【第7回】絶対無敵ライジンオー 五次元帝国の逆襲
『変なおっさん現れる!』
遠目から見たら、そいつは少し大きめのトカゲみたいな形をしていた。ただ明らかにトカゲではない。あんな派手なトカゲはいない。
あざやかな赤と白のボーダー模様に塗り分けられた胴体は、ある恐怖漫画家さんがいつも着ている服みたいだ。ただしその背中には、同じく赤と白の二枚の羽がついている。細くとがった尻尾は胴体の倍ほどの長さがあり、自分の意志で自由に動かすことができるようだ。
映画やアニメで見たことのあるドラゴンに近いのかもしれない。
赤白のストローをお尻につけたドラゴンみたいな生き物が、ベンチで寝ているおじさんの頭部に取りついて、耳の穴から何かを吸いとっている。
僕ときららとクッキーは、現場から三十メートルほど離れた茂みに隠れて、その様子を見つめていた。
「ワスレンダーに間違いないわ!」
と、きららが興奮を抑えるように言った。
さすがきららはアナウンサー志望だ、こういう時でも落ち着いている。そして彼女はおもむろにポケットからオモチャのマイクを取りだして、実況をはじめるのだった。
「わたしたち地球防衛組ワスレンダー捜索隊は、陽昇公園において邪悪獣ワスレンダーとおぼしき物に遭遇しました。今まさにワスレンダーは、一人のかわいそうなおじさんに取りつき、彼の脳みそ……いや、彼の記憶を吸い上げているようです!」
と、そこまで言って、きららは悔しそうに舌打ちした。
「あー、ビデオカメラ持って来ればよかったァ! 決定的瞬間を、映像で撮影できないなんてッ、ジャーナリストとしてもったいなさすぎるーッ!」
「いつもなら大介くんが、カメラかついで来てくれるのにね。みんなに連絡したら?」
と、クッキーが言った。
「そうだ、飛鳥くん、連絡して」
いきなり振られて僕はドギマギしてしまう。
「ライジンブレスを使うのよ。それって通信機能がついてるでしょ」
「ライジンブレス……!?」
「飛鳥くんの手首についてる、それッ!」
「あっ、ああ……これね」
「もうッ! しっかりしてよッ!」
きららは、じれったそうにマイクを振り回した。
「きららちゃん、飛鳥くんを責めないで。飛鳥くんはワスレンダーのせいで、いろいろ忘れちゃってるのよ。ちゃんとわかるように言ってあげなきゃ」
クッキーが助け船を出してくれたので、きららも気づいてくれた。
「そっか、そうだったね。ごめん、飛鳥くん……」
謝られて申し訳ないのはこっちのほうだよ。ごめん、きらら。
と、思いながら僕は左手首に着いているライジンブレスを顔の前まで持ってきた。
ライジンブレスの上蓋をあけると、そこにはライジンメダルを収納する部分があり、上蓋の裏には集音マイクらしき穴もあいている。
通信機能があるというなら、これに話しかければいいのかもしれない。
僕はライジンブレスに向かってしゃべってみた。
「えー、聞こえますか? 聞こえますか?」
間髪入れずに仁の声が聞こえてきた。
「聞こえてるよ。飛鳥、どうした?」
「どうやら邪悪獣らしきものを見つけたんだ」
「えっ、どこだよ!?」
「えーと……ここは……」
あたりを見回している僕の横からきららが顔を突っこんできて、僕のセリフを引き継いでくれた。
「陽昇公園の噴水広場の近くよ。ちょっと奥に入ったあたり。吼児くんも、聞いてた?」
「聞いてたよ。一緒にいるみんなも聞いてる」
と、吼児の声がする。
「邪悪獣は、体長約30センチから50センチの間、赤白ストライプのドラゴン形態、羽もついてる。襲われてるらしいおじさんが一人。あたしたちは少し離れたところから観察してる」
きららがあっと言う間に正確な状況をみんなに伝えてくれた。
「あたしたちが行くまで、かってに動かないで!」
と、聞こえてきたのはマリアの声だ。
「みなさん、邪悪獣を捕まえるための道具は持っているんですか?」
