【第10回】さよならピーターパン

さよならピーターパン

← 前作品ページ次 →


前回までのあらすじ
アインから世界の真実を聞き、衝撃を受けるクルミだったが、目の前の事実がその真実を認めざるを得ない。クルミに協力を求める素振りを見せるアインに突如組み付いたのは、死んだと思われたリョウガだった。

第10話『洗礼システム<後編>』

 リョウガさんは片手でアインさんを押さえつけたまま、もう片方の手で、椅子の拘束を引きちぎり、わたしを解放してくれた。
 けれどその表情は、どこか悲しげだ。

「リョウガさん……?」

 わたしは立ち上がり、リョウガさんを見つめる。

「クルミ、俺のことはいいから、アインのことをよく見ろ」

 リョウガさんに言われ、わたしはアインさんに視線を走らせた。
 ひねり上げられたアインさんの手には、例の刃物――北野コウさんや中島ヤスシさんを殺した凶器が握られていた。
 彼はわたしを殺そうとしたのだ。サアラ先輩たちを呼び出してしまえば、もう用なしだから。
 あるいは、わたしが電話をかけている最中に刃物を突き刺して悲鳴を上げさせようとしたのかもしれない。サアラ先輩たちがわたしのところに駆けつけるように。
 どちらにせよ、アインさんがわたしを騙したことに変わりはない。

「アインさん、どうして……?」
「ハハッ、ホントに君はお人好しなんだね?」

 アインさんは笑った。わたしを嘲笑っているようだった。

「あんな目に遭わされておいて、まだオレのことを信じるなんて!」
「ひどい、ひどいですよ……」
「何とでも言えばいいさ。君は巨人――オレたちの敵だ。君が悲しもうが、苦しもうが、オレにとっては関係ない」

 吐き捨てるように言われ、わたしは胸が痛くなる。

「それよりリョウガ。おまえどうやってここまで来た? 〈ピーターパン〉は大破したって聞いてたけど?」
「あの程度の衝撃で壊れるほど〈ピーターパン〉はヤワじゃない。操縦していた俺が脱出したから機能停止しただけだ。まあ、ところどころガタは来てるがな」

 リョウガさんは首をグルリと回した。

「ハハッ、さすがは〈ピーターパン〉だ。性能を侮ってたよ。で、どうして場所がわかったわけ?」
「こっそりクルミに発信機をつけておいた」
「え!?」

 わたしは服の中をあらためた。が、見つからなかった。

「俺たち用の小さいやつだから見つからねえよ」

 リョウガさんが笑う。
 だがすぐに顔を引き締め、

「アイン、おまえが犯人だってのは、俺が捕まったときにすぐにわかった。俺はおまえとのやり取りのデータを残さないように細心の注意を払っていた。おまえもそれは同じだろう。そのデータをシティ・ガードが見つけたということは、おまえが俺をハメたと考えるのが一番合理的だ。また、今回の殺人事件には全市民にアリバイがあったということとも、辻褄が合う。おまえは市民として登録されていないから、検索しても引っかからなかったわけだ。また、おまえだったらあのぐらい惨い殺し方もやるんじゃないかと思った。おまえは相当、巨人大人たちを恨んでいたからな」
「リョウガ、意外と頭いいんだね」

 アインさんの言葉にリョウガさんは鼻を鳴らした。

「だがな、おまえがやったことに間違いはないが、いくら考えても動機がわからない。ストレーガの顧客を殺した動機も、クルミたちを殺そうとする動機も」
「リョウガはオレたちの話を聞いてなかったのか?」
「いや、昔話を始めたくらいから天井裏にいた」
「じゃあわかったろ?」
「わからねえよ。たしかにストレーガの顧客がシティ・ガードに捕まったら当局に情報が流れる可能性がある。けれどいくら恨んでいたからと言って、殺すのは危険すぎる。この街じゃ死体を始末するのは難しいから、殺しはリスクが高い。案の定死体は見つかり、シティ・ガードの捜査が入った。殺しさえしなければ、殺人事件の捜査自体が始まらないんだから、クルミたちを襲う必要もなかった。殺さないで顧客を脅かしたほうがいいっていうのは、考えればわかるはずだ。あるいは、潜入してる俺を使ってストレーガに関する捜査情報を改ざんしてもいい。殺す以外にいくらでも方法があっただろ」
「……」

