜんおもしろくなかったです!」

 わたしは頬を膨らませた。

「嫌われたな」

 リョウガさんが笑う。

《ごめんごめん。お詫びと言ってはなんだけど、今日の飲み代はオレがおごるから。ほら、リョウガ、エスコートしてあげて》
「何で俺が」
《こんな可愛い子を一人にしといたら、野獣が群がってきちゃうだろ。それでもいいなら、構わないけど》
「――仕方ねえな」

 リョウガさんは肩を落とすと、わたしの腕を引っ張った。

「カウンターで飲もう」

 わたしは再びビールのグラスが置いてあるカウンターに戻った。
 隣にリョウガさんが座る。
 カウンター内にいる男の人がリョウガさんの前にビールのグラスを置いた。

「用事って言うのは、ここに来ることだったんですか?」

 わたしはビールを一口含んでから、訊く。やっぱり苦いな、と思うが、人にお金を出してもらっているから残すのも悪い気がした。

「そうだ」

 リョウガさんはうなずいた。リョウガさんは表情一つ変えず、ビールを喉に流し込んだ。

「午前中に北野コウと中島ヤスシについての資料を見直していたら、二人ともここに出入りしている人物らしいと気づいた。犯罪者であるということ以外の共通点だな。それで来てみて、責任者のアインと少し、話をした」
「そう言えば、アインさんはこちらに来ないんですか?」
「ああ。あいつは店には出てこない」
「どうしてです?」
「ああ見えて人嫌いなんだ。初対面のやつと話すのを、あいつは好まない」

 断定するような言い方だった。
 そういえば先ほども歯に衣着せぬ感じで会話の応酬をしていたし、もしかして――

「二人はお友達どうしなんですか?」
「昔なじみだ。〈少年圏〉時代からの」
「ええ!?」

 わたしは衝撃を受けた。〈少年圏〉時代からの知り合いが同じ都市にいることなんて滅多にないからだ。
 わたしたち市民は18歳で〈成人式〉を迎える。そのときに受ける適性検査にもとづいて職業を決められ、全国に割り振られる。だから〈少年圏〉時代の友人たちは全国に散り散りになってしまう。
 わたしもスペリオルに〈少年圏〉時代の友人たちはいない。一緒に過ごしていないと疎遠になってしまうもので、いまでは連絡も取り合わない。
 実は一度、連絡を取ろうと思った人がいたのだが、連絡先がいつの間にか変わっていて電話が通じなかった。あれは地味にショックだった。
 わたしは友人たちの中で唯一、早期卒業で成人したから、みんなより先に〈少年圏〉を出た。一般の〈成人式〉にも出ていない。そのせいで仲間外れにされてしまったのかもしれない。
 以来、わたしは〈少年圏〉時代の知り合いに連絡しようと思ったことはなかった。

「珍しいですね。わたしにはいません」
「だろうな。ちなみに、役人のキリヤもそうだ」
「本当ですか!?」
「嘘ついてどうするんだよ」
「いえ、ちょっとびっくりしちゃって」
「まあ仕方ないか。珍しいもんな」

 リョウガさんはビールを一気にあおる。
 わたしもつられて、ビールをたくさん口に入れる。だんだん慣れてきたのか、あんまり苦く感じなくなってきた。

「アインとキリヤと俺は、昔つるんでた。いつも三人一緒だった。けっこう悪いこともやったよ。アインはお調子者で、キリヤは皮肉屋で――トラブルを起こすのはいつもアインだったな。それにキリヤと俺は巻き込まれて、三人で何とか逃げる作戦を考える、みたいな感じだった」

 リョウガさんが小さく笑う。
 わたしは目を細めた。
 きっと、楽しかったんだろうな、と思う。
 わたしは、どうだったかな。そう思って振り返ってみるが、〈少年圏〉時代のことはぼんやりとしか思い出せなかった。

「いまじゃキリヤとは疎遠になっちまったがな。まあお役人様だ。身分も違う。あ、このこと、キリヤには言うなよ? あいつも俺との距離感を持て余してるみたいだから……」
「はい、わかってます」

