【第23回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン

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断章Ⅰ

 退屈。
 それはあまりにも、退屈な日々だった。
 理由はとても簡単だ。
 私には、なんでもできたから。
 周りの子たちが苦労することを、私はいとも簡単にこなしてしまう。こなせてしまう。
 例えば、本を読めば一度で内容が全て頭に入ってしまう。一言一句間違えることなく暗唱できる。
 だから、テストで答えを間違えることの方が難しかった。正解は全て教科書に書いてあり、後はそれを思い出して、適切に書き連ねていくだけなのだから。
 これは何も学校の勉強に限った話ではない。実生活においても同じことだ。
 人との付き合い方も、そう。他者の行動と反応を学習し、適切な応答を繰り返す。人はとても単純な生き物だ。誰もが自分のことを認めてもらいたがっている。その承認欲求を巧みに満たしてやれば、誰もがすぐさま私に心を開いてくれた。テストと同じく、嫌われる方が難しい。
 それでも、『例外』は存在した。
 ただし、嫌われたという意味ではない。
 その人は、よく私を叱った。

「も~、そんな顔してちゃダメだって~。もっと楽しそうに笑って笑って~!」

 そう言ってくるが、私は仏頂面をしている訳じゃない。むしろ微笑みを浮かべてすらいる。周囲が好感を抱きやすいように。

「笑う時はちゃんと笑わないと~。ほらほら~、お姉さんがいつものイイトコロに連れてってあげる~」

 そう言って、私の叔母は、小学生の私をデパートの屋上にある遊園地に連れて行くのだ。
 そのくせ、誰よりも積極的に遊具に乗り、私よりも何倍も楽しそうに遊ぶ。

「叔母さんは、どうしてそんな子供だましで喜べるの? もう何百回と乗ったでしょ? 他にやるべきことがあるんじゃない?」

 叔母は二〇代の前半にして、既に電子工学の研究者としてひとかどの地位と功績を得ており、業界内でも『天才』と囁かれていた。
 だからこそ、不思議だったのだ。こんな無為なことを行い続ける叔母が。

「そんな風に決めつけちゃダメだよ~。い~い? 乗り物は一緒でも~、乗ってる私は前と一緒じゃないでしょ~? 私が変わる限り、いつだってそれは『初めての経験』になる~。それが嬉しくて~、楽しいの~。世界ってどこまでも広いんだな~って思えるから~」
「……よく分からないわ」
「せっちゃんにも、いつかきっと分かるよ~」

 叔母が無邪気に笑う。
 それは私の笑みとは違う、とても子供っぽくて、明け透けで――何よりも楽しそうな笑顔。
 どうしてそんな風に笑えるのか、私には分からない。
 私は、何をやろうとも変わりはしない。
 変われはしない。
 だって、答えは初めから決まっていて、後はそれを実行に移すだけなのだから。
 それでも、叔母は言うのだ。
 私が間違っていると。
 叔母だけが。
 だから、叔母が亡くなった時、私は少なからず驚いた。
 原因は交通事故だった。ドライバーに過失はなく、出会いがしらの、本当に運の悪い事故。
 叔母の死を知った時から、言い知れぬモヤモヤとした感覚が胸の奥にうずくまっている。その感覚の正体が分からず、さらなる不快感に頭を悩まされる。
 だが、それを除けば、私にあるのは、あの退屈感だけだった。
 叔母が消えたことで、前以上に空虚な日々が過ぎ去っていく。
 そんな中、ソレを見つけたのは、ほんの偶然だった。
 私が聖陽学園の高等科にあがる時のことだ。
 叔母の家族が家を引っ越すことになり、残っていた叔母の遺品を整理することになった。棚に入った品々を取り出している時、大量のデータディスクが出てきた。中身を確認すると、それは叔母が死ぬ間際まで続けていたプロジェクトに関する資料だった。
 ERINUSS。
 折しも、私が通う聖陽学園の管理に用いられているシステムだ。
 だが、今のERINUSSは本来の機能のほとんどを停止しているらしい。その最たるものが、ERINUSSの性能を最大限に引き出すための管理用AIの存在だ。AIプログラムは人の脳内マトリクスを利用し、自律進化を行うようデザインされたものらしい。その元となる脳内情報を提供した人物こそ、ERINUSSの開発者である叔母だった。
 私は興味を引かれた。
 そのAIプログラムにどうにか接触できないものかと考えた。
 そのためにはERINUSSにアクセスするしかない。だが、それにはリスクがある。
 もしERINUSSへの不正アクセスが学園側に発覚した場合、それなりの処分を受けるだろう。最悪退学だってありえる。
 ERINUSSを設計したのは、あの叔母だ。私でも全ては読み切れない。
 だから、スケープゴートを用意することにした。
 何か不都合な事態が起きた時、責任の一切を被せることのできる存在を。
 そうして出会ったのだ――あの神月楓と。

