【第7回】さよならピーターパン

さよならピーターパン

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前回までのあらすじ
ドーム都市スペリオルでは禁止されている映像や酒を非合法に取り扱うストレーガに招かれたクルミは、代表者のアインとリョウガの関係を知る。一方、連続殺人の容疑で追われることになったリョウガは追跡の最中に事故に遭い、その身体がすべて機械であることが知られる。

第7話『正しいのは誰?<前編>』

 リョウガさんは目を開いたまま、動かなくなった。
 けれど{死んだ}と表現するべきなのかどうか、わたしにはわからない。リョウガさんは機械だったから、生命活動が停止したわけではない。
 でも――リョウガさんがわたしの前から{いなくなった}のはたしかだ。
 だからリョウガさんは、死んだんだ。少なくとも、わたしにとっては。

「――ルミ」

 リョウガさんとは、もう会えない。
 あの目つきの悪い顔を見ることも――
 汚い言葉遣いを聞くことも――
 大きな手で頭を撫でてもらうことも――
 ちょっと不器用な感じで笑いかけてもらうことも――
 もう、できないんだ。

「クルミ!」
「は、はい!」

 慌てて顔を上げる。
 サアラ先輩が、タブレット端末を持ってわたしを見下ろしていた。
 わたしは先輩がオフィスに入ってきたことに気づかなかった。デスクに、ずっとうずくまるようにして突っ伏していたから。

「鑑識結果出たけど……ってどうしたのその顔!?」
「え?」
「ちょっともう、これで涙ふいて。目、真っ赤よ? 大丈夫?」

 知らず知らずのうちに泣いてしまっていたらしい。

「大丈夫です」

 わたしはサアラ先輩からハンカチを受け取って、目に押しつけた。

「鑑識結果、聞かせてください」
「うん。それじゃ一緒に来て。実物を見て話したほうがいいと思うから」

 

 リョウガさんは第二会議室に寝かされていた。北野コウさんと中島ヤスシさんの家から押収された物品が置かれている場所だ。
 部屋の真ん中に、簡易ベッドが設置してあり、リョウガさんはその上に横たわっていた。
 上半身は裸だった。ズボンは履いているが、靴は履いておらず、裸足だ。
 上半身の皮膚は、ところどころが破れていて、中の組織を露出させている。そのすべてが機械部品のように見えた。
 そして胸には大きな切込みが縦に走っている。これはきっと、サアラ先輩が入れたものだろう。
 目が開いたままになっていたので、わたしは手を伸ばし、まぶたを押し下げた。
 わたしは、リョウガさんがコウさんやヤスシさんのまぶたを閉じた理由を理解する。人が目を開けたまま動かないでいるのを見るのは、耐えられない。

「まずこれを見て」

 サアラ先輩は、胸の切込みに両手の指を突っ込むと、大きく押し広げた。中から機械部品が現れる。

「ここ以外にもいくつか切り開いてみたけど、このとおり、リョウガの全身は機械でできてる。皮膚みたいに見えるこれは、シリコン製ね。ただどういう加工をしてあるのか、触ったりする分には人間の肌とまったく区別がつかない。汗腺みたいなものもあって、汗をかいたりもするし、体温も上下するみたい。リョウガの動きや声もまさに人間って感じだったし、これを作ったやつは相当優秀ね」
「リョウガさんは、やっぱり機械……」
「うん。残念だけど、あたしたちと同じではないみたい」

