【第9回】さよならピーターパン

さよならピーターパン

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前回までのあらすじ
リョウガの無実を証明したいクルミは、真犯人を見つけるべく行動を開始する。アインは協力の申し出を口実にクルミを呼び出し、拘束する。それはこの世界の真実をクルミに教えるためだった。

第9話『洗礼システム<前編>』

「ハハッ、いい顔だ。本気で驚いてるって感じ」

 手のひらに立っている人物は、楽しそうに笑っている。
 彼はアインさんのことを、姿はそのままにだいたい……25分の1くらいに縮小したような感じだった。
 彼が外に出てきて以来、大きいほうのアインさんは死んだように動きを止めている。小さいほうのアインさんが本体で、大きいほうのアインさんは乗り物みたいなものなのかもしれない。

「いったいどういうことなんですか?」
「それをこれから説明するんだよ」

 アインさんは、手のひらの縁に腰を下ろし、足をブラブラさせた。

「長い話になるけど、我慢して聞いてね? クルミちゃんの記憶とはぜんぜん違う話になると思うから、まあ聞いて驚けって感じだよ」

 まずは――そうだね、〈少年圏〉時代のことから話を始めようか。
 この〈少年圏〉ってやつは、乳幼児期から18歳までを過ごす特別な区画で、効率よく市民を教育し、育てるためにあるってことになってる。社会の効率化政策の一環として設けられているのだ、と。
 オレたちは18歳になると、適性検査を受け、〈少年圏〉を出て一般社会へと転居する。その適性検査および転居のレクチャーを受ける日が〈成人式〉と呼ばれている。
 ――何? そんなことは知ってるって?
 まあそうだろうね。
 オレも18歳になるまではそういうもんなんだって素朴に信じてた。君と同じだよ、クルミちゃん。きっとリョウガも、キリヤも、そうだったんだろうと思う。っていうかこの社会に存在する人間のほぼすべてが、そうだろう。
 ほとんど誰も、この世界のシステムについて疑問にも思っていなければ、自分が教えられてきた情報が正しいと信じて疑っていない。
 どこまで聞いてるか知らないけど、オレとリョウガと、それからキリヤは、〈少年圏〉時代からの昔なじみだ。リョウガとキリヤが同い年で、オレが一つ下。子供のころから一緒に育ってきた。
 オレはマセガキだったから、どうにも同学年の連中とは気が合わなくて、いっつもリョウガとキリヤと一緒にいた。あいつらもそんなオレを煙たがったりせず、仲間の一人として認めてくれた。
 悪友って言ってもいい。実際、悪戯をはじめ、けっこう悪いこともしてた。
 でもたまには真面目な話だってした。たとえば、将来の夢の話とか。
 将来の進路なんて適性検査で決められちゃうっていうのに、オレたちはそういう話をしてたんだ。
 印象に残ってるのは――オレが15歳のときかな。いつも三人で駄弁ってるカフェで、リョウガがこんなことを言い出したんだ。

「おまえら、大人になったらどんな仕事に就きたい?」
「無意味な質問はやめてくれよ」

 キリヤは肩をすくめた。

「進路は適性検査で決定されるんだから」
「それでも希望くらいあるだろ」

 リョウガは食い下がったけど、キリヤは首を横に振った。

「僕にはない。職業についてはシステムに一任する」
「いい子ぶりやがって。仕事は一生ものだ。そんな大切な選択をシステムに任せるなんて、俺は絶対に嫌だ」
「仕事だけが人生じゃないよ、リョウガ」