 寂しそうに言うリョウガさんを見ていたら、胸の奥がツンと痛くなる。
 大切な人と疎遠になるのは辛いことなんだって、わたしは初めて知る。
 同時に、大切な人が苦しんでいるのも、辛いことなんだな、と思う。
 わたしは寂しそうなリョウガさんを見ているのが、辛い。
 世の中には辛いことがたくさんある。
 リョウガさんがときどき丘の上公園に夕日を見にいく理由がわかった気がした。

「どうしたあ!? しんみりしちゃってよおお!!」

 大声が聞こえて、わたしとリョウガさんは同時に振り返った。
 ごま塩頭のおじさんが、わたしとリョウガさんの間に割って入ってきて、肩を組んできた。

「お酒は楽しく飲むもんだ、若いの!」
「おっさん、飲みすぎだぞ」

 リョウガさんは迷惑そうに腕を払った。

「おまえらは酒が足りてないな! マスター、お二人にバーボンをショットで! 俺にも頼む!」
「かしこまりました」
「俺のおごりだ! 気兼ねなく飲め!」
「え、よろしいんですか?」

 わたしはびっくりする。

「いいのいいの。年寄りは若いのに酒を奢るもんなの」
「あ、ありがとうございます!」

 おじさんが楽しそうに言うので、わたしも何だか楽しくなってきた。ちょうどビールも飲み終わったところだ。
 ほどなくして、カウンターにグラスが三つ置かれた。
 グラスは片手で包み込めそうなほど小さかった。紅茶のような色をした液体がなみなみ入っている。

「クルミ、おまえは飲まないほうがいいんじゃないか?」
「え、どうしてですか?」
「口元だけ見てもわかるくらい、顔が真っ赤だ」

 そういえば、顔が熱いような気がするし、体もお風呂上りみたいにホカホカしている。
 でもだからといってどうして飲まないほうがいいんだろう? リョウガさんは心配そうにわたしのことを見ている。ということは、何か関連があるんだろうけど……

「いいえ飲みます!」

 せっかくおじさんがくれたものなのだ。飲まないという選択肢があろうか。
 いや、ない!

「いい返事だ、お嬢ちゃん!」

 おじさんがグラスを手に持った。わたしも持つ。

「どうなっても知らねえぞ」

 リョウガさんもため息をつきながらグラスを持った。

「では、この出会いに乾杯!」

 おじさんがグラスを掲げ、ぐいっと一気に中身をあおった。
 わたしも真似して一気に液体を口に流し込んだ。
 ――それから先のことは、よく覚えていない。

 *

 翌朝――。

「う、うー……」

 わたしは猛烈な頭痛に叩き起こされた。
 痛いなんてものではない。激痛だ。頭の中を硬くトゲトゲしたものでかき回されているのではないかと思うくらい痛かった。
 そして気持ちが悪い。胃の中のものがぐんぐんせりあがってくる。しかし中身がないのか、えずくばかりで、わたしは体を丸め苦痛に耐えた。

「起きたか」

 頭の上で声がした。
 見ると、リョウガさんが立っている。
 わたしは呻き声を上げながら起き上がる。ずるりとわたしの体から毛布が床に落ちた。
 どうもわたしは、ソファーの上に寝かされていたらしい。
 辺りを見回した。知らない場所だった。

「ここは?」
「俺の家だ」
「え! どうして!?」
「おまえ何にも覚えてないのか?」
「たしか、バーボンとかいうものをおじさんに勧められて……」

 昨夜のことを思い出そうとするが、ダメだった。頭が余計に痛くなるだけだ。

「それからどうしたんです?」
「テーブル席に移って、客のみんなと一緒にサケを飲んだ。クルミは笑い上戸なんだな? とにかく笑いながらしゃべりまくってたぞ?」

 リョウガさんが笑いをこらえながら言うので、わたしはちょっと恥ずかしくなった。

「それでいつの間にかおまえは寝ちまって、閉店になっても起きなかったから、タクシーに乗せて、俺がここまで運んできた」
「あ、ありがとうございます」

 何だかずいぶん迷惑をかけたみたいだった。

「気にするな。家まで送ろうかとも思ったんだが、急性アルコール中毒で死なれても困るからな。俺の家にはベッドがないから、ソファーで寝ることになったが、まあそのくらいは我慢してくれって感じだ」
「リョウガさんはどこで寝たんですか?」
「床だ」
「それは、すみませんでし――おえっぷ」
「これ、少し飲んどけ」

