【第6回】絶対無敵ライジンオー 五次元帝国の逆襲
『邪悪獣ワスレンダー』
本気で言ってるさ、本気じゃなかったら、こんなにオタオタするはずないじゃないかァ!
そう叫びたかったけど、そうはしなかった。
このパニック状況のなかでも、僕の脳みそはフル回転していた。
どうやら町に邪悪獣という人の記憶を奪う怪獣のようなものが出現していて、僕たち五年三組は巨大ロボットを使って、それを退治するために出動していたに違いない。
そしてこの五年生の僕自身は、あの飛行機のコクピットのようなものを使うパイロットなのだ。
さらに目の前にいるこの四人は、僕のことを同級生の月城飛鳥だと信じきっているらしい。
もちろん僕は月城飛鳥、本人であることは間違いないのだけれど、別の世界(未来?)から意識だけが飛んできて、この五年生の飛鳥の身体に入ってしまっているんだ……。
三回呼吸する間に、僕は猛烈な速さで現状を理解し、これからどうするべきなのかというのを考えていた。
そして出てきた言葉は……
「本気です……」
しかもなぜか敬語だった。
なんでそうなったのかは、自分でもわからなかったけど。
もう本当のことを言ってしまうしかないと、僕の本能が、無意識が、僕にそうさせていた。
「えーーーーッ!?」
マリアの顔がますます近づいてくる。
もう言っちゃったんだ、ここは押し通すしかない。
僕は、大きくうなずいた。
「飛鳥くんは、きっとワスレンダーにやられちゃったんだよ」
そう言ったのは吼児だ。
「おー、おー、おーっ! そうか、そうだったのか、飛鳥ーッ!」
仁が大声で叫んだ。
耳がキーンとした。
「うるさい、仁」
ぴしゃりとマリアが言う。
マリアの瞳は揺れていた。彼女は、僕のこの状況を懸命に理解しようとしてくれているようだった。
「……その可能性は高いわね」
ちがう! ちがう! ワスレンダーは関係ない! ぜんぜん違います!
僕の心の叫びは、誰にもとどかない。
「そういえば出動するまえから、飛鳥くんの様子がおかしかったけど……ワスレンダーにやられてたって考えると、納得できるわね」
姫木先生まで……ちがうんです!
事態はますます混乱に向かっている。
僕は頭を抱えるしかなかった。
結局、僕は登校する前に、どこかで邪悪獣ワスレンダーに襲われて、記憶を失ってしまっているということにされてしまった。
「ひどい目にあったなぁ、飛鳥。どこで襲われたんだよ」
と、仁が訊く。
「いや、それは……」
答えたくても、僕の中には答えはないから、どうすることもできない。
「いや、いいよ、思い出そうとしなくて。ワスレンダーにその記憶も持ってかれちまってんだよなぁ。おまえのつらい気持ちはよくわかるぜ」
仁が、かってに自分で答えを言ってくれた。
そうか!
これって、もしかして!
僕にとっては最高に都合がいいのかもしれない!
僕はその時気づいてしまったのだった。
記憶喪失。
なんという悲劇だろう。
自分が体験したこと、覚えていたこと、人間関係、そんなものをすべて忘れてしまうなんて。
だけど今の僕には、その言葉こそが自分の状況を前に進めるためのラッキーワードに思えていた。
「そう、思い出そうとしても、なんだか頭のなかにもやがかかったみたいで、はっきりしないんだ。だれかが消しゴムで、僕の記憶をゴシゴシ消してしまったのかもしれない」
ちょっとたどたどしい演技だったし、何年か前にDVDで見た映画のタイトルを思わず言ってしまいそうにもなったけど、誰も僕の言葉を疑ってはいないようだった。
心のなかでは、まだ見たこともない邪悪獣に対して感謝の気持ちさえ生まれようとしていた。
ありがとうワスレンダー、きみのおかげで、僕はなんとかうまくやれそうな気がするよ。
「きっとワスレンダーに、やられちゃったんだ……」
「ひでぇ邪悪獣だぜ、飛鳥の記憶を食っちまうなんて」
仁が吐き捨てるように言った。
「俺が絶対捕まえてやるッ! 心配するなよ、飛鳥。おまえの記憶は、必ず取り返してやるからなッ!」
「ああ……」
僕は仁の真剣な目つきと、気合に押された。
小学五年生の少年を騙しているという罪悪感が、僕の中にわきあがってきていたが、今の僕にはこれで押し通すしかない。
僕の記憶喪失作戦は、うまく転がりはじめたようだった。
この世界で僕が知らないことは、だいたいが記憶を失くしたか、ぼやけているということで切り抜けられそうだ。
五年生の飛鳥に戻ってからというもの、はじめて僕はすこしだけ落ち着いたのだった。
記憶を失った僕に、もう一度記憶を植えつけるために、仁、吼児、マリアは僕に一生懸命話をしてくれた。
なんとなく今までのことから推測してはいたけど、僕はとんでもない世界に放りこまれているようだった。
五年三組の教室に、エルドランと名乗る光の生命体が現れ、五年三組の生徒たちに「地球を守れ」と言い残して去ったこと。
陽昇学園全体が、ライジンオーの発進基地に変わってしまったこと。
教室が司令室になり、剣王、獣王、鳳王という三体のロボットが、それぞれ格納されている場所から飛び出すシステムになっていること。
仁は剣王、吼児は獣王、そして僕は鳳王のパイロットであること。
五年三組の生徒たちは、それぞれライジンメダルというものを持っていて、それを自分の机にはめ込むことで、司令室全体が稼働すること。
彼らは自分たちのことを、地球防衛組と呼んでいること。
すべての話が驚愕の事実だった。
とても信じられないというのが、正直な気持ちだったけど、僕はそれらの話をすべて受け入れることにした。
