【第13回】絶対無敵ライジンオー 五次元帝国の逆襲
『頼れる、あいつら』
「はぁ!? 飛鳥、本気なの!?」
「マジ、マジだよ。僕の目が嘘ついてるように見える?」
「……嘘はついてない気がするけど……それにしてもねぇ……」
マリアはため息をついて首をかしげた。
あきらかに僕を疑っている。
そりゃ当然のことだと思う。
目の前で突然気絶して倒れた男が、目を醒ましたら、気絶している数分の間に意識だけが別世界に飛んで、その世界を生きてきたなんてことを言い始めたのだ、信じられるわけはない。
彼女にとって、僕の話が素直に受け入れがたいものであるのは、話している僕自身が一番良くわかっている。
僕だって、いまだに信じられないことばかりだからだ。
でも地球防衛組の仲間たちと一緒にいたこと、鳳王を操縦して学校から飛び出したこと、邪悪獣を追いかけて町中を走り回ったこと、五次元人のタイダーと話をしたこと、そしてもう一人の自分自身と話をしたこと。
それらのことが間違いなく僕の中に実感として残っている。
あれはけっして妄想などではない。間違いなく僕が体感した現実として起きたことだった。
「わかった……わかったわよ、飛鳥くん……」
急にマリアの口調が優しくなった。
「わかってくれたんだね」
「もちろん……もちろんよ……」
そう言ったマリアの微笑みが引きつっているのを僕は見のがさなかった。
「だから一緒に病院に行きましょう。……きっとさっき倒れたときに、どこかに頭をぶつけたのかもしれないわ。血とかは出てないみたいけど、内出血とかしてるのかもしれないし……とにかく検査してもらいましょう。ねっ、飛鳥くん」
口調が優しくなった理由が、はっきりした。
僕が頭を打ったせいで妄想を喋り始めたと思っているんだ。
これじゃ向こうの世界で起きたことを、また繰り返すことになってしまう。
やっかいすぎる……!
どうしたらいいんだ!?
一瞬の間に、僕の脳はフル回転した。
そして一つの決断を導きだした。
「なーんちゃって! 信じた? 信じたでしょ? ごめん、ごめん、冗談、冗談でしたァ」
マリアの表情がまた急激に変わった。
さっきまで不安そうに引きつっていたのが、みるみる怒りのそれにメタモルフォーゼしていく。
やばっ……! そう思ったときは、もう遅かった。
バチーン!
強烈な音を発したのは、僕の左頬だった。
思いっきり首が振られて視界が歪む。
気づいた時には首が十メートルほど吹っ飛んでいた……なんてことはなかったけど、僕の脳は確実に揺れていた。
何が起きたのかは強烈な頬の痛みが教えてくれていた。僕は、またまたマリアにひっぱたかれたのだ。
「あいたぁ~~~~」
「なにが冗談よ! あたし、すごく心配したんだからねッ。もう、知らないッ! これは、さっきあたしの胸を触ったお返しよッ!」
言葉が終わる前に、奇襲攻撃は素早くしかも正確に実行された。
ドスッ!
