【第13回】新選組チューボー録【最終回】

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 二日目の夜――どれだけ探しても、バニラの“バ”の字も見つからない事態に、皆あきらめのふちにいた。

「しょぼくれたツラしてんじゃねぇ!」

 檄を飛ばす土方であったが、それすらも空回り。
 文机を叩くが、士気は蘇らず、積んであった書類が崩れるのみであった。
 その時……

「なんか、こぼれてますよ」

 泉が気づき、声をかける。

「え、わぁ⁉ あのオッサン、油なんぞ送ってきやがった!!」

 封の一つからにじみ出る液体。
 それは、なにかの植物性の油であった。

「オッサンって、誰ですか?」
「ああ、中島さんですよ」

 疲れた顔で、沖田が疑問に答えた。
 中島登なかじまのぼり――新選組隊士の一人であり、近藤土方沖田と同じく、武州多摩出身である。
 新選組最終期まで残った人物なのだが、京都時代におけるこの男の活躍は、記録に少ない。
 なぜなら――

「地元でやんちゃしちゃって、役人に逮捕されかけたところを、新選組で公儀に奉公することを条件に免罪された人でね」
「はぁ?」

 一説には、近藤の実家と中島の母親が親しかったため、泣いて頼まれたという。
 そういった事情があるため、武の方面は期待されておらず、同郷のよしみから「各地の地理地形調査」の名目で諸国行脚している。

「あの人、草花を育てるのが趣味でね。あちこちで見つけた変わった植物の種や標本を “活動報告”名義で、こうやって送ってくるんですよ」

 ちなみに彼は、幕末が終わった後、明治時代まで生き延びる。
 そして、草花栽培の趣味が高じて新種の花を誕生させるという、やや風変わりな形で名を残す。

「そういう事情もあるんで、まだ正規の隊士として登録されていないくらいなんだ」
「いろんな人いますねぇ、ここ」

 自分もその「いろんな人」の一人の泉が言う。

「ん………」

 その時、室内に漂う匂いに、彼女は気づいた。

「これ……この匂い……これって……!」

 包みから漏れ出る油、そこから漂う香り、それこそ、求めていたバニラの香りであった。

 

「まさか……中島サンって人が送ってきた標本の中に、バニラオイルがあったなんて……」

 バニラオイルとは、乾燥させたバニラの種さやからの抽出物を油へと溶かしたものであり、香料として用いられる。
 当然、こちらも大変希少なシロモノである。
 瓶は割れてしまっていたが、かろうじて底に残っていた数滴を入れるだけでも大きく料理の印象が変わるくらい、その香りは豊かなものだった。
 それこそ、百戦錬磨の公家衆を圧倒するほどに。

「それにしても、どこから手に入れたんだろう?」

 首をひねる泉。
 中には手紙も入っていたのだが、かすれて読めなくなってしまっていた。
 もし会うことがあったなら、礼を言わねばなるまい。

「おい」

 そこに、宴席から戻ってきた土方と近藤が現れる。

「帰るぞ」

 どこか、土方は不満げであった。

「あの……上手く、いかなかったんですか?」
「いや……大成功だよ。ありがとう、稲葉くん」

 不安げな泉に、近藤が笑顔で肩を叩く。

「はぁ」

 それを見て、改めて土方はため息をつく。

 

 帰り道すがら、泉は、その後の顛末を土方から聞くこととなった。

「近藤さん……全部バラしやがった」

 散々新選組を嘲った公家たち。
 彼らは、今回のプリンを「美味い」と認めたことで、敗北した。
 それはつまり、今度は彼らがケジメをつける番であるということ。
 武家の「切腹」に匹敵するものを、近藤たちは要求できる場面であった。
 しかし……

