【第18回】絶対無敵ライジンオー 五次元帝国の逆襲

ライジンオー

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『ちがうんだァ』

 

『どうですか、調子は? 飛鳥くん?』

 左耳に入れたイヤフォンから、勉の声がする。
 さっきから十五秒おきに、それが続いている。
 僕はそれに応えず、小さく咳払いをした。

『どうしたんですか? 喉が痛いんですか?』

 なわけないだろー。気づいてくれよー!
 声が出せない状況だからに決まってるじゃないかァ。
 すぐ目の前に謎の男がいる。男は、吼児とれいこが立ち去った方をぼんやりと見つめながら、何をするでもなくただ立っていた。
 他の通行人たちにまぎれて、僕は男から数メートルのところまで接近していた。
 しかしこのまま歩きつづけると、男を追い越してしまう。
 僕はその場に立ち止まり、道端に設置されている飲み物の自動販売機の陰に隠れた。
 謎の男からの距離は、約5メートル。自動販売機のおかげで、男からは死角になっている。
 他の通行人からは、誰かを待っているように見えるだろう。
 きっと見えるはずだ……。
 でも勉の声に返事をしていたら、ぶつぶつ独り言を言っているおかしな女になってしまう。それに男に気づかれたら元も子もない。

『飛鳥くん、聞こえているなら、返事をしてください。お願いします、どうぞー』

 勉が心配してくれているのはありがたかったけど、今は黙っていてくれと、僕は心の中で言うしかなかった。
 謎の男が、話をしている声が聞こえた。小さな声で何かをしゃべっている……相手もいないのに。
 男は独り言をつぶやいていた。
 どういうこと!?
 わけがわからなかったが、僕は全神経を耳に集中させた。かすかに男の声を聞き取ることができた。

「監視対象、立ち去りました……問題はありません。気づいてはいないようです……わかりました。ジャルバン様……任務続行します……」

 男はまるで誰かと連絡を取っているようだった。目には見えていない誰かと。つまり、今の僕と同じような状態にあるということかもしれない。どこかに通信機器を隠し持っているんだ。
 それよりも気になったのは、その会話の内容だった。
 監視対象!?
 気づいていない!?
 ジャルバン!?
 任務続行!?
 それらのワードは、いくつかの連想を僕に与えてくれる。
 監視対象とは僕たちのことで、何者かが僕たちをどこからか監視しているということ。ジャルバンとは、おそらくそいつの名前だ。そして僕たちは、何もしらずに日々を過ごしているということ。この謎の男は、ジャルバンの指示で僕たちに介入してきたのだということ。
 男は僕たちが日向仁の自宅に近づこうとしたら、それを邪魔するように現れたのだ。
 そうされたくない事情が、相手側(ジャルバン)にはあるということに違いない。
 これではっきりした。
 謎の男は、僕たちとは敵対する側の存在なのだ。
 あとはその正体を暴くことができれば……いろんな謎に近づけるはずだ。
 もしかしたら僕が、地球防衛組のいる世界に行ってきたことの理由もわかるかもしれない。
 僕の心臓は、急に高鳴りはじめた。
 そのとき目の前に、人影が立ったことに気づいた。足元に影が見えたのだ。
 やばい!
 一瞬、胸がギューとなった。全身が緊張で固くなっていく。
 僕はゆっくりと顔をあげていった。
 そこにはサングラスの謎の男ではなく、大きな瞳をさらにまんまるにした白鳥マリアがいた。
 マリアとの距離は一メートル。
 じっと僕を見つめながら、ゆっくりと近づいてきている。距離が五十センチになった。

「なにしてんのよ!? そんな格好で……!?」

 押し殺したようなマリアの声は、僕を威嚇しているようだ。
 いや、それは驚きと不信がまじった戸惑いの声だったのかもしれない。
 そりゃ無理もない。
 マリアにとっては、学校で別れたばかりの男が、数時間後に女装して自動販売機の影に隠れているのを見つけたわけで、混乱するのも当然だ。

「い、いや……その、これは……」

 いや~な汗が、背中を伝っていくのがわかる。

「なんなの……? いや、聞きたくない!」

 そう言うとマリアは、僕に背を向けて早足で歩き出した。

「ちがうんだァ……マリア……」
『何かちがうんですか? マリアって、なんですか!?』

 左耳の中に、勉の声が響いた。

「あー……!」

 僕の喉からは、声にならない音しか出ない。

『どうしました!? 飛鳥くん! 大丈夫ですか!?』

 マリアの背中はどんどん遠ざかって行っている。

「大丈夫じゃないよォ~~」
『状況を詳しく教えてください。そうしないと、対策を立てることはできません』

 詳しい状況を教えてる暇なんてないよ!
 勉の声はとりあえず無視して、僕はマリアを追って走り出した。
 謎の男のことより、今はマリアだ。

 