 キリヤは皮肉っぽく笑う。

「僕は働きながらボランティア活動をする。人々の役に立ちたいからね。そうやって、自分らしく生きるつもりだ」

 リョウガは虚を突かれたみたいに黙ったあと、悔しそうに顔をしかめた。

「はーい、キリヤ選手の勝ちー!」

 オレがキリヤの手を掴んで持ち上げると、

「うるせえ、黙れ」

 リョウガのパンチが飛んできた。オレはひらりとそれをかわした。慣れたもんだった。いつものことだから。
 ずば抜けて頭がいいキリヤ、口が悪くて喧嘩っ早いリョウガ、いつもヘラヘラしてるオレ――傍から見たら、どうして三人が一緒にいるのかはわからなかったかもしれない。でもどういうわけかオレたちは気が合った。
 勉強したり、遊んだり、たまに喧嘩したりしながらも、オレたちは三人一緒に成長していった。そういう意味じゃ、三人とも、普通の若者だったよ。
 楽しかったんだと思う。
 そしてその楽しい日々は、唐突に終わりを告げた。
 最初はキリヤだった。あいつは優秀だったから、{早期卒業者}として、〈少年圏〉を出ることが決まった。
 キリヤが大人の世界へ行く前日、三人でいつものカフェに集まった。リョウガが泣いてさ。あいつ、背も高いし口も悪いくせに涙もろいんだよ。クルミちゃんのこと泣き虫だなんて言ってたけど、他人のこと言えないよね?

「泣くなよ。一生会えないわけじゃないんだから」

 キリヤは突然泣き出したリョウガに困惑しているみたいだった。

「だけど、適性検査の結果で全国に飛ばされるんだぞ?」
「連絡するよ。君に皮肉を言わないと、調子が出ないから」

 キリヤは笑ってたけど、その目尻に涙が浮かんでたのをオレは知ってる。
 正直に白状すると、オレも目頭が熱かった。
 で、キリヤは旅立っていった。
 次はリョウガだった。3か月後、普通の〈成人式〉に行くことになった。
 オレたち二人の別れは、それほどドラマティックではなかった。
 ただリョウガが、

「俺はラッキーだったよ」

 って言ってたのは、印象的だった。

「俺だけは一人にならなくて済む。外に出たらキリヤがいるし、〈少年圏〉にはおまえがいた。ありがとうな」

 あんな精悍な顔をしてるくせに、あいつは結構寂しがり屋なんだ。

「成人式が終わったらすぐ、キリヤと連絡を取っておく。おまえが来たらまた三人で集まろう」

 リョウガはオレの背中をバーンと叩いた。

「だからちょっと一人で辛抱しててくれ」
「まるでオレが寂しくて泣いちゃうみたいな言い方だね?」
「わかってるって。おまえは俺とは違うもんな」

 実は、一人残されるのは微妙に寂しかったんだけど、そんなこと言えないよね。
 こうしてオレは一人になり、〈成人式〉を待ちわびた。
 リョウガが行って1年後、ついにオレの番が来た。オレは指示された通り、〈少年圏〉の外れにある施設に向かい、順番の列に並んだ。ジャケットのポケットにクラッカーを一つ、忍ばせて。未成年最後の瞬間だ。ちょっと悪戯してやろうと思ってたんだ。
 ――ここで一つ、クルミちゃんに質問したい。〈成人式〉について、どのくらい覚えてる? 君は早期卒業者だよね? だとしたらオレとは違うものを受けただろうから、参考までに聞いておきたいんだ。
 フフッ、君ってホントに感情が顔に出るタイプなんだね。ぜんぜん覚えてないんだろう?
 いいんだ、それが正しい。
 誰だって生まれたときの記憶はないけど、自分が生まれた瞬間が存在していることは知っている。いや、知っていると思い込んでいる。それと同じだよ。
 さて。
 オレが行った施設は病院みたいな場所だった。装飾の欠片もない、無機質の極みみたいなところだ。
 オレは入り口で受付を済ませると、大きな体育館みたいな場所に案内され、同い年の連中と一緒に詰め込まれた。何か式典みたいなものでもやるんじゃないか、と周囲の連中がひそひそ話していた。
 しばらくすると、唸り声みたいなものが頭の上から聞こえた。
 天井が、左右に大きく開く音だった。
 ギーッと、軋みを上げながら、視界が開けた。
 その向こうにあったものを見て、オレは唖然としたよ。

