【第12回(最終回)】さよならピーターパン

さよならピーターパン

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前回までのあらすじ
ドーム管理局によって全市民の処分が決定した。クルミは何も知らないままの市民を何とか助けるために、放送でドーム外に出るように促す。

最終話『脱出<後編>』

 本部内は静まり返っている。警備員たちは、すでに本部からいなくなっているようだ。わたしが放送を流してしまった以上、ここを守る必要はなくなったんだろう。
 屋上へと続く扉には鍵がかかっていたが、放送室のときと同様、リョウガさんがカードキーで開けた。

「皆さん!」

 わたしは思わず声を上げながら駆け込んだ。
 シティ・ガードの職員たちは、全員ロープで手足を拘束され、床に座らされていた。

「先輩、無事でよかったです」

 わたしはサアラ先輩のロープを解きながら、言った。

「あんたこそ。キリヤさんの話じゃ、あんたはもう殺されたって言ってたから……」

 サアラ先輩が柄にもなく目に涙を浮かべていたので、わたしは胸の奥がじーんと熱くなった。

「おいクルミ、あの放送は何だ」

 リョウガさんによってロープをほどかれたボスが、わたしの肩を叩く。

「殺人を指示したのは当局でした」

 わたしは手短に、今回の事件の真相と、毒ガスによる市民虐殺計画について話した。できるだけ大きな声で、屋上にいる職員の人たちにも聞こえるように。
 わたしが話している間に、リョウガさんが次々と職員の人たちの拘束を解いていく。

「当局が、そんなことを……」

 ボスは困惑しているみたいだった。無理もない。わたしだっていまだに信じられない。

「けれど辻褄は合ってるわね。たしかにあの殺人は当局の助けがなきゃ無理よ」

 サアラ先輩はすぐに信じてくれたみたいだ。

「というわけですから、すぐに都市の外へと逃げないといけないんです」

 わたしは屋上を見回し、

「さあ、皆さん、逃げましょう!」

 と、ひときわ大きな声で呼びかけた。
 しかし――

 

「あの子、どうしちゃったの?」
「当局が、おれたち全員を処分するって?」
「バカバカしい」
「頭でも打ったんじゃない?」

 

 職員の人たちは眉をひそめながら口々に言った。
 クスクスと笑い声をあげる人もいた。

「あんなやつは放っておいて、とにかく外に避難しよう。災害が起こったって言うんだ、ここにいたら危ない」

 男の人が駆けだそうとしたので、わたしはその腕を掴む。

「待ってください! 屋外に出るだけじゃダメです。都市の外に出ないと」
「都市の外に出る? どうやって」
「それは……」
「俺の仲間が通用門を開いた。そこから逃げられるはずだ」

 リョウガさんが加勢してくれた。

「一般市民は許可が下りない限りドーム都市の外には出られないんだぞ? そもそも外に出たら危険だろう。何があるかわからない」

 男の人はわたしの腕を振り払うと、階段を駆け下りていった。
 彼に続くようにして、どんどん職員たちが屋上を後にする。
 彼らが都市外へ逃げるとは思えなかった。

「待ってください! 話を聞いてください! 今回の事件は全部当局が仕組んだもので……」
「バカなこと言ってないであなたも早く逃げたほうがいいわよ?」

 女の人に、言い放たれる。

「どうして信じてくれないんですか? みんな、このままじゃ死んじゃうのに、どうして、どうして……!」

 わたしは両腕をだらりと垂らして、その場に立ち尽くす。
 わたしは無力だった。
 結局、何にもできなかった。
 ただの一人も、助け出すことができなかった。
 きっと市民たちはみんな、都市内にとどまるだろう。
 そして、みんな、死んでしまう……。
 目に涙が浮かんできて、視界がぼやける。
 そんなの、可哀想。
 助けてあげたい。
 でも、できない――。
 わたしはただ、嗚咽を上げながら、死に場所へと走っていく人たちを見守ることしかできなかった。
 そのとき、トン、と肩を叩かれる。
 見上げると、リョウガさんの顔があった。

「〈洗礼〉システムも、欠陥ばかりじゃないらしい。少なくとも、{おまえのことは処分しなかった}」

 リョウガさんはそう言ってくれるが、わたしはうなだれた。

「わたしなんかを選んだのは間違いです。システムはリョウガさんたちを選ぶべきでした。リョウガさんたちは仲間を助けられたし、わたしを助けてくれました。けれどわたしは無力です。誰も、助けられなかった」
「いいや。おまえを選んだこと自体は間違ってない。おまえは、バカみたいに純粋で、思いやりがあって、他人のために涙できるやつなんだから」

 リョウガさんは優しく微笑んでくれた。
 そしてすぐ、いつもの凛々しい表情に戻る。

「行くぞ。俺はおまえを死なせたくない」
「でも……!」
「あいつらも大人だ。自分の意志で、最後まで当局を信じるという選択をした。たとえそれが愚かな選択だろうと、それを選ぶ権利が、あいつらにはある。その選択の結果が死であるとしても、それはあいつらの問題だ」
「わかり……ました」