 スポーツドリンクのボトルを渡される。
 一口飲んで戻しそうになった。いままで生きてきた中で一番具合が悪いかもしれない。

「完全に二日酔いだな。サケを飲みすぎると起こるんだ。次からは気をつけろよ?」
「あの……さっきからサケ、サケって言ってますけど、いったい何です?」

 わたしが訊くと、リョウガさんが携帯端末で漢字を見せてくれた。
 酒――。

「〈少年圏〉時代に理科の実験でエタノールってのを使わなかったか? あれの一種だ。病院で消毒に使うやつの仲間だと思ってもいい。アルコールとも言う。ビールとかバーボンにはそれが入ってるんだ」
「うえっ」

 そんなことを言われたら余計気持ち悪くなった。飲まなければよかった。

「あれだけ飲んでたってことはうまかったんだろ?」
「ええ、まあ」

 たしかに嫌いではない。

「アルコールは、適量に抑えとけばこういうことにはならない。陽気な気分にもなるし、悪いもんじゃない」
「気をつけます――ってちょっと待ってください」

 アルコールという言葉がわたしの記憶を刺激した。

「アルコールって、まさか違法薬物の?」

 わたしが訊くと、リョウガさんは苦い顔をした。
 それが肯定の証拠だ。

「そそそそんな! わわわわわたし、犯罪者に……!」
「所持は違法だが、飲む分には体内から排出されれば問題ない。おまえは逮捕されねえよ」

 わたしは少し安心するが、すぐに思い直す。

「いえ、でもそういう問題では……」

 悪いことをしたことには変わりない。

「なあクルミ。おまえはあの店について、どう思った? 悪い店に見えたか?」

 わたしは思い出してみる。
 あの場にいた人たちは、みんな仮面をかぶっていたけれど、それでもわかるくらい楽しそうだった。声は弾んでいたし、みんな仲がよかった。

「悪い店って感じではなかったです。でも、違法な店なんですよね?」
「ああ。経営者のアインは犯罪者だ」

 わたしは緊張する。

「悪い、クルミ。俺はおまえに隠していたことがある。実は、{北野コウの家から押収されたものを見たときから、彼がアインの店の客だってわかってたんだ}」
「!? どうして言ってくれなかったんですか!」
「アインが逮捕されると思ったからだ。申し訳ない。昔なじみが捕まるところを見たくなかった」

 深々と頭を下げられて、わたしはそれ以上追及できなくなる。

「捕まったら、アインは大変なことになる。あの店は、ただ酒を出すだけの店じゃないんだ。北野コウの端末から出てきた映像、覚えてるか?」
「えーっと、機関銃で人を虐殺? する映像ですか?」
「そう。戦争映画だ。それと、おまえには見せなかったが裸の女性のイラストなんかも、コウの端末からは見つかった」

 裸の女性……?

「ああいうものは、スペリオルだと作るのも売るのも禁止されてる」

 わたしが疑問をさしはさむ暇を与えず、リョウガさんは話を続ける。

「けれど需要はあるんだ。見たいと思う人間は、一定数いる。アインたちはそいつらのために、そういうコンテンツを用意して売ってる。ストレーガっていうのは、こういう密売を行う組織の名前だ。あの店はそのアジトってわけだ。そして、アインはそのリーダー」
「つまりあそこは、犯罪組織の秘密基地ってことですか」

 反射的に、逮捕しにいかなければと体が動く。

「待ってくれ。話を最後まで聞いてほしい」

 だがリョウガさんに押さえられる。

「おまえは、あの店が悪い場所だと思うか? 酒を飲むことが、ああいう映像を見ることが、悪いことだと思うか? ストレーガは別に誰にも迷惑なんてかけてない。少し刺激の強いコンテンツと刺激の強い飲み物を提供してるだけだ」
「でも――犯罪なんですよね?」
「たしかに法には触れる。だが、本当に悪いことなのか? もしかしたら、法律のほうが間違ってるんじゃないかと、思ったことはないか?」
「法律のほうが間違ってる……?」
「あるいは、世界のほうが間違っている。そういうことを悪だとするこの世界のほうが」