{バカでかい巨人が、オレたちのことを見下ろしていたんだから}。

 そう、ちょうどクルミちゃんくらいの大きさのやつだ。男も女もいた。
 会場はもうパニック状態さ。大声で悲鳴を上げる者、泣き叫ぶもの、走り出す者、腰を抜かしてその場にしりもちをつく者……。
 オレはただ、巨人たちを見上げて、目を見開いていたよ。
 そのとき、巨人の一人――中年の男だった――がゆっくりと、手を伸ばしてきた。
 そして、適当に子供を一人、つまみ上げた。
 女の子だったと思う。
 巨人は彼女を右手のひらの上に載せて、眺めていた。
 彼女は恐怖で声を上げることすらできないみたいだった。手のひらの上に座って、ぶるぶる震えていた。
 しばらくして、

「間違いなく優秀者ではない。処分」

 巨人はそう言って、右手をきゅっと握った。
 女の子が中にいる、その手を。
 悲鳴は聞こえなかった。ただ、指の間から赤い血がほんの少しだけ飛び散ったのが見えただけだ。
 一瞬、会場が水を打ったように静かになった。
 直後、爆発したような大騒ぎになった。みんな一斉に、入ってきた扉のほうへ走っていった。
 けれど、部屋の扉は厳重にロックされていて、逃げられない。
 その間に子供たちは、一人、また一人、と巨人に捕まり、握りつぶされていった。
 どうしてそんな酷いことをするのか。
 理由は簡単。
 この地球は、そんなにたくさんの人間を養えるほど元気じゃないからだ。資源は枯渇し、慢性的な食糧危機およびエネルギー危機に陥っている。だから社会的に有用な存在を選抜し、そうでない者は処分するというシステムを、世界は採用したんだ。
 この選抜システムをオレたちは〈洗礼〉って呼んでる。
 オレがいた場所、そこは処分場だったのさ。大人になる権利を持っていない者たちの。
 有用性を認められた存在――優秀者は、そもそもこんなところには来ない。キリヤやクルミちゃんみたいに早期に卒業して、大人になっていくんだ。
 ここに来るのは全員が失格者だ。
 ただ、その中に間違って優秀者が紛れ込んでいるかもしれない。スペリオル当局は人一倍用心深いらしく、最後の最後まで、この〈洗礼〉を慎重に行った。
 ただそんな奇跡はほとんど起こらず、子供たちは次々と殺されていった。
 オレたちが暮らしていた〈少年圏〉は、子供という未熟な存在――まだ有用性のない世代を飼育するための施設なんだ。オレたちが極小サイズで育てられたのは資源節約のため。社会のお荷物をできるだけ効率よく教育し、一人前の市民に育て上げる。それが〈少年圏〉の役割だ。
 けれど、その一人前の基準は極めて厳しい。子供の99パーセントは〈処分〉される運命にある。
 クルミちゃん、君は、その厳しい基準を突破した1パーセントの優等生なんだよ。
 でもね。
 オレにはクルミちゃんも、殺されていったやつらも、みんな普通の若者に見えるんだ。
 殺されたみんなだって、友達と遊んだり、過去の思い出を懐かしんだり、将来の夢を語り合ったり……そんな普通の人生を歩んでいたはずだ。
 そしてこれからも歩むはずだった。
 けれど、それらすべてが――積み上げられた18年間の歴史と、これから長く続くはずだった輝かしい未来が、一瞬で、握りつぶされた。
 一人ずつ、順番に。
 社会にとってあまり有用ではないという、たった一つの理由のために。
 その有用性だって、どこかの誰かが勝手に決めたものなんだ。
 あいつらには友達だっていただろう。恋人がいるやつも、いたかもしれない。
 たとえ社会が無用のレッテルを貼ったって、別の誰かからしたら、その人は大切な人だったかもしれない。
 いや、そんな面倒な理屈をこねる必要はない。
 生きていることそれ自体に価値を見出すことだって、できるんじゃないか。ただ18年間生きていただけで、それは素晴らしいことだろ。
 1分1秒、ほんの一呼吸したというだけで、それは奇跡的なことなんじゃないか。
 そんな考えなんて歯牙にもかけず、やつら巨人大人どもは、オレの仲間たちをすりつぶしていった。