 

六章①

 デパートの屋上に吹く風が、瀬里華の髪を揺らした。
 瀬里華は髪を指で押さえながら、

「現実の世界も、nフィールドも、大して違いはないわね。……貴方も、そう思わない?」

 目の前に立つ人物に問いかけた。

「さあね。知らないわ」

 楓が言った。
 吊り目がちな目が、じっと瀬里華を睨みつけている。

「懐かしいわね。初めて会った時も、そんな目をして私を睨んでいたわ」
「あんたは睨むあたしに対して、そうやって涼しげに微笑ってた」
「お互い出会った頃と同じね」
「違うわ。同じなのは、あんただけよ」

 瀬里華が微かに目を細める。

「あたしは、以前とは変わったわ」

 力強く言って、自分の胸に手を当てる。

「……そうね。確かに以前はそんな恰好していなかったわ」

 楓が身に纏う、チアガール型のアンダースーツを見る。

「あんたも持ってるでしょ。出しなさいよ」

 瀬里華は学園の制服姿だった。
 未だSUN-DRIVEを本格的に起動させていない証拠だった。

「せっかちね。この場所を見て何か言うことはないの? 一応、貴方と私の思い出の場所なのだけれど」

 両手を広げ、デパートの屋上を示す。
 かつて二人が『夢』について話し合った場所であり、最後に別れた場所でもあった。

「過去なんてどうでもいいわ。興味があるのは、この先のことだけよ」
「言っていたわね……『私に勝つ』とか」
「ええ。あたしは、あんたを負かす」

 言葉にした瞬間、楓の体が沈んだ。
 思い切り踏み出すと同時に、瀬里華に生身の拳を突き出した。
 瀬里華は、その行動を予想していたように片手で軽やかに受け止め、

「本当にせっかちね」
「あんたとのんびり話し合う気はないわ」
「Dアームを使わないのね」
「散々煮え湯を飲まされたからね。どうしても一発直に殴ってやりたくて」
「ふふ。貴方らしいわ。でも……」

 瀬里華の手が素早く楓の手首を掴むと、そのまま楓をぶん投げた。

「っ!」

 勢いよくデパートの壁に激突。コンクリート製の壁を砕き、体が半ばまで埋まる。楓は痛みに顔をしかめながら、

「……やって、くれたわね……」
「ごめんなさいね。昔のよしみで貴方の願いを叶えてあげたいところだけれど……それは出来ないわ。私にはやるべきことがあるの。そのためにはSUN-DRIVEが必要なのよ」

 瀬里華の両脇に、小型のポッド――エッグが二つ出現した。

「SUN―DRIVE起動――機装化アクティベイト

 呟くと同時に、瀬里華の服装が変化していく。
 両手が黒のロンググローブで覆われ、両脚が黒のロングブーツで包まれる。頭には上品な白のレース調のキャップを被り、胸元からはエプロンの如く白い布地が垂れ下がる。
 清楚せいそ献身けんしんを体現したスーツは、まさに『メイド服』そのものだった。
 メイド型のアンダースーツ――それが瀬里華のSUN-DRIVEだった。

「メイドとはね……いい趣味してるじゃない」
「学園の副会長には相応しい格好でしょ? 公共への奉仕と会長の補佐役、その二つを表現してみたの」
「まるで自分でデザインしたような口ぶりね」
「ええ。SUN-DRIVEのアンダースーツをデザインしていたのは、私よ」
「なっ!? じゃあ、こんなふざけた格好にしたのは、あんたなの!?」

 自らのチアガール型のアンダースーツに触れる。

「面白い趣向でしょ? だって、これはゲームですもの。なら、遊び心を大事にしないと」

 クスリと笑って、事も無げに言った。
 その言葉に、楓の胸の奥から熱い何かがこみ上げてくる。
 これまでnフィールドで行われてきた戦い。確かにそれらは現実の世界ではなく、あくまで仮想のデジタル空間上での出来事に過ぎない。そういった点では『ゲーム』とも呼べるのかもしれなかった。
 けれど、行われてきた戦いはどれも本気だった。誰もが真剣に、自分の目的と矜持きょうじのために戦ってきたのだ。
 その全てをこいつはゲームと呼んで嘲笑あざわらった。

「今ようやく確信したわ……あんたは最低最悪の人間よ」
「フフ。その評価は初めてね。やはり貴方はユニークだわ」
「その澄ました笑いをやめなさい……!」

 楓がコンクリートの壁から飛び出し、

「ザンボット・カッターッ!」

 エッグから鉄腕が伸び、手にした長刀を振り下ろす。
 瀬里華は自らのエッグに触れ、

「さあ、貴方の出番よ。その力を存分に解き放ちなさい――」

 高らかに『その名』を叫ぶ。

「勇者王……ガオガイガーッ!!」

(つづく)


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次回11月20日更新予定


著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥


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