【第16回】絶対無敵ライジンオー 五次元帝国の逆襲
『不審人物』
僕の顔色が変わったことに、吼児と勉はすぐに気づいていた。
「見つけたんだね」
吼児も机の下を覗きこんでくる。
「うん、たぶん……」
「たしかに書いてあるね」
「仁のバカヤローって」
カシャ。
勉がそれをカメラで撮影しながら言った。
「これこそある意味証拠ですね」
「なんの証拠?」
かたわらで不思議そうにしゃがんだ僕たちを見ていたれいこが訊く。
「それはつまり……」
説明しようとした僕に代わって、勉が話し始めた。
「日向仁という少年が、かつては存在していたのに、いまは存在していなかったことになっているということです。実に不可思議なことではありますが、飛鳥くんが体験してきたことが事実であるという前提に立つならば、そういう結論にたどりつきます。それはつまり、僕たちが認知していることが、事実ではないのかもしれないということにもなるわけです」
「ちょっと勉くん、もう少しわたしにもわかるように話してよ」
れいこの頭上にはたくさんの『?』マークが浮かんでいた。
「わかりやすく話しているつもりですけど」
あわてて吼児がフォローに入ってくれた。
「つまりさ、五年生の時にいた仁って子のことを、僕たちは記憶から消してしまっているってことでしょ」
「そう、そういうことです」
と、勉がうなづいた。
「記憶から消してしまった……? みんなが、みんな?」
れいこの頭上の『?』マークは、さらに増えたようだ。
「そんなことって、ありえないでしょ」
ありえない。
いつもこの言葉が僕らの前に立ちふさがってくる。
そして僕らの動きを止めようとしてくる。
でも今の僕には、ありえないという言葉はもう効果を持たない。
ありえないことなどないんだということを、僕はもう知ってしまっていたから。
「ありえるんだよ……どんなことでも……!」
そして僕は教室を飛び出した。
吼児と勉とれいこも、僕のあとをついてきてくれていた。
「小学生の仁は、たしか酒屋の息子だって言ってた……」
僕の記憶には、酒屋が何軒かある。
まずはそこに当たってみようと思った。
仁の実家が見つかれば、仁の消息もわかるはずだ。
「一番近い酒屋さんは、たしか大通りの近くにあったと思います」
僕の後ろを歩いていた吼児が教えてくれた。
「まずはそこに行ってみましょう」
と、勉が僕と吼児を追い抜いて行く。
二人ともがぜん勢いが増している。
記憶から消えてしまった同級生捜しは、彼らにとっても大事な任務になったようだった。
「乗りかかった舟だもん、あたしもいくわよ」
れいこものりのりだ。
僕はなんだか心強かった。
しかし事態は思わぬ方に進みはじめていたのだった。
「おかしいですね……酒屋がありませんね……」
途方にくれたように勉がつぶやいた。
僕たちは酒屋があったはずの通りを何度も往復したのだが、目当ての場所がどうしても見つからないのだ。
「ないっていうか……僕たち、どこを探しているんだろう……」
吼児の声にはとまどいしかない。
「なんだか同じところをぐるぐる回っているような気がする……」
「……あー、もうあたし、疲れたァ……」
と、れいこは立ち止まった。
「本当にこのあたりに酒屋さんがあったの?」
「あったはずなんですが……」
勉はあたりをしきりに見まわしていた。
「なくなったのでしょうか?」
「そんなはずはない……記憶が消えた……たとえ記憶が消えているとしても、家が消えるなんてこと……」
僕も周囲を見渡した。
見慣れた町の風景がそこにはある。
でも、なにかが違うような気がした。
気配だ。
気配が違う。
今まで僕が過ごしてきた日常と、わずかにずれが生まれているのだ。
嫌な予感がした。
なにか巨大なものが、僕たちを包みこんでいて、本当のことを決して見せないようしている。
僕たちは、そこでなにも疑うことなく日常を送っている。
真実に気づかないまま。
そんな疑念が、僕の胸に浮かんできていた。
「ちょっときみたち?」
僕たちに向かって声をかけてくる人がいた。
地味なスーツに身を包んでいて、どこにでもいそうな会社員風の男の人だ。年齢は二十代後半から三十代前半。髪の毛は短くカットされていて、ネクタイもきちんと結んでいる。ただしサングラスをかけていて、目の表情はまったく見えなかった。
「さっきから何をしているんだい?」
その口調にはほとんど感情がなかった。
しかし僕たちに対する威圧感は、半端なく大きいものがある。
声をかけられたことよりも、その男がどこからともなくいきなり現れたことの方に僕は驚いていた。
いつのまに僕たちの側に近寄ってきていたのだろうか。
「いえ……別に……」
「なにかを探しているように見えたけど?」
「そうですか……」