 わたしは椅子に拘束されているのも忘れ、アインさんの話に聞き入っていた。

「どうだい? 世界の真実を知った気分は」
「どう、と言われましても、さすがにすぐに信じられるものじゃないです」

 いきなり大量の情報を詰め込まれて、わたしの頭はパンク寸前だった。あまりにも自分の知っている情報と違いすぎる。

「アインさんのお話が正しいんだとすると、わたしも昔はアインさんと同じ大きさで、〈少年圏〉を出るときにいまのサイズになったってことですよね? そんな記憶ないんですが」
「それは、巨人化してもらうときに、一緒に記憶も操作されるからだよ。わざと卒業前後の記憶が曖昧になるようにされてる。不自然じゃない程度にね。それから、このオレが証人だ。こんな小さな人間がいる理由、ほかに説明できる?」
「けれどいまの説明だと、アインさんは殺されてるはずでは?」

 アインさんが小さいからと言って、〈少年圏〉で極小サイズの子供たちが飼育されていることの証明にはならない。単に小さな人がいるだけかもしれない。

「オレは何とか生き残ったんだよ。ここが違うからね」

 アインさんは自分のこめかみを人差し指でつついた。

 ドアは開かない。壁をよじ登るのも無理。かといって、恐怖から逃れるために殺される前に自殺するなんて論外。
 チャンスは一度――持ち上げられ、品定めされる瞬間だ。
 オレは右手をジャケットのポケットに突っ込み、じっと自分の番が来るのを待った。
 そして、オレの番が来た。
 オレをつまみ上げたのは、若い女の巨人だった。
 彼女はオレを丁寧に手のひらの上に載せると、オレが失格者かどうか確認するために鼻先を近づけてきた。
 十分に近づいたところを見計らって、オレはポケットから手を出し、若い女めがけて、クラッカーをぶっ放した。
 パーン!
 乾いた音が室内に響いた。それは巨人にとっては小さな音だったかもしれないが、鼻先で突然破裂音がしたせいで、女の巨人は一瞬だけ目を閉じた。
 その瞬間をオレは見逃さなかった。
 手のひらの上を駆け、縁のところで思いっきり飛んだ。
 ふわり、と自分が宙を浮くのがわかった。
 体がすごく軽かった。もしかしたら〈少年圏〉の中は重力を大きくしていたのかもしれない。オレたちサイズの人間が、普通の人間サイズで暮らしてるのと同じ感覚になるように。
 オレは背中から床に落ちた。そこにはオレの前に殺された人たちの血が集まって血だまりができていた。オレはびちゃっと嫌な音を立てながら床に転がった。
 巨人がオレを探して下を向いたのがわかった。
 オレは目を見開き、体を硬直させた。まるで、落っこちて打ち所が悪く、死んでしまったかのように。
 巨人はオレを一瞥すると、すぐに興味をなくして自分の作業に戻った。きっとオレは優秀者ではなかったんだろう。やつらは失格者についてはほとんど興味を持たない。
 おかげでオレは逃げることができた。
 巨人の視線が外れると、オレはすぐに起き上がり、そばにあった排水用の金網をすり抜けて床下に入り込んだ。
 そのまま夢中で走った。
 下水管に落っこちないか心配だったけど、大丈夫だった。ネズミになったみたいで、惨めだったけどね。
 ――悪戯が功を奏しただけじゃないかって? いいじゃない、別に。遊びは人間活動の本質だ。遊戯人【ホモ・ルーデンス】って言葉、聞いたことない? ヨハン・ホイジンガ。ま、それはいいよ。
 しばらく走ったら、冷静になって状況を捉えられるようになった。
 逃げたはいいものの、これからどうしたらいいのか。
 この施設内にずっといて、ネズミみたいに残飯を漁りながら生活するのか? それをやるにしても、中にいるよりは外のほうがいいと思った。
 そこで外に出る方法を考えた。
 考えた瞬間、絶望したよ。だって、施設内の地図も持ってないのに、どうして外に出られる? そもそも食べ物を見つけられるかすらわからない。
 それでもじっとしていることができなくて、オレは当てもなく床下を歩き回った。それでたまに網から顔を出して、屋内を眺めたりした。
 どうやらオレは、子供を処分するための区画の中をぐるぐる回っているらしいとわかった。部屋は区切られているけれど、床下はつながっている。
 一度、水が大量に流れてきたときがあった。床の掃除でもしたんだろう。処分した子供たちの血を洗い流すために。水は床下で合流し、最終的に下水管へと流れ落ちていった。
 流されたら即、死が待っているわけだから、オレは水が流れてきたときは網にぶら下がってかわした。
 床下には行き止まりがあった。そこがこの区画の端だと考えたオレは、そっと頭を網の上に出した。
 遠くのほうに通用口と思しきドアが見えた。取っ手がついていないから、自動ドアなんだろうと思った。オレのサイズじゃドアが反応しないかもしれないから、そこを誰かが通ったときに、一緒に出るしかない。
 そう思って見つめていると、自動ドアが開いた。
 中に入ってきたのは、黒い外套を来た人物だった。フードで頭をすっぽりと覆っていて、顔が陰に隠れて見えない。体も外套で包んでしまっていて、体格もわからず、性別も不明だった。
 見るからに怪しい人物だったが、そいつについていくことに、オレは決めた。
 だけど、

