【第14回】絶対無敵ライジンオー 五次元帝国の逆襲
『記憶、そして現実と夢と』
日向仁を探す。
小島勉の提案で、僕たちは陽昇学園にやってきた。
僕らが小学生の時に通っていた校舎は、昔のままそこにある。
表通りを進むと絶対堂という文房具屋が見えてくる。
その正面に陽昇学園の校門がある。
校門を入ると、鉄筋三階建ての校舎があり、それを突き抜けるとあまり大きくはないが小学生たちが駆け回るにはちょうどいい大きさの校庭がある。
校庭をはさんで右手に体育館。左手にはプールがあり、校庭には周回用と百メートル走用のトラックレーンが引いてある。
校舎全体が高台に建てられているので、校庭と校舎からは遠くに山や海が見渡せる。そしてその校庭からはゆるやかなカーブを描いて坂道が町の方へ続いている。
「同じだ……」
校門を入って校舎を見上げた僕は、思わずつぶやいていた。
体感時間では数時間前まで、僕はここにいたのだ。(正確に言うならば、違う世界の陽昇学園だけど)
廊下の壁に貼られた絵や注意書きなどが微妙に変わってはいるが、大きな違いはない。
だが決定的な違いが、ここにはある。
この校舎は変形しないのだ。
体育館から獣王は発進しないし、プールから鳳王は飛び立たない。
この校舎では、あんな不思議なことは起きたりしないのだ。
これが現実だ。僕が知っている、あたりまえの世界だ。
僕はなんだか不思議な気持ちになっていた。
学校が変形してもいいのに……。
ロボットがあってもいいのに……。
教室の掃除道具入れのロッカーから滑り落ちるように鳳王のコクピットに飛びこんで行った、あの瞬間の興奮が一瞬、僕の胸にフラッシュバックした。
あのときはとまどいと恐怖だけだったが、今思うと、なんだか胸が熱くなる。
僕はワクワクしていたのかもしれない……
今、何の変哲もない校舎の中にいて、僕は校舎が変形すればいいのにと思い始めていた。
僕はまるで夢の中の出来事のように、数時間前のことを思い返しているのだった。
「行きましょう、職員室へ」
そう言ったのは小島勉だ。
「まだ先生たちの帰宅時間にはなってないから、きっと篠田先生はいると思います」
「五、六年の時、担任だった篠田先生?」
と、吼児がたずねた。
「そう、その篠田先生」
「なんで先生のところに行くのさ?」
僕は勉に聞き返した。
「だって先生は、僕たちの五年と六年のときの担任だったでしょ。その学校にいたかもしれない子のことだったら、先生に聞くのが一番ですよ」
「僕たちの記憶に、日向ってやつはいない……だったら、先生も知ってるわけないじゃないか」
「それは違います」
勉は、またメガネをずりあげた。
「僕たちの記憶になくても、先生の記憶にはあるかもしれません」
「どうして?」
「僕たちの五年三組に、その少年がいなくても、他のクラスにいたという可能性もあるではありませんか。それに、僕たちが覚えていないだけで、短い間だけ学校にいて、転校してしまった子がいたのかもしれません」
「それもそうだね。僕たちの記憶だって、あいまいだもんね」
と、吼児も賛同した。
「その通りです。人間の記憶というものは、実にあいまいなものだということは、さまざまな研究者によって明らかにされています。記憶というものはしょせんは脳に記憶されている情報にすぎないわけですから、なにかの作用で、それが抹消されてしまったり、改変されてしまうというようなことは簡単に起きてしまいます」
勉が一気にまくしたてた。こうなったら勉は止まらない。
「そうなんだ……」
吼児も口をポカンとあけて聞いている。