「近藤さん、公家たちの前で、『これは今回のために作った料理で、自分も初めて食べたものだ』って言っちまったんだ」

 その発言は、今回の一件の勝ち負けを御破算にしてしまうものであった。

「仕方ないだろう、トシ」

 歩きながら、近藤は快活に笑う。

「あんな美味いものを、勝負の道具にしたくない。ましてや、公家と武家の意地の張り合いに、などな」
「近藤さん……」
「“くだらない意地の張り合い”だろ?」

 そう言って、近藤は笑う。
 近藤の申し出に、公家たちは戸惑った。
 しかし、その上で、彼の誠心をようやく理解する。

「なるほど……それが東国の方々が重んじる、“いき”と言うもんでっか」

 自らの弱味をさらけ出し、その上で、誠を貫く武士の姿を見せられては、彼らもまた公家としての矜持を示さねばならなかった。

「ここで、あれこれ言うたらそれこそ“無粋ぶすい……近藤はん、堪忍したってや」

 そして公家たちもまた、近藤に頭を下げた。
 かくして、騒動は双方勝ち負けなし、遺恨もなしで落ち着いたのであった。

「ったく、あそこで公家どもの弱味握れれば、今後色々使い途あったのによ」

 バカ正直が過ぎる近藤を評価しつつも、愚痴をこぼす土方。

「トシぃ……」
「アンタ、最低だなぁ……」

 そんな彼に呆れる、近藤と泉であった。

 

 しばし後――
 ことの仔細は、即座に岩倉の元に伝えられた。

「ふむ…………」

 常に泰然とした、妖怪のようなこの男が、予想外の事態に笑みを消してしまう。

「ここまで、とは……思うた以上か」

 花の、そして魔の都である京中を暗躍する、自分の想定を超えた新選組に、彼は少々驚きを覚えていた。

「菊池はん……いや、西郷の言うとった、妙な小僧の仕業かいのう」

 関東の山猿を、歴戦の公家衆たちに勝利させる程の力と技を持った存在。

「さて……どない思う、コヨミ?」

 背後に座する一人の少女に、岩倉は尋ねる。
 その少女は、表向きは「岩倉の養女」ということになっている。
 だがその裏は、「岩倉の退廃した貴族趣味を満たす玩具」とも噂されている。
 しかし、その裏さえも、真実を隠すヴェールに過ぎない。

「プティングを作るまでならば、まだわかります。しかし、バニラオイルの希少性とその効果を“っている”……それは、ただ者ではございません」

 コヨミと呼ばれた少女は、まるで精巧に作られたからくり人形のように言った。

「おそらくその者……“平成の御世”を知る者ではないかと思われます」

 この幕末の京都で、絶対に誰も口にしないはずの、誰も知らぬはずの未来の元号を、その少女は口にした。

「なるほど……おまはんと、同類の可能性がある、いうことやな」

 彼女こそが、「京の妖怪」とさえ呼ばれた岩倉が密かに「切り札」として擁する者であった。
 その正体は―――

 

 数日後……新選組屯所に、件の公家たちから「日頃の勤めの慰みに」と、樽数個に及ぶ酒が贈られてきた。
 彼らなりの、ケジメの付け方であったのだろう。
 酒好きが多い新選組隊士たちにとって、公家御用達の高級酒とくれば羨望の的である。
 全員が大喜びし、その夜は酒宴となった。

「いいか近藤さん、呑みすぎんなよ! アンタ酔うと脱ぎだすからな!!!」

 ほっとくと浴びるほど呑みだす彼らを、土方は怒鳴りつけて制する。

「ったく……ん?」

 その騒ぎから少し離れた縁側で、一人ぼうっとしている泉を見つけ、土方は声をかける。

「どうした? 主役はオメェみてぇなモンだぞ」

 今回の一件、手柄を挙げたのは、泉である。

「いえ、その、ちょっと考え事してまして」
「考え事?」
「はい……」

 今回の一件で、近藤は「あんな美味い料理を、勝負の道具にしたくない」と言ってくれた。
 その言葉が、彼女の中で数日経てもなお、くすぶっていた。

「誰かを屈服させるためでなく。誰かを支配するためでなく。誰かに認められるためでなく……ただ純粋に、“美味しい”と幸せにする……」

 ふと思った。
 その姿勢こそが自分に欠けていたものではなかろうか。
 父が、「言われなければわからないか」と落胆したことではなかろうか。
 あの日の夜、この時代に飛ばされたきっかけとなったやり取りを、思い出さずにいられなかった。