「――!?」

 そいつはまっすぐオレのほうまで歩いてくると、かがんで金網を持ち上げた。まるでオレがそこにいることを知っているみたいだった。
 焦ったオレは金網から手を放したが、床にたどり着く前に捕まえられてしまった。
 驚いたよ。オレを握った手は、どう見ても機械だったんだから。オレをのぞき込んできた顔も、機械そのものだった。
 巨人の次は巨大な人型の機械――悪い夢だと思いたかったね。
 オレは手の中でもがいた。硬い装甲を殴ったり、爪で引っかいたりしたがまったくびくともしない。

「落ち着けアイン。俺だ」

 機械野郎が話しかけてきた。
 その声には聞き覚えがあった。

「――まさか、リョウガか?」
「そうだ」

 機械野郎は外套をはだけると、胸元を露出させた。
 そこのカバーが開いて、中から少年が一人出てくる。
 彼は紛れもなく、リョウガその人だった。

「おまえが、こいつを動かしてるのか?」
「ああ」
「どうして……」
「説明はあとだ。まずは脱出する」

 リョウガは胸の中――操縦席だろう――に戻った。そうすると人型機械はまた息を吹き返し、動き出した。
 オレはリョウガによって、施設の外に運ばれた。

「アジトに連れていく。そこで全部、説明する」

 

 アジトは、マンションの一室だった。巨人の協力者の家だ。ほら、〈ストレーガの棲み処〉でバーテンやってた男、いるだろ? あいつだよ。名前は片桐。本名は別にあるけど、みんな偽名のほうで呼んでる。
 で、その部屋のキャリーバッグの中に、オレやリョウガと同じサイズの大人たちが潜んでいた。そのときはオレとリョウガを入れて全部で20人。30歳くらいのやつから、オレとほとんど変わらない年のやつまで、年齢はバラバラだった。男女比は半分ずつ。
 いまもオレたちの仲間は片桐のキャリーバッグの中で暮らしてる。アジトの場所はいろいろと移してるけどね。
 部屋に着くと、リョウガはオレをキャリーバッグの中に置いた。そこはサロンみたいに整えてあった。ソファーセットがあったから、オレはとりあえずそこに腰を落ち着けた。
 リョウガが人型機械から出てきて、オレの前の席に座る。

