【第15回】絶対無敵ライジンオー 五次元帝国の逆襲
『仁を探して』
「おぼえてないなぁ……ごめんな」
篠田先生は、大きなため息をついた。
おぼえていることを期待していた僕は、思わずこけそうになってしまった。
「本当ですか、本当におぼえてないんですか!? 先生、もっと真剣に思い出してくださいよ!」
自分でも気づかないうちに、声が大きくなっている。
「おいおい、飛鳥、急にどうしたんだ? 俺がおぼえてないって言ってんのが、信用できないって言うのか?」
「そういうわけじゃないんですけど、きっと先生ならおぼえていてくれるって思ってたから……」
池田れいこが、不思議そうな顔でのぞきこんでくる。
「飛鳥くん、いったいどうしちゃったの? なんかよっぽどその子のことが気になるの?」
「そうなんだよ……池田さん……」
れいこに最初からいきさつを話していたら、また余計な時間がかかってしまうので、とりえあず彼女のことは、ほおっておくことに決めた。
「ねぇ、先生、当時の資料とか残ってないんですか?」
と、言ったのは吼児だ。
さすが吼児、気がまわる。
「小学校に在籍していた生徒なら、なんらかの記録が残ってるはずでしょ」
「そうそう。いいところに気がつきましたね、吼児くん」
すかさず勉が賛同する。
「篠田先生、めんどくさいかもしれないけど、ちょっと調べてもらうわけにはいきませんか」
僕もここはプッシュするところだと思って、元教え子の必死のお願いモードで押すことに決めた。
「お願いします!」
「しかしなぁ……個人情報をかってに外部の者に見せるわけにはいかないからなぁ……」
と、篠田先生はまだためらっている。
だけどここは押し切るしかない。
「元生徒がここまでしてお願いしているのに、先生は、それをむげに断るんですか……」
「いやしかし規則が……」
「規則? 先生の口から、規則なんて言葉がでるのが信じられません。そんな堅苦しい人でしたっけ、篠田先生は。生徒のことを第一に考えてくれる先生だと僕は思ってます。そうでしょ、先生。お願いします」
と、僕は頭を下げた。
渋っていた篠田先生が、ついにあきらめたように微笑んだ。
「わかったよ……ちょっと調べてみるけど、俺がおまえたちに協力したことは、誰にも言うなよ」
「はい!」
「最近は、教育委員会とか、PTAとか、けっこううるさくてなぁ……おまえたちが生徒だったころとは、ずいぶん変わってきてるのさ」
と、先生は少し肩をすくめた。
篠田先生が教育委員会やPTAとかを気にしているのは意外だったけど、小学生だった頃の僕には、そういう大人の世界の事情みたいなものは目に入ってこなかったし、興味もなかったのだと思う。
きっといろいろ大変だったんだろうなぁ。
今ならわかる気もする。
篠田先生はしばらくパソコンを操作していたが、最後に大きなため息をついて僕たちの方を振り返った。
「ここ十年のデータを検索してみたが、日向仁って子の名前は、いっさい出てこないな。やっぱりいなかったようだね」
「そうですか……」
期待していただけに、僕はがっかりしてしまった。
「もうこれでいいかい?」
「はい……」
記録が残っていない以上、僕たちにできることはもうない。
気を落とした僕を気づかって、吼児も勉も何も言わなかった。一緒にいてくれた池田れいこも同じだ。
僕たちは篠田先生に別れを告げて職員室を後にした。
「でもさ、久しぶりに小学校に来て、なんだか楽しかったよねぇ」
と、吼児が明るい声で話しかけてくる。
落ちこんだ雰囲気を変えようとしてくれているのだ。さすが空気を読む男の本領発揮ってところだ。
「ねぇ、みんな。せっかくだからあたしたちの教室、見ていかない?」
そう提案したのはれいこだ。
「僕たちの教室……?」
「そう、五年三組」
れいこは、もう廊下をさっさと歩きはじめていた。向かっているのは三階の、僕たちの教室だ。
教室に入るなり、れいこが声をあげた。
「うわぁ~~、こんな感じだったっけ、あたしたちのいた教室。なんだか昔とぜんぜん違う感じがする」
「そうかなぁ?」
と、吼児はぽかんと教室の中を見渡しながら言った。
放課後の教室には、生徒たちはもう誰も残っていない。
教室の中はがらーんとしていた。
勉はさっそくカメラを取りだして、写真を撮影しはじめている。
「基本的には変わっていませんね。れいこさんにこの教室が違うものに見えるのは、きっとれいこさんの方が変わってしまったからですよ」
「あたしが変わった?」
「変わったというか、成長したんですよ。小学生の時のれいこさんは、ほら、あまり大きくはなかったから」
「そうね、あたし小さかったもんね」
と、れいこは膝を曲げた。
「これくらいだったかしら、あの頃のあたしの身長……」
「それくらいでしたね」