「よかったら手伝おうか?」
そう言われても、この男があきらかに普通ではないのを感じていた僕は素直に返事をする気にはならなかった。
「いえ、なんでもありませんから……」
僕は目線で吼児や勉、れいこに合図を送って、この男から離れようとした。
吼児たちにも、僕の緊張感が伝わっていた。
「ちょっと待ちたまえ」
男は、僕が行こうとした方向をふさぐように立った。
「そこをどいてください」
僕は男を押しのけて前に進もうと、男の肩に手をかけた。
だが男はびくともしない。まるで岩の塊をつかんだようだった。
「わたしが待ってくれと言っているのが、わからないのかい?」
男の声はあくまでも冷静で抑揚がなかったが、威圧感はさらに増している。
「なんであたしたちが、あんたの言うことを聞かなきゃならないのよ。怪しいわねぇ。どかないつもりなら、腕ずくでどいてもらうわよ」
そう言って僕の前に出たのはれいこだ。
プロレスデヴューを決めて、すっかり自信がついているのだ。
れいこの気持ちはありがたかったけど、この男を相手にするのは、あきらかにやばい。
「池田さん……まずいよ、それは……」
僕が言い出すよりも早く、吼児が止めに入ってくれた。
勉は、メガネの中で、目が泳いでいる。こういうときの対処法はあきらかに苦手なのだ。
この男ともめるよりも、まずはこの場所から離れたほうがいい。
僕は直感に従うことにした。
「行こう、みんな!」
そう叫ぶと僕はれいこの手をひっぱって走り出した。
吼児と勉もついてきている。
「君たち、待ちなさい!」
サングラスの男は、少し遅れて僕たちの後を追ってくるのだった。
路地裏の建物と建物の間の細い隙間に逃げ込んで、追いかけてくる男をやりすごした僕たちは、しばらくその場で息を潜めていた。
四人とも、ここで何が起きているのかはわかっていなかったけど、自分たちが危険な状況にあるということは感じていた。
「さっきの男は、いったいなんなんでしょうか?」
しばらくしてようやく勉が口を開いた。
「わからない……」
「じゃあ、どうして逃げたんですか?」
「逃げたほうがいいような気がして……」
「それだけですか!? 僕は、もっと根拠があると思っていたのに」
勉の声はあきらかに不満そうだった。それに吼児が応えてくれた。
「でも僕は飛鳥くんの判断が正しかったと思うよ。あの人、なんかやばそうだったもん。勉くんだって、絶対そう思ったから逃げたんでしょ?」
「そうだけど……理由もなく逃げなくても良かったのかもしれないって……」
「いや、逃げるべきだったよ。あいつは危険な男の気がする」
そう言ったのはれいこだ。
「これはあたしのレスラーとしての勘だけど」
そして僕たちはまた黙りこんでしまった。
彼らを巻きこんだのは、僕だ。
ここは僕がなんとかしなければならない。
そう決心して、僕は顔を上げた。
そこには不安そうな顔をした勉と吼児、そしてれいこの顔がある。
「こんなことに巻きこんで、ごめんね……具体的なことはなにもわかってないのに、こんな場所で、こんな気分にしちゃって、本当にもうしわけない……あとは、僕がなんとかしてみるよ……さっきの男の人だって、本当にやばい人なのかどうかなんて、まったくわからないのにね。心配しすぎだったのかもしれないし……みんな、今日は本当にありがとう。もう帰ってくれてかまわないから」
それは本当の気持ちだった。
これ以上関係のない友達に迷惑をかけるわけにはいかないと思ったのだ。
「なに言ってんだよ、飛鳥くん」
吼児が言った。
「僕は嫌だなんて全然思ってないよ。不思議な体験をさせてもらって、うれしいくらいなんだ。そんな申し訳ないなんて言う必要ないよ、本当に」
「そうよ、飛鳥くん。さっき逃げてたときは、少し怖かったけど、こうやって隠れてるんだって、ちょっと面白いもん。もしかしたらプロレスより、おもしろいかも。ねっ、勉くん、おもしろいよね」
「いや、僕は……」
と、勉はためらっていたが、れいこの気迫に押されるように言った。
「面白いと思います。前言撤回、根拠なくあの男から逃げたのは正解だったと思います。あの男は、やはりやばいやつだと僕も思いました」
「みんな……」
「きっとあの男は、僕たちが動きだしたのを恐れて、現れてきたんだと思います」
勉の言葉に、僕ははっとした。
僕たちが動きだしたのを恐れる存在があるだろうか。
それがいるとしたら、日向仁が僕たちの記憶から消えたことと関係しているに違いない。
僕たちは、消えた記憶の秘密を探ろうと動きだしたのだから。
「それだ、それに違いない!」
(つづく)
著者:園田英樹
キャライラスト:武内啓
メカイラスト:やまだたかひろ
仕上:甲斐けいこ
特効:八木寛文(旭プロダクション)
次回8月15日(火)更新予定