超高速の正拳突きが、僕のみぞおちに決まっていた。
「ムオッ……!」
呼吸ができなくなった僕は、その場に崩れ落ちた。
ツンとすっぱいものが喉にこみあげてくるのを耐えながら顔をあげると、マリアが非常口の方に歩き去っていく姿が涙に滲んで見えた。
なんでこうなっちゃったんだよォ……。
僕は屋上のコンクリートの床に、ゴロリと仰向けに寝ころんだ。
俯瞰で僕の姿を撮影したなら、おしゃれな青春映画の一コマに見えるかもしれない。
でも現実の僕は、好きな女の子に思いっきりひっぱたかれた上に、強烈な正拳突きを食らった、みじめな男にすぎない。
それでも僕はビンタで激震させられた脳を必死に働かせて、これからのことを考えようとしていたのだ。
ゆっくりと全身を動かしてみる。
両手も、両足も、高校生の僕自身のものに間違いない。
その安心感ははんぱない。
自分の身体に戻ってきたという喜びは、マリアを怒らせてビンタされてしまったというショックを上書きするだけの力はなかったけど、こっちに戻って来たからには何をするべきかを考える力を僕に与えてくれていた。
しばらくその状態のまま、一人で考えてみた。
だけどやっぱり答えは見つからない。
深い樹海の森に迷いこんで、その中をぐるぐると歩き回っているかのようだ。
「よし、こういうことは、あいつらの力を借りるしかない……あいつらなら、何か答えを見つけてくれるかもしれない……」
古びたドアの横には、『文芸部』というプレートの横に小さく『SF研究会』と書かれたメモ紙がピンで留められている。
僕はその部屋の中にいた。
大きな丸テーブルの周りには古い木製の椅子がいくつか並んでいる。
その椅子の一つに、星山吼児が座っていた。僕の話を、逐一メモに取りながら。
「タイムスリップ……精神的な……実に興味深いね、飛鳥くんが体験したことは」
「信じてくれるんだな、吼児……?」
「もちろんだよ。飛鳥くんが嘘をつくはずないもん。それに、もし嘘だとしても、飛鳥くんには何の得になることもないし、むしろ得になるのは、僕のほうだしね」
と、吼児はニッコリ微笑んだ。
「これは、いい小説のネタになるよ。ありがとうね」
「だからおまえの小説のネタにするために話してるんじゃないからさァ。ちゃんと考えてくれよ」
「考えてるよ、もちろん」
と、言う吼児の目はキラキラと輝き出している。
あきらかに新作小説のストーリーを考えはじめた顔だ。
小学生の時の吼児は、毎日本ばかりよんでる少年だった。SFはもちろんのこと、ミステリーから、純文学までなんでも読んでいた。そして書くのも好きだった。
五年三組のみんなでやった学芸会の台本は、吼児が書いたんだった。
たしかそのタイトルは『大勇者物語』。
クラスメイトだった泉ゆうが主演のお姫様を演じた。僕も出演したはずだったが、何の役をやったのかまでは思い出せなかった。
学芸会の台本を書いたことがきっかけで、吼児はストーリーを書くことに目覚めたらしかった。
それが今やいろんなものを書くことが趣味を通りこして仕事みたいになってきている。
文芸部は、吼児のためにあるような部活動だ。
ミステリーからSF小説、そして演劇部から依頼される脚本まで、吼児はなんでも書いているようだ。
ちょっとした売れっ子作家だ。
学校の文芸誌だけでは飽きたらずに、毎年夏と冬に開催されているスーパーコミックマーケット、略してスパコミケに参加して、創作系の同人誌を売っているらしい。もちろんペンネームで参加しているようだ。けっこう人気がある同人作家なんだって。
どんな名前で、どんな小説を書いているのかは、なかなか教えてくれない。
教えてくれてもいいのにって思うけど、内緒にしているのは、何か深い理由があるらしかった。
「どうして、僕がこんな目にあうことになったのかが、一番知りたいことなんだけど。吼児、わかる?」
「そこ、いま、ばらしちゃまずいでしょ」
と、したり顔で吼児はうなずいた。
「はぁ? いや、ばらしてよ、わかってるんなら」
「タイミングあるでしょ、こういうのは」
「タイミング?」
「読者とのかけひきとか、あるわけじゃない、そういうことが」
「言ってる意味がぜんぜんわかんないですけど。だいたい読者とかいないし。僕が知りたいだけでしょ」
「いや、もう僕が聞いた時点で、飛鳥くんだけの問題じゃないしねこれは」
「僕の問題なのッ!」
僕のツッコミにも、吼児はびくともしなかった。
ノートにメモを取りながら、一人でかってにウンウンとうなずいている。
なにか勝手に納得している様子だ。
「この謎が解けるのは、クライマックスの最中でなきゃね。まだ中盤にもさしかかってないのに、肝心の秘密が明かされちゃった日には、読者のみなさんはがっかりしちゃうし、やっぱこういうのは王道で行かなきゃ……」
「そういうのは、どうでもいいから、とにかくわかってるんなら、まず僕に教えてよ」
吼児は思考を邪魔されて、ちょっとむかついたみたいだった。唇をとがらせて僕をにらんだ。
「教えられません。僕も確証があるわけじゃないから」
「はぁ? さっきばらすとか言ったくせに……わかったわけじゃないの!?」
「まぁ、そういうことになるかな」
と、またメモに目を落として吼児はあっさりと言った。
カチーンだ! あったま来たーッ!
