【第2回】絶対無敵ライジンオー 五次元帝国の逆襲

ライジンオー

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『五年三組・月城飛鳥』

 

 蠢いている黒い影は、いまにも襲いかかってきそうな気配をただよわせながら宙に浮いている。
 マリアは引きつった顔のまま、ゆっくりと後ろを振り返った。

「もー、なにもいないじゃない! いいかげんにしてよね、本当に怒るからッ!」

 さっきよりも明らかに怒りレベルの上がった表情で、マリアが僕に振り返ると同時に、するどい右足のローキックが僕の左脛に決まった。

「いッ!」

 あまりの痛さに声もでない。

「なにすんだよォ……」
「制裁よ」
「はぁ……?」
「もう、飛鳥くんなんか、知らないッ!」

 このマリアの怒りようは本気だ。
 ということはマリアには本当に黒い影は見えていないということなんだ。

 え、つまり、つまり、こういうことか!?
 僕にはっきりと見えている黒い影は、僕にだけ見えていて、他の人には見えていないということ!?
 もしかしたら僕の目の錯覚か、目の病ってこと……!?
 プリプリ怒って屋上の出口扉に向かっていくマリアの背中を見ながら、僕は驚きと安心と拍子抜けと、いろんな思いが入り交じった複雑な気持ちになっていた。

「マリア、ちょっと待ってくれよォ……!」

 そう言って僕は一歩前に踏み出した。
 そのとき、黒い影が僕のほうに急激に近づいてくるのがわかった。
 約5メートルあると思っていた距離が一気に縮まり、僕の顔の寸前に黒い影は近づいてきていた。
 錯覚や、目の病気なら、心配することない。
 そのときの僕は、黒い影よりも、怒ったマリアの方が怖かった。

「誤解だよ、誤解ッ!」

 僕はマリアを追いかけようと歩きだし、正面から黒い影にぶつかっていったのだった。

 

 なにか物質にめり込んだような気がした。
 液体とも気体ともつかない何かがそこにあった。
 それは冷たかった。
 僕は一瞬、冷気を肌に感じていた。
 感じたのは、それだけだった。
 次の瞬間、僕の視界は、暗黒に変わっていた。
 僕はどうやら、この闇に飲みこまれてしまったのだ。
 おぼえているのは、その冷気のことだけだった。

 

「飛鳥くん、起きなよ。飛鳥くん、居眠りするなんて、飛鳥くんらしくないよ。飛鳥くんたらッ……。飛鳥くん……飛鳥くん……飛鳥くん……」

 どこかで聞いたことのあるような少年の声が聞こえていた。
 この声には聞き覚えがある……。
 聞き覚えどころか、すごくなじみがある声だ。
 いつも近くで聞いていた声……
 誰だったっけ……?
 そんなことを思いながら、僕はゆっくりと目をあけた。
 そこには小学生の吼児がいた。
 ちょっと茶色がかった髪、くりくりとした目、緑色のトレーナー、生成りのズボン、僕のアルバムの中にいる五年生の星山吼児だ。

「吼児……!?」
「あっ、やっと目がさめたんだね。居眠りっていうか、本気で寝てたの? よっぽど受験勉強で遅くまでやってたんだね。夜はちゃんと寝たほうがいいと思うけど」

 と、少年の吼児は笑いながら、右手で頭をかいている。
 見なれた吼児の癖だけど、それは小学生のときのこと……
 今の吼児は、オタクをこじらせた高校生に成長してる……はず……。
 僕は頭のなかで自分に何がおきているのかを、理解しようともがいていた。

 候補その1。
 目の前にいるこの男の子は、もしかしたら吼児の親戚で、吼児の五年生の時のそっくりさんなのかもしれない……
 候補その2。
 僕の脳が変調をきたして、高校生の吼児を、小学生に見えるような錯覚をおこさせているのかもしれない……
 候補その3。
 ただ夢を見ているだけなのかもしれない……

 無意識は、単純で、怖くない方を選びがちだ。
 夢だ、これは夢にちがいない。
 僕は夢を見ているんだァ~~~!
 僕はもう一度目をつぶった。
 そしてちゃんと目が醒めることを願った。

「また寝ちゃだめだって……飛鳥くん。みんな飛鳥くんが帰ってこないから心配してるよ」

 ああ、まださっきの少年(吼児)の声が聞こえる。
 僕は、どうしたらいいんだ……。

「飛鳥くん、いつまでも寝てるふりしてないで、起きてよォ」

 僕は夢から醒めるのをあきらめて、目を開けた。
 期待はしていなかったけど、やはりそこには小学五年生の星山吼児がいた。

「きみは、いったい……誰なんだ?」

 そうしゃべりはじめて自分の声が少し変なことに気づいた。
 いつもより甲高い声になっている。
 ていうより全然いつもと違う。まるで少年の声だ。

「もうふざけないでよォ。飛鳥くん」
「ふざけてるつもりはないけど……あの、きみは誰なんだ?」
「なに言ってんの!? もしかして、僕のことわかんないの!?」

 吼児の顔がみるみる真剣になっていく。

「飛鳥くん、僕が誰か忘れちゃったの!?」
「い、いや……そういうわけじゃないんだけど……」
「でも、いま僕に誰なんだってきいたでしょ?」
「うん、きいた……」
「なら、僕は誰?」
「星山……吼児……!?」