 考えたこともなかった。
 リョウガさんに問われ、わたしは初めて、この世界が正しいのかどうか考えてみる。
 そして気づく。
 自分がいままで、{単にすべてのことを当たり前のこととして受け入れていただけなのだ}と。
 {ただ何も考えていなかっただけなのだ}と。
 この世界は正しいのかどうか――。
 この問いに答えるのは、実は難しい。
 なぜ法律があるのか。
 なぜわたしたちは〈成人式〉のときに適性検査を受けるのか。
 なぜお酒を飲んではいけないのか。人のものを盗ってはいけないのか。他者に許可なく触ってはいけないのか――。
 疑問が無限に生まれてきて、わたしは黙ることしかできなかった。

「お願いだ。おまえの中で結論が出るまでの間は――アインたちのことを見逃してやってくれ」

 リョウガさんは言う。
 その瞳は真摯だった。大切な友人を守ろうという意志が、そこには宿っている。
 リョウガさんのやっていることはシティ・ガードとしては不適切だ。犯罪者を捕まえるのがシティ・ガードの仕事――アインさんをかばうのは間違いだ。
 けれど人間としては、どうだろう。
 わたしは、リョウガさんが悪いことをしているとはどうしても思えなかった。

「――わかりました。わたしは、リョウガさんを信じます」

 だからそう言った。自然と笑顔になっていた。

「ありがとう」

 リョウガさんは、普段は険のある目を優しく細めた。
 胸の奥が、温かくなる。

 

「犯人が犯罪者を裁く目的で殺しをしてると思ったのは、北野コウと中島ヤスシがストレーガに出入りしていたからだ」

 シティ・ガード本部への道を歩きながら、リョウガさんは言った。
 わたしはリョウガさんの家でシャワーを借りてそのまま出勤することにした。服は昨日のままだが、一度家に帰る時間はなかった。

「そしてクルミが狙われた。もしかしたら、と思って、昨日アインと一緒に顧客名簿を調べたんだが、おまえの名前はなかった」
「当たり前です!」

 わたしは唇を尖らせる。

「そう怒るな。念のためだ。ただこれだと、三人をつなぐ線がまったく見えないってことになる。コウを殺したのもヤスシを殺したのもクルミを襲ったのも、おそらく同一人物だと思うが、いったい何の目的でそんなことをしたのかわからない。だから犯人を推測することも難しい」
「むー」

 二人して唸りながら捜査一課のオフィスに入った。
 と――。

「え?」

 わたしは眉をひそめた。
 オフィス内にはたくさんの職員が詰めていた。皆、捕縛用の麻痺銃【スタンガン】を握りしめ、ヘルメットをかぶっている。
 ボスとキリヤさんの姿もあった。

「いったい何事ですか、ボス?」
「クルミ、{容疑者}から離れろ」

 ボスが言った。
 容疑者?
 容疑者って、誰?
 ボスの声を合図にして、職員たちが一斉にリョウガさんを取り囲み、拘束した。

「おい、何のつもりだ」

 腕を後ろにひねられているのに、リョウガさんは眉一つ動かさなかった。ただ静かに問いかけ、じっとキリヤさんのほうを見つめている。

「昨日の晩、君のマンションを捜索させてもらった」

 キリヤさんが言った。眼鏡の奥の目は鋭く細められている。いつもの優しい雰囲気はどこにもない。

「密告があったんだ。君が、ストレーガという犯罪組織とつながりを持っている、と」

 リョウガさんの目が険しくなる。

「というわけで君が留守の間に捜索させてもらったわけだけど、卓上端末からストレーガとの連絡の記録が出てきた」
「バカな!? そんなはずはない!」
「ということは身の覚えがあるのを認めるのか?」
「くっ」