「なんだよォ! 真剣に考えてくれよッ!」
思わず僕は立ち上がった。
そんな僕の怒った様子を見て、吼児は驚いたように目を見開いた。
「えっ……飛鳥くん、本気だったの……?」
「だからぁ、さっきから全部本当に起きたことだって言ってたじゃないかぁッ!」
やっぱり吼児も、本気にしてくれてなかったのだ。
「僕は、吼児くんと違って、最初から本気で聞いていましたよ」
きっぱりとした声が部室内に響き渡った。
ドアの前に立っていたのは小島勉だった。勉のメガネが、キラリと光った。
「飛鳥くんの声は、隣の科学部の部室まで聞こえてましたから」
勉はメガネを左手の人指し指と親指ではさんでずり上げた。
この得意のポーズは、小学生の時から変わらない。
そしてその口調も。そして前髪パッツンの髪形も。
ちょうど何かの実験をしていたらしく、学生服の上に白衣を羽織っている。
「念のために、録音もしておきました。あとで確認しなきゃならなくなったときに必要ですから」
「録音!?」
「こういう便利なものがありますからね」
勉は小型のICレコーダーを胸ポケットから取りだしてみせながら、ずんずんと文芸部の部室に入ってくると、かってに吼児の隣に座った。
小学生の時から勉強に関しては誰よりも努力家で、特に科学に関しての興味はすごかった。科学関係の雑誌や、文献など、手当たりしだいに読んでいたはずだ。
その勉の科学への傾倒は中学に入るとさらに強くなり、高校に入学するころには、将来は科学者になるのが彼の人生の規定路線となっていたのだった。
「飛鳥くんの身に起きたことは、今の科学では説明がつきませんが。説明のつかないことを、科学していくのが、科学者たるものの仕事です。実に面白い、実に興味深い事例だと思いますよ、僕は」
「勉ゥ~、おまえだけが頼りだよォ~。この謎解いてくれェ~~」
溺れるものは藁をもつかむの諺通り、僕はもう勉という藁にすがるしかなかった。
「僕が最も興味をひかれたのは、僕たちが小学五年生だった時代に飛鳥くんはタイムスリップしたはずなのに、その世界が今の僕たちの世界とは、微妙に違っていたというところです」
「そこなの、もっと興味惹かれるところ、たくさんあるでしょ」
と、隣から吼児がつっこんだ。
「学校が変形するところとか、巨大ロボットが出撃していくところとかさぁ? そういうところは気になんないの!?」
「それはもちろん気になります。それよりも、僕には気にかかったところがあるんです」
勉はあくまでも冷静だ。
「どこよ?」
「五年三組に、僕たちの知らない人物がいたところです」
「ああ……」
と、吼児もうなずいた。
「たしか……誰だったっけ?」
「日向仁」
僕は仁の人懐っこい笑顔を思い返した。
「そう、その仁という少年のことです」
勉は腕組みをして考えこんだ。
吼児は、テーブルに置いている創作ノートに、『ひゅうがじん』とひらがなで書きこんだ。
「なぜ彼はこちらの世界にいないんでしょうか?」
「そういうこともふくめて知りたいから、君たちに相談してるわけでしょ」
また堂々巡りをしそうで、僕は少し苛立ってしまった。そんな僕の苛立ちを見透かしたように、勉はメガネをキラリと光らせて静かに言った。
「では、その日向仁という少年を、探しに行きましょう」
「えっ!?」
「彼が本当に、この世界にいないのか、それともそうじゃないのか……調べてみなきゃわかりません。すべての現象を科学する。それが僕たち科学部なのです!」
きっぱりと宣言して、勉はさっそうと立ち上がった。
(つづく)
著者:園田英樹
キャライラスト:武内啓
メカイラスト:やまだたかひろ
仕上:甲斐けいこ
特効:八木寛文(旭プロダクション)
次回7月25日(火)更新予定