「つまりコンピューターにおけるハードディスクやメモリーのようなものですね。記憶の容量にも限界があるだろうし、上書きとか抹消とかも、頻繁に行われている現象にすぎません。それに人間は、自分の記憶でさえも、都合のいいように編集してしまうことがあるというのは、今や常識ですよ」
「えーと、つまりそれは簡単に言うとどういうことなの?」
「飛鳥くんが、むこうの世界で出会った日向仁という存在を、僕たちが忘れてしまったかしれないということです」
「なーんだ」
と、吼児が小さな声でつぶやいた。
それを勉は聞き逃さなかった。
「なんだとは、なんですか、吼児くん」
「いや、それだったら、ないなと思ってさ」
「どうしてです?」
「だって、僕たち三人とも忘れたりする? そりゃ、ないでしょ。いくらなんでも」
「それは、そうかもしれませんが……」
と、勉は言葉をつまらせた。
「いや、あるかもしれない……」
僕は言った。
「ワスレンダーに襲われたのなら……」
邪悪獣ワスレンダーの存在を僕は思い出した。
数時間前に地球防衛組の仲間たちと力をあわせて捕まえた邪悪獣だ。
あれは物忘れを引き起こす力を持った邪悪獣だった。
いやしかし、あれは向こう側の世界でのできごとのはず。それにワスレンダーは捕獲され、防衛隊に引き渡されたのだ。
僕は一瞬脳裏に浮かんだ、ワスレンダーの姿を払いのけた。
しかし邪悪獣ワスレンダーという単語は吼児の興味を引いたようだった。
「ワスレンダーって、飛鳥くんが向こうの世界で捕まえたっていう邪悪獣のことだよね?」
「ああ、うん」
「どんなやつだったの、詳しく教えてよ」
吼児はメモ帳を手に迫ってきた。
「それは僕も聞きたいですね」
と、勉も身を乗り出した。
職員室への廊下を歩きながら、僕は邪悪獣ワスレンダーのことを二人に説明することになった。
もちろんこちらの世界に、そんなものが存在するはずはないとわかってはいたのだけれど。
「えっ、本当に!? その仁っていう子がその邪悪獣に飛びついて捕まえたんだ。すごいねぇ」
と、吼児は異世界での出来事を、自分がしたことのように喜んでいるようだった。
「僕と吼児も協力したんだよ」
「でも結局は、僕が作った捕獲装置で、そいつを捕らえることに成功したんですよね。さすがですね、やっぱり僕は」
なぜか勉も自分がしたことのように胸をはっている。
二人ともなんだか本当に嬉しそうだった。
職員室前の廊下で、篠田先生が高校生くらいの女子と立ち話をしているのが見えた。
僕らと同じ高校の制服を着ていて、肩には大きなスポーツバックをかけている。
「あっ、池田さんだ」
まっさきに吼児が気づいた。
「なんでここにいるんだろ?」
池田れいこ。彼女も小学生の時に同じ五年三組だった同級生の一人だ。
五年生の時には、すごく小柄でいつもピンク系のふわふわした服を着ていた印象がある。
いまの彼女からは想像もつかないけれど。
小学生の頃から町のレスリング道場に通いはじめた彼女は、中学に入ると本格的にやるようになった。
身体も立派に成長し、いまや小柄な印象はまったくない。どちからというと女性では、大柄な部類に入るかもしれない。
「あら、月城くん、小島くん、星山くんも……どうしたの!?」
「池田さんこそ……?」
吼児が質問に質問で答えた。
「あたしは篠田先生に、これを渡しに来てたの」
と、彼女は手にしたチラシを僕らにも渡した。
「はい、これ、受けとって!」
それは女子プロレス興行のチラシだった。
ド派手なコスチュームを着たり、ギンギラ光るマスクをつけた女子プロレスラーたちが、ファイティングポーズをとっている写真が載っている。
その中にはあきらかに着ぐるみを着たおふざけキャラのレスラーや、おどろおどろしいペインティングを顔にした悪役もいる。
「なんですか、これは!?」
