【第8回】絶対無敵ライジンオー 五次元帝国の逆襲
『防衛組と防衛隊』
「飛鳥、吼児、なんとかしてくれーッ!」
邪悪獣ワスレンダーにつかまった仁が叫んでいる。
つかまったというのは正しくない、仁がつかまえたのだが、そのままワスレンダーが飛び上がってしまったので、仁も一緒に空中に舞い上がっているのだ。
仁の半ズボンだけが、僕の手の中に残っている。
つまりブリーフ一つの状態で、仁は足をバタつかせながら、地上約3メートルあたりを飛んでいた。
「なんとかしろって言われても、どうしたらいいのかわからないよッ!」
僕はそう答えるしかない。
「仁くん、手を離して。そのままだと、仁くんが危険だよ」
と、吼児が言った。
もっともな意見だ。
このままワスレンダーが空中高く上昇していって、そこで仁の握力が尽きてしまったら、当然人間の能力では重力に逆らえない、急降下で地面に直行だ。
そうなったらいくら仁でも、無事ではすまない。
「そうだ、仁、手を離せッ!」
僕は叫んだ。
「いまならまだ大丈夫だ。これ以上、高度があがると、ただじゃすまなくなる!」
「せっかく捕まえたんだ、簡単に逃がしてたまるかよッ!」
仁はあくまでも強気だ。なんとかしてくれとか言ってるくせに、気持ちだけは超攻撃的なままだ。いったいどういう性格してるんだ。
あくまでも手を離すつもりはないらしい。
しかしこのままじゃ、そう長くは持ちこたえられないだろう。
「僕にまかせてくださいッ! 飛鳥くん、吼児くん、そこを離れてッ!」
小島勉の声が聞こえた。
声の方を見ると、そこにバズーカ砲のような形をしたものを担いだ勉がいた。
勉のメガネが、キラリと光った。
「えっ、勉、なにするつもりだよ!?」
「見ればわかると思いますけど」
「わからないよォ!? なんだよ、その肩にかついでるバズーカみたいなやつは?」
「見ての通り、バズーカです」
「バズーカ!? バズーカって、あのバズーカ!?」
「このバズーカ以外のバズーカがあるとしたらですが、僕は、このバズーカしか知りません。でも今はバズーカについて議論している場合ではないと思います。仁くんを救出することが最優先でしょう。行きます!」
と、勉は膝立ちの姿勢になり、バズーカの照準を空中を飛ぶワスレンダーと、それにくっついている仁に合わせた。
「お前の気持ちはわかるけど、そいつで撃ったら救出どころか、仁をとんでもない被害にあわせることになるからッ!」
「いいえ、大丈夫です。僕にまかせてくださいッ! 邪悪獣捕獲砲、発射ッ!」
勉は叫び声とともに、バズーカ砲のトリガーを引いた。
僕のすぐ側で、ドーン! と、大きな発射音がした。
そのあまりの大きさに、僕の鼓膜が悲鳴をあげる。
キーンという音が耳の中で響きわたると、ほとんど何も聞こえなくなってしまった。
バズーカ砲から発射されたのは、予想に反してミサイルではなかった。
粘液質の物体が多量に発射されていた。
それは空中で無数の大きな泡状の物の集合体に変化した。
まるで大きめの引き立て納豆が多量に空中に放出されたようだった。
ベチャ~~~ッ!!