 リョウガさんは歯を食いしばって目を逸らす。
 きっとリョウガさんは根が正直にできているんだ。嘘をつけるような人じゃない。
 でも連絡って何だろう? 昨日、アインさんと連絡を取って、わたしのことを調べたりしていたみたいだけど……。

「リョウガ。君はストレーガにシティ・ガードの捜査情報を流していたね?」
「!? 本当ですか、リョウガさん!?」

 わたしは思わず訊いてしまう。
 リョウガさんは答えない。
 それが、何よりの肯定だ。

「そんな……嘘だって言ってください。事実無根だって!」

 捜査情報を流すなんて完全に犯罪だ。アインさんの悪事を見逃すのとはわけが違う。

「ストレーガの存在は、僕にとっても寝耳に水だった」

 キリヤさんは言った。

「あんなに巨大な犯罪組織が存在していたなんて想像もしてなかった。しかもそんな組織が当局の目を逃れていられたなんて信じられなかった。けれど理由は単純だ。君が捜査情報を流していたおかげで、安全な取引ができた、というわけだ。アジトの場所も頻繁に変えていたんだろう」

 キリヤさんはリョウガさんに近づき、その顔をじっと見つめた。

「尋問の続きは取調室で行う。連れていけ」
「断る!」

 リョウガさんが、吠えた。
 直後、リョウガさんを取り押さえていた職員たちが一斉に周囲に吹っ飛ばされた。リョウガさんが暴れ、振り払ったらしい。ものすごい力だ。
 オフィス内は一瞬で騒然となった。
 その隙をついて、リョウガさんはオフィスを走り出る。

「逃がすな!」

 キリヤさんの声に反応して、職員たちはリョウガさんの背中を追いかけた。
 わたしも追いかけて、外に向かう。
 入り口を出ると、そこはすでに車で包囲されていた。
 車の陰に隠れるようにして、職員たちが麻痺銃【スタンガン】をリョウガさんに向けている。

「観念しろ、リョウガ」

 リョウガさんの背中にキリヤさんが言う。

「――俺は捕まるわけにはいかない」

 リョウガさんが強行突破しようと、走り出す。
 同時に、いくつもの破裂音とともに、麻痺銃【スタンガン】から電極付きのワイヤーが放たれる。
 だが、それらはリョウガさんには当たらない。職員たちが下手なのか、それともリョウガさんの動きが速すぎるのか……。
 リョウガさんは地面を蹴り、車のボンネットに飛び乗った。そのまま車の上を走り抜け、公道へと飛び出す。

「かまわない、殺せ!」

 キリヤさんが携帯端末に向かって叫んだ。
 リョウガさんが飛び出した道の角から、車が一台走り込んでくる。あらかじめキリヤさんが待ち伏せさせていたようだ。

「リョウガさん!」

 わたしは叫ぶ。

「しまっ――!」

 リョウガさんはよけられなかった。
 正面から車と衝突する。
 リョウガさんの体はボンネットの上を転がり、フロントガラスに激突した。
 ボンネットは凹み、フロントガラスには大きなヒビが入る。
 そしてリョウガさんの体は道に叩きつけられた。
 それでもリョウガさんはすぐに立ち上がり、走り出そうとする。
 そんな彼に向かって別の車が突き進んでいく。

「やめてください!!」

 わたしは叫んだ。あらん限りの声を張り上げて。
 でも届くはずがなかった。
 車がリョウガさんに再び激突する。
 リョウガさんは地面を転がり、動かなくなった。
 わたしは駆け出す。制止する声が聞こえたが、聞いてなんていられなかった。
 リョウガさんは仰向けに倒れていた。目を開いたまま、まるで死体のように。
 そばにひざまずき、わたしは肩を掴んで揺さぶった。

「リョウガさん! リョウガ……さん?」

 わたしは凍ったように動きを止めた。
 視線は、リョウガさんの右頬と、首筋に釘づけになっている。
 そこは皮膚が思いっきり破れ、中が露出していた。
 けれどそこにあったのは北野コウさんや中島ヤスシさんのときのような赤黒い何かではなく――

「機械……?」

 ――犯人が落としていった腕の断面のような、複雑な機械部品だった


著者:高橋びすい
イラスト:黒銀


次回7月6日頃更新予定


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