「アイン、おまえは絶対生き残ると思っていた」
「キリヤはどうしたんだ」

 オレはキリヤの姿をずっと探していたが見つからなかった。

「あいつは早期卒業だったから、おそらく1パーセントの中に入って、大人になれたんだろう。まだ会ってないから、推測でしかないが」
「1パーセント……?」

 このとき、オレはリョウガから、〈少年圏〉の役割と〈成人式〉の真の意味を教えてもらった。子供の99パーセントが失格者として処分されるって話も。
 その話を聞いてオレは、キリヤだったら上位1パーセントに入れたんじゃないかと思った。そして実際、そうだったわけだ。役人になったんだから、1パーセントの中でもトップクラスだったんだろう。

「で、そのバカでかいメカは何なんだよ?」

 オレは話を、人型機械に移した。

「P2X〈ピーターパン〉。俺たちが巨人たちと渡り合うために作られた兵器だ。反洗礼組織メノというグループから譲ってもらったもの、らしい」
「らしい?」
「俺だってここに来てまだ1年しか経ってないんだ。あれに乗ってるのだって、たまたま俺のほうが先任のやつより操縦がうまかったからってだけだ」
「そのメノってのは何なんだよ?」
「俺たちみたいに、小さいまま大人になった連中によって構成されたグループだってこと以外は、あまりよくわからない。とりあえず、彼らは仲間の証として、こいつを置いていったみたいだ」
「ずいぶんお人好しなんだな、そいつらは」
「噂じゃ、いずれ巨人相手に戦争を吹っ掛けるつもりだそうだ。そのための仲間は多いほうがいいだろう? だから俺たちが生き残れるように、これを提供してくれたんだ」