割り込んできたのは小島勉だ。
「僕が開発した、邪悪獣捕獲装置があります。それを持っていくまで、待っていてください」
「捕獲装置があるんだったら、先に言えよッ!」
仁がまた割り込んでくる。
「さっき完成したんです! 今は仁君と議論している暇はありません。すぐに行きますから!」
勉からの通信はそれで切れた。
「おれたちも行くぜッ!」
「待ってて!」
と、仁と吼児たちも、こっちに向かっているようだった。
「どうする、きらら、クッキー?」
僕はすっかり主導権を握っている二人に訊いた。
「マリアは待てって言ってたけど、このまま待ってたら、あのおじさんがどうなっちゃうかわからないわ……あたし、行ってくる」
きららは決然と顔をあげた。
「きらら……」
「おうー、なんて優しいんダー。地球の子供は」
そのときすぐ隣の茂みのなかで奇妙な声がした。
バサッ! と、茂みのなかから、黄色いフレームのサングラスをかけた謎のおっさんがヌーッと顔を出した。
あきらかに変なおっさんだった。
でっぷりと太った身体で、まったく似合わない革ジャン風の服を着ている。
じゃがいものような形をしたつるんとした顔のてっぺんには、モヒカンというか、なんというか爆発したような形で紫色の髪の毛の束が突っ立っている。
大きな鼻の下には、上唇全体をおおう口髭があった。
年齢はわからない。歳を取っているようにも見えるが、まだまだ若いようにも見える。あきらかに不審者だ。
さっきまではまったく人の気配がしなかった場所から、このおかしなおっさんはいきなり出てきたのだ。
どっから現れたんだよ……!?
「だれ!?」
僕はそう訊くしかなかった。
きららとクッキーはいきなり現れた変態みたいなおっさんにびびっていた。邪悪獣に対してよりも、この人に対しての方があきらかに恐怖を感じているようだった。
「だれと訊かれても、答えるわけにはいかないんダー。デヘヘヘヘ」
と、そのおかしなおっさんはだらしなく笑った。
「でもあの邪悪獣は、おじさんがなんとかしてあげるから安心するんダー。君たちは手を出さないほうがいいんダー」
そう言うなり、変なおじさんはひょこひょこと邪悪獣ワスレンダーのほうに近づいていく。
もしかしたらあのおじさんは酔っぱらっているのかもしれないと思った。
「あっ、おじさん……!」
引き止めようとしたが遅かった。
爆発頭はあっという間に邪悪獣ワスレンダーに接近していた。
「ワスレンダー、やっと見つけたダー……見つかって良かったダー……防衛組の子供たちよりも早く見つけないと、ベルゼブさまにまた怒られてしまうんダー。このタイダーさまが……」
おじさんの声がとぎれとぎれに聞こえた。
まるで飼い猫に話しかけるかのように、猫なで声で邪悪獣に話しかけている。
邪悪獣は警戒するように背中の羽を立てた。
それは猫が、相手を威嚇するときに背中の毛を逆立てるのと同じ行動に見えた。
唸り声をあげている邪悪獣に対して、おじさんはいきなり行動を起こした。
バッ、と力づくで押さえつけようとしたのだ。
その瞬間、ワスレンダーが飛び上がった。
赤と白の羽を細かく動かし、ワスレンダーは宙を舞った。
そしておじさんの爆発頭の上にちょこんと乗ってしまう。
「わー、おとなしくするダー!」
おじさんが叫ぶ声がした。
次の瞬間、おじさんの身体は硬直したようにピーンと突っ張ってしまった。
邪悪獣の尻尾が、おじさんの耳の穴にスパッと入りこんでいるのが見えた。
棒切れのようになったおじさんの身体がゆっくりと倒れていく。
おじさんが地面に倒れる直前に、ワスレンダーは飛び立った。
「あっ、邪悪獣が逃げるッ!」
クッキーが叫ぶ。
僕はその声に背中を押されるように、邪悪獣に向かって走り出していた。
「飛鳥くん、邪悪獣を捕まえてッ!」
クッキーの声がまた背中を押す。
もう行くっきゃない!