「ボクは……」

 夜空を見上げる。
 現代とは比べ物にならないほど、よく澄んだ星空であった。

「ほれ」

 考え続けている泉に、土方は贈呈された高級酒の入った杯を突き出す。

「オマエがなに悩んでいるかわからねぇが……こいつはオマエの手柄で手に入ったモンだ。呑んどけ」
「ええ~……ボク、未成年ですよ」
「ミセイネン?」
「あ~……」

 日本において「未成年者」が定義されたのも、「未成年の飲酒」が禁止となったのも、ともに大正時代の話である。

「まぁじゃあ、一口だけ」

 一応、法の番人側の人がいいと言っているんだからと、料理酒ではない、初めての飲酒を、泉はたしなんだ。
 そして――数分後。

「ぎゃはははははは! まーこれくらいボクにかかりゃあ朝飯前ですよわははははは!!」

 そこには、酔っぱらい高笑いをあげる泉の姿があった。

「コイツ……たった一杯でどうしてこうなるんだ……?」

 その姿を見て、驚き呆れる土方。
 日頃、飲酒こそはしないが、身近に調理用の酒があるはずなのに、この乱れ様である。

「そもそもねぇ……ボクだっていつもいつも、どれだけ神経すり減らしていると……」

 と思ったら、今度は泣き始めた。

「笑い上戸の次は泣き上戸かよ……あ~……」

 ようやく、なんとなく、彼女の乱れ様の理由を、土方は理解する。
 泉が遠い未来から来たことを、彼は知らない。
 それでもあの日、小娘一人が身よりもなく、頼るものもないと言ってきたのだ。なにかしら事情があるのは、元より察していた。

(いつもは気丈に振る舞っているが、色々溜まってんのかな、コイツ)

 始終気を張っていたからこそ保っていたものが、ほんのわずかな酒で、緩んでしまったのだ。だが、それだけでもなかった。
 ようやく、少しずつではあるが、新選組が、彼女にとって「気を許せる場所」になってきた現れでもあった。
 そうであるからこそ、気を「許せて」しまったのだ。

「ま……今日くらいは大目に見てやるか」

 と、土方が苦笑いをした次の瞬間――

「土方――!!! しょっちゅう無茶振りばっかしゃがってー! こっちの苦労も考えろー!!」

 今度は怒り上戸に切り替わった。

「いてぇ⁉」

 酒壺を振り回し、暴れ始める泉。
 その一撃を頭に食らう。
 隊士たちが止めようとするが、数人がかりでも抑えられない大暴れっぷりであった。

「あいつどんだけ日頃溜め込んでたんだ⁉ 止めろ、誰か止めろ!!」

 さすがにこのままではいけないと、声を上げている間に、武田観柳斎が蹴り飛ばされた。

「よし、俺が行こう!」

 すっくと立ち上がる近藤であったが、土方が止める。

「その前にアンタは服を着ろ!! 呑みすぎんなと言っただろう!!」

 生まれたままの姿の近藤を無理やり別室に蹴り飛ばす。

「お任せください! なぁに、人間手足をぶった切れば動けなくなります」
「沖田――!! オマエも酔ってんのか!!」
「任せてくだせぇ兄ィ、人間死ねば止まります」
「鍬次郎オマエもか!!」