 サアラ先輩も声が暗かった。

「分解するのは諦めた。もとには戻せそうにないから。その辺はスペリオル当局に引き継ごうかなって思ってる。ただ一点、よくわからないことがあるのよ。どうも、コンピュータだったらCPUに当たる部分――人間だったら脳に相当する組織が、どこにも見当たらない」
「頭についてるんじゃないんですか?」
「わたしもそう思ったけど、頭部にあるのは視覚用カメラと聴覚用マイク、それから口の中に味覚用のセンサー……って感じで、それらの情報を演算処理したり、体の各部に命令を出したりするような装置は見つからなかったの」
「じゃあどうやって動いていたんでしょう?」
「そう、そこが疑問なのよ。遠隔操作の可能性も考えたんだけど……ワイヤレスの通信システムを搭載してる様子もないのよねー。スキャナにかけて内部構造を分析しただけだから見落としがあるのかもしれないけど」
「不可解、ですね」
「うん。ついでに言うと、胸の部分に、妙な空洞がついてるのも気になるかな。用途は不明」
「そこにCPUがあったんじゃないんですか?」
「それも考えたわよ。でも、あの短時間に誰かが持ち去ったって言うの? ありえないでしょ。あたし、リョウガが車に撥ねられた現場からずっと付きっ切りだったわ。だいたい、胸部を切り開いたのはこのあたしだし」

 わけがわからなかった。

「リョウガさん、どういうことなんですか?」

 わたしは小さな声で、問いかける。
 もちろん、リョウガさんは答えてくれない。

「あともう一つ――これは、悪い知らせ。リョウガのズボンのベルトから、これが見つかった」

 銀色のトレーをサアラ先輩が差しだしてくる。
 トレーには長さ30センチくらいの刃物が置かれていた。わたしを襲った犯人が落としていったのと同じもののように見えた。

「リョウガさんが犯人だって言いたいんですか?」
「あたしはそうは思ってない。あんな正義感の塊みたいなやつが殺人なんて極悪非道なことをするとは思えない。けど上層部がどう考えるかは――正直、わからないわね」

 

 午後から、捜査本部で会議が行われた。
 中規模の会議室に、連続殺人事件の捜査にかかわっている全員が集まった。
 わたしのような平職員は末席に座るだけで、発言権などないに等しい。キリヤさんやボスから意見を求められたら発言する、その程度のことしかできない。

「権丈リョウガがストレーガのスパイであったことは間違いありません」

 ボスが言った。
 わたしも捜査資料を読んだが、数々の証拠を見る限り、それは間違いないようだった。

「問題は、彼が機械だったという事実を、どのように考えるかですが……」
「簡単なことだよ」

 キリヤさんが口を挟む。

「彼が犯人なんだ。連続殺人のね。例の刃物だって持っていたんだから」

 会議の参加者から、同意の声が上がる。
 わたしは隣に座っていたサアラ先輩に視線を向けた。サアラ先輩は肩をすくめ、「やっぱりね」と小さな声で言う。
 リョウガさんが機械だったことと、彼のベルトに凶器の刃物が収まっていたことが決定的な証拠になっているらしい。
 会場の雰囲気は、リョウガさんの死をもって連続殺人事件の解決にしようという方向に傾いていた。

「しかし――権丈リョウガが犯人だと辻褄が合わないことがあります」

 ボスが言った。ボスは会場の雰囲気に飲まれていなかった。

「捜査一課の颯クルミは、自分が犯人に襲われた際、権丈リョウガに助けられたと証言しています。この点をどう考えるんですか?」
「いいわよ、ボス」

 サアラ先輩が小声で応援する。わたしも心の中で、ボスにエールを送った。

「それは権丈リョウガの自作自演だ」

 キリヤさんは動じない。

「自分が犯人ではない、と錯覚させるためにやったことだろう。人のいいクルミくんは、彼にまんまと利用されたわけだ」
「では、どうやったんですか?」

 ボスが訊く。

「ストレーガの構成員を使ったんだろう。犯罪組織の人間だ、腕のない人間くらいいるさ。その人物に義手をつけさせて、わざともみ合い、腕を切り落とした」
「証拠がありません」

 ボスは引かなかった。役人相手に堂々と反論する姿に、わたしは感嘆する。

「そうだね、決定的な証拠はない。だけどこの解釈なら、別の部分では非常に筋が通るんだ。僕たちが最も頭を悩ませていた問題――被害者に共通点がないことについて、解決できる」