いちいち否定したり、驚いていたりしたら、一歩も前に進めなくなってしまう。
起きている事実を受けいれて、そこで目の前のことに対処していくしかない。
直感的に、そう思ったのだ。
そういう前向きな気持ちになったとたん、僕の身体のなかでパニックを起こしていた不安感は、どこかへ飛んで行ってしまった。
なんといっても僕のまわりには、僕がよく知っている同級生たち(十一歳に戻ってはいるけど)がいるのが心強かった。
彼らがいれば、僕に起きている異常事態も、いずれはうまく解決できるような気がした。
根拠はなにも無かったけれど。
「今日の放課後、あたしたち地球防衛組は、みんなでワスレンダーを捕まえに行くけど、飛鳥くんはどうする?」
と、マリアが訊いた。
「もちろん僕はみんなと一緒に出動するよ。失くした記憶は、自分の力で取り戻さなきゃね」
僕は素直にそう答えていた。
僕の顔は、少し微笑んでいたかもしれない。
保健室から教室に戻ると、クラス委員のマリアと高森ひろしが中心になって、ワスレンダー捜索隊の班決めをしてくれていた。
それぞれの班は、三人ずつだった。
僕は、春野きららと栗木容子と一緒だ。
二人は僕と一緒の班になったと知ると、うれしそうに僕に駆け寄ってきた。
「飛鳥くんと一緒でラッキー!」
「うれしいッ!」
「邪悪獣の捜索だって、楽しくやらなくちゃね」
「そうそう! 高森くんが、きっとあたしたちの気持ちをくんで、飛鳥くんと一緒にしてくれたのよ」
「そっか。ひろしくん、クッキーの言いなりだもんね」
二人は笑っていた。
僕の記憶が正しければ、小学生の時、僕にはファンクラブがあった。二人は、そのメンバーだったはず。
たしか小学生の時の春野きららは、放送委員で活発な女の子だった……それは変わりないようだ。
長い髪を頭のうしろでたばねて、黄色いリボンをつけている。ピンクのTシャツにタンクトップを重ね着して、おなじくピンクのショートパンツだ。
そうそうきららって、こんな格好してたよな……
僕は心のなかで、高校生に成長したきららを思い出した。
身長も伸びてすっかり大人っぽくなり、いつもフルメイクしているきららには、この小学生の時の面影はあまり残っていない。
ただ中身はあまり変わっていないような気がした。僕の知っている限りでは、きららは小学生の時からアナウンサー志望で、将来はニュースキャスターになるのが夢だと言っていた。その夢は高校生になった彼女を、強く前に押し進めている。
そしてもう一人の栗木容子は、高校生になっても小柄のままだけど、小学生の彼女はさらに小さかった。
髪には大きなリボンをつけていて、ざっくりとしたトレーナーを着て、膝上のふわっとした緑色のスカートをはいている。
まだまだ幼さが残っている。三年生と言われたら納得してしまうかもしれない。
高校生になった彼女は、手芸クラブのリーダーになりアクセサリーとかを作る活動的な女の子になっていた。だが今目の前にいるまだ小学生の彼女は、クマのぬいぐるみを愛する可愛いもの好きの少女……のはずだ。
たしか小学生の時のニックネームは、クッキーだった。
二人は、僕が頼みもしないのにどんどん喋って、僕にいろんなことを教えてくれる。
地球防衛組では、きららは外部との通信などを、クッキーは、レーダーを担当しているそうだ。
この二人と一緒にいるだけで、町中の情報がすべて手に入るような気さえしてくるのだった。
僕たちは三人で、陽昇町の商店街の捜索担当になっていた。
「ねぇ、飛鳥くん、記憶喪失ってどんな感じなの? あたしにも教えてよ」
隣を歩きながら、きららが訊いてきた。
「そうそう、あたしも聞きたーい。飛鳥くんの、消えた記憶のお話」
クッキーは、さっきから僕のことをじっと見つめている。
よほど僕のことが好きみたいだ。小学生の時には気づいていなかったけど、今の僕は、この少女の視線の意味はよくわかる。
消えた記憶のことを訊かれても、僕にはうまく答えることはできない。
本当は記憶は消えてないし、ただ知らないことが多すぎるだけだから。
「記憶のどこが消えてとか、わからないよ……たぶん、わからないところは、ぜんぶ消えてるのかもしれないけど……わかってるところは、消えてないんだろうし……ワスレンダーにやられたのか、そうじゃないのかも、自分ではよくわからないんだ……」
僕はなんとか話をごまかそうとした。自分でもよくわからない説明だったけど、よくわからないぶんリアリティがあったみたいで、二人は妙に納得してくれた。
「そっか……」
「そうだよねェ」
そのときクッキーがぽつりと言った。
「あれって……もしかしたら……」
彼女が指さしている方を見ると、そこは公園の入り口だった。
ベンチに眠っている人がいる。サラリーマン風のおじさんだ。そしてその頭の上に、ほそいストローに、二つの大きな目が飛び出したものが乗っかっていた。大きさは三十センチくらいの長さだ。
そしてそれはおじさんの耳にストローのようになっている自分の尻尾をさしこんで、なにかを吸い出しているのだった。
「ワスーーー!」
そいつはまるで何かを食べているかのように、満足そうな声をもらしていた。
「もしかして……」
「あれがワスレンダー……?」
きららとクッキーが同時に言った。
(つづく)
著者:園田英樹
キャライラスト:武内啓
メカイラスト:やまだたかひろ
仕上:甲斐けいこ
特効:八木寛文(旭プロダクション)
次回5月30日(火)更新予定