 人斬り二人をツッコみつつも押し止める。

「どうやら私の出番のようですね。止めるためならば、どこを触ってもいいんですよね?」
「オマエは、どっから現れた!?」

 日頃、その職務上屯所内にいても姿を見せない斎藤が、うきうきと腕まくりをしている。

「すいません。いまちょっと酔っているんで、そういう難しい話はできません」
「ウソつけ! オマエシラフだろ!!」

 様々な詳細が謎に包まれながらも、「酒豪であった」ことは確かだと記録されている斎藤にも、ツッコみつつ止める。

「土方ー! そこにいたかぁー!」
「あーもうテメェこのガキ、上等だコラァ!」

 飛びかかる泉に、土方が鉄拳で応じようとした、次の瞬間――

「ばたんきゅう」
「ああン⁉」

 まるでゼンマイが切れたように、泉はその場に倒れる。

「すぴー……すぴー……」

 そして、酔でほほを赤らめたまま、眠ってしまった。

「ったく、せわしねぇヤツだなぁ……」

 膝の上で寝息を立てる泉に、土方は呆れる。

「ボクだって……ちょっとは……できるんですよ……」
「ん、寝言か……?」

 寝息を立てながら、泉が言う。

「はぁ……」

 改めてため息を吐き、土方は彼女の頭を、彼にしては珍しいほど優しくなでた。

「オマエさんは、大したもんだよ」

 聞こえているのか、聞こえていないのか。

「えへへ……」

 しかしなにかは伝わったのか、安堵したように、泉は深い眠りに着いた。

 

 そして――舞台は、大きく場所を変える。
 京の都からはるか遠く。そこは、江戸の治世の中において、長らく海外への門戸が例外的に開かれていた、国際都市長崎。
 その街の一角にある遊郭の二階に、二人の男がいた。

「カカカッ!」

 その内の一人、無精髭をアゴに散らかした男が、手紙を読みながら笑っている。

「おや、どがいしたぜよ、中島サン?」

 男の名は、中島登――今回の一件の、影の功労者である。

「いやぁ、普段はよ。俺があれこれ送ってもなんの返事もよこさねぇヤツらが、珍しく感謝の文よこしてきやがってよ」

 その手紙には、今回彼が送ったバニラオイルが、「大変役に立った」と書かれていた。

「ほれ、アンタが前にくれたあの変な南蛮油だよ」
「ほう……?」

 中島の言葉に、男は興味深そうにあごをなでる。

「あれを……のう……」

 件のバニラオイル――日本国内では、まず手に入らないシロモノ。
 それを彼は、上海で手に入れた。
 英国の商人が持ち込んでいた、清国の高級官僚への賄賂として用意したものを、こっそりちょろまかしたのだ。

「使い途がわからんから、アンタにくれてやったんじゃが……」
「なんでぇ、そういうわけだったのかよ、ヒデェな」

 中島は陽気に笑っているが、当の本人は複雑な表情を浮かべている。

「今の日本で、アレの使い方が分かるもんがおったとはなぁ」

 本来、この時代、個人が勝手に出国することは大罪である。
 バレれば、打ち首獄門は免れない。
 それを知りながらも、この男は勝手気ままに知ったことかと、あっさりと海を渡り、大陸の風を浴びてきた。

「京、か……なんじゃ、おもしろいことになってきとるんかも知れんのう。一つ久々に、顔を出して見るがかや」 

 そう言って、ニヤリと笑うと、酒盃を煽った。

「ところでよう、アンタ……その肩に乗っかってんのはなんだい? 犬か、猫か?」

 同じく酒を煽りながら、中島は、男の肩に乗った、奇っ怪な生きものを指差す。
 白と黒が混ざった珍妙な小動物。
 犬かたぬきか猫かもわからぬ、見たこともない獣であった。

「おう、なんぞ……珍しい動物らしいんじゃがな、死にかけとって、捨てられてた。憐れに思って看取ってやろうと思ったら……元気になってな」
「それで連れ帰ってきたのかよ」
「なつかれてもうてのう」

 面白げに笑う男。

「アンタは、女にも男にも、動物にまでモテるんだねぇ……才谷さん」
「ははは、まいったのう」

 中島にからかわれ、男――才谷梅太郎さいたにうめたろうは笑う。
 だが、中島は知らない。
 それがこの男の本名でないことは。
 才谷梅太郎、またの名は大浜涛次郎おおはまとうじろう、もしくは西郷伊三郎さいごういさぶろう、時には取巻きの抜け六、高坂龍次郎たかさかりゅうじろう自然堂じねんどうなどと名乗ったこともあった。
 だがその真の名は、坂本龍馬さかもとりょうま―――

 

「動乱の幕末」はまだ続き、日本の夜明けは、まだ遠かった。

(おわり)


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著者:SOW


※矢立文庫での掲載は2021年2月28日(日)まで!


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