それは空中を飛んでいたワスレンダーと仁を包みこんでいく。
「よしっ、決まったぁーッ!」
勉が叫んでいた。快心の一撃だったらしい。
細かい泡状の粘液につつまれて、ワスレンダーは動けなくなり、そのまま落下していく。
同時に仁も泡に包まれている。
一つの塊となった、ワスレンダーと仁は地面に叩きつけられた。
僕たちは急いでその場に駆けつけた。
「大丈夫、仁くんッ!」
「仁!」
駆けつけた全員が口々に叫びながら、仁のことを心配していた。
「大丈夫に決まってんだろ……」
と、言いながら仁がゆっくりと立ち上がった。
泡がショックアブソーバーの役割をしてくれたらしく、仁にはダメージはなさそうだった。
だけど全身がぬるぬるで気持ち悪いことになっているので、誰も近づこうとしない。
仁が無事だということがわかったので、ホッしたけど、このベトベトヌルヌルの被害にはあいたくない……。
みんな同じ気持ちだったのだ。
「勉のおかげで助かったぜ。勉、ありがとう!」
と、仁は勉にむかって手を差し出した。
握手をしようとしているのはわかったが、勉はきっばりと断った。
「握手はけっこうです。早く、おうちに帰って、シャワーをあびてください。捕獲用の粘着物質は、使用後二時間で固くなってしまいますから気をつけてください」
「えっ、これって固くなるの?」
と、仁は自分の身体にまとわりついている納豆みたいな粘着物質を気持ち悪そうに見つめた。
「はい。カチコチになります。ですから、そうなるまえに早くお風呂に入ることをお勧めします。よーく、洗ってくださいね」
「早く言ってくれよ。おれ、家に帰るから、あとはみんなでなんとかしてくれッ!」
そう言うなり仁は駆けだしていく。
その仁の背中に向かって勉が叫んだ。
「害になる物質ではありませんから、安心してください」
「わかったーーーッ!」
そう言いながら、仁はUターンして、僕に向かってきた。
「な、なんだよ、触るなッ!」
「おれの半ズボン返せ!」
「ヘッ!?」
「それだよッ!」
と、仁は僕の手から、自分の半ズボンを奪い取った。
「飛鳥、ワスレンダーを捕まえたから、きっとお前の記憶を取り戻す方法も見つかると思うぜ」
仁の顔は捕獲液まみれで、ベタベタでドロドロだったけど、その笑顔は爽やかそのものだった。
「あとは頼んだぜーッ!」
あっというまに仁は走り去って行った。
日向仁というこの少年が、僕にはだんだん良い奴に思えてきていた。
捕まえられた邪悪獣ワスレンダーは、粘着物質の中でもがいていた。
ワスーッ! ワスーッ! と、うめき声のような音を出している。
「マリア、どうする? この邪悪獣」
邪悪獣のまわりには、仁以外の地球防衛組のメンバー全員が集まっていた。
「どうしようか……?」
と、マリアは腕組みして考えこんだ。
「このままほっとくわけにはいかないしね……」
「あたしたちが邪悪獣を捕まえたこと、放送部のニュースで放送しちゃっていいかな」
そう言ったのは春野きららだ。
「だったら映像も撮って放送しようぜ」
と、のりのりで言うのはヨッパーこと、小川よしあきだ。
「いいね、いいね、おれたちスターだぜ! おれビデオカメラ取って来るッ!」
今村あきらが学校に向かって駆けだして行った。
「たのんだわよ、あきらッ!」
と、きらら。
「おうっ!」
僕はきららとあきらが放送部の取材でよく組んでいたことを思い出した。
あきらは、よくきららにカメラマンの仕事を頼まれていたのだった。
「放送することよりも、先にしなければならないことが、もっとたくさんある気がするんだけど……」
小さいが落ち着いた声で言ったのは、泉ゆうだ。
五年三組の中で一番身長が高かった女の子だ。
おとなしい子だったので、あまり声を聞いたことがなかったけど、よく読書をしていた印象がある。
「あそこで倒れている、おじさんとか……心配してあげたほうが……救急車を呼んだほうがいいんじゃないのかな」
ゆうが途切れ途切れに言った言葉で、僕もみんなも、邪悪獣の被害者が他にもいたことを思い出したのだった。
おかしなロックミュージシャンみたいな格好をしたモヒカンおじさんが、少し離れたところに倒れたままになっているし、公園の入り口付近のベンチにはサラリーマン風の人も倒れているはずだ。
「そうだ、そうだった! ゆう、ありがとう、気づいてくれて。仁に気を取られてて、忘れちゃってた。みんな、それぞれ手分けして対処しましょう」
そう言ってからのマリアの行動は早かった。
勉を中心にして、男の子たちは捕獲した邪悪獣ワスレンダーを、防衛隊の邪悪獣対策本部に届けることに決まった。
そしてマリアと女子たちは、倒れているおじさんたちを介抱することになった。
僕はテキパキと指示を出す白鳥マリアを見て、あらためて感心していた。
高校生になったマリアも、さばさばと自分の仕事を片づけるタイプの女の子だったけど、この小学生のマリアは、それ以上に仕事ができるようにも思えるのだった。
この世界のマリアと、僕が高校生だった世界のマリアとは、本当に同じマリアなのだろうか。
それとも似ているけど、違うマリアなのだろうか……?
