【第5回】絶対無敵ライジンオー 五次元帝国の逆襲
『夢で良かったって言えたらいいのに』
「眼科にはちゃんと行ってきたの?」
「えっ……!?」
「なんか黒いものが見えるって言ってたでしょ、飛鳥くん」
「黒いもの……」
「目の病気は気をつけなきゃいけないのよ」
「ああ……」
「聞いてるの!?」
僕の目の前にいるのは、高校一年生のマリアだった。
高校生の制服。そしてポニーテールじゃなく、ストレートに髪を下ろしている。
「マリア……」
胸につかえていたものが、一気になくなった気がした。
あー、良かったァ。
夢だったんだぁ。
タイムスリップとか、変形する教室とか、飛行機みたいなコクピットとか。
あまりにもリアルで、長時間だったけど。あんなことが実際におこるわけないんだもん。
「飛鳥くん、なにニヤニヤしてんのよォ」
高校生のマリアは、すこし怒ったように唇を突き出した。
「いやさ、なんだかひどい夢を見てたみたいなんだよ……」
と、マリアの背後に目をやった。
そこには何もなかった。
あるはずの背景がないのだ。ただ灰色の空間が広がっている。全体を霧がおおっているようにも見える。
えっ!? 嘘だろ……
足元を見ると、そこも背景と同じだ。
灰色の空間の上に、僕とマリアが浮かんでいるのだ。
そんなぁ……!
こっちが夢だったのかぁ~~~!
夢は唐突に変化する。
目の前にいる高校生のマリアが、夢の登場人物だということに僕が気づいた瞬間、マリアの姿が遠ざかって行く。
いかないでくれぇ~~、僕の側にいてくれェ~~
そう叫ぼうとしたけど、声がでなかった。
「それは不思議なことですねェ。科学的な説明がつきませんよ」
次に現れたのは高校一年生の小島勉だ。
小学校の時から真面目な勉強家で、誰よりも科学的な知識は豊富だったが、中学にあがると、さらに拍車がかかった。
勉強するのも才能の一つなのだということを彼は証明した。
アメリカの有名な科学雑誌に『宇宙に存在する意志たち』という研究論文を投稿したのがきっかけで、なんとアメリカの大学から研究者としてのスカウトが来たのだ。誰もが勉がアメリカに行ってしまうと思ったのだが、意外にも彼は日本に残る決断をした。
そして今も僕と同じ高校に通っている。日本でも有数の科学者であり、普通の高校生でもあるという特異な存在となったのだった。
「あくまでもファンタジーということでお話をすれば、タイムスリップというよりも、パラレルワールドに迷いこんでしまったというのが、可能性としては高いと思いますね」
この目の前にいる小島勉が、僕の脳が作りだしている夢の人物だとはわかっていたけど、僕は藁にもすがる気持ちで訊いた。
「僕は、元の世界にもどれるの?」
「戻れません」
「えーー!?」
夢なのに、僕はショックを受けた。
勉のメガネがキラリと光った。
「今、飛鳥くんは、僕が『戻れます』という答えを言うと予想していましたね。だから、そんなにショックを受けているんでしょう」
「たしかにその通りだけどさぁ。当然のことだろ」
「人は質問をするときに、本当は自分の中にあらかじめ答えを用意しているものなんです。答えはわかっているのに、相手にそう言って欲しくて質問をするものなんです。質問自体は、あまり意味をもちません」
「ツトムゥ……難しすぎて、意味がよくわかんないよォ」
「ようするに飛鳥くんは、自分を安心させて欲しいだけなんですよ」
「そりゃ、そうだろう」
「答えは、もうわかっているんです。飛鳥くんは」
「わかってないから、訊いてるんじゃないかァ」
「それでいいんです」
また勉のメガネがキラリと光った。
「よくないよォ……」
「いいんです……です、です、です、です、です、です……」
そして勉の姿は遠ざかっていく。まるで主演俳優が、スポットライトの中で、だんだん小さくなって闇に消えていくように。
こんどは夢の舞台装置が変化した。
僕が立っているのは、見なれた場所、僕の部屋の中だった。
小学校に入るときに一人部屋をもらい、それから高校までずっと使っている実家の僕の部屋だ。
一つ違うのは、一人の少年がベッドの端に座っていたこと。
五年生の月城飛鳥が、そこにいた。
僕自身が。
「君は……」
五年生の僕は、黙ったまま僕を見つめている。
「僕なのかい?」
彼は何も言わない。
まるで質問をしている僕がいないかのように、僕の背後の壁を見つめている。
「僕のこと、見えてないの? ねぇ、君……」
そのとき五年生の飛鳥が口を開いた。
「林間学校、楽しみだなぁ」
林間学校? なんのことを言ってんだよ?
僕は振り返り、背後の壁に目をやった。
そこには一枚の予定表が貼られていた。
来月の予定表には、一部がマーカーで印がつけてある。それが林間学校の日付けであることはすぐにわかった。
予定表のよこには、パイロットスーツを着た三人の少年が記念撮影をしているものが、壁にピンで留められている。
仁、飛鳥、吼児の三人だ。
よく見ると、三人は大きなロボットの手のひらの上に乗っている。そしてその後ろには、まるで三人の勇者を守るかのように巨大なロボットの顔がある。
なんだ、この写真!?