 キリヤさんは立ち上がると、ホワイトボードのところへ歩いていった。
 名前を三つ書く。
 北野コウ、中島ヤスシ、颯クルミ――と。

「北野コウと中島ヤスシに関する共通点は明白だ。二人とも犯罪者であり、〈ストレーガの棲み処〉の顧客だ。けれどクルミくんだけが、そのどちらでもない」

 ボスはだまってうなずいた。先を促しているのだ。

「けれどクルミくんが襲われたのは、リョウガが自分を捜査の矛先から逸らそうとしたからだとしたら、どうだろう。そうすると、彼女は犯罪者である必要はない。むしろ犯罪者でないほうがいい。また、リョウガとペアを組んで働くことが多く、仲のよかったクルミくんは、リョウガの潔白を素直に信じるだろうから、万が一疑われたときに味方してもらうにはちょうどいい存在だったんじゃないかな?」
「それは……」

 ボスは言葉に窮した。
 完璧な論理を展開され、反論できない様子だ。

「役人って頭いいのねえ」

 サアラ先輩まで感心している始末だった。
 もちろん、会場から異論の声が出るわけでもない。

「ですが、動機は?」

 ボスが口を開いた。その表情に余裕はなく、精一杯の反抗といった様子がうかがえる。

「リョウガがストレーガの構成員だからだ」

 キリヤさんは即答した。まるでその質問を待っていたかのような調子だ。

「北野コウも中島ヤスシも、ストレーガの顧客だ。彼らは犯罪に手を染めた。彼らが捕まったら家宅捜索され、そうすれば違法な物品が出てくるだろう。当然、尋問される。きっと彼らはストレーガのことを話す。それは困るわけだ。だから殺した。口封じだよ」
「……」

 ボスは黙って着席した。完敗だ。

「さて、ほかに意見は?」

 キリヤさんが会場内を見渡した。

「――ないみたいだね。では、犯人の死亡をもってこの事件は解決とみなす。捜査本部は解散。以上だ」

 その夕方、退勤したあと、わたしは丘の上公園に行った。
 夕日を見ていたら、リョウガさんの言葉が思い出された。

『死んだ人間は消え失せる。だから――殺人は、最も悪い犯罪の一つなんだ。あれは一人の人間を消し去るってことだから』

 結局わたしは、いままでリョウガさんの言っていたことの意味を理解していなかったのかもしれない。
 だって、リョウガさんがいなくなるのがこんなに辛いことだとは、思いもしなかったから。
 ぎゅっと、わたしは柵を握りしめた。
 わたしはいま初めて、リョウガさんが犯人に対して怒っていた理由がわかった。
 わたしもまた怒っていた。
 リョウガさんを「殺せ」と命じたキリヤさんに対して。リョウガさんを撥ね飛ばした車の運転手たちに対して。
 そして――リョウガさんをみすみす死なせてしまった、自分に対して。
 でもだからこそ思った。
 やっぱりリョウガさんは犯人じゃない。
 殺人をあれほど憎み、犯人に対して激昂していた彼が人を殺すはずがない。

「やっぱり、何かの間違いです」

 わたしは踵を返す。
 向かう先は、シティ・ガードの本部。

 

 捜査一課のオフィスに戻ると、ボスがまだ仕事をしていた。

「最終報告書を作らなければいけないんだ。嫌な事件だった。さっさとまとめて、終わりにしたい」

 わたしに気づくと、ボスは言い訳するみたいに言った。その顔はどこか悔しげだった。ボスも、わたしやサアラ先輩と同じで、リョウガさんが犯人だとは思っていないのだろう。

「ボス。わたしはこの殺人事件の捜査を続けたいと思います」
「何を言ってる。捜査本部は解散した。通常の業務に戻らなければ罰則をくらうぞ?」
「もちろん、通常業務はきちんとこなします。捜査は時間外でやります」
「どうしてそこまで……」
「信じたいんです、リョウガさんのこと」
「あいつはスパイだぞ」
「たしかにストレーガに情報を流していたのは、違法なことだと思います。でもそれが本当に悪いことだったのか、わたしにはわからないんです。ストレーガも、違法な存在ですが、悪なのかはわからない。そしてリョウガさんは、絶対に誰でも悪いと思うことはやらない人だと思うんです。たとえば、殺人とか」