僕は無我夢中で邪悪獣ワスレンダーに向かってダッシュした。
「ワーーーーーーッ!」
声にならない音が、僕の口から出ていた。
だいたいトカゲとか蛇とか爬虫類は苦手なのに、なんでこの僕が邪悪獣なんてものを素手で捕まえなきゃならないんだぁー!
そう叫びたかったのだが、出たのは変な声だけだった。
「おれにまかせろッ!」
そのとき明るくて元気な声が公園中に響き渡った。
その声の主は、日向仁だ。
「こいつは俺が捕まえてやるぜッ!」
仁は叫びながら、僕のすぐ横を猛烈なスピードで追い越していく。
「ドリャァァァァァァッ!!」
気合とともに仁が飛んだ。
「よっしゃぁーー! 捕まえたぜッ!」
仁は両手で邪悪獣の胴体を握っていた。
「仁くん……離さないで!」
と、言ったのは少し遅れて駆けつけてきた吼児だ。
吼児の後ろには、同じ捕獲班だったマリア、勉、今村あきらたちもいた。
「わかってるって。離すもんかッ!」
と、仁は得意気に答える。
だが次の瞬間、仁の表情が変わった。
「わっ、わわわわ……」
仁の身体がゆっくりと浮き上がろうとしていた。
胴体を掴まれた邪悪獣が、赤白の羽を懸命に羽ばたかせて飛び上がろうとしていたのだ。
とうぜんそれを掴んでいる仁の身体も一緒に引き上げられていく。
あっというまにワスレンダーと仁の身体は、地面から離れて一メートルほど浮き上がっていた。
「飛鳥、ボウッとしてないで、仁を捕まえてッ!」
今度はマリアの声が、僕の背中を押した。
「ワァーーーーーッ!!」
また僕は叫びながら、仁に向かって飛んでいた。
僕が思わずつかんだのは、半ズボンだった。
僕は仁の半ズボンを掴んだまま、思いっきり体重をかけてひっぱった。
ズルッ、手の中でズボンがずり落ちるのがわかった。
「わーっ、やめろ飛鳥、ズボンが脱げるーッ!」
仁が悲鳴をあげた。
「だめっ、飛鳥、放しちゃだめッ!」
マリアがそう叫ぶ声がする。
「放せ、放せってばッ! 俺は大丈夫だからッ!」
仁は必死で足をバタバタさせた。
仁の運動靴が僕の顔をムギューと踏んづけた。
「大丈夫じゃないよッ、仁くん。邪悪獣を放してッ!」
と、追いついてきた吼児が言う。
さすがに吼児は冷静にこの状況を分析しているようだ。
邪悪獣をここで逃がしたとしても、大怪我をするよりは断然ましだ。
「そうだ、仁。手を放せッ!」
僕も吼児と一緒に叫んだ。
その瞬間、手に感じていた仁の重さがスッと消えた。
僕の手には、仁の半ズボンだけが残っていた。
「ワーーーーーーッ!」
ズボンを脱がされたためなのか、邪悪獣と一緒に空に舞い上がったからなのか、仁は悲鳴をあげていた。
ブリーフ一つになって、半ケツ状態の仁が、地上五メートルほどの高さを飛んでいた。
(つづく)
著者:園田英樹
キャライラスト:武内啓
メカイラスト:やまだたかひろ
仕上:甲斐けいこ
特効:八木寛文(旭プロダクション)
次回6月6日(火)更新予定