 アインさんはうなだれて答えなかった。

「おい、まさか頭に血が上って殺しちまったなんて言わないよな?」
「オレがそんなバカに見える? リョウガじゃあるまいし」
「減らず口を叩くな」

 リョウガさんが背中を小突いた。

「おまえ、まだ何か隠してるだろ?」
「さあて……どうかな!」

 ガクッと、アインさんから力が抜けた。直後、裸の胸がパカッと開き、中から小さなアインさんが飛び出した。
 アインさんは悠々と床に着地すると、一目散に出口めがけて駆けだした。

「くそっ」

 リョウガさんは〈ピーターパン〉を抱えていたので、反応が遅れた。
 けれどわたしは違った。

「逃がしませんよ!」

 わたしは床を蹴ってダイブすると、アインさんめがけて両手を伸ばした。

「うわああああ!!」

 アインさんが後ろを振り返り、恐怖の叫びをあげる。
 ベチャッとわたしはお腹から床に転んだ。それでも、両手にはアインさんをしっかり握りしめていた。
 アインさんはわたしの手の中でもがいたが、さすがに力の差は歴然としていて、逃げられないようだ。

「ナイスだ、クルミ」
「えへへ」

 リョウガさんがわたしを抱き起してくれる。
 わたしは立ち上がると、手の中のアインさんを見下ろした。
 小さなアインさんは温かかった。そのことに、ちょっと驚いている自分がいた。
 考えてみれば当たり前だ。

{彼は小さいけど、わたしたちと同じ生きた人間なんだから}。

「アイン。全部話せ。なぜあんな犯罪をした?」

 リョウガさんが訊く。

「悪いが、言えない」
「どうして言えねえんだよ」

 リョウガさんがぎゅっと歯を食いしばった。

「俺たちは昔なじみだろう? ずっと一緒に頑張ってきただろう? それなのにどうして何の相談もなしにこんなことをやったんだ! どうして話してくれなかった!」

 リョウガさんは震えていた。
 アインさんはそんなリョウガさんをじっと見上げ、そして目を伏せた。

「おまえにだけは、言いたくなかったんだよ」

 そのとき――

 

 ――緊急災害警報! 市民の皆さんは至急、{屋外の広場に集まって}、待機していてください。

 

 けたたましいサイレンの音とともに、緊急放送が都市中に鳴り響いた。

「大変です! 外に逃げないと!」

 わたしは慌てて走り出そうとしたが、リョウガさんに肩を掴まれた。

「待て。災害って何だ? ここはドーム都市で守られてるはずだろ。都市外に逃げろって言うんなら、わからなくもないが」
「で、でも放送で言ってるわけですし、とりあえず従ったほうが……」

 わたしとリョウガさんが相談していると――

「アーッハッハッハ!」

 突然けたたましい声でアインさんが笑いだした。
 わたしは驚いてアインさんを落っことしそうになる。

「あいつ、結局こうすることに決めたのか。バカな巨人ども、ざまあ見やがれ!」
「今度は何だ。あいつって誰なんだ」

 リョウガさんがうんざりしたような顔でアインさんを見下ろす。

「――仕方ない、か。仲間を外に逃がさなきゃいけない以上、リョウガにも協力してもらいたいからな」

 アインさんはふうっとため息をついた。

「なあリョウガ。冷静に考えてみろよ。おまえがいま乗ってる〈ピーターパン〉、どうやって用意した? 本来、〈ピーターパン〉は機械部品むき出しの、どこからどう見ても人間には見えない姿をしている。それから市民IDの偽造はどうだ? そんなこと、オレたちみたいな一般人未満の人間にできるか? おまけにシティ・ガードに潜入するなんて、いったいどうやったら可能なんだ?」
「何が、言いたい……?」
「オレのこともそうだ。たしかにオレは殺人犯だ。けれどどうやってあの二人を殺した? 防犯カメラは作動していなかった。部屋の鍵は被害者名義のカードキーで開けられていた」