 ボスは目を伏せた。

「私だってそう思うさ。あいつは、誰かを傷つけられるようなやつじゃない。一緒に仕事をしていればわかる。だが、死んだ人間の濡れ衣を晴らして、意味があるのか?」
「ありますよ。名誉が回復できるし、それに――真犯人を捕まえるためには、捜査本部を復活させなければいけません。そのためにはまず、リョウガさんの濡れ衣を晴らさないと」
「――わかった。私も手伝おう」
「ボス……ありがとうございます」
「いや、私もどうかしていた」

 ボスは苦笑いを浮かべながら、眼鏡を中指で押し上げた。

「そもそも、いまだ犯人の手口に関して不明な点が多い。どうやって防犯カメラを停止させたのかもわからなければ、住人名義のカードキーを手に入れた方法もわからない。それらの点を明らかにする名目で、時間を割けばいい」

 わたしはその通りだと思い、大きくうなずいた。

「サアラにも協力させよう。彼女も、リョウガ犯人説には懐疑的だったみたいだ」
「じゃあひとっ走り行って、わたし、先輩に話をしてきますね」
「よろしく頼む。私は捜査の申請書を――」
「ダメだよ二人とも」

 わたしたちははじかれたように振り返った。
 オフィスの入り口にキリヤさんが立っている。

「連続殺人事件は解決したんだ」
「解決なんてしてません」

 わたしはキリヤさんのことをにらんだ。

「わたしは信じられません。わたしを襲ってきた人こそが殺人犯で、リョウガさんは守ってくれたんです」
「それは自作自演だと言ったじゃないか」
「だったら協力者を捕まえるべきです。それが済むまでは、まだ捜査を続けてもいいはずでは?」
「協力者はストレーガの構成員に決まっている。ストレーガを壊滅させれば済む話だ。でもそれは、連続殺人事件の捜査とは別に行う」
「――どうしてそんなに捜査を終わらせたいんですか?」
「君こそどうしてリョウガをかばう? ハハハ、愚問か」
「何がおかしいんです」

 鼻で笑われて、わたしは不愉快になった。

「いや、実は、リョウガが君を襲った件については、別の解釈も成り立つと思っていたんだ。ただ決定的な証拠がないから黙っていただけの話で」
「回りくどい言い方はやめてください」
「じゃあ言おう。クルミくん、{君が嘘をついている可能性だ}」
「!?」

 わたしは目を見開いた。
 ずっと事態を静観していたボスも、驚いている様子だった。

「君が、襲われたと嘘の証言をして、あらかじめ腕を用意しておいたんだ。どうせ防犯カメラは稼働していなかったわけだし、密室で行われたことを証明する手段はない」
「わたしは嘘なんてついてません!」
「間接的な証拠ならあるよ? 君は、〈ストレーガの棲み処〉に出入りしていたね?」
「そ、それは……」

 わたしは口ごもった。
 たしかに、行ったことはある。

「証拠の写真もある。これだ」

 携帯端末を差し出される。
 そこには、あの日、カウンターの中に立っていた男の人とわたしが、倉庫裏の階段を降りようとしているところが映っていた。

「おい、クルミ、本当なのか」

 ボスに訊かれ、わたしは仕方なくうなずいた。嘘をつくことはできない。

「どうしてそんなバカなことを。いくらなんでもかばえないぞ、それは」

 ボスは額に手を当てて首を振る。

「で、でも、一回だけで……」
「実際どうなのかはわからないが、君もストレーガのスパイだったと言われても文句は言えないよ。でも僕は不確定な証拠には目をつぶろうと思い、ああいう形に落とし込んだっていうのに」

 キリヤさんは残念そうに両眉を下げると、わたしの肩を叩いた。

「たとえ一度だったとしても、〈ストレーガの棲み処〉に行ったことは不適切な行動だ。君には1か月の停職処分を下そう。IDカードを置いて、家に帰るんだね」


著者:高橋びすい
イラスト:黒銀


次回7月20日頃更新予定


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