 わたしは袖で涙をぬぐった。

「――で、都市の出口まではどうやって行くつもりなのよ?」

 わたしとリョウガさんは同時に、後ろを振り返った。
 職員たちが出ていってしまい、すっかり寂しくなった屋上――。
 けれどそこには、女性が二人、残っていた。
 サアラ先輩とボスだ。
 二人の姿が、わたしには輝いて見えた。
 屋上が朝日に照らされていたからではないと思う。

「歩いてくの? 南東の通用門って言ったら結構遠くない?」

 サアラ先輩はそう言って片目をつぶった。
 わたしはまた涙が出てくるのを抑えられなかった。今度のは悲しみの涙じゃない。

「四人だったら車で行けるな。私が運転しよう」

 ボスがそう言って、すたすたと歩き始める。

「ほーら、行くわよ、泣き虫さん」

 ぽん、と背中をサアラ先輩に叩かれる。

「よかったな、クルミ」

 リョウガさんが目を細めて言ったので、

「はい!」

 わたしも自然と、笑顔が漏れた。

「ボス! スピード出しすぎですよ!」

 助手席に乗ったわたしは悲鳴を上げた。

「急いでいるんだから、このくらい普通だ」

 ボスはまったく意に介さない。ボスがハンドルを握ると性格が変わるタイプだとは思わなかった。

「ボス! 赤信号ですよ!?」

 わたしは信号を指さした。

「シティ・ガードの車両だから、大丈夫だ」
「ボス! 左! 車来てる!」

 後部座席でサアラ先輩が叫んだ。
 すれすれのところで、相手の車が急ブレーキで止まった。
 その車はわたしたちの車の後ろをついてきたから、わたしたちと同じように都市外に逃げようとしているのだろう。

「俺が運転すればよかった」

 リョウガさんがため息をつく。
 けれどおかげで、すぐに目的の場所までたどり着いた。
 普段は閉まっている金属製の巨大な扉――スライド式のそれは、左右に引っ張られて、いまは大きく開いている。
 そこを通る車、走り抜ける人々――。
 シティ・ガードの職員たちには届かなかった言葉が、届いた人たちもいたのだ。
 出口のそばにアインさんが立っていた。〈ピーターパン〉に乗った、大きなアインさんだ。

「知り合いだ。ちょっと状況を聞いてくる」

 リョウガさんが車から降りる。わたしもそれについていく。

「早くしなさいよ!」

 後部座席からサアラ先輩の声がした。ボスと先輩は車でそのまま外に出ていった。
 わたしとリョウガさんは、二人に手を振りつつ、アインさんに走り寄った。
 アインさんは携帯端末を左手に持ち、右手で必死に何かを打ち込んでいる。

「遅いじゃないか!」

 アインさんは画面から顔を上げると言った。けれど右手の動きは止まっていない。

「いいかい? この扉は、自然とこうやって口を開けてるわけじゃない。都市のメインコンピュータにハッキングして開けてあるんだ。{いま、まさに、オレが、この手で}!」
「みんなはどうした」

 リョウガさんはアインさんの文句を無視して訊いた。

「仲間はみんな外に出た。片桐がキャリーケースを使って運んでくれたよ」
「じゃあ待っててくれたんですね」

 わたしが言うと、アインさんは肩をすくめた。

「オレは先に逃げようって言ったんだけど、仲間のみんながリョウガを待ちたいってうるさくってさ。ま、オレとしても昔なじみを見殺しにしたら寝覚めが悪いからね。クルミちゃんたちはついでだよ、ついで」

 アインさんも素直じゃないなあ、とわたしは笑ってしまった。
 わたしたちが話をしている間に、都市から外に出てくる人の数がまばらになっていった。

「あの人が最後、ですね」

 遠くのほうから30歳くらいの女性が歩いてくる。病衣姿で、松葉杖をついていた。

「まずいぞ」

 アインさんが声を上げた。

「毒ガスの散布が始まる」
「大変です!」

 わたしは松葉杖の女性に向かって走り出す。あのままでは彼女は間に合わない。
 が、腕を後ろから掴まれた。

「俺が行く。おまえらは先に外に出てろ」
「でも!」
「〈ピーターパン〉のほうが圧倒的に運動能力が高い。おまえの力じゃ彼女を運べないだろ」
「そ、そうですが」
「大丈夫だ。任せろ。さっきも大丈夫だっただろう?」
「――わかりました」

 わたしはアインさんと一緒に都市の外に出た。
 けれど出口のすぐ近くで待機し、リョウガさんの様子を見守る。

「リョウガはどうしたんだ!」

 ボスとサアラ先輩が車から外に出てきた。

「逃げ遅れた人を連れてくるって」

 わたしは中のほうを指さした。

「ったく、あいつってホントお人好しよね」

 サアラ先輩が苦笑している。
 わたしは笑っている余裕なんてなかった。間に合うのかどうか、心配だ。
 視線の先では、リョウガさんが女性を腕に抱いて持ち上げたところだった。
 リョウガさんはくるりと踵を返し、こちらに向かって走ってくる。

