【第10回】絶対無敵ライジンオー 五次元帝国の逆襲
『ジャーク帝国と謎の声』
「さっきのは姫木先生。僕たちの学校の保健医の人です」
「先生? 保健医? そういう人たちは、みんな綺麗な人なんダー?」
外国人なら、日本の教育事情を知らないのも当然だけど……。
なんだかこのおじさん変わってるぞ。
「みんなが綺麗ってわけじゃありませんよ。たまたま姫木先生が、綺麗で優しい人なだけです」
「わしも、あの先生に診てもらいたかったダー」
どうやら、このタイダーと名のるおじさんは、姫木先生が気にいったらしい。
変態かよ……このおじさん。
僕は薄ら笑いをうかべるしかなかった。
「タイダーさんは、日本語がおじょうずですね」
「お世辞を言っても、なんにもでないんダー。それにわしは日本語がじょうずなわけじゃないんダー」
「そうなんですか……」
「わしの話すことが、おまえには日本語に聞こえているだけなんダー」
「はぁ……?」
このおじさんの言っていることが、僕には日本語に聞こえている……?
いったい、何を言ってるんだろう!?
「わしは、わしの言葉でしゃべってるだけなんダー。でも、もしかしたらこの身体になったときに、言語中枢もこの現場にあわせて調整されたのかもしれないけど……そうか、これが日本語というものなんダー……」
おじさんは、自分でしゃべって、自分で勝手に納得している。
でも嘘やでたらめを言っている感じはしなかった。
「おじさんも、邪悪獣の被害にあったんですよね?」
「そうらしいんダー。だけどぼんやりして、何も思い出せないんダー……」
と、おじさんはモヒカン頭をかしげた。
外見は年齢不詳だが、そのしぐさにはどことなく愛嬌がある。
「やっぱりワスレンダーに襲われたからですよ。思い出せないってことは、その証拠です。それにかなり混乱してるみたいですね」
「そうなんダー……」
おじさんは自分を納得させるようにうなずいた。
「医者にはなんて言われたんですか?」
「記憶喪失とかなんとか言ってたダー」
「ほらね」
「でも忘れてるのは最近のことだけで、前のことはちゃーんと覚えてるんダー」
「それって記憶喪失の症状としては、わりとよくあるタイプですよ。聞いたことがあります。やっぱりワスレンダーのせいに違いないです」
「おまえも、そうなのか?」
そう訊かれて、僕は少し戸惑った。
記憶喪失は嘘だけど、この世界に僕がいるということは、もしかしたら邪悪獣とかいうものの存在とかかわっているのかもしれない……。
そんな仮定が頭をよぎった。
でもこのおじさんに、それを伝えてもしょうがないと思ったので、この場はごまかすことにした。
「そうなんですよ。僕もワスレンダーのせいで記憶がなくなっちゃって……」
「おまえもわしと同じだったんダー。かわいそうなんダー」
おじさんはいきなり僕に感情移入したらしく、僕の隣に座ってきた。
奇妙な格好をしたおじさんが抱きつかんばかりに僕に迫ってきたのだ。さすがに僕も腰が引ける。
さっきは姫木先生のことが気に入ったとか言っていたけど、もしかしたら少年も好きな変態おやじだったら、やばすぎる……。
「近い、近すぎます……」
と、僕は片手でおじさんの顔を押し戻した。
グニャ……。
僕の手のひらに当たった、おじさんの顔が変形するのがわかった。
おじさんの顔は普通ではありえないくらいの弾力があったのだ。
それはまるで低反発ウレタンでできている枕を上から押しつぶしたような感覚だった。
えっ!? なに!? この感触……!?
僕が手をおじさんの顔から離すと、ボヨ~ンと音はしなかったけど、おじさんのへこんでいた顔は瞬時に元に戻った。
この変態オヤジが今まで僕の出会った人間のなかで、もっとも柔軟な顔面を持っているのは間違いなかった。
「おじさん……」
「わしは、タイダー。タイダーと呼んでくれていいんダー」
「タイダーさん……何者……!?」
紫のモヒカン頭の変態おじさんは、サングラスをキラリと光らせて言った。
「わしは五次元人ダー」
「ゴジゲンジン!?」
意味がわからない。
五時? 誤字? ゴジ? 原人? 原始人? 五時限?
僕の中で、いくつかのワードが現れては消えていく。
ゴジゲンジンという職業があるのか?
それとも単なる僕の聞き間違いなのか!?
でも確かにそう聞こえた。
「ゴジゲンジンって、なんですか?」
「五次元人は、五次元人なんダー」
「五次元?」
「そう。ここから時間と空間を飛び越えた先にある、世界なんダー」
五次元か!
僕らのいる三次元の世界とは違う、四次元を飛び越えた、その先にあるもう一つの世界……。
そうなんですか……っていったいなんなんだよォ!
わけわかんないッ!