勉が驚きの声をもらした。
「女子プロレス……!」
「えっ、池田さん、もしかしてこれに出るの!?」
吼児の声が、何オクターブか上がった。
「へへっ、そうなのよ」
と、れいこは得意気に微笑んだ。
「ついに夢をかなえたんだね、池田さんッ!」
吼児は興奮して飛び上がりそうだった。
池田れいこが女子プロレスラーになるのを夢見ているということは、小学生の時には有名だった。
彼女が格闘技やプロレスの大ファンで、将来は自分もレスラーになりたいと公言していたからだ。
だが心の底では本気にしていない者がほとんどだったと思う。
小さくてあまりにもひ弱な彼女が、プロレスラーになるなんて、とうてい無理に思えたからだ。
しかし彼女は自分の夢をあきらめていなかったのだ。
「マジで?」
と、僕はチラシを凝視した。
チラシの選手の写真の中には彼女とおぼしき選手はどこにも映っていない。
「どれ? どれが池田さんなの?」
「残念でした。あたしの写真は載ってないの」
「え、でも出るんでしょ?」
「試合の前のエキシビジョンマッチでね。ヘヘッ」
彼女は本当にうれしそうに笑った。
「あたしまだ高校生だし、練習生でしかないから、正式な試合には出れないんだけど、会長がせっかくこの陽昇町で試合があるから、おまえもちょっとだけ出てもいいよって言ってくれたの。だから、正式な試合の前に、練習的なあつかいでリングに上がれるんだ」
「それでもすごいよ、池田さん」
吼児が続ける。
「小学生の時からの夢を着実にかなえようとしてるんだもん」
「吼児くんは、あたしがプロレスラーになりたいって言ったとき、信じてくれたもんね」
「ヘヘヘ……」
吼児は少し照れたように微笑んだ。
僕は心のなかで、れいこに謝った。
信じてなくて、ごめんなさい。
「みんな、応援に来てね。篠田先生も来てくれるって」
篠田先生は、大きくうなずいて言った。
「れいこのデヴュー戦、みんなで応援に行こうな」
「はい! もちろんです」
まっさきに答えたのは吼児だった。僕と勉は、少し遅れてうなずいた。
僕としてはれいこのプロレスデヴューよりも、まず先に解決しなければならない問題が目の前にあったから。
「ところで、月城、小島、星山……おまえたち、なにしに来たんだ? おまえらが、ここにくるの何年ぶりだっけ?」
篠田先生は、本当にうれしそうにうなずいている。
「なんだかみんな大きくなったよなぁ……顔は、あんまり変わってないけどな」
「僕たち、先生に聞きたいことがあってここに来たんです」
と僕は切り出した。
「五年生の時の生徒のことなんですけど……」
「ん? そういえばおまえたちは、同じクラスだったな」
「ええ、先生が担任してくれてた五年三組です」
「そうそう、そうだった。よく覚えてるよ」
「学校に日向仁って子、いました? 僕たち、おぼえてないんですけど、もしかしたら先生なら覚えているかもしれないって……」
「日向仁ね……」
篠田先生は、視線を宙に泳がした。
「いたかなぁ……」
「すごく元気で、ちょっと乱暴だけど、めちゃくちゃ正義感の強い少年だったと思います」
「じゃあ目立つタイプだよな」
「はい」
「うーん……」
先生は首をかしげた。
「日向……日向仁ねぇ……」
「思い出してください。きっと仁は、いたはずなんです!」
僕は思わず大きな声を出していた。
そして自分の口から、そんな言葉が出たことに少し驚いた。
仁は、いたはず……。
記憶にはないのに、僕は日向仁という少年がいるに違いないと思い始めていた。
(つづく)
著者:園田英樹
キャライラスト:武内啓
メカイラスト:やまだたかひろ
仕上:甲斐けいこ
特効:八木寛文(旭プロダクション)
次回8月1日(火)更新予定