「急げリョウガ!」

 アインさんが甲高い声で叫ぶ。

「ハッキングが破られた! 扉が閉まるぞ!」

 アインさんが言い終わるか終わらないかのうちに、扉が左右から閉まり始めた。
 重い金属の板がスライドするのに合わせて、ガタガタと大地が揺れる。

「クルミ、ボス、サアラ! 彼女を頼んだ!」

 リョウガさんが大きく後ろに女性を振りかぶると、思いっきり都市外に向かって投げた。

「「「あわわわわわ!」」」

 放物線を描きながら飛んでくる女性を、わたしたち三人は全身で受け止める。

「「「ぎゃっ」」」

 と女性らしからぬ声を上げながら、わたしたちは女性の下敷きになった。
 それでもしっかり彼女を受け止めた。
 わたしは立ち上がり、都市の中を見つめる。
 リョウガさんが全速力で駆けてくる。
 まっすぐ、わたしのほうを見つめながら。
 その間にも、左右から扉が走ってくる。

「リョウガさん!」

 わたしは思わず手を伸ばす。

「クルミ!」

 リョウガさんが、飛んだ。
 手を、わたしのほうに伸ばしながら。
 瞬間、

「うぐっ!!」

 左右の扉の間に、リョウガさんの体が挟まった。

 ぎりぎりと扉はリョウガさんの体を押しつぶしていく。
 そして――

「――ッ!!」

 ついに、扉が完全に閉まった。
 リョウガさんの体は機械部品をまき散らしながら砕け散り、残骸が地面に雨のように降り注いだ。

「リョウガ……さん?」

 手を伸ばしたまま、わたしは固まる。
 視線の先にはリョウガさんの手が、転がっていた。
 わたしに向かって伸ばされていた手が――。

「リョウガさん……!」

 わたしはその場にうずくまった。
 地面に顔を押しつけるようにして、泣き崩れる。

「リョウガさん、リョウガさん!」

 何度も、彼の名を呼ぶ。
 今度こそ、死んでしまった。
 彼らしい最後だった。誰かを助けるために、自分が代わりに死んでいった。
 でも、どうして彼が。
 あんなに頑張っていた彼が、死んでしまうなんて、おかしい。

「リョウガさん、どうしてですか、どうして……」

 けれど――

 

「――あんまりデカい声出さないでくれ」

 

 わたしの言葉に答える声があった。

「生身だと音に敏感なんだよ」

 間違いなく、リョウガさんの声だ。

「え……?」

 わたしは顔を上げ、前方を見る。
 リョウガさんの体は大破している。

「どこ見てる。ここだ」
「……?」

 わたしは下を見た。
 小さな人影が、わたしのことを見上げていた。
 すらっと細身の体、切れ長の瞳、精悍な表情――。
 リョウガさんだった。
 小さな小さな、リョウガさんだ。
 初めて見る本当の顔は、いつもより少しだけ優しそうに見えた。
 リョウガさんはわたしの手の甲に飛び乗った。

「悪いが運んでくれるか。この通り、〈ピーターパン〉が壊れちまったから」
「もうっ、紛らわしいことしないでくださいよ! 二回目ですよ!」

 わたしは立ち上がりながら、猛抗議する。

「紛らわしい? 何が?」

 リョウガさんは訝しがるように眉をひそめる。

「バラバラになっちゃったら死んだと思うのは当たり前です!」

 わたしは大きなリョウガさんの残骸を指さす。

「〈ピーターパン〉は単なる乗り物だ。アインの話、聞いてただろ?」
「わかってます、わかってますけどぉ……」

 涙が止まらなくなった。
 生きていてくれて、本当によかった。

「そんなことより、見てみろよ、ほら」

 リョウガさんが頭の上を指さした。
 わたしも見上げた。
 空だった。
 澄んでいて、遠くにあって、それなのに見ていると吸い込まれそうな、青く綺麗な空――。

「わあああああ」

 わたしは思わず声を上げる。
 外に、出てきたんだ。
 周囲では、わたしと同じように、空に見とれている人たちがたくさんいた。サアラ先輩やボス、アインさんも、そうだった。

「空って、大きいんですね」

 わたしが言うと、

「おまえたちから見ても、そうなのか?」

 手の上で、リョウガさんが訊いてくる。

「はい。空から見たら、わたしたちなんてほとんど同じくらいの大きさですよ」
「――かもしれないな」

 リョウガさんが笑う。
 その横顔を見つめながら、思う。
 わたしはいままで、何にも知らなかった。リョウガさんみたいな人たちがいることも、自分の出自も、空がこんなに綺麗なことも。
 そして、大切な人の笑顔が、こんなにも素敵だってことも――。
 まだまだ知らないことがたくさんあるんだろう。きっと驚くことがいっぱいある。もしかしたら辛いことも、あるかもしれない。
 でもきっと、嬉しいこともたくさんある。
 そんないろいろなことに、いっぱい出会えたらいいな、と思う。
 この人と、一緒に――

おわり


著者:高橋びすい
イラスト:黒銀


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