「マリア、ちゃんと説明するからさァ。落ち着いて聞いてよ」
「聞きたくないッ!」
「だから、キミが思ってることとは、ちがうんだ」
「あたしが何を思ってるかなんて、わかんないでしょ。そういうこと軽々しく言わないで!」
「いや、わかるよ、わかるからさぁ」

 僕は必死でマリアを引き止めようとしていた。
 ようやく人気のない路地の中で、マリアは足を止めてくれた。

「……あたしの思っていることがわかるなら、言ってみなさいよ」

 マリアの顔は少し青ざめているように見えた。
 目が真剣過ぎて怖い。

「つまりさ……実は僕が、こういう趣味を持ってて、それを今まで隠してきたと思ってるんでしょ……」
「そうなの?」
「いや、ちがうから」
「でも、いま言ったじゃない」
「言ったけど、それはそういうことじゃなくて、キミがそう思ってるんじゃないかっていうことで……あー、本当にちがうんだって!」
「趣味じゃないってこと? 本気なの!?」

 マリアの表情が驚きと怒りから、困惑に変わっていくのがわかった。
 事態はますます混乱を深めていっている。

「えっ、もしかして飛鳥くん、本当は女の子……いや、心が女の子だったってこと? それをずっと今まで隠してきてたの……」
「あー! ちがうって!」

 僕はウィッグをつけている頭をかきむしった。

「……そうだったんだ」
「ちがうって言ってるだろ!」
『さっきからちがうばっかり言ってますけど、いったいなんのことですか。ちゃんと伝えてください。そこにマリアさんがいるんですか? どういうことなんでしょうか!?』

 また耳の中に勉の声がした。
 目の前では、マリアが泣きそうな顔になっていた。

「……それなのに、ぜんぶ隠して、あたしたちと付き合ってきてたのね……ごめんね、何にも気づいてあげられなくて。ちゃんと言ってくれてれば、あたしだって驚いたりしなかったよ。そういう人がいるってことも知ってるし、理解はあるつもりだから。……つらかったよね、今までずっと隠してこなきゃならなかったんだもん」

 完全に同情モードになっている。
 もうこの誤解の連鎖は、僕にはどうやって止めていいのかわからなかった。

「勉、いまからイヤフォンをマリアに渡すから、この状況の説明をおまえがしてやってくれッ!」
『えっ、状況の説明って、知りたいのは、こっちのほうなんですけど!?」
「とにかく、おまえにまかせるッ!」

 僕は左耳に入れてある小型イヤフォンを取りだして、とまどうマリアの耳に装着した。
 あとは勉に頼るのみだ。
 勉なら、この状況をマリアに伝えてくれるだろう。
 疲れがどっと押し寄せてきて、僕は大きく肩で息をした。
 そのときマリアの背後に、黒い影が見えた。うねうねと揺れる影。
 空中にぽっかりと浮かんだ、僕にしか見えない影だ。

 

 僕はもう驚かなかった。
 その影が、僕をどこに連れて行こうとしているのかを知っていたから。
 ただ気がかりなのは、この世界に存在している、僕自身が女装をしたままだということだった。
 このままマリアに誤解されたままでいるのは、耐えられない。
 勉、早く説明を終えてくれ!
 僕は祈るような気持ちで、マリアを見つめた。
 イヤフォン型の通信装置で、マリアは勉からの説明を聞いている。
 その表情がくるくる変わっていた。彼女がうなずくたびに、ポニーテイルの髪が揺れる。
 本当にかわいい。いや美人だなぁと、僕はマリアの横顔を見ながら、そんなことを思った。
 蠢く黒い影は、もう僕のところにやってきた。
 サヨナラ、高校生のマリア。
 ちょっと向こうに行かなきゃならないみたいなんだ。
 液体とも気体ともつかない何かが僕を包みこんでいく。
 再び感じた冷気は、今回はちょっと心地良いものに思えた。
 そして僕の意識はブラックアウトしていった

(つづく)


著者:園田英樹

キャライラスト:武内啓
メカイラスト:やまだたかひろ
仕上:甲斐けいこ
特効:八木寛文(旭プロダクション)


次回9月上旬更新予定


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