「でも正確に言うと、わしは五次元にあるジャーク帝国の人間なんダー」
と、タイダーは自慢げに言った。
このモヒカン頭は、僕にとって理解不能なことを語っていたけど、それが僕には嘘を言っているようには思えなかった。
直感的に、このおじさんが本当のことを言っているのだとわかった。
さっきの変形した低反発ウレタン製の顔面が、その証拠だ。
タイダーは、われわれのような地球の人間ではなく、異世界からやってきた来訪者なのだ。
その異世界には、ジャーク帝国というものが存在しているらしい。
僕の中に生まれていたいくつかの謎のピースが、一つにつながろうとしている気がした。
地球を守れと五年三組の生徒たちに告げて、ライジンオーを地球防衛組に託した謎の存在エルドラン。
突如として地球を襲い始めた邪悪獣たち。
五次元人とジャーク帝国。
これらは一本の線でつながっているに違いない。
そして今、目の前にその重要な鍵を握っている男がいるのだ。
高校生だった僕が小学生の自分の身体の中に入ってしまうことになった謎の解明にも、それはつながるはずだ。
「タイダーさん、話をもっと聞かせてください」
と、僕はタイダーに迫った。
「ジャーク帝国って、いったいなんなんですか?」
「聞きたい?」
「聞きたいです!」
「じゃぁ、教えてあげようかなぁ」
「教えてください!」
タイダーは僕のベッドに横たわった。
腕枕してすっかりリラックスしたようだ。
ようやく自分の話をちゃんと聞いてくれる相手が現れたので、うれしくなったようだった。
「ジャーク帝国は、わしの故郷なんダー……そこには……」
タイダーが語り出したのは、僕にとってはもちろんだけど、地球防衛組にとっても重大な情報だった。
五次元と言われている異世界には、ジャーク帝国というものが存在していること。
そこは皇帝ワルーサという謎の意識体が支配していて、さまざまな次元の世界を自分の意のままにしようとしているということ。
さらに皇帝ワルーサは、すべての世界に自分の配下を送りこんでいるということ。
このタイダーも、ワルーサの配下の一人なのだった。
タイダーは、自分がジャーク帝国からこの世界に送りこまれる直前までは覚えているらしかったが、それ以降のことはすっかり記憶から抜け落ちているのだ。
そうでなかったならば、僕に対してこんなにも簡単に自分の事情をペラペラと語ったりしないだろう。
自分がこの世界にやってきた目的すらも、彼は忘れてしまっているのだ。
「少し話しすぎたかもしれないダー……わしは、疲れたんたんダー」
と、タイダーはこっくりこっくりと舟を漕ぎはじめた。
そしてスピーという寝息をたてて眠ってしまった。
僕はどうしたらいいんだ……?
たまたま僕が知ってしまったこの情報を、どうしたらいいのか、僕にはわからなかった。
あまりにも衝撃的すぎるし、それを知った経緯が、あまりにも唐突すぎる。
僕が伝えるだけだと、邪悪獣ワスレンダーの被害による記憶障害だと思われてしまうかもしれない。
そうだ!
この僕の目の前で、だらしなく口をポカンとあけて眠りこけている五次元人のタイダーを捕まえて、防衛隊に連れていけば、その後はあの武田長官たちが拷問でもなんでもしてタイダーから真実を聞き出してくれるに違いない。
僕に今できるのは、この五次元人の存在を、今すぐ防衛隊に通報することだ。
僕はタイダーを起こさないように、慎重に立ち上がると、ベッドの下に置いてあった僕の運動靴をはいた。
タイダーは、ぐっすり眠っている。
この様子だとしばらくは起きそうにない。好都合だ。
僕はできるだけ静かに病室から外に出て、そっとドアを閉めた。
そのときドアの向こうから人の話し声が聞こえてきた。
「いったいこんなところで、おまえは何をしているんだッ!」
一瞬、タイダーの寝言かと思ったが、それはまったく違うしぶい男の声だった。
そしてもう一人、別の声も聞こえる。
「タイダー、起きるのよ!」
これはあきらかに女の声だ。
僕は立ち止まって、声に耳をすませた。
さっきまで自分がいた病室には、僕とタイダーの二人しかいなかったはずだ。
聞こえてきたこの声は、いったい誰のものなんだ!?
部屋の中にはラジオもテレビもなかったはずだ。ベッドの脇には、ナースステーションに通じている小さなスピーカーだけがついていた。
声が聞こえるとしたら、そのスピーカーからしか考えられない。
しかし聞こえてきた声は、ナースの声には思えなかった。
「起きろと言っている!」
「タイダー!」
バシッ! と、何かが叩かれる音がした。
「あっ、ベルゼブ様!」
驚いた声はタイダーのものだ。
ベルゼブ……!?
誰なんだ、それは!?
「きさま役に立たないどころか、われわれの足をひっぱるつもりか! 人間たちとかかわるなとあれほど言っていたのに、なんたるざまだッ!」
「そんなこと言われても、わしにはなにがなんだかわからないダー」
「ベルゼブ……タイダーは記憶を失くしているみたいよ」
「なにィ……ワスレンダーにやられたのか……」
男の声と女の声が会話をしているのが聞こえる。
あきらかに誰かが部屋の中にいて、タイダーと話をしているのだ。
背筋に冷たいものが流れた。
なにかとんでもないことが起きている。それは間違いない。
これ以上近寄ってはいけないと、僕の潜在意識が警報を鳴らしていた。
だが僕はその警報を無視した。
閉めたばかりのドアを力一杯押し開けて、僕は病室の中に飛びこんだ。
「誰だッ!」
自分の背中を押すためにも、僕は思いっきり声をあげた。
そして見た。
誰もいなくなった病室を。
さっきまで声が聞こえていた病室は、もぬけの空になっていた。
タイダーが眠りこけていたベッドには、人が横になっていた痕跡だけがシーツの上に残っている。
そしてゆっくりとカーテンが揺れている。
窓も閉まったままだ。
他の出入り口はどこにもない。
タイダーと男女の声の主は、あとかたもなく消え去っていた。
(つづく)
著者:園田英樹
キャライラスト:武内啓
メカイラスト:やまだたかひろ
仕上:甲斐けいこ
特効:八木寛文(旭プロダクション)
次回6月27日(火)更新予定