 ともかく、命が助かったのはこの〈ピーターパン〉のおかげだったから、そのメノって連中に、オレは感謝した。
 それからはまあ単調な毎日が続いた。オレとリョウガが交代で〈ピーターパン〉を操縦して、必要な物資を外から運んでくる。ゴミ捨て場漁りが主だった。ゼリー状の携帯食料のパックを拾ってきたり、古着を拝借してきたり。
 オレたちは体が小さいから、パックの残りかすでも十分飯になった。不味いけどね。
 服も、古着を切り刻んで作れば事足りた。片桐もいろいろ必要な物品を自腹で調達してくれたけど、気をつかいたくないから、できるだけ必要な者は自分たちで手に入れられるようにした。そもそも住居を提供してくれているだけでありがたかったんだから。
 ただ、オレは毎日がつまらなかった。
 たしかに、巨人たちの目を盗んで生きているから、スリルはあった。
 でもそれと、おもしろいっていうのはぜんぜん違うだろう?
 それにこのままじゃジリ貧だとも思った。毎日不味い飯を食って、ボロボロの服を着て、大半を何もない室内で過ごす――。
 最悪だろ? 〈少年圏〉時代が懐かしくて仕方なかった。
 と、言うわけで、オレは考えたんだよ。
 どうにかこの世界をおもしろくできないかって。
 それで思いついたのがストレーガだ。
 このスペリオルという都市をおもしろい都市に変えてやろうって思ったのさ。
 最初に考えたのは、裸の女の子の絵を描くことだった。オレは絵が得意なんだ。〈少年圏〉時代は、よく女子風呂を覗いては絵を描いてた。これが売れたんだ、同級生たちに。ちょっといいなって思ってる子の裸の絵を描いてやるんだよ。
 今度クルミちゃんのも描いてあげよっか?
 ――っておいおい、ここ怒るとこだよ? わかんないの? ったくこれだからスペリオル市民は困るんだよ。
 まあ、クルミちゃんの反応を見ればわかるとおり、〈少年圏〉時代にオレから絵を買ったやつは漏れなく〈処分〉されちゃっただろう。性に目覚めた者は全員失格だ。ちょっと悪いことしたかな。
 でも、スペリオルみたいな無菌室状態の都市で暮らすよりは、一回でも好きな女の子の裸(に限りなく近いもの)を見たことがあるほうが幸せかもしれない。
 ちなみに、キリヤはオレの絵にまったく興味を示さなかった。さすが、優等生。リョウガのことは彼の名誉のために伏せておくよ。
 オレは紙と鉛筆を用意して、ピーターパンに乗って、適当に道で見かけた美人の裸の絵を描いた。それを、道端でこれまた適当に見繕った男を裏路地に連れていって売りつける。フードと仮面で顔を隠し手袋をすれば、生の〈ピーターパン〉でも人間と変わらないから、取引は簡単に成立した。
 これが売れたんだ。信じられる? その絵は鉛筆描きで、しかも〈ピーターパン〉を操作して描いたものだから、お世辞にもうまいとは言えない。そんなものが次々と買われていったんだ。きっとスペリオルにはそういう不健全なものが一切存在しなかったからだろう。
 同じころ、都市の地下を探検している仲間たちが、おもしろいものを見つけてきた。そいつらは暇つぶしに、下水道の隙間から都市の地下へと潜り込んでいろいろなものを漁っていた。オレもリョウガもそんな危ないことはやめとけって言ってたんだけどね。
 彼らは、地下で見つけた端末から、昔の人間たちが撮った写真や動画なんかをたくさんサルベージしてきた。クルミちゃんも、北野コウの端末を調べてるときに見ただろう? ああいうのだよ。
 おそらくは数百年前の写真や動画だ。いや、もしかしたら数千年前のものかもしれない。ともかく、ものすごく昔のものだから、オレがそれを市民に売ると言ったとき、仲間たちは目を丸くした。けれどオレは売れると思った。スペリオルの人間は絶対、刺激に飢えてると考えていたから。
 そして実際、バカ売れだった。大儲けだ。
 儲かった金を使って、アルコール飲料の生産も始めた。写真とか動画を見つけた端末に、エタノールを飲むっていう過去の習慣とそれの製造法が載っていた。それで試しに作ってみて、飲んでみた。オレは酔っぱらわなかったが、リョウガが酔って大変だったよ。
 そのうち、ストレーガの噂を聞きつけて、メノの使者とやらが、都市外からやってきたりするようになった。オレたちは金銭面で彼らに協力する代わりに、〈ピーターパン〉のメンテナンスや修理なんかをしてもらった。
 こうしてストレーガは軌道に乗り、オレたち小さき人々の数も、いまでは30人ほどに増えた。もちろん、死んだやつもいる。けど、ストレーガが軌道に乗ってからは、〈成人式〉を乗り越えられさえすれば誰も死んでいない。
 ただ軌道に乗るというのは諸刃の剣だ。知名度が上がるってことだから、当局に目をつけられる危険も大きくなる。
 そこでリョウガの登場だ。あいつをシティ・ガードにスパイとして送り込むという作戦。
 まず持っていた一台の〈ピーターパン〉を改造し、人間の皮をかぶせる。リョウガその人のね。で、市民IDを偽造して、市民登録し、適性検査のライセンスも偽造。そしてシティ・ガードに潜入させる。それで捜査情報を逐一オレに流してもらい、安全な取引を実現したってわけ。
 何? どうやってやったかって? それは秘密。真似されたら困るからね。

 アインさんはそこで一息ついた。

「どう? これで〈成人式〉の真実について、納得できた?」
「たしかに、辻褄は合ってるみたいですね……」

 わたしは考えつつ、言う。

「要するに、アインさんが北野コウさんと中島ヤスシさんを殺したのは、二人が犯罪に手を染め、シティ・ガードに目をつけられたからってことですか? 二人を介してストレーガの情報が当局に漏れると、アインさんたちは困るから」
「そのとおり。オレたちは当局に見つかったら即、〈処分〉される運命にある。だから存在を知られるわけにはいかない。北野コウと中島ヤスシが当局の尋問に耐えられるとは思えなかったから、口封じのために殺したってわけ」

 アインさんは肩をすくめた。

「本当はそれで終わるはずだったんだ。スペリオルの人間は〈死の概念〉を知らないから、殺人の罪の重さを、本当の意味では理解していない。たいした捜査もされず、事件は闇に埋もれて終わるはずだった」
「でもわたしたちが本格的に殺人事件を捜査し始めたから、予定が狂ってしまった」