と、勉が言い切らないうちに、れいこが叫んだ。
「そうそう、こんな感じだったわ、あたしたちの教室!」
そのれいこの気持ちが一番よくわかったのは、僕だと思う。
だって体感時間では数時間前まで、五年生の身体になってこの教室にいたのだから。
僕も少しだけ膝を曲げて、視線の位置を落としてみた。
ちょうど五年生だった僕の視線があったあたりまで。
変わってない……なにも変わってない……。
ただあの教室で、元気一杯の声を張り上げていた日向仁は、こちらの世界の教室には存在していないのだ。
それは大きな違いだ。
「違うんだ……」
そんなつぶやきが僕の口から漏れていた。
「なにが?」
僕の声に元気がないのが、吼児には気になったようだった。
「いや、仁がここにはいなかったんだなって……」
「ああ……そうだね」
「飛鳥くんは、むこうの世界で出会った、その仁って子のことをよほど好きになってしまったんですね」
と、勉が冷静に言う。
「いや、そういうわけじゃないけどさ……なんか……なんか、不思議な感じなんだ……」
「いったい、なんの話をしてんのよォ! あたしにも説明してッ!」
そう叫んだのはれいこだ。
彼女への説明を後回しにしていたことを思い出した。彼女だけが事情を知らずに、ここに来ていたのだった。
れいこへの説明は、僕に代わって吼児と勉が的確にやってくれた。
二人のマニアックなSF的な解説を、れいこは奇跡的に理解したようだった。
「なるほど、そういうことか……飛鳥くん、チョー面白い体験してるじゃない。うやましいなぁ」
と、れいこは快活に笑った。
「あたしが代わってあげたいくらいよ」
「代われるもんならは、代わって欲しいよ……」
「ねぇ、あたしは、向こうの世界じゃ何をやってたの?」
「何をって?」
「飛鳥くんは、飛べるロボットのパイロットやってたんでしょ……そしてクラス全員でそれぞれなんか役割を分担してたわけでしょ、その地球防衛組だっけ?」
「そう、地球防衛組」
「そこでのあたしの役割はなんだったの?」
「なんだったっけ……?」
「えー、教えてよ」
「だって自分のことで精一杯で、他の子たちがなにをやってたかなんて、いちいち見てらんなかったんだもん」
「なーんだ」
と、残念そうに言って、れいこは机の一つに腰をおろした。
「ここだったなぁ、あたしの席……こんなに小さかったのね、あたしの机……フフフ……」
前から四列目の左から二つ目が、彼女の席だった。
「左隣が小島君で、その後ろが、飛鳥くん……右側の席が……そうそう、マリアだったっけ」
「そうだったね……」
僕も自分の席だったところに腰かけてみた。
「たしか、僕はここだったよ」
と、吼児は最前列の左端の席に座る。
「僕は、もう自分がどこの席だったか、忘れてしまいましたよ……」
と言いつつも、勉も自分の席に座った。
こうして昔の自分の席に座ったら、むこうの世界での席順と同じだったということが、よりはっきりと感じられた。
日向仁が座っていたのは、僕の席の右手側……一番、右の列の一番後ろの席だ。
今そこには誰も着席していない机と椅子だけがあった。
「そこに……仁がいたんだ……」
と、僕はぼんやりとその机を見た。
机はかなり古くなっている。
もしかしたら僕たちの小学生時代の机がそのまま使われているのかもしれない。
机の表面はけっこう傷だらけだ。
子供たちがカッターとかでつけた傷や、エンピツやボールペンで落書きしたものが、そのまま残っていたりする。
「子供って、学校の備品とか、あんまり大切にしないからなぁ……」
僕はそう言いながら自分の席を離れて、仁がいたはずの席に近づいていった。
「特に悪戯小僧たちは……」
頭に浮かんでいたのは、ニンマリと笑う仁の顔だ。
もしかして、あの悪戯小僧なら、落書きとかしてるかもしれない。
そんな思いつきが、僕の頭の中を猛然と駆けめぐった。
「いや、してるはずだ……!」
僕はその机の上をしげしげと見つめた。
やっぱりエンピツで、漫画のキャラとかのいたずら書きが残っている。
いやもう何年も前の落書きが残ってるはずもない……。
無駄だ、無駄だ……。
そんな思いもよぎったが、僕は机の落書き探しを止めることはできなかった。
そして机の裏側に、とうとう見つけた。
きっと誰にも見つけられないように、誰かがそこに書いたに違いない。
そこにははっきりとこうあった。
『仁のバカヤロー!』
「あった……」
僕はそれを見つけた瞬間、なんだか自分でもよくわからない気持ちがこみあげてくるのを感じた。
熱くて激しい感情が。
やっぱり、仁はいたんだ!
仁は、この世界にいたんだ!
(つづく)
著者:園田英樹
キャライラスト:武内啓
メカイラスト:やまだたかひろ
仕上:甲斐けいこ
特効:八木寛文(旭プロダクション)
次回8月8日(火)更新予定