 ぞわぞわとしたものが、わたしの胸の奥でうずまいた。
 まさか、そんなはず。だってスペリオルは優良都市で、ということはその上にいる人たちだって高潔な人たちに間違いないはずで……。

「まさか、スペリオル当局の協力を受けていたって言うのか?」

 リョウガさんが訊いた。わたしが思っていた疑問を、そのままに。

「やっとわかったか。おまえをスパイとしてシティ・ガードに潜入させるように命じたのも、オレに二人とクルミちゃんたちを殺せって命じたのも、すべて当局の連中だ! オレは、当局の犬だったんだよ!」
「おまえが当局の使い走りになってたって? よりによって、誰よりも巨人嫌いのおまえが? バカも休み休み言え!」
「そうだよ、誰よりも巨人を憎んでて、ぶっ殺してやりたいと思ってたオレが、当局の従順な下僕だったのさ」
「なぜ……」
「当局はストレーガを見つけたんだ、3年前にな!」

 3年前――リョウガさんがシティ・ガードに入ってくる直前のことだ。

「あのままだったら、オレたち小さな人間は、全員〈処分〉されていただろう。実際、全員〈処分〉寸前までいってたんだ。だけど、あいつが――」

 そこで一度、アインさんは言葉を切った。
 言うべきか否か、躊躇しているみたいだった。

「あいつって誰だ」
「本当に訊きたいのか? 知らなくても済むことかもしれないよ?」
「いいから全部話せ」
「わかった――{シティ・ガードの存在を見つけた当局の人間の中に、キリヤがいたんだ}。そしてキリヤは、ある計画に協力してくれたら、見逃してやる、と言ってきた。その計画を遂行する過程で、オレは二人の人間を殺し、クルミちゃんを襲った」

 リョウガさんが目を見開いた。
 わたしは開いた口がふさがらなかった。
 キリヤさんが? あの優秀な役人で、スペリオル市民の鑑である彼が?

「キリヤがそんなことするはずねえだろ!」

 リョウガさんはほとんど叫ぶように言った。

「あいつは、〈少年圏〉を出たら働きながらボランティア活動をするなんて言うようなやつなんだぞ? 皮肉屋だが、実は誰よりも曲がったことが嫌いで、正義を大切にするやつだ。そんなあいつが、殺人なんて、嘘だろ」
「嘘ついてどうするんだよ。あいつはオレに言ったんだ。ギュゲス・テストのためにストレーガを利用させてくれるなら、オレたちのことを見逃してもいいって」
「ギュゲスってあの〈ギュゲスの指輪〉か? プラトンの『国家』に出てくるやつ」