「なにぼんやりしてんのよ、飛鳥くん!」
と、マリアの矛先が僕にむいた。
「へっ!?」
「さっきから、ぼんやりしてるでしょ。なにか記憶が戻ったとか、そういうこと?」
「いや、そうじゃないけど……」
「じゃあ、どうしてあたしばっかり見てるのよ」
「それは……」
「あたしの顔になにかついてる?」
と、マリアは少し怒ったように僕を見つめている。
他の世界にいる大人になった君と、今の君を比べていたんだ……なんてことが言えるわけもない。
僕は、ごにょごにょと口のなかで何かを言ってごまかした。
僕たち男子チームは、公園にあったごみ捨て用のボックスに、邪悪獣ワスレンダーを詰めこんで運び出すことにした。
これをどこに持っていくのかは僕が知るよしもなかったが、この作業を楽しそうにしている小島勉や学級委員長の高森ひろしにはあてがあるようだった。
ヨッパーがどこからか持ってきた自転車の荷台に、邪悪獣を詰めこんだゴミ箱を乗せた。自転車を押しているのは佐藤大介だ。
その横と後ろを、僕たちはゆっくりと歩いていく。
「邪悪獣、どこに連れていくの?」
僕は訊いてみた。
「どこって決まってるだろ」
と、高森が答えた。
「防衛隊のところだよ」
「防衛隊……?」
「あ、そうか、飛鳥は記憶が消えてるんだったっけ……」
高森は、申し訳なさそうに言って教えてくれた。
「僕たち地球防衛組は、大人の防衛隊の人たちに協力してもらってるんだよ。僕たちが協力してやってるっていうのが正確かもしれないけど」
「ほら、髭の武田さんのこと、忘れちゃった?」
と、僕の顔を覗きこんだのは、近藤ひでのり。いつもブレザーと蝶ネクタイ姿で、きちんとした格好をしているクラスで一番のおぼっちゃまだ。
「ああ……忘れてるみたい……」
僕はまたごまかした。
防衛隊?
小学生が、国の防衛隊と協力してるって……?
「ほら、僕たちライジンオーを操縦できるでしょ。ライジンオーを動かせるのは、僕たちしかいないから、大人の人たちも僕たちに頼るしかないんだよ。防衛隊には、ライジンオーはないからね」
ひでのりが、防衛隊との関係を教えてくれた。
五年三組が突然ライジンオーという巨大ロボットを操縦できることがわかってからというもの、大人たちの組織である防衛隊は、陽昇学園を徹底的に調べたのだった。その結果、学校に組み込まれたメカや機能は地球上の科学力では説明のできない高度なものであること、そしてそれを使えるのが、なぜか五年三組の子供たちだけであることが判明したのだ。
そして邪悪獣の出現の謎がわからない状況のなか、国の防衛隊だけの力では邪悪獣に対抗することができず、そのトップである武田長官という人が、五年三組地球防衛組と手を組むことを決断したのだった。
「大人たちが、俺たちに助けてくれって言ってきたんだぜ、あんときは気持ち良かったなぁ」
と、言ったのはビデオカメラを持って戻ってきたあきらだった。
「なぁ、みんな」
「僕はそうでもありませんでしたけど」
ひでのりが不満そうに言った。
「どうして僕たちだけが、戦わなきゃならないのかと思ったりしましたよ」
「でもけっこう楽しいじゃん」
あきらは、運ばれていくごみ箱をビデオカメラで撮影している。
「楽しいばかりじゃありません!」
と、ひでのりは足を止めた。
「ひでのり……」
と、吼児があきらとひでのりの間に入った。
「なんかあったの、ひでのり君?」
「僕は、ママから、防衛組やめたほうがいいんじゃないかって言われてるんです」
ひでのりは少しうつむいて言った。
僕は小学校の時の近藤ひでのりのことを思い出した。
そういえば、ひでのりの家の母親は、けっこう厳しそうな人だった記憶がある。
やっぱりこっちの世界のひでのりママも、厳しい人なんだ……。
(つづく)
著者:園田英樹
キャライラスト:武内啓
メカイラスト:やまだたかひろ
仕上:甲斐けいこ
特効:八木寛文(旭プロダクション)
次回6月13日(火)更新予定