これがライジンオーとかいうロボットなのか!?
僕が驚いているのをまったく無視して、小学五年生の飛鳥は独り言を続けた。
「でも林間学校に行ってるときに、邪悪獣が出て出動しなきゃならなくなったらどうすんだろう? そういうときのことマリアや仁は、どう考えてんだろうなぁ。どうせ仁は考えてないに決まってる……マリアはどうなんだろ……」
「おい、本当にぼくの声、聞こえてないの?」
もう一度話しかけて見たが、やはりこのもう一人の僕には、僕の姿は見えていないようだ。
「ねぇ、君ッ!」
僕は大きな声を出してみた。
そのとたん、まわりの景色が灰色の霧に包まれていく。
あー、消えないでくれッ! きみだけが、手がかりなんだッ!
そう思ったときは、もう遅かった。
灰色の霧と共に、すべては闇の中に消えていった。
「本当に気絶してんのかァ? ただ寝てるだけなんじゃないのか?」
悪ガキ、仁の声が耳元でする。
あー、夢にまででしゃばってくるのか、こいつは……
「さっきまで体調不良とか言ってたけど、身体はなんともなさそうだったんだぜ。急に気絶するとか、おかしいじゃん」
「仁、あんたね。友だちを、そんなふうに疑ったりしちゃだめよ」
あ、この声はマリアだ。
マリアも近くにいる……
「そうだよ、仁くん。飛鳥くんが、わざと出動できないふりなんてするわけないじゃない」
この声は吼児だ。
「出動できなかったことを言ってんじゃねぇよ。いまのこの飛鳥のことを言ってんの、おれは」
仁の声がますます近づいている。
もう僕の顔の近くにいるようだ。
「どうみてもいい感じで寝てる顔じゃないか。起こそうぜ」
と、仁は言った。
次の瞬間、脇腹に怪しい感触。
「コチョコチョコチョ~~~」
僕はくすぐられているんだ。
「わぁ~、やめてくれ~~~~!」
思わず叫んで、僕は飛び起きた。
目の前には、仁、マリア、吼児と姫木先生がいた。
僕がいたのは、保健室のベッドの上だったのだ。
僕は恐る恐る壁にかかっている鏡に目をやった。
そこに映っていたのは、五年生の月城飛鳥だ。僕はまだ五年生のままだった。
「飛鳥がコクピットで気絶して出動できなくなってるってマリアから連絡きたときは、驚いたぜ。なぁ、吼児」
と、並んだベッドの一つに腰かけた仁が言う。
「おれと吼児は、剣王と獣王だけで、邪悪獣と戦ったんだからな」
「戦ってないでしょ。嘘はダメ!」
ピシャリとマリアが言った。
「ヘヘヘ」
と、仁が笑っている。
「邪悪獣が出現したっていう現場に行ったんだけどさ、もうそこには邪悪獣がいなくってさ。そのあたりを捜索したんだけど、結局見つけられなくて、帰ってきちまったよ。無駄出動だったぜ、なぁ吼児」
「うん……邪悪獣は、小さなネコみたいな姿をしてたっていう情報はあるんだけど、小さくてすばしっこいみたいでさ。ぜんぜん捕まえられないらしくって、それに大きな剣王や獣王だと、かえって町の人たちの生活の邪魔をしちゃうからね」
と、吼児は立ったままで言う。
「今回の邪悪獣には、ワスレンダーという名前がついたみたい」
と、マリアが不安そうな目を僕にむけた。
「ワスレンダー……?」
「人から、記憶を吸いとっちゃうらしいの。ワスレンダーに襲われた人は、記憶喪失になっちゃってるらしいわ」
「キオクソウシツってなんだよ!?」
と、仁が訊く。
「記憶喪失は、記憶喪失でしょ。バカじゃないの」
「覚えてたはずのことを、忘れてしまうことよ」
と、姫木先生がマリアの言葉を捕捉してくれた。
「ああ、記憶って、その記憶か」
「他に何があるのよ。わかったふりしない」
「デヘヘ」
仁とマリアの掛け合いは、いつも通りだ。まるでマリアが、仁のお姉さんに見えてくる。
「いまのところワスレンダーの被害者は一時的に何時間かの記憶を失っているだけのようだけど、これから被害が大きくなると大変なことになるわ」
と、言う姫木先生の言葉から、本当に事態が深刻なのだということがわかった。
「邪悪獣って、なんなの?」
僕は恐る恐る質問をしてみた。
その場にいる四人が、一気に僕の顔を覗きこんだ。
「本気で言ってる?」
マリアが真剣な目で、僕を見つめていた。
(つづく)
著者:園田英樹
キャライラスト:武内啓
メカイラスト:やまだたかひろ
仕上:甲斐けいこ
特効:八木寛文(旭プロダクション)
次回5月23日(火)更新予定