 リョウガさんには話が通じているみたいだけど、わたしにはまったく意味不明だった。

「うん、あれにちなんでつけられた名前だ。{潜在的な悪人を判別するためのテスト}だと考えてくれればいい。〈ギュゲスの指輪〉っていうのは透明になれる指輪のことだ。だからもしそんな指輪を持っているのに一切悪事に手を染めなかったとしたら、その人は真の意味で善人だろう? 〈ギュゲスの指輪〉は隠れた悪人を発見するための装置になりうるんだ。そういう意図からつけられた名前だよ」
「いったい何をするテストなんだ?」
「要するに、〈洗礼〉システムの脆弱性テストだ。〈洗礼〉においては当然、犯罪傾向の低い人間が選ばれるわけだけど、彼らが本当の意味で善人なのかどうかはわからない。何かのきっかけで犯罪者になるかもしれない。その点をスペリオル当局は調べたかったらしい。そのために、ストレーガのコンテンツを使うことを、キリヤは考えついたんだ」
「つまり、ストレーガの不健全なコンテンツに触れても、スペリオルの連中が犯罪者にならないかどうか試してみたってことだな? スペリオルで犯罪が極端に少ないのは、犯罪に関する知識があまりにも乏しいからじゃないか、と。スペリオル市民は性的なものに触れたこともないし、ものを盗むなんていう発想もない。犯罪をしようにも、そもそもやり方がわからないだけかもしれない、と。くそっ、あいつらしいと言えばあいつらしいか」

 リョウガさんが顔しかめると、アインさんは苦笑する。

「キリヤのやつ、平和主義者のくせに、人間の善性をまったく信じてないからね。さすがは皮肉屋って感じ。真の意味で善人だったら、たとえ有害な知識を得たとしても犯罪なんてしないだろう、さあ、試してみようねってわけさ」

 二人は口々にキリヤさんの悪口を言っているが、何だか懐かしそうな顔をしている。

「それにしたって、都市全体を実験場するとはな……」

 リョウガさんは頭痛を我慢するみたいに額に手をあてた。まだキリヤさんがそんな計画を立てたことを信じられずにいるのかもしれない。

「そもそもスペリオル自体、実験都市だったらしい」

 アインさんが言う。

「ここは、他の都市と比べて異様に潔癖だよ。軽犯罪すら起こるのが稀なんだから。こと犯罪に関してはまったくそういうことをしそうにない人間を〈洗礼〉システムによって選抜してきた」
「しかし犯罪者が現れた」
「ああ。それ自体は残念なことだったらしい。犯罪者の存在は認められないから、キリヤはオレにもう一体の〈ピーターパン〉を与え、犯罪者たちを処分させた。本当はそれで終わるはずだったんだ。キリヤが手を回して、捜査を適当なタイミングで打ち切り、事件を迷宮入りさせる予定だった。けれどリョウガ、おまえが余計な気を起こしてクルミちゃんたちに死の何たるかを教えた結果、シティ・ガードは特別捜査本部まで作って捜査を始めた。それを阻止するために、まずオレはクルミちゃんを襲ったってわけ。おまえが妨害したからそれも失敗したんだけど。まったく、余計なことをしてくれたよ」
「うるせえ」

 リョウガさんは一言、言い返した。
 アインさんは肩をすくめる。

「だけど、それも全部どうでもいいな。キリヤは、{犯罪者だらけになったこの都市を丸ごと処分するつもりらしい}。公になっていないだけで、落書きやら下着泥棒やら、犯罪はほかにも起こっているし、現行の〈洗礼〉システムでは潜在的犯罪者を排除できないってわかったわけだから。そんなシステムで選ばれた欠陥市民なんて、いらないんだろう」
「ちょっと待ってください」

 わたしは口を挟む。

「いま都市を丸ごと{処分}するって言いました?」
「言ったよ」
「それってつまり……」

 わたしの頭の中には、アインさんが話していた〈洗礼〉の二文字が浮かんでいた。

「スペリオル当局が市民を屋外に出したのは、市民の皆さんを殺すためってことですか? 〈洗礼〉のときのように」
「ああ、そのとおり。まあ握りつぶすことはできないから、ドーム内に毒ガスを散布して皆殺しにするって感じかな。使われる有毒ガスは時間経過で自然に分解されるから、死体は資源になるし、ドーム都市も再利用可能。まったく、巨人たち【あいつら】のやることはホントにえげつないよね」


著者:高橋びすい
イラスト:黒銀


次回9月6日頃更新予定


← 前作品ページ次 →


関連記事

他作品コンテンツ

カテゴリ