 そう言うしかなかった。
 僕には、その答えしかなかった。

「よかったぁ……飛鳥くん、僕のことおぼえてて。本当に記憶喪失とかになってるのかと思ったよ」

 やはりこの少年は、星山吼児だった。
 僕が知っている吼児は、同じ高校に通っている高校一年生だが、いま目の前にいるのは、その吼児が五年生だったときの姿、そのままの吼児なのだ。

「念のため、姫木先生のところ行く? そうしたほうがいいよ。先生にちゃんと看てもらったほうが」

 と、吼児は僕の背中を押した。
 屋上の出口にむかって歩きだした僕の目に飛びこんできたのは、なつかしい陽昇学園の校庭だった。
 運動場にはかけっこ用のトラックが白い線で描いてある。右側には体育館。左側にはプールがある。
 卒業するまで何年も通った、なつかしい小学校だ。
 僕が立っていたのは、陽昇学園の屋上だったのだ。
 嘘だろ……!
 ついさっきまでいたのは、陽昇学園高等学校の屋上だったはずなのに……!

 タイムスリップ!?
 そんな言葉が閃いた。
 もしかしたら僕は、何年間か時空を飛び越えて、小学生時代に来てしまったのかもしれない。
 僕を包みこんだあの黒い影は、時空に開いたトンネルで、僕はそこを抜けてしまったのかもしれない。
 その思いつきは、保健室の鏡に映った自分の姿を見たとたんに打ち消された。
 鏡の中に映っていたのは、五年生の僕。
 まだ十一歳の時のままの、僕だった。
 自分の声が甲高く聞こえたのも、そのせいだったのだ。

「ア~~~~~~~~~~~ッ!」

 声にならない叫びが、僕の喉からもれていた。
 あらためて下半身に目をやると、白いふとももが半ズボンから出ている。しかもハイソックスだ!
 五年生のころ、母の趣味でいやいやはかされていたあの白ソックスにほかならない。
 もう僕の理解力を、はるかにオーバーした事態だ。
 夢じゃなかったら、気がふれてしまったのかもしれない。
 高校生だったはずなのに、一瞬で小学生に戻ってしまっているのだ。
 気絶すると思ったけど、そうはならなかった。
 ただ体が小刻みに震えて、とまらない。
 僕が大声をあげたので、保健室に連れてきてくれた吼児と、姫木先生がびっくりした顔を僕に向けている。

「飛鳥くん!?」
「どうしたの!? 大丈夫?」

 と、僕の顔をまじまじと見つめている。

「あ、いや、その……」

 なんと答えていいのかわかるはずもない。
 大丈夫じゃない!
 なにがなんだか、わけわかんない!
 そう叫びながら走り出したかったけど、膝ががくがくして、走れそうもなかった。
 鏡に映っている小学五年生の僕の顔から、みるみる血の気がなくなっていく。

「もう、いやだァ~~~~ッ!」

 僕の口からは、思ってもいなかった言葉が飛び出していたのだった。

 

「あいかわらず見かけ倒しだなぁ、飛鳥は」

 保健室の開いたドアから顔を出した少年が言うのが聞こえた。
 黄色のTシャツで、赤い半ズボン、赤白ストライプのソックスをはいている。
 悪戯っぽく笑っているその顔には見覚えがない。
 僕の名前を知っているということは、同級生だったのかもしれない。

「あ、仁くん」

 と、吼児がその少年を呼んだ。
 彼の名前は、仁というようだ。

「なにを怖がってんだよ、飛鳥? そんなに震えてさ」

 仁と呼ばれた少年は、なれなれしく僕の肩をつかんだ。

「なにがいやなのか、おれに言ってくれよ。おれが、ビシーッと解決してきてやっからさ」
「え……!?」
「どうせテストでいい点数とれなくて、それをかぁちゃんに見せるのが嫌とか、そういう悩みだろ、おまえのことだからさ」

 と、僕の肩をポンポンと叩くと、近くにあったベッドに座った。

「仁くん、ベッドは具合が悪い人が使うものよ。そこからおりなさい」

 姫木先生が注意するのがまるで聞こえていないように、仁はベッドの上に寝ころがった。

「僕、怖いんです。邪悪獣と闘うのが……だから、もう学校に来るのが嫌なんです……もう、いやだァ~~」

 と、さっきの僕の声色をまねて言うのだった。
 典型的な悪戯小僧だ、こいつは。
 ちょっとむかついたが、いまはこの見知らぬ少年に怒りをぶつけている場合じゃない。
 自分に起きているこの緊急事態を、どうにかすることが最優先だ。
 五年生の吼児や、この仁という同級生らしい少年では、僕に起きている事態を解決することはできそうもない。

(つづく)


著者:園田英樹

キャライラスト:武内啓
メカイラスト:やまだたかひろ
仕上:甲斐けいこ
特効:八木寛文(旭プロダクション)


次回5月2日(火)更新予定


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