 わたしはアインさんの言葉を引き継ぐ。

「リョウガさんから殺人が重罪であると教えられたわたしたちは、彼と一緒に本気でこの事件を捜査した。そしてリョウガさんがいなくなったいまでも、わたしと先輩とボスは捜査を続行する可能性が高い。だからわたしたちを捕まえて、殺そうとしている。そういうことなんですね?」
「ものわかりが早くて助かるよ」

 アインさんはホッと息を吐く。

「そこまでわかってくれたなら、協力してくれるよね? さすがに死ねとは言わない。ただ、殺人事件の捜査を打ち切ってくれれば、それでいい」
「――できません」
「どうして!」

 わたしが首を横に振ると、アインさんは目を見開いた。

「たしかにアインさんたちは大変な状況にある。それはわかります。でも、だからと言って人を殺していいことにはならないはずです。協力はできません」

 殺人は、重罪だと思う。だって人は死んだら、もうずっと目を覚まさない。死んだ人とは絶対に会えないし、死んだ人はもう、何かを楽しいと感じたりすることもできない。
 誰かをそんな状態に追いやるなんて、どんな理由があったって許していいはずがない。
 わたしはリョウガさんのことを思い出して、また目頭が熱くなってきた。

「クルミちゃんはリョウガを悲しませたいのか?」

 じっと、アインさんににらみつけられる。

「……どういう意味ですか?」
「何であいつがシティ・ガードに潜入してたと思う? 仲間を守りたかったからだ。小さくてか弱い仲間たちが、何不自由なく暮らせるようにするために、スパイ活動をしてたんだよ。殺人事件の捜査を続けて、オレが犯人だって突き出すのは、あいつの努力を無に帰すことと同じだよ!?」

 わたしはハッとする。
 アインさんが逮捕されれば、芋づる式にストレーガのアジトがバレて、仲間の人たちも見つかってしまうかもしれない。そうしたらきっと、みんな殺されてしまう。
 リョウガさんが命がけで守ろうとした人々が、犠牲になる。
 たしかにアインさんは罪を償うべきだ。けれど、それを理由に、たくさんの人が犠牲になるような選択を取るべきではないと思った。それにきっとリョウガさんだって、アインさんが死ぬようなことになったら悲しいに違いない。

「――わかりました。でも約束してください。もう絶対、殺人なんてしないって。わたし、いろいろ協力しますから。アインさんたちが幸せに暮らせるように」
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」
「それから、先輩やボスにも同じ話をしてください。きっと二人なら、わかってくれます」
「そうするよ。じゃあ、ここに呼んでくれる?」
「はい」

 わたしがうなずくと、アインさんは〈ピーターパン〉に乗り込んだ。ずっと固まっていた大きなアインさんが息を吹き返す。アインさんは軽く伸びをすると、わたしの拘束を右手だけ解いた。
 そこに、床に転がっていた携帯端末を握らせる。アインさんが叩きつけたものだ。液晶が割れていたが、まだ動く様子だった。

「じゃあまずはサアラのほうに電話して」
「わかりました」

 わたしが端末の操作を始めようとした、そのとき――

「アイン、おまえはいつからそんな卑劣な真似をするようになったんだ?」

 低い声が、天井のほう――ちょうど、アインさんの頭の後ろのほうから聞こえた。
 直後、部屋に轟音が響く。
 天井が大きな音を立てて崩れ落ち、大きな穴が開いた。
 そこから人影が一つ、落ちてくる。
 人影はアインさんの後ろに立ち、その両腕を掴んでひねり上げた。
 その人影を見て、わたしは声を上げる。

「リョウガさん……リョウガさんなんですか!?」

 彼は傷だらけだった。体のいたるところの肉が削げ、中の機械組織を露出させている。
 けれどちゃんと動いていた。
 リョウガさんは、生きていた


著者:高橋びすい
イラスト:黒銀


次回8月21日頃更新予定


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